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EP82 薄い血




【クランベル伯爵】





 チャーリーが興味を持って骨を折っていたフライングシャトル(飛び杼)の発明者ダン・ケイと、仲間であるジョセフ・ステルたち3人が水力を使った織機を開発し、ノルディック王国で紡績工場(ミル)を作り操業されているという報告が入ってきた。





 元は羊毛から始めて様々なモノを発明し、ブレイスで特許を取っていたのだが、年間15シリングでレンタルした飛び杼の使用料が支払われず、また類似したフライングシャトルも造られた事で多くの裁判を起し、負債を抱え込む事に成った。


 裁判費用でダン・ケイは破産を仕掛けた挙句に、失職の危機感を持った羊毛の手織り業者たちから襲われた事で、ブレイス帝国を出てフロラル王国へ行こうとしていたのを、チャーリーが抱えていたハル・オーデンが拾い上げたそうだ。



 「十分なコネクションを作らない内に、ヨーマン(自営農家)の身分だった彼が、利権ギチギチの羊毛ギルドで発明品の商売を始めたので、反発も大きかったと思うんですよね。他にも綿花から綿を梳くカードとかを作っているし、何かと目障りだったのかと。ランカー地方で売れていたので良い品だと俺は思うんですよ。ダン・ケイを助ける何かいい方法が無いですか?クランベル伯爵。」



 チャーリーは、美しいシトリンの瞳を潤ませ私を見つめ、縋るような甘い声で囁いて呉れたのだ。

 此の胸が高鳴ってしまうではないか。


 当然、私はチャーリーの期待に応えるべく思考し、戦いの収まったノルディック王国との1,760年の外交交渉に帯同して行き、独立後に復興したハラード公爵と話合い、彼等の下でダン・ケイたちの開発が行われることに成った。


 どの道ブレイスでは、ダン・ケイの発明品で彼が正当な報酬を得る事は出来なかっただろう。

 陛下の元へダン・ケイに対しての発明品生産の中止を求める請願が手織り職人業者から、議会を通し届いていたからだ。


 防御が甘い発明家は、此のブレイスでは利益だけ毟り取られて廃棄されてしまう。

 かと言って、それはブレイス帝国に限った話ではないか。

 彼の技術が、どうせ使われるのであればフロラル王国よりもノルディック王国の方がマシだろう、と私は判断した。




 ハラード公爵と話し合った後、ノルディック州に成る前の王国時代からから、ずっとノルディック王国に住み、上手くクリイム歴1,669年の戦いを乗り切り、内部からギルバート4世の帰国を手助けしたクランベルの血筋の者達とも会い、今後の事についても話し合った。



 それからギルバート4世との会談が執り行われた。

 ギルバート4世は、それほど大きな体躯はされてなかったが63歳には見えない生命力が漲り、覇気の或る夏空のようなスカイブルーの双眸を開いて、我々ブレイスからの外交団へと言葉を掛け「互いにとって良き隣人でありたい。」と告げられた。


 ふとした瞬間に現れる眉間の深い皴は、ギルバート4世が歩まれて来た険しい人生を伺わせた。


 私はギルバート4世の表情を眺め、その端緒がクランベル家4代目に或るのかと思うと、もう慣れたと思っていた気まずさが私の胸に満ちて来た。


 私の罪悪感など欺瞞も良い所だが。



 そして一先ず我々は、国境や海域について確認し合い、交易などについては回を重ねて詰める事に成った。


 ギルバート2世時代からフロラルの王女と婚姻していたからか、それとも長年のフロラル宮廷暮しの所為か、ギルバート4世には何処となく異国の人間と接しているような気分にさせられてしまった。

 きっとギルバート4世のスカイブルーの瞳にポルテ16世と同種の色を認めたからだろう。





 ポルテ16世が倒れられたと聞いてから一月も経たぬうちに、崩御されたという報が届いた。

 天然痘であったという。

 皆それを聞いて体調を崩されていたアルバート5世の身を案じたが、侍医たちが直ぐに彼等の不安を打ち消して呉れた。

 ただまあ、天然痘では無いが蜜香病(メリタス)では或るので、安堵ばかりはして居られないのだがね。


 チャーリーが陛下の王爾尚書に就いて居た折り、手紙だけではなく「読め」と命じられるので、届けられた文書を読み纏めて報告していたという話を聴いた時、私は陛下の蜜香病(メリタス)が重篤化しているコトに気付くべきであった。


