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EP79 ブラックジャーナリスト



【クランベル伯爵】



 以前から、酒の飲み過ぎで体調を崩されていたアルバート5世陛下が熱を出され、いつもは午後から顔を見せる執務室にいらっしゃらなかった。

 心配に成った私は、ウエストカタリナ宮殿2階に或る執務室に入り、私を待っていたアッシュ補佐官と陛下の様子についての会話を続けていた。



 「酒は控えるように私は忠告していたと言うのに。陛下はまた大量に飲んでいらっしゃったのか?アッシュ。」


 「はい。クランベル伯爵がローゼブル宮殿へと向かわれた後で、アドミラルを退役した方々と、酒を肴に酒を飲むと言う具合で。皆様も蟒蛇ばかりなので昔話に花を咲かせて飲んで居ます。一応はクロード秘書官は留めようとするのですが。」


 「ヤレヤレだね、アッシュ。全くフロラル王国のポルテ16世が、ラ・クロンブリオント宮殿で愛人といる時に倒れられたと言う報告が届いた矢先、陛下までも臥せって仕舞わられるなんて。」


 「申し訳ありません、陛下がお酒を召されるのをお止めする事が出来ませんでした。」


 「いや、クロードやアッシュたちでは、酒好きの陛下を留める事は難しいだろう。ちょうど議会の開会宣言と施政方針演説を終えた時期で良かったよ。侍医はなんと?」


 「はい、元々が蜜香病(メリタス)(糖尿病)も患われていた所へ此の所の連日に及ぶ痛飲だったので、暫くは酒を断ち安静にされるよう侍医は申しておりました。恐らくコーデリア殿下の成人記念式典が恙なく行われて、ホッとされたのだろうと。ボクごときが僭越ですが。」


 「そう、有難う。では私は部屋に戻っておくよ。後は頼んだよ。アッシュ。」

 「はっ。」



 私はネコ科のしなやかな肉体を持つアッシュ補佐官へそう告げて、サーバントたちが開いた重々しい扉を潜り、豪奢なロイヤル区画を抜け広く長い通路を進み部屋へと戻った。


 アールと共に部屋に戻り、ラムズ川を臨めるソファーへと私は静かに腰を下ろして、室内にいるメイドへ珈琲を持って来るように命じた。



 ずっと陛下の気掛かりだったギボンズとコーデリア殿下の母親ノイザン公爵夫人との一件が片付き、コーデリア殿下も無事18歳の成人を迎えられた喜びと、口煩く酒を飲むのを止める私が晩餐前にはウエストカタリナ宮殿から帰って行き、気兼ねなく仲の良い老兵のみで旨い酒を飲み交わしているのだろう。


 アドミラルの連中が飲む酒の量は底なしだからね。



 鴉の塔で自省し祈りの日々に居たギボンズだったが、やはり王族を手に掛けた罪は赦されるモノでなくアルバート5世陛下から昨年の終わり頃、ギボンズは密かに死を賜った。

 そしてコーデリア殿下の母親であるノイザン公爵夫人は、此の先月、北西に或る王家所領のクロス島へ送られた。

 病気療養という名の禁固で或る。


 コーデリア殿下は、母の死を陛下から賜ることも覚悟して居たらしいのだが、クロス島に或る城での軟禁だと言う陛下のノイザン公爵夫人への処置に深く感謝していた。

 陛下としては、ノイザン公爵夫人がロドニアに居て良からぬ誰かに利用される事を懸念し、勝手に近付くことが出来ないクロス島へと閉じ込めたのだ。


 コーデリア殿下が、厳しい口調で母であるノイザン公爵夫人を批判し、アルバート5世陛下へ小さな身体を更に小さく折り曲げ、母ノイザン公夫人の代わりに陳謝している姿を見て、陛下は母親を慕っていることも感じ取った。


 なので、アルバート5世陛下は、コーデリア殿下が国王に成った後で、彼女に母親のその後を託したと言える。


 「儂とは価値観が全く違う弟であったし、殆ど会うことも無かったので弟ノイザン公に対して未練はないのだが、妻であったアレの顔を見たり存在を感じれば苛立ちが大きく成る。それにコーデリアも1人に成り、母親の呪縛を解く時間が必要であろう。アレがコーデリアの傍に居ると、またアレコレと引っ張り回す姿しか思い浮かばぬからな。」


