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EP77 ハートウォーミングな




【従者ジーン】



 仮免チャールズさまの腫れて変色した顔面に心を痛めた俺の真マス(=真の主人)クランベル伯爵さまは、外科医を遣っているチャールズさまの弟カイルさまに診察を依頼した。



 ローゼブル宮殿でチャールズさまに与えられている部屋へ案内係と気忙しく入って来たカイルさまは、チャールズさまの無残な顔を見て「ヒッ!。」と短い悲鳴を上げて息を無んだ。


 ガタンと持って来たトランクをカイルさまは床へと落とした。


 「酷い、なぜそのような変わり果てたお姿になって仕舞われたのか、、、。チャールズ兄さん。」

 「しんぱひ、はへて、ごめう、、。カヒウ。(=心配させてゴメン、カイル。)」


 「こんなのあんまりだ。誰がこんな酷い事をっ!チャールズ兄さんの顔を殴れるなんて非道が過ぎる。嫌、最早これは人間の仕出かせる事じゃない。人の心を持つ者がチャールズ兄さんの顔を殴れる訳は無い。悪鬼羅刹の如くとは、この事です。僕が何としても息の値を止めて来ます。誰ですかっ、教えてください、チャールズ兄さん。成敗しなくては。」


 「いあ、そんなほほより、しりょうふぉはひに。(=そんな事より治療を先に。)」



 弟のケビンさまに対するカイルさまの殺害予告を聞いて、青あざに成って居ない方の顔面までも、青くしていく仮免チャールズさま。

 ソファーに座り、隣りで大きく頷いている俺の真マス(真の主人)クランベル伯爵さま。


 恐ろしい悲劇を見せられて、カイルさまは立った侭で拳を握り締め男泣きをしている。

 「ふぁおはふぉは。」と話すチャールズさまと、すすり泣くカイルさまに「、、、。」と、声なき悲嘆を露わにするクランベル伯爵さま。


 なんか修羅場ってる?




 日頃は軍人など遣ってるように見えず、少し神経質そうな面差しで、沈着冷静な学者タイプに見えていたカイルさま。

 それが今は見る影も無いけど。


 チャーリーさまは、美しいとか綺麗だとか容姿を褒められると、ノーリアクションで耳と心を閉ざしてしまうのをカイルさまも知っているので、微妙な表現で顔の変形を嘆いていた。


 俺達もクランベル伯爵さまや執事のキース氏からチャールズさまの容姿については、本人の前で絶対に口にしては成らないと、1年間ほど掛けてみっちり教育を受けさせられた。

 ペナルティも厳しくて、下は罰金から上は過酷な自然環境の待つ島の別荘へ職場移動、断れば解雇に成ると言うものなので、皆も頑張ったよ。


 「思っても口に出しては駄目ですからね。」


 そう言われてキース氏からチャールズさまの肖像画を出される。


 「「「綺麗!」」」

 「「「美しい!」」」


 「はいっ!そことそこ、そこも全く駄目だっ!!思っても口に出さないっ!時々、飾る場所も変えるから皆、油断しないで。良いねっ!」



 俺はベットに横たわる変わり果てたチャールズさまの亡骸を見て、過去の特訓を思い出していた。

 あっ、チャールズさまは、亡骸じゃないや。





 お二人は、なんでもチャールズさまを見守る為、17歳からクランベル伯爵邸に来る22歳までの間、キース氏とクランベル伯爵は交代でチャールズさまの様子を窺って居て、それが判明したそうだ。


 別にクランベル伯爵さまが怖いとか、俺は思わないよ。

 これもまたクランベル伯爵さまの優しさの一つである。

 愛情の深さを知れるハートウォーミングな話だと思っている方が気が楽だよな。

 恐らくね。




 カイルさまがエルダーフラワーやカモミールを精油にしたモノを慎重な手つきで塗り込むのを見つつ、チャールズさまの治療が終わるのを待って居ると、「3時間に一度新たにオイルを塗り直すから今夜は此処で泊まる」とカイルさまは言いやがる、いえ、仰る。


