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EP75 ハチミツ酒




【デイジー・フォーリー】



 女性は嫁いで初めて1人前の人間に見られる、って昔にエルザ姉さんは話して居たけど、確かにそうかも知れないわね、としみじみ。

 スレインと婚約した事をガゼット(官報)で知らされてから私への対応が変わってきたモノ。

 



 そして昨年、スレインと結婚してコーデリア殿下が用意して下さったローゼブル宮の部屋へ越したのだけど、なんだか落ち着かなくて「夫」と話した結果、矢張り宮殿でなく、ローゼブル宮殿近くのリントン地区に在ったテラスハウスを借りて住む事にした。

 エヘヘ。

 スレインを夫って、言ってみたかったのでした。


 その内、生活が落ち着いたらローリング街で家を買おうとスレインは言って呉れるけど、あそこって大きな貴族屋敷ばかりで、私としては遠慮したくてキッパリ断りました。

 コーデリア殿下のお供で仕事として貴族の方に会うのは私も平気に成ったけど、やっぱりプライベートの時は肩が凝るのよね。



 「あははっ、私もチャールズ兄上も貴族だろう。だからデイジーも貴族だろ?」


 「いやあー、スレイン。私もチャーリー兄さんも、なんちゃって貴族だから。兄は未だに北カラメルで、農家を遣りたいってボヤいてるもの。」


 「はは、そんなカテゴリーが或るんだ、デイジー。でも、チャールズ兄上の北カラメル行きは、難しいね。私の兄が手放さないよ。」




 ですってよ、大変ね、チャーリー兄さんも。


 クランベル伯爵とチャーリー兄さんとの付き合いは、父が亡くなる少し前からだから49年からになるらしい。

 クランベル伯爵は美麗なチャーリー兄さんを気に入って一方(ひとかた)ならぬ恩が或るとか何とか。



 まあ、容姿の事をチャーリー兄さんへ話すと、耳が日曜日にオートチェンジしてしまうので、私も口にしないけども。

 温厚なチャーリー兄さんが無表情になって仕舞うので、我が家では容姿の話題は禁句。





 両親はチャーリー兄さんの外見が褒められるたびに不機嫌に成って居たので、その影響が大きいと思うわ。


 「チャーリー、くれぐれも真に受けないようにな。」

 「ああいう人達はチャーリーの内面を見ない人だから、挨拶だけして付き合わないようにね。」


 そう言う風に両親から言われ続けて育つって最悪よね。

 幼かった私は父の言葉は覚えて居ないけど、母さんは父さんが亡くなってから性格が極端に成って、チャーリー兄さんの容姿を褒めた人とはお付き合いしなく為ったりね。


 亡くなったエルザ姉さんが、「あんな風に言われ続けたら私なら世を拗ねて生きているわ。」って、両親の幼い頃からの口癖を教えてくれた。



 まあチャーリー兄さんの端整な顔立ちは、下手をするとナルシストに成って仕舞う恐れもあるけど、両親の教育の賜物で、今は容姿に劣等感を持っているのよね。

 主に筋肉量で。

 ケビン(にい)や親友だったフリップ義兄さん、そして我が夫スレインに羨望の眼差しを向けるチャーリー兄さんだったり。


 私は絶対にマッチョなタイプは嫌だと思ってたけど、気が付いたらソコソコに逞しく鍛えられているスレインと婚姻してしまっていた。


 ギボンズほど有り余るマッチョぶりは、やっぱり私は苦手なのだけどね。

 そのマッチョで濃いギボンズは、如何やらグリンジットハウスから居なくなったみたい。


 はあ、どうせならギボンズがグリンジットハウスからもっと早く出て行って呉れて居れば、コーデリア殿下があれ程に痩せて苦しむ必要は無かったのに、上手くいかないモノね。


 そして、ギボンズが出て行ったことに寄り、母親のノイザン公爵夫人とコーデリア殿下の争いが勃発。


 私は新婚休暇中だったので言い争った所は知らなくて、昨年の年末にコーデリア殿下のお引越しの準備を手伝いに伺うと、母娘で互いに一言も口を利かない冷戦中でした。

 だけど、今まで良い子でコーデリア殿下は頑張っていたのだもの。


 コーデリア殿下は、もう直ぐ18歳に成るし、孰れは女王陛下に成られるのだし、母親の顔色を窺わなくても良い頃だと思うわ。



 ホントに何処の母親もキレると手に負えないから、困りものよね。



 家の母さんには申し訳ないけど、此の侭ずっと華龍帝国へ留まっていて欲しいと思ってしまう。

 私も薄情だとは思うけど。

 