 此の判断は、ノイザン公爵夫人がコーデリア殿下を産んで呉れた事へ対してのアルバート5世陛下から齎された最大限の配慮であろう。



 それにノイザン公爵夫人の弟であるレオナルド公が、ギール王国の次代の王となり、またアルバート3世の娘であった亡くなったメアリー公爵夫人とレオナルド公との間に生れた娘のメアリー様をアルバート4世との話し合いで、ブレイス帝国へ残して呉れている。


 まあ、レオナルド公の善意という訳でないのは当たり前で、王領に或る一部の領地と多額の年金をアルバート4世が支払い、アルバート4世の亡くなられた後でレオナルド公がギール王国へ行くのが決まると、ギール王国との永続的な同盟をアルバート5世と約束していたりと中々に計算高いお方だった。



 それでも王族外交として必要な正統な王女がブレイス帝国に居なかった為、メアリー様の存在は有難いのだ。



 実際の所、クリイム歴1572年のエリザベス1世時代に、ブレイス王国へ攻めて来たエスニア帝国の無敵艦隊を破るまで、我がブレイス王国は片田舎の2流国とヨーアン諸国からは見られて折り、マックス8世の頃までは、王族の婚姻はクローバー王国やノルディック王国、そしてフロラル王国から大陸を追い払われる迄、ヨーアン大陸に在った僅かな縁でノーヴァ公国や弱小の選帝侯国としか婚姻が出来なかったのだ。


 その点で言えば、ノルディック王国はヨーアン諸国との外交がブレイスよりも、一歩秀でていたのかも知れない。

 

 



 考えて見れば、旧教徒国であるエスニア帝国から嫁いできた皇女に対してのマックス8世や初代クランベル達の仕打ちは、顔面を殴打して宣戦布告しているようなモノで或る。

 特に、マックス8世と初代クランベルが仕出かした頃は、エスニア帝国の皇女の従弟がロマン教皇について居たのだから。


 しかし旧教の侭で合ったら、エリザベス1世は国王に成ることも出来ず、フロラル王国やエスニア帝国の版図に組み込まれていただけだと思うと、初代クランベルとマックス8世の判断は、強ち間違っては居なかったのだろう。



 何が災いとなり、幸いとなるかは、その時代を生きる者には判らないモノなのだろう。




 

 それに選挙でトール党が大きく議席を伸ばし、旧王党派と呼ばれていたトール党に属していた貴族議員達も、リバティ党議員の目を気にせずウエストカタリナ宮殿で過ごせるように成り、陛下も旧友たちへ声を掛けやすくなった。


 トール党議員の全てが陛下の味方という訳では当然ないが、リバティ党が大敗し、陛下のなさっている事を一々監視して来る者達が激減した事は、アルバート4世が亡くなられて以降、神経を張り詰めさせていた陛下にすれば、やっと息が出来た心持だったのだろう。


 それ迄はストレスから1人寝所で酒を呷っていたのが、今は旧友たちと昔に戻って豪快にグロッグの酒樽を開けて行く。

 私は、此のグロッグと言うラム酒を水で割った酒は遠慮願いたい口で或るけども。

 きっとグロッグは陛下を含めた彼等船乗りにしか判らない味なのであろう。



 アルバート4世と違いアルバート5世陛下は素直な方なのに、ベルフ首相達は持って回ったやり方で陛下の力を弱めようとするから陛下も反発し、ベルフ首相に敵対している議員達を纏めるよう私に命じて来るのだ。


 全く陸軍だけでなく、アドミラルの名目上の総指揮権と王家直轄の港を議会へ移そうとするなど、不敬も甚だしい。

 啓蒙思想に感化されリバティ党へ入っていた貴族議員ですら、ベルフ首相達の其の不敬な発議には反発していた為、若手のトール議員たちでも充分議会で対応可能だったが。


 



 しかし前回の選挙は保守で或るトール党がリバティ党に競り負けたのは事実であった。

 現在約500万人いる中の3%の有権者の心が変容していったのかと心配したモノである。

 まあ東海バブルが破綻した時に、上流階級の3分の1は実質変容してはいるのだが。



 トール党の貴族議員達の主戦場は如何しても宮廷の或る社交界なのに対して、啓蒙思想を標榜しているリバティ党議員たちは、複数の新聞会社を持ち貸本屋へもパンフレットを出したりして、議論の場である珈琲ハウスや広場で知識層を取り込み、新たな価値観で戦いを仕掛けて来ると言う遣り方なので、今までの宮廷闘争とは違う対策を取らなければ成らなかった。


 私として遣った事は、新たな思想への警鐘やオルテール達のライバルへ論文など書籍を出版させたり、ギボンズが告白したベルフ首相達の汚職をパンフレットで暴露したりと、芸の無い事に彼等の2番煎じでは或るのだが、それなりに効果は出たようだ。


