EP78 メンズ・ブラザーズ
【デイジー・フォーリー】
家の馬鹿兄さん、あっ、ケビン兄じゃなくてチャーリー兄さんの方ね。
信じられなことに離婚する手続きに入っているのですって。
私は、コーデリア殿下の成人記念式典も無事に終了して、久し振りに実家へシーズン中の予定を話しようと顔を出したら、自室で旅支度をしていたアランが手を止めて、若干楽し気に報告して来た。
アラン。
あなた含み笑いをしている場合じゃ無いでしょう?
部屋に置いている長椅子へアランは腰を掛けて、ウォルナットのローデブルに置いてある淡い桜色のマグカップでカモミールティーを飲み始め、手を休めて一息ついていた。
アランは女の子みたいに金色の髪を伸ばして、後ろでポニーテールにしている。
チャーリー兄さんから女の子じゃないのかと疑惑の目を向けられてたけど、仕草や話し方を見聞きしていたら仕方ないと思うのよね。
アランの仕草は私よりもトラウザー姿でも淑女っぽいし。
昔は、こんな事なかったのに。
子供の頃に遣ってたら当然アランを私が揶揄って、ついでに矯正しているわ。
父親似である私の少しくすんだクリーム色の髪からしたら、羨ましい母さんと良く似たブロンドヘアのアラン。
チャーリー兄さんは素敵な胡桃色で美味しそうだって褒めてくれるけど、そうやって褒めてくれるのは、、、あっ、今は夫のスレインも同じことを言って褒めてくれてました。
まあ、私の髪の話は兎も角も、チャーリー兄さんは何を考えているのかしら。
「折角、ジュリアお義姉さんがレスタード家へと住み始めたのに。子供達は如何する気なのかしら?アランは聞いてる?」
「ふふっ、まあね。母さんが戻って来る迄は此方に住むようだよ。ジュリア義姉さんは未だ若いし、子供達はチャーリー兄さんが引き取る様だよ。準備期間が或る間にケビン兄は、屋敷を準備しないとだよね。ねっ?デイジー姉。」
「えっ?ケビン兄?待って、正か。」
「そそっ、チャーリー兄さんとジュリア義姉さんが離婚すると決まってから、って言うか、その前にケビン兄は、ジュリア義姉さんへプロポーズして受け入れられたみたいで、デレデレで締まりのない顔をして2階をウロツイテいるんだから。デイジー姉にも見せたかったけど、暫くはプリメラ大陸の西部に任務で出掛けているから、見せれないのはオレも残念だよ。」
「信じられない、、、。」
「でも一応は不義密通では無いし、デイジー姉が心配してたような野獣ケビン兄に、無理矢理ジュリア義姉さんが喰われる事もなくなったのだから良くない?それに考えないのが信条だったケビン兄が珍しく理性を装備して、チャーリー兄さんを説得に行ったのかと思うと、ゴリラも成長するんだなとオレは生命の神秘に感動したよ。」
「アランの感動はどうでも良いから私。でもケビン兄のプロポーズって言っても、互いに再婚が出来ないじゃないのよ。」
「ケビン兄は、エロいジュリア義姉さんの身体だけあればそれだけで良い、ってオレやカイル兄の質問へそう答えて、顔を真っ赤にしたジュリア義姉さんの扇で背中を軽く打たれていたよ。ふふっ。ケビン兄は素直が過ぎると言うか、さあ。」
「ケビン兄は一言多いのよ、アラン。ジュリアお義姉さんが居てくれるだけで良いって言えば、少しは格好が良いのに、ホントに馬鹿よね。ケビン兄って。でも他の人に知られたら、ジュリアお義姉さんが兄から弟に乗り換えた自堕落な女性って後ろ指を指されてしまうわ。亡くなった兄の代わりに弟と再婚する、って話は偶にあるけど、離婚して弟とくっついちゃうとか女性達の顰蹙を買いそうだわ。」
「ん?デイジー姉は、ケビン兄とジュリア義姉さんとのコトは反対なの?」
