EP81 メランコリック
【カイル・レスタード】
アホのケビンは本当にしょーがないな。
ジュリア義姉さんにプロポーズして了承されてから舞い上がっている姿は、我が弟ながら見てられない。
全くケビンは、本気でチャールズ兄さんが浮気した挙句に子供までいるジュリア義姉さんと離婚する等と思っているのだろうか?
未だ夏の日差しの残る高い青空を見上げ、僕は能天気に笑っているケビンの顔を思い出して、弟子と乗っている馬車の中で軽く舌打ちをした。
僕は、自宅からセントラル方面に或るオールド・ベリーのライブリッジカレッジへ混み合う通りを避けて貰い、カッター博士達の元へ辻馬車で向かっている。
6月に半ば、此のロドニアを大きく曲がって東南へ流れ、東西に分けていたラムズ川へウエストカタリナ橋が掛かり、ロドニア橋だけで追いつかなく成って居た混雑も、此れで通行量が減るかと思ったが、人や荷馬車や馬車の多さは相変わらずだった。
本来ならクリイム歴1680年頃からウエストカタリナ橋を建設する構想があったのだが、ラムズ川を運行する渡し舟の船頭たちやロドニア市の強い反対で断念し、1700年代に成っても幾度か橋作りを提案されたのだが議会を通らなかった。
そしてやっと議会での着工の決議が通ったのは、クリイム歴1749年のアルバート3世が亡くなる1年前だった。
王家や貴族・ジェントリなどからの個人資産や譲与金、宝くじで建設費用が賄われた。
途中で資金が足りなくて紆余曲折あり今年無事開通し、6月中頃に式典が行われた。
足りなく成ったのは、アルバート4世の所為たっだりするのかも、と僕は睨んでいるのだけどね。
ウエストカタリナ地区から北西へも新たな建物がどんどんと建設されて、サース・コート港へ向かう混雑がヤバかったので、僕の期待が大きかった分、少し肩透かしを食らった気分だった。
通りを行く人々の賑わいを見るのにも目が疲れて来たので、僕はまた雲を追い掛け高い空を馬車の座席から見上げる。
チャールズ兄さんが滞在していた広大なローゼブル宮殿では、こんな喧噪と無縁だったなと独りごちる。
それにしてもチャールズ兄さんに何があったのだろう。
万が一、チャールズ兄さんが他の女性に心変わりをしたとしても、あの優しい人がジュリア義姉さんや子供達を傷つける選択をするとは僕には如何しても考えられないのだ。
我が家で一年近く暮らしているジュリア義姉さんは、物静かな女性だが意に染まぬことを唯々諾々と受ける様なタイプには見えないし、容姿は全く違うが、どことなく亡くなったエルザ姉さんの性格とも似ていてチャールズ兄さんとも気が合いそうに思えた。
夫婦喧嘩は犬も食わぬ。
と、世間で言われているのも知っているが、兄がジュリア義姉と喧嘩する様子など僕には全く想像がつかない。
そしてケビンは、チャールズ兄さんの妻であったジュリア義姉さんと一緒に成ると言う始末。
アホなケビンが言うだけなら未だ分かるが、常識的なチャールズ兄さん迄がそれを祝福するとか、僕には理解が出来ないよ。
娘のソフィアたちだって混乱するだろうに。
僕がそう言うとチャールズ兄さんは少し目を伏せて申し訳なさそうな声で話した。
「俺の我儘で振り回してしまうソフィアとシャロンには申し訳ないと思っている。子供の為に我慢するって言うのが親かも知れないけど、でも其れをするには人生って短いからなあ。やり直せる道があるなら修正しながら生きていくしかないしね。でも事情を理解する年になったらソフィアやシャロンには嫌われるんだろうなあ。」
大きく溜息を吐いてチャールズ兄さんは切なそうな瞳で僕を見た。
あんな悲しそうな眼をチャールズ兄さんにされたら、誰だって「大丈夫だ。」って慰めてしまうと思うのだ。
僕じゃなくてもね。
だから当然、僕もチャールズ兄さんに「大丈夫。」って言って慰めたよ。
ホントに、昨年フリップ義兄さんが亡くなってからこっち僕の周囲は慌しく変化していて、外科医の資格を取れた事をゆっくりと喜んでも居られない状況だ。
