EP74 トリセツ
昨日、チャーリーがギボンズから母のトンデモナイ殺人依頼の手紙を取り返して呉れた。
それは、『年寄で借金ばかりする夫は不要なので、殺っちゃって下さい』って言う、母からの身も蓋も無い内容の手紙だった。
じっくり読むと気分が悪くなるのでクランベル伯爵に、私は母が書いた自筆の手紙をざっと読み終えてから渡し、燃やして貰った。
ギボンズがゲストルームへ入って来た時は、目立ち過ぎるチャーリーを遠慮させて、使用人控室で待機して貰って居た。
本当に疲れたわ。
ハーシェルが珈琲に仕込んだ眠り薬が効き出すまでギボンズの下らない帝国物語を聞かされて、やっと薬が効き始めたと思って、「解毒薬が欲しければ証拠品を渡して!」と迫っても、ギボンズは大きな手を私に突き出して掴みかかって来るし、ハーシェルが足首を蹴ってバランスを崩そうとしても踏ん張って倒れない。
こうなったら、前もって居てくれているコリーナかシシリーに頼んでクランベル伯爵に来て貰おうかしらと、私は考えていた。
実は、三日前にクランベル伯爵からの伝言をコリーナが渡して呉れて、コッソリと今回のチャーリーが企てた企みを知って居ると、書いていたの。
チャーリーから聞いたわけでは無いから、チャーリーには秘密でって事で、身に危険がせまったらコリーナやシシリーに頼る様にと、クランベル伯爵のメモには書かれていた。
そして暫くするとライトブラウンのウィッグを脱いで、金髪艶々の髪を揺らしてチャーリーが室内に入って来て、ギボンズに駆け寄って胸を押した途端、ギボンズはズルズルと膝が抜ける様に床へと崩れて行き、私に伸ばしていた腕も降ろされて、チャーリーを抱き締めて一緒に絨毯を敷いている床へ倒れ込んで行った。
「おおー!!サルヴェ・レジーナ・・・!」
そう告げると、ギボンズの彫りの深い目に涙が溜まり、ぽろぽろと涙が頬を伝って落ち、ダマスカス織の臙脂色の絨毯を濡らし、涙で黒味掛かった染みを作って広げていった。
「、、、俺は、いえワタシは、最早、赦されないのでしょうか、、、」
「何処にブツが或るのか言えば、赦されると思うよ、ギボンズ。でもって、苦しいから両腕を離して呉れるかな?」
「ああ、此れは。ワタシのように汚れた者の肌に直接触れさせてしまうとは。申し訳ありません。聖母様が意外にも逞しい御身だった故、尊い身であることを忘れておりました。」
ギボンズが嗚咽混りに涙ぐんでチャーリーの身体から腕を外して、横たわったまま母から入手した証拠品の場所を、途切れ途切れに告白した。
いつの間にかギボンズは、仰向けで寝転び、両手を胸の上で組んでいた。
そして、その組んだギボンズの両手にチャーリーは白く綺麗な右の掌を乗せて「おやすみ、、ギボンズ。」と告げると、ギボンズは瞼を完全に閉じて目尻に溜まった涙を零し、最後の別れをチャーリーに呟き沈黙した。
ギボンズを見送ったチャーリーのその横顔は、神々しくて私達は思わず祈りを捧げそうになった。
「えっ?ギボンズは死んだのか?ハーシェル。此処で殺人はヤバいだろ。コーデリア殿下もいらっしゃるのに。」
「バカ言うな、チャーリー。俺が毒なんか仕込む訳が無いだろ。明日には目覚めるよ。ちょっと強めの眠り薬だから。」
「いや、皆が祈りの体勢に入っているから、死んだのかと。じゃあ、とっととギボンズの私室へ行って、さっきギボンズが話していた隠し棚を探そうよ。」
こうしてギボンズ脅迫事件は幕を下ろし、女装したチャーリーは聖母にも見えると目撃していたハーシェル、シシリー、私、そしてギボンズは知る事に成ってしまった。
やっぱり、チャーリーって凄いわっ!
