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EP84 男の領域





  寒さで凍えていた背中が窓から入って来る日差して暖かく緩む季節に成った。


 俺は、従者のジーンに起こされてローブを羽織り、ルームシューズを履いてベットの近くに置いてあるサイドテーブルの椅子に座り、熱い珈琲を飲む。

 窓から入る春先の明るい日差しに俺は目を眇め、ゆっくりと寝惚けた頭を目覚めさせる。


 此の所、ローゼブル宮殿に或る俺の部屋の広いベットを独占出来ている所為で、伸び伸びと安眠出来て(つい)、寝過ごしてしまう。

 いや別に、クランベル伯爵が横で寝ていても俺は安眠しているのだけども。



 クランベル伯爵は、陛下が終活を始めたらしくウエスト・カタリナ宮殿で其れに付き合っている。

 他の人には言えないけどね。



 それと5月には、ノルディック王国の第五王子で或るフランシス殿下が、ロドニアへ観光旅行に来られるので、その準備もあってクランベル伯爵は忙しく動かれているようだ。

 正確に言えば、観光じゃなく留学するための準備で来る。


 此れからは、フランシス殿下を筆頭に、他国の裕福で有能な子弟たちもクロック・カレッジへ受け入れていくコトを陛下主導で決められたらしい。

 植民地で或る北カラメルからブレイス帝国に或る大学や法曹学院で学びたいと言う請願が以前から届いており、個別の縁者経由で無くとも留学を認めることを決めた。


 クランベル伯爵は、絶対に何か企んでいて陛下と共に、此の件を勧めたいのだろうなあ。



 ノルディック王国との終戦を迎えて6年近く経ったとは言え、権益を失ってノルディックから叩き出された人たちの怨嗟の声が未だ残るブレイス帝国で、ギルバート4世の第五王子であるフランシス殿下を受け入れて問題が起きねば良いがと俺は懸念してしまう。



 ノルディック王国とブレイス帝国に或る国境の検問で、アルバート5世暗殺未遂事件事件が起きるまでは、小競り合いが続いていた。


 アルバート5世陛下暗殺事件と言う大事件が起き、ブレイス民とは言え無許可で武器を持ち暴れるモノを厳しく取り締まるようになり、一先ずは平穏は保たれるようにはなったけどね。


 戦後は、ノルディック王国へ無断で乗り込んで来たブレイス民を捕縛だけして、ノルディック王国兵は緩衝地帯で傷の手当てをし、ブレイス側へ引き渡してくれたので無用なトラブルは起きずに済んだ。



 アルバート5世陛下は、自分たちノーヴァのアルバート家がブレイス帝国の玉座に就く前に起きた軍人や商人主導のノルディック王国の乗っ取りは、複雑な思いがある様で、追い出されて権利を主張して来る自称被害者に対して冷淡であったりする。


 俺も、フリップが陸軍将校として日の目を見られなかったノルディック兵の為に奮闘していたのを聞いていたので、心情的にはノルディック王国を応援して居たりする。

 きっと俺のノルディック王国好きは、学生時代に友人のアンリと旅してノルディックの歴史や文化に触れ、心惹かれて感銘を受けていたことも大きいんだろうなあ。


 フリップがノルディックの民である無しに関わらず。




 ふと俺は、フリップと過ごした心地良い時間も思い出して、胸の奥の蓋が外れて寂しさが溢れそうになり、ジーンへ慌てて熱い珈琲のお替りを頼んだ。


 『バカなフリップの為に、俺は泣いてなんか遣るもんか。』













          ※※※※※※※※※※





 宮殿の裏側、つまり西向きの庭園に或るファサードの一階から入る二階建ての建物がコーデリア殿下の私的エリアと成って居た。

 予定が入ってない時は、此処でコーデリア殿下は側近たちと休まれている。


 幾度かコーデリア殿下に呼ばれ、夕食後ジーンに案内され隠し通路を通り潜んで来たが、間男参上ってな気分で居心地が悪い。

 コーデリア殿下に王配が決まるまでとクランベル伯爵から言われたけど、ヤラシイ気持ちがこれっぽちも無くても、年頃の娘の元へ忍び込むのは罪悪感に囚われてしまう。


 まあ、コーデリア殿下の弱音とか愚痴なので聴ける相手は、幼い頃からの付き合いが在るおっさんの俺くらいなのだろうけども。




 そして多忙だった年明けの叙勲式やデビュタントも終え、来月に行われるアルバート5世陛下の帆船の進水式までコーデリア殿下は、暫し一息吐ける筈だ。


 本来なら昨年執り行われる予定だったのだが、陛下が倒れられた為、延期に成って居た。

 いざと成ったら船体に書かれた名前だけをコーデリア殿下へと化粧直しをしよう、と話し合われていた軍船なのだけども、何とかアルバート5世の名を冠して進水式が行われる。


 今は、新たにコーデリア殿下の船も造られているようだ。


 そう言えば、コーデリア殿下は皇帝に成られたら戦に出られるのだろうか?