「うーん、どうしても私は忌避感が拭えないのよね。アランはどうせ面白そうだから良いや、っとか思って軽い気持ちで賛成しているんでしょうけどっ!この家に居るのがお母さんの帰るまで、って理由も判ったわ。お母さんが知ったら発狂して酷いことに成りそうだもの。」
「普段はオレとも話しが合うのに、案外とデイジー姉も頭が固いよなあー。」
そして、アランは父さんに似た顔で可愛らしく両頬を膨らませた。
可愛い、、、くは、無いわね。
あの真面目なお父さんが、アランのような乙女のような仕草や表情を作ってる姿を私に想像させないでよ、バカのアラン。
アランて、顔の作りは父さんに似ているんだから。
真面なのはカイル兄くらいかしら。
いえ、アレを真面だとは私も皆と一緒で認めたく無いし。
他の女に現を抜かすチャーリー兄さんもチャーリー兄さんなら、兄の嫁を盗っちゃうケビン兄もケビン兄で、面白がってばかりのアランもアランだ。
エルザ姉さん。
我が家のメンズ・ブラザーズ共は救いのないおバカな奴等ばかりです。
兄弟たち皆のバカが飽和して私一人の手に負えそうもありません。
ジュリアお義姉さんの事を私は好きだったのだけどなあ。
いや、勿論の事だけど、一番悪いのはチャーリー兄さんなのよ。
懐妊中のジュリア義姉さんを放って於いて他の若い女性の所へ入り浸ってる最低野郎だし、ジュリアお義姉さんの所へ行って我が家に戻って来たメイドのメイから聞けば、家族の暮らしていたテラスハウスにチャーリー兄さんは殆ど戻って来ない、ってメイもプリプリ怒っていたわ。
シャロンの懐妊が分ってメイがクランベル伯爵邸へ報せに行ったら、「俺の子?」ってチャーリー兄さんは呟いたそうなの。
ホント信じられない。
私にそんな事を言ったら水を頭からぶちまけてしまっているわ。
まあ、メイが辛抱強く家で待つジュリアお義姉さんの代わりに怒りまくったらしいけど。
全く私達には優しくて甘々なチャーリー兄さんなのに、その仕打ちはチャーリー兄さんの言動とは思えなかった。
私が幼い頃から傍に居るメイの言葉で無ければ、信用は出来なかっただろうから。
ジュリアお義姉さんは、言葉が少なく社交は苦手だったけども、其れを補って余りある魅惑的な容姿をしているし、『イエス、ノー』の自分の意思表示は確りとする方なの。
メイが言うには、フリップお義兄さんが亡くなる少し前に、クランベル伯爵を交えて3人で良く話していたみたいなの。
もしかしたら既にその頃、チャーリー兄さんとジュリアお義姉さんは、互いに何らかの結論を出していたのかも知れないわね。
チャーリー兄さんもケビン兄みたいに再婚が出来なくても、其の女性と付き合って居たいって考えての事なのかも。
一瞬、夫のスレインの顔が思い浮かんでしまって、私は慌てて「ナイナイ」と頭を振った。
病める時も健やかなるときも共に過ごすと誓い合い夫婦に成ったのにね。
私は、2人によく似た愛らしいソフィアとシャロン達の幼気ない笑顔を思い出して、胸の奥が切なく疼いた。
私は、目の前に置かれていたアランと色違いのレモンイエロー色したマグカップに入ったカモミールティーを口に含んで、ハーブの香りで気持ちを整える。
私と似た丸い瞳を窓から入って来る光で金色に輝かせて、アランは私へと向き直り口を開いた。
「オレが思うに、人って誰かを愛さずには居られない生き物だと思うのよね。でもって自分が思った相手も自分を想って呉れるって、とっても奇跡的な事だと思うの。だからさ世の中には色々なルールが在るけど、ケビン兄やジュリア義姉さんが破ってしまうタブーくらいは、大目に見て見守ってあげたいのよ。人生って長いようで短いだろ?デイジー姉。エルザ姉さんにしてもフリップ義兄さんにしてもさ、2人の死はオレには衝撃的で色々思う事も増えたんだ。オレはオレの大切だって思っている人たちや知り合った人達に、生きている間は笑い合って居て欲しいんだよね。少しでも多く、そして長くね。」