オマケにチャールズ兄さんの完璧な顔を殴った言語道断な奴まで出て来るし。
まあ、久し振りにゆっくりとチャールズ兄さんの顔を眺めて居られるのは嬉しかったが、腫れが引くまでは痛々しくて、僕が変わりたいと何度呟いたか知れない。
殴った相手は酔っ払いだったらしく、取り押さえるのも難しかったらしい。
チャールズ兄さんが下手に手を出さなくて良かったよ。
暴行を働く奴が大人しくするとは思えないし、反撃されてチャールズ兄さんがアレ以上酷い目に遭わされたかも知れない可能性を考えて、僕はゾッとした。
コーデリア殿下もチャールズ兄さんを心配して護衛を2人ほど着けてくれた、とデイジーが申し訳なさそうに僕へ話して呉れた。
「出来れば僕が護衛としてチャールズ兄さんに就きたい位だったが。」
僕がそう言うとデイジーが苦い顔をして「それって兄弟でお金を遣り取りするだけで意味ないわよね。それにカイル兄は満足だと思うけど、チャーリー兄さんって話せない事柄が多いから邪魔だと思うわ。」と溜息を吐きつつ答えた。
「それよりもカイル兄って結婚は?、、、て、或る訳ないわよね、カイル兄だし。」
妹の癖にデイジーはそんなコトを言った。
自分が狙い通りの相手と婚姻したと思ったら生意気な口を利く。
よりにもよって、昔、僕が世話に成って居た上官と婚姻する等と初め聞いた時はこれっぽちも信じられなかった。
あのヤリ手のスレイン少将にデイジーはどんな手を使ったのやら。
デイジーに揶揄われる迄も無く、僕も一応は幾人かの女性と付き合ってみたが、未だ結婚しようと思える相手とは出会えていなかった。
女と違って大体男は35歳くらいで婚姻する奴もいるし、強いて後継も必要とされてない僕が焦る必要もないしな。
それにしても上品さと対極にあるデイジーの言動を想うとスレイン少将の気が知れなかった。
スレイン少将を公平な方だと尊敬していただけに「玉の輿に乗る」が口癖だったデイジーのチープな魔の手に落ちてしまったか、と思うと若干残念な気持ちにもなって仕舞った。
婚姻式後挨拶した時に「カイル義兄上と呼んで方が良いか」と、スレイン少将に問われたので「カイルと呼び捨てでお願いします。」と、僕は頭を下げた。
艦長と読んでいた相手に義兄とか呼ばせられるか。
ホント、如何してなんだ?
ケビンにしろ、デイジーにしろ、アランにしろ、うちの家族は自由過ぎる。
そう日々を苦悩しながらも僕の日常は続いていた。
そして僕は馬車に座った隣にいる13歳のバーニーを眺めた。
師匠のカッター博士から預かった賢そうな少年だった。
僕以外にもライブリッジカレッジへ通う外科医へ7年間の修業期間を任されている。
最終的には僕が受けたような外科医組合の試験に受からないと資格は与えられないけど、器用だから大丈夫だとは思う。
父親は水道管作りの職人だが、8人兄弟で下から2番目のバーニーは建築関係の仕事以外を遣りたくて、国教会が運営している学校で読み書きを学び、教会からの紹介でカッター博士の元へ遣って来た。
カッター博士は、有能な外科医なので常日頃忙しく、おまけにゾロゾロと弟子を引き連れて患者の元へは行けないので、今でもカッター博士の弟子であると自認している僕達みたいなモノ達へ、任せることにしたようだ。
ペーペーの俺達は薬なども扱い町医者としてライブリッジカレッジ近くに或るセント・バリーズ教会に併設された病院で実地治療の訓練をしていた。
此れは空く迄も技術習得の為、行っている治療でもあるので、珍しい症例だと博士達も現れて皆が集まりショータイム化をしてしまうのは許して欲しい。
実費は頂くが技術料は良心的値段にしているつもりなので。
稼ごうと思ったら開業医に成らねば成らないと行けないのが悩ましい所でも或る。
おまけに外科医は報酬も安いしね。
ロドニアで開業するには、中々に不動産は高いのだ。
我が家の問題と僕の将来の問題を揺られる馬車の中で考えて、長閑に晴れ渡っている高い空を見上げ僕はメランコリックな想いに囚われ乍ら、馬車に揺られてライブリッジカレッジへ向かうのだった。