 アルバート5世陛下は、後先考えずにオーニアス=神聖ロマン帝国との戦争に出掛け、「撲滅フロラルス王国兵」を叫び戦いたがっていたのを、クランベル伯爵を始めとして周囲の者が必死に止めていたのを思い出した。


 ブレイス帝国で戦争に参加しなかった皇帝ってアルバート4世陛下位では無かっただろうか?

 オシャンティーなアルバート4世陛下は血生臭い事は大嫌いだったし、一方的に憧れているフロラル王国とは戦争をしたがらなかったし、でも我が国が戦う相手は何かしらフロラルス王国とばっかりだったけども。


 でも、武装した商船を持っている国は何処も植民地政策に乗り出していたし、ランダル王国やエスニア帝国やフロラルス王国等とは権益がぶつかるので、争いに成るのは仕方ないのかもな。

 アルバート4世陛下の憧憬はどうであろうとも。



 コーデリア殿下は乗馬が得意らしいけども、俺としては出来れば船から降りず陸上戦に参加して欲しくないと遂、願ってしまう。

 幼い頃から育って行くコーデリア殿下を見ている所為か、出来るモノなら荒事や怖い事から遠ざけて於きたいという此の気持ちは、俺のエゴなんだろうけども。


 可愛い子には旅をさせたくない派なんだよな、俺って。



 それに戦争なんかに参加せずとも、人のグロさなんてモノは、上に君臨する人間は嫌だと思っても見ることに成ってしまうしね。

 まあ、既にコーデリア殿下は、ギボンズや母親のノイザン公爵夫人との件で体験済みでもあるけど。








 俺は、コーデリア殿下に呼ばれてブルードローイングルームに伺うと、コーデリア殿下はソファーに座り、グレイス公爵令嬢たちと紅茶を飲み乍ら、楽し気に歓談なされていた。


 コーデリア殿下は、繊細なレースで飾られた淡い薄紅色のプロムナード・ドレスに、リボンや飾りボタンあしらった珊瑚色のラウンド・ガウンを羽織り、淡い金の髪を編み込み、共布のヘッド・ドレスで纏めて愛らしく健康的な笑顔を見せられていた。

 我が妹デイジーは貴婦人らしく胡桃色の髪を結上げ深緑色のヘッド・ドレスと同じ色のシンプルなプロムナード・ドレスを纏いお転婆ぶりを隠していた。


 リアナ子爵令嬢の姿を見えない所を見ると、夕方にデイジーやグレイス公爵令嬢と交代するのだろう。


 俺はコーデリア殿下に勧められて、空いていた右向かいの席へと座り、運ばれて来た珈琲カップのソーサーを持ち上げ、暖かい磁器のカップを手に取った。


 「そう言えば、チャーリーは何処かのクラブに入っていますか?」

 「俺ですか?」


 コーデリア殿下の問い掛けに、俺は思わず『地獄のクラウン・クラブ』と言いそうになり、珈琲カップに口を付けて、熱く苦い珈琲と共に言葉を飲み込んだ。


 「今参加しているのは、馬術とグリシア語の古典文学だけですね。色々と顔を出していたのはアルバート4世陛下と5世陛下のご子息たちの所属先を作る為だったから、一先ずそれは完了したので何とか一段落ですよ。」


 「何だか楽しそうだわ。でも女性が参加出来ないのが残念ね。」


 「でも陛下達のご子息の為に参加していたのは、ブレイス文学の古書や天文学なので、コーデリア殿下の趣味に会うかどうか。それに彼等も熱く議論している様子を貴婦人たちに見せたくないでしょうし、競馬などは目当ての馬について喧嘩腰ですから余計にね。偶には淑女の方々に気を使わず、研究している事等を男同士で好きに論じたいのだと思いますよ。」