 だってチャーリー兄さんの婚姻7年目にして、やっとジュリア義姉さん達がレスタード家へ入って来て落ち着いているし、阿保のケビン(にい)の養子予定の子達とも仲良く過ごしているのよ。


 実家へ顔を見せても皆リラックスしているし、子供が多い所為も在るけど、明るくて活気が或る。

 きっと、あの空気の中ならチャーリー兄さんも寛げると思うのよ。


 でも、ちょっとケビン兄のジュリア義姉さんを見る目が気持ち悪いけどね。

 カイル兄とカールソンにくれぐれもケビン兄が、魅力的なジュリア義姉さんに対してケダモノに成らないようにと、私は注意喚起もして置いた。


 ケビン(にい)って本能で生きてる奴だから安心出来ないわ。





 そして、夫のスレインは兄のクランベル伯爵から議員に成るように請われて、来月行われる庶民院の選挙に出馬する。

 軍人と議員という2足の草鞋を履くなんてって忙し過ぎると私は不満を口にした。

 だって、もう直ぐ四十になる歳を考えるとスレインの身体が心配に成って来る。


 パーラーに或る暖炉に火が入れられ、暖められた室内でゆったりとした白いレースを掛けた皮製のソファーにスレインは腰を下ろして、整えられた淡い金色の眉を寄せ、くっきりと深い瞼を切なげに開き、薄く透明な翠の瞳を私へと向けた。


 大丈夫だと言うように薄い唇を左へと上げて、スレインは笑みを作った。


 「デイジー、心配しないで。眉間に皴が寄ってしまってデイジーの可愛らしい顔が台無しだよ。」


 「だって、どちらか一方で良くない?スレイン。歳だし余り忙しいタイトなスケジュールは心配なのよ。」


 父も結局は過労だったのだ。

 議員達に説明をして回ったり、イラド諸島のジマリカへ行ったりと、父は熱があり体調が優れないのに、無理を押して動き回っていたのだ、と言うエルザ姉さんの話を思い出していた。


 スレインも仕事だったら無理を押してでも動きそうで私は怖かったのだ。



 「私を年寄だと思っているね、デイジー。」


 「そっ、そんなコトは、、、。ホンのちょっぴりだけよ?スレイン。だって16才だけ、私の方が若いでしょう?此れからスレインには長生きして貰わないとだもの。」


 「ホントにデイジーは、素直過ぎて愛らしいよ。でもメインはアドミラルだから心配は要らないよ。流石に両方を同じ比重にはしないよ。私より20歳30歳上の方々が、軍人と議員を兼ねて動かれていても、皆さんとてもお元気だから。それに貴族である以上は、何方も義務でもあるからネ。」


 「はあぁ、そうなのね、スレイン。」

 「ははっ、そうだよ、デイジー。」



 そう言うとスレインはスッと腰を浮かせて立ち上がり、向かいで2人掛け用のソファーへ座っていた私に向かって歩き、右隣に腰を下ろして私の小さな右手をスレインの大きな手の平で包み込んだ。