 『此れって、クランベル伯爵さまが不機嫌になるよ。』



 夜、チャールズさまに添い寝をする為クランベル伯爵は、態々ウエストカタリナ宮殿から此のローゼブル宮殿へと、王族専用の地下通路を使って通って来ているのだ。

 流石に、弟のカイルさまが居る前で、同じベットに入る訳には行かないだろう。

 幾らキングサイズで巨大なベットでも、男色だとカイルさまに誤解させてしまう。

 特に、バカリ―法が強化厳格化されてからは、噂や誤解でも命取りに成る場合が或るので、外部の者がいる時は注意が必要なのだ。


 一応は居るんだよなあ、外部のモノ。

 大荷物を運んで来たカイルさまの助手と言うか弟子のAクン。


 俺は溜息を吐きながら、カイルさまが宿泊されると言うので、準備の為にアール先輩たちと動き始めた。












              ※※※※※※※※※※






【コーデリア殿下】



 私は、チャーリーが怪我をしたので一月ほど休む、と言う報告をクランベル伯爵から聞いた後で、日差しが柔らかくなった春の風景を眺め、煉瓦で舗装された道を走らせて、ウエストカタリナ宮殿へ向かっている。


 酔っ払いに襲われたと聞いたので、チャーリーには矢張り護衛を付けた方が良いと判断し、共に来ていたデイジー達に戻ったら近衛兵の者に伝えて於くようにと私は話した。

 デイジーは恐縮するけど、再来月から始まる18歳の成人セレモニーにチャーリーも参加して貰わなくては私も困るモノ。



 選挙が終わり、議会が始まってからは議会より私の祝賀パーティーが多くてちょっと疲れ気味。

 記念セレモニーが或るのだから、その時だけのパーティーで良いと思うわ。

 まあ、外国からの来賓の方を持て成すパーティーって言ってるけど、本命は私とのお見合いパーティーですものね。


 アルバート5世伯父さまは、色々会ってから好みの方を選べば良いって話して下さるけど、予め許される相手は決まってるようなモノだもの。


 先ず相手は王族である事。

 そして国教会が許している新教徒で国教徒へ改宗してくれる人。

 改宗して呉れるなら旧教徒でも良いらしいけど。

 後は次男以降である事。


 女遊びが派手な人と浪費家は調べた範囲で判った段階でハネているって言ってたわね、確か。


 ギール王国へ行ったレオナルド叔父さまも、今日は来られているとグレイスから教えて貰った。

 今日はエーデン王国から来られた方々をお迎えするパーティーだと聴いているから、レオナルド叔父さまの紹介する方とお会いする暇は無いと思うわ。

 

 それに、アルバート5世伯父さまもレオナルド叔父さまが紹介しようとしている相手を嫌がるは筈だわ。


 どうせアハルト=サクセス公国の第二王子でしょ?

 レオナルド叔父さまに取って甥って事は、お母様に取っても甥ってコトでしょう?

 此れ以上アハルト公国の血を濃くするなんて駄目に決まっているでしょう。


 私にだってレオナルド叔父さまの魂胆くらいは見えているのだから。


 レオナルド叔父さまが治める様に成った頃、ギール王国へエスニア帝国やフロラル王国やオーニアス帝国がちょっかいを掛けて来た時、我がブレイス帝国に案山子か用心棒をさせようと考えているのでしょう?

 でもレオナルド叔父さま、利益が見込めないと議会は通らないわよ。

 議員達はドライだから縁戚だろうが利益の無い事に軍を動かさないモノ。

 税金の運用と軍は、議会が同意しないと私の力だけでは動かせないのよ。


 先のロイセン王国とオーニアス帝国との戦争みたいに同盟国でも助けない事が儘あるしね。



 まあ王族同士で決めた条約や同盟でも、お互いに反故にし合う事も儘或るので、議員達だけがドライって訳でも無いでしょうけど。

 下手すると我がブレイス帝国が、ギール王国と敵対してしまう事もあり得るかもかも知れなくてよ?


 ギール王国の現陛下は、探検家を雇ってプリメラ大陸を調査しているってクランベル伯爵が話していたから、我がブレイス帝国側と権益が被る様なら争う事もあると思うわ。

 ヨーアン大陸へ対して領土を如何にかしようと思っているブレイス帝国の議員は少数派で、今は植民地拡大への欲求が強まり、余裕の或る貴族やジェントリは新たな帆船を作らせて自分達が新たな地を発見する事に情熱を滾らせてるから、邪魔をすると痛い目に遭いそうよ。