 アルバート5世陛下は我慢強い方であったし、あの頃は隙の見せれない時期でもあったから、余計に体調不良を隠されていたのだろう。

 鴉の塔でギボンズから「陛下が痩せて来られたのでコーデリア殿下が国王に成る時期も近いと思い、、、。」と事情聴取で言われた時、私は自分の迂闊さに歯噛みしたのだった。


 その所為で陛下へ飲酒量の多さを一層に口煩く忠告してしまったのだが、しかし何を言っても私の落ち度だ。


 私自身がチャーリーと夜を過ごせる幸せに酔って仕舞っていたから。



 どうも私は王家というシステムを守ることにばかり考えて、陛下自身の事は余り見ない傾向に或るようだ。

 まあ、陛下だけに限ったことでは無いのだけどね。



 陛下自身も自分が中継ぎで或る事を自覚され、コーデリア殿下の代にまで掛かる施策は、コーデリア殿下と話し合われて、議会へと返答をしていた。

 そしてアルバート4世陛下の時とは違い、アルバート5世陛下は、マメに貴族院へと列席され自分の考えも示されていた。

 リバティ党の有力貴族議員のシーハント公爵は、迷惑そうな表情でアルバート5世陛下を見ていたが。



 アルバート4世陛下は、開会と閉会を告げれば趣味に生きている方だった為、貴族院の運営は御しやすかった過去を思い出した。

 その分、アルバート4世陛下に就き議会の外で、私やチャーリーには濃い時間を提供されていた。


 思い付きで次々に新たな事を試されるアルバート4世陛下は悩みの種でありながら、私も愉しんでいたコトに気付かされた。

 また、チャーリーもアルバート4世陛下に就いて居たからこそ、鍛えられたと言うべきか。



 「冗談じゃありませんよ、クランベル伯爵。」



 そう言ってプリプリ怒る美しくも愛らしいチャーリーの顔を思い浮かべて、私は頬が緩んでいくのを感じていた。




 シーハント公爵は、クランベル家と同じでジェントリ階級だったが、マックス8世の時に取り立てられ妹を嫁がせ公爵へと叙された家だったが、政争に明け暮れ揉め事が多く一度潰され、クローム将軍時代に弟の家系が純教徒として活躍し、シーハント家を復興させた。

 が、クローム将軍が亡くなると一転して国教徒へ戻り、アン女王の復古王政で貴族制が復活するとシーハント公爵へと返り咲いた。

 

 私も見習いたいタフさで或る。


 彼の後ろ盾を得られていれば、ベルフ元首相も議席を失わずに済んだかも知れない。

 シーハント公爵が後押しして再起を賭けたヒット議員は、今回当選していた。


 ベルフ首相の間違いは、「貴族など無くなる。」と言う論文を署名入りで新聞へ載せた事だろう。

 郷紳(ジェントリ)の力が強くなってはいるが、貴族達に警戒されて議員の座に残れるほど甘いモノではない。



 例えベルフ氏が幾らそれを望んでいたとしてもね。





 私は、ライティング・デスクに置かれていたダン・ケイとジョセフ・ステルたちの作ったローラーと水力を使った紡績機の設計図を片付け、執事のキースへ書棚にファイリングしている書類を持って来させた。



 コーデリア殿下もお疲れだと思うが、アルバート5世陛下が小康状態を保っている内に、婚約者候補と会って頂かねば成らない。

 チャーリーから聞いた話によると、コーデリア殿下が相手に望むのは、ブレイス語で会話が出来る人だったね。



 私は一枚の書類を取り出し、フッと溜息を洩らした。

 この婚姻を纏めてしまうのは、私も子孫たちの未来へ枷を嵌めてしまう事に成るのだろうか。




 『ーフランシス・スウィートー21歳』



 ノルディック王国国王ギルバート4世の第5子で或る。













        ※※※※※※※※※※







【ハーシェル・クルード】



 もう直ぐ11月17日のノア・フォート祭りの日が来る。

 パブリックな広場では薪が積まれ炎を熾し、爆発未遂を防ぎ仕掛けた首謀者とされている犯人のノア・フォートを処刑した月日の祭典で、国王が無事だった事を祝う炎の祭りだ。


 アルバート5世陛下の爆発未遂事件が起きた昨年などは、例年にもまして盛り上がっていた。



 諸聖人を讃える日よりも盛大で賑やかな乱痴気騒ぎと成る日でも或る。





 俺は、チャーリーに唆されてギボンズの為に女装してから、今度はクランベル伯爵に唆されて彼の弟であるスレイン少将の配下に就かされていた。

 何だろう。

 あのクランベル伯爵の圧は。

 断れなかったのは俺に流れていたクランベル家の血の所為なのだろうか?

 て言っても、2代目クランベルの9番目の息子が誕生したのって1575年だし、それから時代を下って俺が生れるまでって153年も或る訳で、血なんて薄まり捲くって居ると思うけどなあ。


 流石は、伯爵家当主って奴の貫禄なのかな。




 そして今更ながら思うのだ。


 あの女装計画に俺は必要だったのか?と。

 チャーリーは、「何言っているんだ。ハーシェルの器用さと薬剤師の技能が無ければ成功しなかったよ。」って言うけど、ギボンズって奴は勝手にチャーリーの女装姿に感動し悔い改めて、証拠のブツの隠し場所をゲロったってだけだろ?