 告白したギボンズの複雑な心境も一応はクランベル家史に記しては居るが私からすれば些事で或る。

 息子に渡した折り、私には理解出来ないギボンズの心持を如何思うか、聞いて見たくも或る。




 しかし少なくともベルフ首相達たちよりも、アルバート5世陛下の方が臣民達の事を考えていらっしゃるのを私は知っている。


 陛下は13歳の頃から名を変え、身分を偽り士官学校へ入り、1から訓練し同僚たちと港で飲食したりして、一般の水夫や海兵隊たちの生活も知り、何とか彼等の賃金を上げれ無いかと苦慮されて来たのだ。


 それが王の資質であるか如何かと問われたならば、私も返事に窮するがアルバート4世とは違う意味で、好感の持てる人柄では或る。



 時代などで求められる国王像の違いでもあるが、歴代の王の非道をぶりをクランベル家史書で読んでいるだけに、私は2人の国王陛下たちを好ましいと思い見ている。


 私が就いた時には酷い負債を抱えていたアルバート4世だが、流石にフロラル国王だったポルテ16世のように4度も国庫を破産させる程、未だ放蕩ぶりは其処まで酷くはなかったと言うのも或る。

 ブレイス帝国と違いフロラル王国は、公妾や法服貴族達に権力を担わせ、好き放題に国庫を使わせ過ぎている所為もあるが。



 それにアルバート4世の美に拘り続けた放蕩ぶりは、今もロドニアを中心に各地へ新たな建築様式を拡散させフロラル王国の模倣のみだったブレイス帝国が、自らの様式をヨーアン諸国へ輸出するようになった。


 また、アルバート4世の依頼により調度品や家具が作られ、新たな技術も生れた。

 湯水の如く消費された国王の財産は、図らずもロドニアに好況を産んでいた。




 そう言えば急進的なリバティ党のロドニア市長イーサン・デーマが自身が発行する新聞で、ギボンズがノイザン公爵夫人だけではなく娘であるコーデリア殿下とも男女の関係である、と言う煽情的な中傷記事を書いて発行したので、扇動誹謗罪と不敬罪で起訴させたが、フロラル王国へ逃亡して懲罰を逃れ庶民院を追放され不在の侭、裁判で有罪と成った。


 イーサン・デーマは、手広く遣っている商売の合間に、貴族院やトール党への妄想中傷記事ばかりを書いていたブラックなジャーナリストであり、ロドニア市長も遣っていた議員だった。



 記事を読んだチャーリーは、真っ直ぐに整えた金色の右側の眉山を器用に上げて、不快感を露わにして「下らない。」と吐き捨てるように呟き、記事を一言の元に切り捨てた。


 イーサン・デーマが妄想の赴くままに書いた記事は、有りそうに思えるコトが多く、読んだ者達から好評を得てるだけに始末が悪い。

 有罪に成ってもロドニア市民からは、市長復帰願いの嘆願が出る始末だ。


 

 陛下の体調が戻られる前に、発行されている新聞と言うカテゴリーで出版出来るモノのガイドラインを決めて於こう。


 妄想を記したモノは、信じるに値しないと言う線引きは必要であろう。





 どの道、徹底した市場主義のロドニア市長に成る議員は、反国王で或ることが有権者から求められる為イーサン・デーマだけを排除しても意味を成さないだろう。


 ロドニアの始まりは、セントラルと呼ばれたロドニア府で国王が政を行っていたのだが、アン女王の頃から国王によるロドニア市への介入を制限するコモンローが出来てから、徐々に行政は西に或るウエストカタリナ地区へと移してきた。


 

 ロドニア大火後、ギルバート2世が議会堂をウエストカタリナ地区へ移してから、ロドニア市は王に寄る僅かな圧力でも拒否反応を示すように成った。

 特に、ロドニア橋の或る金貸しと株屋の街と呼ばれているセントラル(旧市街)は、反権力を謳う面倒な地域に成って仕舞った。


 それに対しての対応策も此れからは考える必要がありそうだ。




 私は運ばれていた珈琲に口を付けて、アールへヒューイを呼ぶように伝えてから、二階の窓の外に見える雄大なラムズ川へと視線を移した。




 本格的な夏に向けて、穏やかな日差しが徐々に眩くなってきている。

 穏やかに流れるラムズ川の水面が金色に輝き揺れて、私の脳裏に愛しいチャーリーの黄金の瞳を思い浮かばせた。




 ああ、チャーリーと出逢った夏が来る。




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