 そしてスレイから伸びて来た左腕と手の平はゆっくりと私を抱え込んだ。


 私は、熱を帯びたスレインの逞しい躰へ凭れ掛かった。

 陶器のカップには新婚期に飲む温かい蜂蜜酒が入っている。




 明日からは、私も仕事で忙しく成る。


 パチパチパチと燃える暖炉の呟きを聴きながら、私はハニースィートな昼下がりにスレインと身体を寄せ合い、ハチミツ酒を口に含み深く味わった。















             ※※※※※※※※※※






【クランベル伯爵】




 チャーリーが聖母に見えたと言うコーデリア殿下からの話を聴き、私はその場に居なかった事を悔しく思い臍を噛んでいた。


 眠り薬が切れ目覚めたギボンズは、まるで人が変わっていて私の問い掛けに素直に答え、収監されている鴉の塔の一室で今は祈りの日々を過ごして居た。


 そのギボンズのお陰でベルフ首相の遣らかして居た事も判ったのだがね。


 ベルフ首相は、土地税を増税すると提起してから庶民院議員たちの反応も悪くなり、一時の勢いを失ってしまった。

 それまでは強引なやり方で、エスニア帝国やフロラル王国、ランダル王国との開戦を推進し、嘗ては同盟国であったオーニアス=神聖ロマン帝国とも戦端を開いてきた。

 戦争は、トール党もやりたがる欲と血の気の多い方々がいるので、法案が通るのも理解せざるを得ないのだが。


 後は、演劇や小説に対しても議会を侮蔑していると見做したモノを取り締まったり、バガリー法の徹底案を通したり、治安維持名目の法案を複数通したりと八面六臂の活躍だった。



 ギボンズからの援助があった(=元はアリシア妃とノイザン公爵夫人の資産だが。)としても、よくあれだけの議員達に金を回せると私も感心していたが、海軍支払長官や大蔵卿達と組み機密費を作り出していたのだ。


 帆船の大量発注は、それを誤魔化す為に行っていたのだった。


 私は確りと記事に纏めさせ新聞を発行させた。

 此処までしたのは、ベルフ首相に対して私も憤っていたのだ。


 まあ、賄賂や使い込みは良く或ることなので、そこまで気にはしていないのだが、私をアルバート5世陛下やコーデリア殿下の周囲から排除しようとして、議会を通さない枢密顧問官の任命は認めないと言う下らない法を作った事に対しての苛立ちが大きい。


 勿論私の手駒の議員達から修正案を出させたが、あの侭で合ったら国王は孤独なモノに陥れられてしまう所だった。


 特にコーデリア殿下もそうだが、若い国王や予定されていなかった者が国王に成った時、議会に利用されるだけに成ってしまう。

 それはそれで権力構造を変えたい者たちには、都合が良いのだろうけどね。



 リバティ党がどの程度の負けになるかは不明だが、今月の下旬から再来月の初旬まで掛けて行われる各バラでの選挙結果が愉しみでは或る。


 しかし、私はベルフ首相から感謝されても良い位なんだがね。

 ヒット中将とショコラ枢密院議長が恋人同士で或る事を沈黙しているのだから。

 ベルフ内閣で厳しく取り締まり始めたバカリ―法に憂慮して、両閣僚たちの醜聞を内密にして遣っている。


 知り得たのは全くの偶然だったが。


 チャーリーの末の弟アラン・レスタードを雇おうと会った時、今は閉められているサザン区の『パウダー・クラブ』と言うモーリーハウスで婚姻した男同士のカップルの話を聴いたのだ。

 婚姻式は神聖な場だから実名で誓い合うのは仕方のない事かも知れないが、「ベンジャミン・ヒットとポール・ショコラの誓いの儀式は素晴らしくて、2人は長い付き合いの末の婚姻だった。」とアラン・レスタードは感動的に語った。


 サザン区のあの界隈なら知人に会う事もなくモーリー(女装)なヒット中将に会っても判らないだろう。


 私が沈黙を守っているのは、ベルフ首相を慮っての対応ではなく、31年も続いている2人の愛に対しての祝福で或る。

 気掛かりと言えば、ショコラ子爵家は此の侭だと断絶してしまう事である。



 それなりに私も貴族家をアルバート4世陛下に増やして貰ったが、意外にも断絶してしまう貴族家が出て来て、油断して居るとそれなりに古い家が無くなってしまうのだ。

 今の所、我がクランベル家は息子と弟がいるので大丈夫だが、貴族家は嫡男のみに全てを継承させると言う法を作ったクランベル2世に対して、私は溜息を吐いた。


 どうしても古い貴族家同士で婚姻してしまうので、子供が生れなかったり女系だったり早逝したり、そして男色だったりして、家を繋いでいくのが難しく成って居る。

 後は投機で貴族としての対面が保てなくなり、消えていく家も在った。


 今は、そこそこの自治体では新聞が発行されるので、昔の様に領民に一方的な重税を課すような貴族の領主は無くなったので、陛下への請願で爵位を取り消される者は此の40年くらいはない。



