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EP80 バンビーナ!



【コーデリア殿下】



 私は、ローゼブル宮殿に或る2階のホワイト・ドローイング・ルームで、腫れが引き、元の整った見目に戻ったチャーリーと、近々行われるブレイス王室主催のロイヤル・アスケット(競馬)の件で話をしていた。


 元々はアルバート4世伯父さまが、ウィング城近くに或る広大な丘で、6頭立てのチャリオットで馬を操り走らせていた。

 そして、その丘を美しく駆けている馬たちを見て、アルバート4世伯父さまはクリイム歴1725年にウィング城から10km離れたアスケットの丘に競馬場を建設し、友人達を集めて競馬を始めた。


 歴代の王族も乗馬が好きで、他にも馬好きな貴族やジェントリが多く居た為、ロドニアに或るウエストカタリナ宮殿近くの広大なイーバリー・パークでも、馬を走らさせる事が出来るようにコーナーなどを設けてられていた。


 心地良い季節には紳士たちがイーバリー・パークのコーナーで馬を駆けさせたりしていた。

 ちょうど此のローゼブル宮殿に或る西に広がるローゼブル・パークから、北西に位置する場所にイーバリー・パークがあり、其処へ直接行くことが出来るキングス・ロードも造られていた。

 


 国内外で売られる馬の多くを輩出している、ブレイス北西部に或るテェスターのニューマーケットでクリイム歴1620年頃に競馬場が出来て、それを切っ掛けとしてブレイスの名馬サラブレッドなどが産み出されたりもした。

 アルバート4世伯父さまは此のニューマーケットをアスケット競馬場を造る手本にされたみたいなの。



 新しい事と賭けが好きなブレイスの上流階級の者達が飛びつかない訳は無く、私からすればお祖父さまになるアルバート3世陛下も競馬を愉しみされ、馬好きな人々たちが自慢の名馬を持ち寄り、気候の良い5月の下旬4日間を王家主催の競馬が行なわれるようにした。


 アルバート3世お祖父さまが、唯一アルバート4世伯父さまを褒めたのモノが、此のアスケット競馬場建設だったと、私にクランベル伯爵が教えてくれた。


 いつの間にか王家のロイヤル・アスケットと言う公式行事に成って居たらしいの。



 「陛下は難しいと思うわ、チャーリー。侍医も今油断して無理をすれば、また倒れられるかも知れないと懸念を示されているの。」


 「そうですか。蜜香病(メリタス)(=糖尿病)は、急に良くなるモノでも在りませんから。ではコーデリア殿下とアデル皇后で観覧されると王室警備の方へも伝えて於きましょう。」


 「それが終わった下旬からは、トゥルーピング・ザ・カラーね、チャーリー。」


 「ええ、5~6月は公式行事が多いですからね。陛下が倒れられてしまったので、コーデリア殿下が成人を迎えられておられて良かったです。しかし先月から、ずっと立て続けで倒れられた陛下の代わりを務められて、疲れて居ませんか?コーデリア殿下。」


 「ふふっ、大丈夫ですよ、チャーリー。未だ未だ私は若いですし、アデル皇后もいらして下さってますから心強いわ。」


 


 私は、心配そうに問い掛けるチャーリーに、明るく答えて笑顔を見せた。



 私達母娘の事でアルバート5世伯父さまに心労を掛け、只でさえ暗殺未遂も起され精神的にも疲弊されて大変だった所へ、アデル皇后が2人目の王女さまを1月に出産された時、出血が収まらずに一時命の危機に晒されてしまった。


 その後、カッター医師に治療を委ねられて、誕生された皇女もアデル皇后も快癒され、私も含めアルバート5世伯父さまもホッと安堵したのだった。


 それから安堵されたのか伯父さまは、公務が終わるとアドミラル時代の同胞と痛飲していると女官長の母を持つグレイスから聞かされて、私も心配していたのだけど、アルバート5世伯父さまが倒れられたと聞いて驚いてしまった。


 丁度私は、フロラル王国のポルテ16世が病に倒れたと報告を受けていた時だったから、余計に驚いてしまったのかも知れない。



 思えば、アルバート4世伯父さまが亡くなられてから5年余り。

 アルバート5世伯父さまは、環境が変わっただけでなく、オーニアス=神聖ロマン帝国とフロラルス王国やエスニア帝国との戦争に、クローバー州とノルディック州の内乱と独立への争いと気の休まる日が無かったモノ。


 次から次に起きる問題を報告され、アルバート5世伯父さまの考えを述べても、ベルフ首相たちから参考意見としか取り上げらず、フラストレーションが溜まって行っているのをウエストカタリナ宮殿へ伺った時、私は伯父さまから感じていた。