 それにプリメラ大陸は、ポガール王国やエスニア帝国やフロラル王国、そしてランダル王国が元々進出してたから意外と地雷だと思うの。


 今日、レオナルド叔父さまとお話しする時間が合ったら私も話して見ましょう。


 本当は、お母様のトンデモナイ事件の事も話して於きたかったのだけど、流石に此の件は身内のレオナルド叔父さまにも話せない。

 話を聴いたら、レオナルド叔父さまも私の婚姻相手へアハルト公国の方を紹介しようとは思わなく成りそうね。


 実際にお父様に毒を盛ったのはギボンズだけど、ギボンズへ殺害を依頼したのも、毒薬を用意したのもお母様ですもの。


 ギボンズはお母様へ渡した手紙には、『ノイザン公爵夫人から頼まれワタシが毒を盛りました。』と綴っていて、ギボンズが持っていた手紙に『私がギボンズへ殺害を依頼して夫のノイザン公を殺させた。』と書いていた。

 お母様の手による筆跡と署名までしていた。


 本当に呆れる。


 ギボンズは互いに秘密を守るための保険が欲しいと言ってお母様を説得したそうなの。

 ギボンズからすればお母様のその手紙が本命だったと話していたわ。


 でも、その手紙を使わなくてもギボンズの言う事を、お母さまは何でも聴いて呉れたから、私に使うまで手紙を其の侭にして仕舞っていたって話だった。



 「心から好きな人の言葉なら何でも聞いてしまうモノよ。」と、口喧嘩していた時のお母さまの話に私はゾッとした。

 ソレが恋と言うモノなのって言われたけど、全ての意識をコントロールされてしまうようなモノが恋と呼ばれるコトなら、私は恋などしなくても良いし、絶対にしては成らないモノだわ。


 私が初恋と呼んでいるモノは未だ10歳だった頃のモノだけど、チャーリーを感じられるだけで心が温かく成ったモノだわ。

 それにクランベル伯爵に忠告もされていた。

 力の無いモノに好意を示す時は、よくよく考えて行動しないと状況によっては、私が好意を示したせいで、相手が周囲に苦しめられる結果に成ると。


 クランベル伯爵のその言葉をいつも思いながら、私は周りの人々にチャーリーへの好感が漏れないように気を使っていた。

 だって好きになった相手を苦しめたいとか普通は思わないでしょう?

 とても短い期間だったけど私にとってのあの頃の記憶は気恥ずかしさも或るけど、そうね、チャーリーの呉れるキャンディーみたいに甘くて幸せなモノで或るわ。



 失恋は確かに苦しくて悲しかった思い出だけど、耐える事の多かった少女時代を色鮮やかにして呉れた、どれもが大切なコトなの。



 何方かと言うと天使みたいだと考えていたチャーリーが他の人と同じ様に婚姻しているのに愛人の元へ通ってたなんて、此の失望感をどうしてくれるの?と、チャーリーを責めたいわ。

 でも、チャーリーも人間だったんだ。

 そう思うと以前よりも話しやすくなって色々と相談が出来るようになったわ。



 流石にお母様の件を相談するのは無理だと思って居たけど、アルバート5世伯父さまの後押しのお陰でチャーリーに話すことが出来た。

 私は、聞いて呉れるだけで充分だったのに、チャーリーは解決までして呉れた。


 ふふっ、チャーリーは人間みたいな天使だったりして。

 天使みたいな人間より、人間みたいな天使の方がチャーリーに会う気がするの。

 浮気なんかもしちゃう駄目な人間臭い天使。

 それでもって今回のように人間に襲われたりもする。


 こうやってラチもなくチャーリーの事を考えているのは楽しいわ。




 さて、美しく清廉な空気が漂うオフホワイトな石造りのウエストカタリナ宮殿へ入る為の巨大なアーチが見えて来たわ。

 チャーリーが折角、身体を張って私の問題を解決して呉れたのだもの。

 

 私は私の遣るべきことを熟さなければ成らないわね。


 デイジーやリアナやグレイスたちが朝の10時から、14時過ぎまで掛けて完璧な王女の私を造り上げてくれたモノね。

 背筋を伸ばして、前を向いて、皆が望む王女に成って私は優雅に歩いて行くわ。




 でも出来れば、私に身長が後10センチ欲しいのだけど。

 私の前後左右に邪魔に成らない位置取りをして、共に歩いて呉れているデイジー達の背の高さを眺めて、私はそう思うのだった。



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