私は、胸にあった蟠りが解けて、改めてチャーリーの素晴らしさを再認識するのだった。
※※※※※※※※※※
【従者ジーン】
クランベル伯爵邸に或るチャールズさまの書斎で、俺はチャールズさまから理不尽なお小言を現在、頂いている。
「ジーンは約束したよな?クランベル伯爵には秘密だって。それにコーデリア殿下の話は内密にするってジーンも誓約を交わした筈だ。全く、それを破るなんて在り得なくないか?」
「しかし、チャールズさまとハーシェル大尉の御2人で、ギボンズを運ぶのは厳しかったのでは?」
「其れは其れ、此れは此れなの。ジーンは、なんでクランベル伯爵に話しちゃうかなあー。俺のジーンに対しての好感度がドドーンと1ポイント下がったよ?」
俺が約束を守らなことに対して、チャールズさまは可成りお冠だ。
チャールズさまにしては、珍しく同じ事を繰り返して、拗ねまくっている。
『約束は守りましょう。』
至極、尤もな話だが、俺にも言いたい事は或る。
「チャールズさまの意見は承知しました。しかしですね、チャールズさまは、根本的な事をお忘れですよ?」
「うん?何よ?ジーン。間違った事は言ってないよ、俺ってば。」
「はい。間違ってはいません。但し、俺の主人はクランベル伯爵さまなのです。俺は、クランベル伯爵さまから、あくまでチャールズさまへレンタルされているレンタル従者ですし。命令の最上位はクランベル伯爵さまであり、此れは揺るぎません。其処ら辺は、俺のトリセツ(=取り扱い説明書)を、じっくりと再度お読みください。チャールズさま。」
「アウチっ。そうだったよ。ジーンてクランベル伯爵命って奴だった。ちくせう。」
ブチブチと拗ねて、チャールズさまはエドへ珈琲を持って来るように頼んだ。
しかし今回は、チャールズさまの魅力で悩殺出来たから良いようなモノの、マッチョなギボンズ相手にチャールズさまの微弱な猫パンチが効く筈もなく、眠り薬と悩殺のコンボが無かったら、割とコーデリア殿下が危険だったと思われる。
どっちかというと俺はチャールズさまから、礼を言われても良い気もする。
そして、事件解決の一番の功労者は、ギボンズに気付かせず、眠り薬を仕込んだハーシェル大尉だと思う。
まあ手紙の内容が内容だから、コーデリア殿下も大っぴらにハーシェル大尉へ褒賞を与えるコトは出来ないが、王家の財布からコッソリ金一封を渡すと俺はクロード師匠から聞いていた。
そして現在、コーデリア殿下とノイザン公爵夫人は母娘喧嘩中だったりする。
母親であるノイザン公爵夫人の許可も得ず、勝手にギボンズを拘束して、鴉の塔へ収監した所為らしいけども、王位継承者第一位のコーデリア殿下に恐喝及び暴行未遂とか働いたら普通に処罰の対象だよ。
と言うか、ギボンズが収監されている鴉の塔だけど、正式名称はキングスタワーって言って、王侯貴族たちが軟禁される場所で、一般の牢とは違い豪華だったりする。
面倒な王族や貴族達が外に出て皆様にご迷惑を与えなくする為の軟禁場所らしい。
如何やら仮免チャールズさまの神々しい姿に触れ、今までの罪を告白している最中らしい。
現場を見ていない俺は「どうしてそうなった?」とチャールズさまへ問い掛けずには居られない。
顎へ右手を当てて、チャールズさまは首を傾げる。
「でもまあ、ギボンズが反省しているなら良いんじゃ無いかな。陛下やクランベル伯爵がどう裁可を下すか判らないけどね。ジーン。」
「しかし、ギボンズに万が一が遭ったら仲間に、夫人から王弟ノイザン公爵を殺してくれと書かれた似たような手紙をバラ撒くとギボンズは話していたから、クランベル伯爵もギボンズを始末出来なかったのに。」
「いやいや、ジーンも考えてみてよ。あの自己中だったギボンズにそんな仲間が居ると思う?基本、自分の事しか考えてない奴だよ?ギボンズに一番に合わないよな、仲間って言葉。」