 我がクランベル家も、八代目は子供が居らず36歳で亡くなり、21歳で戦死した7代目の弟の子であった父が18歳で後を継ぐと言う断絶の危機に晒された事もあった。


 そんな危機に晒されたので、一応は古くから続いた57家に縛られず婚姻させようと話し合って居たのだが、年頃の合う者が居れば婚姻させてしまう習性は変わらずだ。


 私の兄も早くに亡くなった為、父と妻のエリアスが流行病で亡くなった後、息子のスティーブンも幼かった事もあり、母や親戚たちが心配して再婚を勧めて来たが、スティーブンが11歳を過ぎると周囲も安心したのか縁談の話は鎮静化した。


 弟のスレインが今までの慣例を無視して、元は庶民だったチャーリーの妹デイジーを好きになり婚姻した事は、私にとって喜ばしい事である。

 色々と外野は煩いのだけどね。


 チャーリーを守るために貴族にして置いて良かったと、愛し気な表情でデイジーを見ていたスレインを私は思い出し改めて思った。

 矢張り好意を持った相手と結ばれるのが望ましいと、チャーリーと出逢ってしまった私は、そう思うのだ。



 私の代辺りで、婚姻前に顔も知らないと言う問答無用な政略結婚はなくなっていた。

 かと言って貴族家の場合は互いに似た家格との婚姻になって仕舞い、一般のモノとの婚姻は認められていない。

 父母の頃は、予め決まって居たらしいのだが、国教会側が珍しくアルバート3世に申し入れをして来て、婚姻後の性の乱れを制度的に正して欲しいと願い出た。


 制度と言っても『浮気は駄目だゾ』と決めても意味を持たない。

 新教も旧教も当然国教も夫婦以外との肉体関係は罪であると固く禁じているのだ。

 それでも効き目がないと言うのなら立法化しても有名無実になるのが分り切っているし、貴族やジェントリも嫌がるのは火を見るよりも明らか。


 夫たちは浮名を流すのも社交の一部と愉しんでいたし、妻側も婚姻前は貞淑に育てられていたが、婚姻後は一部の者は自由に恋愛を愉しんでいる。


 社交の場で話し合った末に、婚姻が許される者同士で恋愛をさせようと成り、紹介者同士も参加しての見合い制度が取られるようになった。

 それで性の乱れが無くなったかと言えば、なくなる訳もなし。


 私の場合は、後を継ぐことに成って居たので、婚姻せねば成らず誰でも良かった為に父に任せた。

 クランベル家の後を継ぐ為に遣って於きたい事が山ほどあったから、女性との浮名流しなどは興味の対象外だった。


 それにチャーリーと知り合うまでの私は他人に興味が持てなかったのだ。

 あの奇跡のような瞬間に私の全てが変わってしまった。

 チャーリーと出逢った日の感動を味わっていながら、私は部屋に飾られている時計を見た。




 そろそろ陛下が執務室へ来られる頃だ。

 

 私は椅子から立ち上げり、傍に居たアールから帽子を受け取り、気合を入れた。

 何としても夕刻からの私の詰める場所をローゼブル宮殿へと陛下に変えて貰わねば。

 まさか夜に成っても私はウエストカタリナ宮殿に詰め、チャーリーがローゼブル宮殿に詰め離れ離れになって仕舞うとは思わなかった。


 きっと独り寝を寂しがっているだろうチャーリーを想い、私は歩く脚に力を込めた。


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