 「チャーリーを含め、紳士の方に私達は気を使わせているのね。」


 「いえ、コーデリア殿下、そう言う訳では無くて。」


 時々、例え話が下世話に成ったり、酒を飲んだり葉巻を吸ったりと、自由気ままにそれぞれのクラブの屋敷内で男たちは過ごして居る。

 日頃は礼儀正しい紳士たちなので、とてもでは無いが上品な貴婦人たちに見せられたザマでは無いので、クラブへの参加希望は男の領域と言うコトで勘弁して欲しい。



 まあ哲学や科学、文学の学術的なクラブからヤバ気な如何わしい18禁クラブまで色々である。

 アルバート4世がいらした時に、種を撒いていた美意識が、エロから芸術迄多彩なクラブを作り出していた。


 それに神への信仰心が薄らいで、人間のあらゆる探求心が芽吹いた感も或る。





 昔珈琲ハウスで俺に妙に懐いて来た自称情報屋のハル・オーデンがズタボロの発明家ダン・ケイを拾って来て、フライングシャトルの特許を得た後の悲惨なブレイスでの状況を聞き、哀れに思ってクランベル伯爵へ投げたら、ノルディック王国で無事に商品化して、新たな発明品も産んだという報告を聞いた。


 その話を聴く前後にダン・ケイのフライングシャトルをヒントにして、ブレイス帝国で新たな発明家が水力で動く紡績機を造り出し、特許を得たと知らされた。

 こちらの方はランカー地方の有力者たちとコネクションを造り投資を募って割とスムーズに商品化が出来たらしい。

 まあ、紡績機の打ちこわしは在ったらしいけどね。



 そう言う形で1つ新たなモノが出来れば、追従するように違う形で何かが出来て行く訳で、此れをきっかけに又新たなモノが生れて行くのだろう。

 ノルディック王国もフロラル王国を参考にして王立技術協会を造り特許の管理をしているらしい。

 再興して間もない国だからブレイスとも揉めそうだなあとは思うけども、最初のアイデアはダン・ケイがブレイス帝国で特許を得てるから、話し合いで何とかして欲しいと言う俺の希望的観測。



 ノルディック王国の王子様もロドニアで滞在するみたいなので、此処は何とかして貰おう。



 やっぱり下手に可哀想とか思って同情心で動くのは良くないよなあ。

 と、しんみり反省モードで、空に成った珈琲カップに気付かず空気を啜って居ると、ジーンが俺の傍に着て、そっとカップとソーサーを回収して行った。


 それを見ていて、淡いアクアブルーの瞳を細めてコーデリア殿下は口元を隠して笑い、妹のデイジーは真ん丸にしていたパールグレーの瞳を俺に向けて「見っともない」と呟いていた。


 グレイス公爵令嬢は、気付かない振りをして新たな花柄のティーカップに紅茶を注いでくれた。

 うん。

 こういう気遣いの出来る女性は真のレディーだと俺は確信した。

 身分が高過ぎるから俺の知り合いを紹介出来ないのが残念な限りだ。



 「チャーリー兄さん。今夜のパーティーはコーデリア殿下も出席しなくては駄目なのですか?」


 「えっと、今日はギール王国の王太子レオナルド殿下と、、、アハルト公国の王弟ですか。うーん、断っても良い気はしますね。アデル皇后に頼んで見ましょうか?アハルト公国とサクセス=マイン公国は元々親族ですし。」


 「ホントにレオナルド叔父さまって私の話を聴いて無いんだから。昨年のパーティーでもやんわりお断りしたのに。」



 「それに神聖ロマン皇帝の選帝侯たちの人達も良く訪れられるようになり、その度に歓迎パーティーを開いて挨拶されてますから、コーデリア殿下もお疲れなんですよ。チャールズ伯爵。」



 グレイス公爵令嬢も母親のグレース女官長によく似た菫色の瞳を顰めて、心配そうにコーデリア殿下を窺った。


 「しかし挨拶と言う名のお見合いでしたら、俺は参加せずとも良いと思いますよ。陛下も焦らずとも良いと仰ってましたし。まあ、枢密院や宮内省では色々と計画されてますけど、厭々ながら会うのも相手に失礼ですし、コーデリア殿下との顔合わせが無いと分ったら、初めから商務や外務と外交的な話をされるでしょうしね。」


 「そうね。チャーリーは、もう一度私の予定をチェックして宮内長官へ話して呉れるかしら?」

 「俺が、、、ですよね。やっぱり。」


 

 表情が一段と明るくなってニコニコと俺を見つめるコーデリア殿下。

 はぁ、仕方ない。

 俺が宮内長官へと話してきますか。



 俺はジーンが淹れて来てくれたミルクと砂糖タップリの珈琲を口にして気合を入れ直すのだった。


 



 

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