 如何考えても俺の女装って不要だったよな。


 俺がそう言うと、ニコニコとチャーリーは楽しそうに微笑んでたけどね。


 チャーリーに口説かれた時って、俺はフリップを失って、胸の奥の空洞で精神がアンバランスだったのだよな。

 俺はフリップが眠っているカブリア地方のピバート伯爵家領地で祈りを捧げた。



 「フリップ、お前の愛したチャーリーに何やら俺は嵌められたっぽいぞ。」

 『馬鹿だなー、ハーシュは。』


 フリップがそう言って笑っているような気がした。




 でも、チャーリーに付き合って生きていくのは楽しそうだよ、フリップ。

 チャーリーは、仕事を片付けているんだか、揉め事を増やしていっているのか、良く判らないコトを遣っている。

 

 フリップがチャーリーの事を「危なっかしいんだよなあ。」って嘆いていた理由も、近くで付き合うようになって良く判ったよ。


 俺は、チャーリーが言うような「アルバート王家を守ってフリップの守ろうとしたノルディック王国を守ろう」と言う理屈は理解が出来ないけど、チャーリーが守ろうとしているチッコイ王女様を守っているチャーリーを守る、ってのなら悪くないって思えるんだよ。



 それならフリップも喜びそうだしな。

 案外、フリップは俺に焼き餅を妬いたりしたりして。

 そんなのとっとと死んじまうフリップが悪いのさって俺は毒吐(どくづ)く。





 俺は今、クランベル伯爵達が作った内務省の一員として勤めている。

 アランて言うチャーリーの妹みたいな弟も同僚に成って居るよ。

 なんでアランは男なのかね。

 マジで勿体ない。


 あそこの美形兄弟は妹のデイジーが一番、男らしい気がする。

 まあ、もう1人のアドミラルに勤めているケビンて弟は見た事ないけどさ。


 日頃はウエスト・カタリナ地区に或るミルクバンク通りの輸入商会のテナントで事務を遣っている。

 騒乱が起こりそうな場所を鎮火していく簡単な仕事だってクランベル伯爵から言われてるけど、そんなに簡単でも無かったりもする。


 今も、コソコソと古ぼけた樽とか置いて行くから中身を見ると、火薬が入って居たりしたからさ。

 ノア・フォート祭りで乱痴気騒ぎのキャンプ・ファイアーに紛れて、一暴れして遣ろうという鬱屈した暇人たちが居て俺も困っている。


 俺からしたら、クローバー国の人達が遣らかした国王暗殺未遂は失敗したと思っていたが、あれはあれで成功したと思っている連中も居るみたいで、式典や祭りがある度に可笑しな奴が湧いて来る。


 上司であるスレイン少将は、「火薬を買えるって事は或る程度金銭的余裕の或る層だろう」と辺りを着けて、密かに手紙をチェックしているそうだ。


 今、土地にしがみ付いているクローバー民の犯行では無いだろうと話していた。

 そういや、クローバー民たちが同じ旧教徒であるノルディック王国へ、移民として遣って来ているそうだ。

 移民て言うより亡命かね。


 クローバー国であるクローバー島には、フロラル王国やオーニアス帝国からの新教徒の移民が小作人として入って行き、クローバー国の旧教徒はノルディック王国へと遣って来て居る。


 グルグル巡って信仰のスープでも作れそうだ。



 ノルディック王国では旧教徒への懲罰的課税と権利の迫害は当たり前だが無いので、旧教徒もそこそこに生活しやすいのでは無いだろうか。


 恐らく旧教徒の仕業では無いとスレイン少将は判断を下していたが、念の為にクローバー国から来る船のチェックは厳しくして居たけどね。



 さて、俺も通りをもう一回りして不審物や怪しい奴がいないか確認してから帰ろう。

 何事もなかったら、久し振りにローゼブル宮殿のチャーリーを訪ねて行ってみるか。

 表向きの俺の役職は、未だに近衛の少佐だからチャーリーの部屋までならフリーパスなんだよな。


 序にクランベル伯爵邸の厨房まで行って、チャーリへ渡すハーブキャンディーを預って行こう。



 しかし親父に言ったら腰を抜かすかもな。

 俺がクランベル家当主から直接雇われたって話したら。

 可笑しな話だよな。

 クランベル伯爵と俺達は、実際には薄い薄い血の筈なのに。


 クランベル伯爵を有難がる親父も逆らえない俺も結局は同じようなモノかも知れない。



 冷たい空気が晒された俺の頬や鼻の頭を吹き付けて消え去って行く。

 そろそろロドニアの街の風は凪いで行くのだろう。




 春の嵐が来る迄はロドニアの風は止まり、そして冬に成る。


 


 

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