そう静かに語ったアランの表情は、少し大人びて見えた。
いつもの悪戯っぽい表情は消えて、私に何かを願っている祈りのようにも聞こえた。
分ってますよ。
私だって別にジュリアお義姉さんとケビン兄の仲を本気で反対している訳じゃ無いのよ。
ただ行き成り言われて私の感情が追い付かないだけなの。
チャーリー兄さんもケビン兄も私の兄ですからね。
倫理的にと言うよりも、結構、複雑な感情も或るのです。
ケビン兄が幾らバカ兄でも、品行方正だと信じていたチャーリー兄さんが実はロクデナシだったとしても、一応は身内なので、1人の女性を取り合って争うような、、、。
って、争いは起きてませんし、此れからも起きそうにありません。
と言うかアランは、ケビン兄のジュリア義姉さんの惚れ込み方が重症なので、防御本能の強いチャーリー兄さんは前夫という立場に戦々恐々としているから、ケビン兄が留守の期間はジュリア義姉さんが居る此の家に近付かないだろうと言う見解を述べた。
チャーリー兄さんは恐らく弱いです。
まあ、ケビン兄は筋肉が有れば問題は解決すると思い込んでいるマッチョなゴリラなので、人が素手で挑んではいけないケダモノですから、仕方ないんですけどね。
下手したら2カ月前に酔っ払いから襲われた時のような、チャーリー兄さんの顔の変色と変形を見る羽目に成りそう。
ローゼブル宮殿へ、チャーリー兄さんを治療しに来ていて、この世の終わりのような表情を浮かべていたカイル兄をまた見るのは勘弁して欲しいです。
私はカイル兄のあんな苦しそうな顔を始めて見てしまった。
何だか治療しているカイル兄の方が痛そうで、私は遂「大丈夫?カイル兄。」と声を掛けてしまった。
「僕は何処も打って無いから大丈夫なのは見て分るだろう?デイジー。それよりも問題はチャールズ兄さんの方だ。何時もより上瞼が17.5ミリも盛り上がり、右斜めへ9度いつもよりズレている。そして鼻筋が、、、。」
私はカイル兄の触れては成らない地雷を踏み抜いたらしい。
あの時、チャーリー兄さんの顔が変形した侭なら、カイル兄の性質の悪い病気も治るんじゃないかなって考えていたのは、スレインだけに話した私の秘密だ。
唯一、真っ当な婚姻のチャンスがありそうなカイル兄がアレだなんて、私は残念で堪らない。
そして、一個下の弟アランは、、、。
「ねぇー、アランも誰か好きな人と付き合ってるの?さっきの話だと誰か好きな女性がいそうだよね?此のデイジー姉さんにターンと話しなさい、アラン。」
「ははっ、そりゃあ居たらデイジー姉に話すけど、今は趣味で忙しいからなあ。本当はフロラル王国や南グロリア連邦共和国の劇場巡りをした後、オルハン帝国にも足を延ばしたかったけど、グランド・ツアーに連れて行って呉れるチューターの関係で、今回は無理になったのが残念。て訳でしばらくしたら、オレはロドニアを旅立つのでシーズン中ドロンと消えさせて貰うよ。」
「なんかアランは演劇が好きだよね。」
「まあーね、今はオレの生き甲斐みたいなもんだし。そういやロイヤル・ガーデンの野外演劇場や王立劇場で催されているオペラや音楽会の招待状を届けて呉れてありがとう。デイジー姉しては良い趣味しているよね。」
「ふふ、見直した?って言ってもグレイスから頂いたモノなのよね。コーデリア殿下も行けない日のモノは下さるんだけどロイヤル・ボックスでしょう?流石に殿下と無関係なアランへ送れないじゃない?」