 そんな中クランベル伯爵は、あれ程邪険にされたベルフ首相から頼まれて、ノルディック王国との地域協定についての話し合いに外務卿たちへ同行してあげたりしていた。


 私は思わず、「リバティ党に任せて於けばいいのに。」って嫌味を言うと、「まあ、下手に動かれて実は、再度ノルディック王国へ攻め込む機会を狙っているなどと気付かせたくないので、私が伺うのが、丁度良いんですよ。」と、綺麗な笑みを作ってクランベル伯爵は笑った。



 現在は、トール党の温厚だけど少し嫌味なレベット伯爵が首相に成り、外務卿にクランベル伯爵の友人であるダスティン・レンフィール公爵が就き、枢密院議長に伯父さまの盟友の1人だったハークリー男爵が就いたりと以前より気兼ねなく私達も過ごせていた。


 それも、アルバート5世伯父さまの気が抜けた要因の1つかも知れない。


 今回は、リバティ党だったクレム・ベルフ首相の汚職と言う増税後の自爆総選挙だった所為か、リバティ党を抜けて選挙に立った議員も多くて、450の庶民院の議席定数でリバティ党が72議席と言う結果に成り、ライト党が議席を伸ばし61議席を確保した。

 


 

 昔は、幼かったせいもあって気付かなかったけど、政府人事が変わると矢張りガラリと空気が変わるモノなのね。



 一時は、宮殿の女官や侍女たちがベルフ首相らにより、リバティ党関係者ばかり配置させられていたけど、選挙でトール党が勝ちスッカリ入れ替わった。

 ベルフ首相達が作った法案である宮廷人事を宮内長官が采配するというモノが裏目に出た形だ。



 私は、アルバート5世伯父さまと話合い、自分達の側近は選挙での影響を受けない様にし、国王の意向を受けたモノとして貰う事をクランベル伯爵へと頼んだ。


 クランベル伯爵は、「承知しております。」と私達へ力強い返答を返して呉れた。





 ベルフ首相たちが私の傍に居た女官や侍女を解任して、議会から推薦で来た人たちに代わってから、恥ずかしい話だが、私は初めて女官や侍女たちの重要性に気付いたのだ。


 それ迄は、ギボンズが寄こした女官にだけ注意を払っていたが、グリンジットハウスにいた議会が寄こした彼女らの無遠慮な視線や此方を探るような動向は、私の神経を擦り減らしていったのだ。


 折角16歳に成った折り、ギボンズに命じて娘のダイアナをグリンジット・ハウスから辞さしたのに、不快なダイアナが大量に私の周りで動いているような錯覚で、慢性的な頭痛に悩まされるようにも成って居た。


 アルバート4世伯父さまが亡くなる前に、クランベル伯爵と相談し、私の側近へデイジー達を配し、動かせないように記していて呉れなかったら、ギボンズに脅迫されていた頃、私は気が変に成って居たと思うわ。




 そのギボンズは陛下から死を賜り、ひっそりと泉下へと向かい罪を(あがな)った。


 私は、母もギボンズと同じように陛下から死を賜ると覚悟していたけども、クロス島に或るアーリーパレスでの禁固刑と成った。


 クランベル伯爵から伝えられた其の言葉で私は救われ、アルバート5世伯父さまの優しさに感謝した。



 私の父であり母の夫でもあった王弟殺しの首謀者として母の罪は、私の治政へ悪影響を及ぼすとして秘密裏に(カタ)を付けたが、王族殺しは大罪である。

 謀殺を話をしただけで過去、反逆罪として罰されていたのだ。


 だから私も母の死を覚悟していた。



 すると幼かった頃、私を抱き締めて、暖かく接してくれていた母の顔や温もりばかりを想い返してしまうように成ったのだ。


 日頃の高圧的な表情や声などは消え去り、「愛しい私のコーデリア。」と母の生まれ故郷であるアハルト公国のゲルン語で話し掛けてくれていた事ばかりが脳裏に浮かんでくるのだ。


 養育係にグレース夫人が就いて呉れるように成ってから、私は母へ期待する事を徐々に諦め、10歳に成ると母を見るのを辞めてしまった。


 例え私が母に何かを(もたら)せるよう接していたとしても、既に罪を犯していた母を救う事は出来ないけど、宮廷や社交の場で母に出会った人達から、「高慢で感情的なアハルト公国の女」と、呼ばれないように出来たのではないか。


 色々と無為な思考で悩みながら私は改めて知ったのだ。


 私は、母を愛していたという事に。


 ギボンズから証拠の品を取り上げる事をチャーリーとの話し合いで決めた時、私も母の処罰を覚悟していた筈なのに、ギボンズへの断罪を知った後、私は母の死罪を実感するように成って居た。



 私は、母を死へと導いてしまったのか。


 

 私は、ギボンズから脅迫されていた時とは違う胸を締め付けられる苦しみに耐えていると、暫くしてクランベル伯爵から、母の禁固の決定を聞き全身の力が抜けて行った。



 「コーデリア殿下が国王に成られた時の宿題が、また一つ増えましたね。」



 クランベル伯爵はそう言って、私に綺麗な笑みを浮かべてみせた。


 私は、知らない内に涙を流していた。






 


 「、、、コーデリア殿下?コーデリア殿下?」


 私はチャーリーにの呼び掛けに気付き、顔を上げてチャーリーの用を静かに問うた。

 いけない、いけない。

 ギボンズの事を思い出していて、チャーリーと話していたのに遂、母の事を考えて仕舞っていたわ。

 確りしなくては。



 「矢張りお疲れでは無いですか?コーデリア殿下。もし軍旗敬礼分列式に陛下が快癒なさってなかったら、その後の参列された方たちとのパーティーへの出席を辞められては如何ですか?トゥルーピング・ザ・カラーは、アルバート4世陛下が55年に軍旗の色をヨーアン諸国で決められてから出来たモノなのでパーティーの方は其処まで格式張ってはいない筈です。ですので陛下が居なければ、コーデリア殿下も休まれても大丈夫だと思いますよ。」



 オーニアス=神聖ロマン帝国継承戦争が終わった後、領地国境線の確認でヨーアン諸国で話し合った時に、戦争には全く興味のないアルバート4世伯父さまが各国の王たちと軍旗と制服の色を決め、意気揚々と帰国し、軍服と軍旗を赤で造らせて始まったトゥルーピング・ザ・カラー。

 


 確かに歴史の浅い記念行事だが、徴税しているのは軍事費の為であるし、軍が絡む式典などは王族として疎かにしては成らない、と私は学んでいる。



 「いえ、他国の方もいらしているし、アデル皇后も参加為されます。陛下がご出席されないようでしたら余計に私が参加しないと。でも気遣って呉れて有難う、チャーリー。」



 私はそう言って心配そうにトパーズにも見える瞳を曇らせているチャーリーへ笑顔を見せた。



 それから運ばれて来たミルクティーのカップへ口を付けて居ると、チャーリーは少し躊躇って私へ尋ねてきた。





 「そう言えば、以前会われたトカーナ大公の次男の方は如何でしたか?陛下が倒れられてからコーデリア殿下からの返事が無いと、モスコミュール公爵が心配して居りましたので。」


 「ああ、南グロリアのあの方ね。良い方なのでしょうけど、私とは年が離れ過ぎていますから。それに私の事をバンビーナ!って呼ぶのですもの。幼くて悪かったわねって思ってしまったわ。きっと年の近い美しい方との方がお似合いだと思うわ?チャーリー。」


 「いや、それはきっと幼いでは無くて、コーデリア殿下のコトを小さくて可愛いと、、、あっ!失礼しました、コーデリア殿下。」


 「いいのよ、チャーリー。小さいのは真実ですもの、、、ふっ。ふふっ。」



 私は、敢えて頬を膨らませてチャーリーに答えて噴き出した。


 通訳の方を交えて私を褒めて下さるのだけど、太陽に愛されている南グロリアの方は、小麦色の肌に艶やかな黒髪とキラキラと輝く情熱的な黒い瞳を私に向けて来て、その眩い生命力に圧倒されてしまった。


 グロリア語は解らなくはないけど、彼の話すスピードは速くて私の語訳は、それに追いつけなかった。





 母が、ギボンズみたいな男に溺れて行ったのは言葉も通じない見知らぬ国で、唯一会話が出来たのがギボンズだけだったからだと私は考えている。

 だから、私は婚姻する相手には、ある程度ブレイス語が分り、周囲と意思の疎通の出来る相手をと望んでいたのだ。

 彼が私の好みでないのも大きいが、知らない土地で孤独で居る人間ほど、他人から利用されやすいモノはないだろう。

 

 トカーナ大公の王弟が善なる人であっても、利用されて仕舞えば、我が帝国に取って悪になって仕舞う。

 私の母がそうなってしまったように。


 私は、通訳を介さねば成らない相手との婚姻は無い事をチャーリーに話し、スッカリ存在を忘れていたトカーナ大公の王弟へ心で詫びながら、私はチャーリーへ此の縁談を断ることをキッパリと告げた。



 『バンビーナ』の意味が幼くて可愛いかろうが小さくて可愛かろうが、私には関係の無い事なのだ。

 だからチャーリーも気にしないで。



 そうして私は二杯目のミルクティーをゆっくりと口にした。




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