「其処は、オレに付き合って一緒に行ってあげようと思わないワケ?デイジーお姉さま。うふっ。」
「いやあっ、キショっ。殿下のお供なら仕方ないけど、オペラとか興味ないのよね。いつも口の内側を噛んで眠気を我慢しているのに、何が悲しくてアランと一緒に行かないといけないの?フットボールや漕艇を観戦する方が100マシだわ。」
「まあね、我が家は音楽とか縁のない家庭だったものなあ。幾らコーデリア殿下の侍女に成ったからと言ってデイジー姉が急にハイソな趣味に目覚めたりとか無いか。」
「そんな事言うならアランにもう劇場の招待状を送りません。」
「うそ、嘘です。デイジー姉。デイジー姉のそう言う野趣あふれる素朴な所は素敵だと思うよ。なので、またチケットをオレに恵んでください。」
アランは金色のポニーテールの頭を下げて、両手をこすり合わせて大袈裟に私へ詫びて来た。
私はアランのその恰好が可笑しくて、笑いを堪えているのが難しくなり噴き出してしまった。
どの道、オペラも音楽会もグレイスのキューリック公爵家が後援している劇団や楽団で顔見知りへ招待状を配っているのを頂いているのだ。
「必ず来てくださる方に差し上げて下さいね。」とグレイスから丁寧に頼まれていた。
そう、グレイスは私がオペラなどが苦手なのを知っていて、御兄弟か知り合いを誘って欲しいと言って呉れたの。
目当てはチャーリー兄さんだとは分ってるけど、チャーリー兄さんもこの手のモノに興味がなのよね。
で、アランに話したら飛びついて来ました。
男の子はプライベートスクールで音楽的素養でも磨くのかしら?
私は元々興味が無かったところで、引っ越した時に金銭的都合でカヴァネンスもピアノを含めた楽器類もチャーリー兄さんが売り払ったので、その後は礼拝やクリスマスに聴く讃美歌位に成ったの。
人はパンのみにて生きるにあらず。
しかし音楽なくとも生きては行ける。
貧しい時代を過ごしたせいで、私は案外と自分に取って余分なモノは必要ない、と割り切れる強さを手に入れられました。
まあ、こういう所が婚姻してフォーリー夫人に成っても、全く淑女らしさが育っていないとグレース公爵夫人から嘆かれる要因なのでしょうけど。
でも、私ってウチのメンズ・ブラザーズに比べたら、すっごい出来ている妹や姉を遣れていると思うのよね。
だって初恋と同時に念願だった玉の輿に乗れたのですもの。
ホホホホっホっ。
ちょっと高笑いとかしちゃいました、アランが居るので心の中で。
だけど、本音では私の大切なメンズ・ブラザーズの皆に幸せに成って欲しいと願って居るのよ。
特にチャーリー兄さん。
私が浮気を注意しに行ったら、視線を逸らして頷いていた。
ホント、私には何一つ、教えてくれないんだから。
今、忙しく動いているのは、亡くなった親友フリップお義兄さんの為ね。
いつか私にもチャーリー兄さんの辛い気持ちを分けて欲しい。
スレインと一緒に成れて気付いたの。
大切な人と食事や夜を共に過ごす事はとても大切で必要な事なんだと。
だから、今度チャールズ兄さんを我が家に招待するわ。
取って置きのスパイシーミルクをご馳走するわ。
汗も拭き出し心も体もポカポカするのよ。
ふふっ、スレインに教えて貰った大切なメニューだけどチャーリー兄さんだから特別なのよ。
私は素敵な思い付きに満足し、マグカップに残ったカモミールティーを飲み干して居るとカールソンが様子を伺いにアランの部屋へと入って来たので、私の分の夕食の準備を頼んだ。
今夜は、スレインが久し振りに兄であるクランベル伯爵と会う為に伯爵邸のタウンハウスに出掛けているので、私もの久し振りに家族達との晩餐を愉しもう。
私は椅子から立ち上がって、アランと共に部屋を出て行った。