「チャールズさまには、確証があったのですね。」
「ねーよ、ジーン。そんなもん。」
「はい?ではギボンズを捕まえた時、クランベル伯爵に収監しても大丈夫だと、チャールズさまが断言したと俺は聴いているのですが。」
「あの時は、何と無く?コーデリア殿下が倒れているギボンズを見て不安そうにしていたから、一刻も早くコーデリア殿下の視界から、ギボンズを遠ざけたかったんだ。細けーコトは良いんだよ、ジーン。まあ、俺の復讐も無事に完遂が出来たしね。」
チャールズさまは、そう言って楽しそうに笑いながら、エドが運んで来た湯気の立つ珈琲カップを持ち上げて、美味そうに珈琲を口にした。
気が付けば年の瀬も迫り、年が明ければコーデリア殿下は、ローゼブル宮殿へと引っ越されることに成る。
アルバート4世がいらっしゃる頃から、荘厳で広大なローゼブル宮殿へ訪れる事を心底嫌がっていたチャールズさまだが、コーデリア殿下が移られたなら、そうも言ってられなくなる。
ザマーミロ。
とか、思って居ませんよ、チャールズさま。
あの碌でも無いギボンズに、「反省してるなら良いんじゃない?」と寛容な心で許している所などは、寛大過ぎて馬鹿なのじゃ無いか?と仮免チャールズさまに思うこの頃。
俺の真マス(=真の主人)クランベル伯爵さまは、あのギボンズからどれだけ迷惑を掛けられていると、チャールズさまは思ってやがるのでしょうか。
大きい所では、コーデリア殿下恐喝事件を筆頭に、大変だったアリシア妃殿下の出産とバンエル王国の王弟との婚姻。
全てシークレットで準備すると言う高難度な外交やアリシア妃殿下の出産準備及び出産。
孕ませた相手は、おっさんのギボンズと言う恐れ知らず。
アリシア妃殿下に死産だったと告げた後、生れて来た男の子は家令のキースが育てると言うアフターフォロー付き。
ただでさえ多忙なクランベル伯爵さまに面倒な心労を掛けて、仮免チャールズさまが許しても、ギボンズの事は俺が赦さないからな。
そう言えば、チャールズさまが『復讐は完遂出来た』とか。
矢張り、コーデリア殿下の事を考えたらギボンズは赦せないよな。
緑のベロア生地の背凭れへチャールズさまは背中を預けて脚を組み、しつこく珈琲を啜っていた。
「どんな復讐をされたんですか?さっき完遂出来たと話されてましたよね、チャールズさま。」
俺のその問い掛けにチャールズさまは金色の目を三日月型にしてニッと桜色の唇の両端を上げた。
「ふっふっふ。ジーンに聞かせて進ぜよう。」
「はい、お願いします。チャールズさま。」
「思い返せば、アレはクリイム歴1751年から時を経て、幾多の七難八苦を我に与えしハーシェルの野郎への復讐を我、達成せり。」
「、、、はいぃぃぃー??」
「ホントに悔しかったんだよなー。ポーカーで負ける度、フリップが俺に用意してくれていたキャンディーをハーシェルが分捕って行きやがって。ホントあの野郎は一個も残して呉れないでやんの。あの頃はマジでキャンディーを作る砂糖なんて入手出来なかったからさ。俺はフリップが用意するキャンディーをマジで楽しみにしていたんだ。その悔しさがジーンにはお判りいただけるだろうか?」
「まあ、チャールズさまが悔しがっていたのは知っていましたが、、、。」
「そう、悔しくて、いつか絶対にハーシェルへ仕返しをしてやると固く心に誓っていたんだ。で、この度ハーシェルに女装させて、コーデリア殿下やロクデナシなギボンズにも見られると言う黒歴史をプレゼントしてあげたぜ。やったね!ジーン。」
「いえ、そんな満面の笑みで言われましても、それにチャールズさまも女装しているのですから、黒歴史は同じでは?」
「そーだけども。だってハーシェルだけに女装させる方法を俺は想い付かなかったしさあ。」
「ですね。チャールズさま。プリンセスエリアへ行かれるなら、特別待遇なギボンズ以外は女性でないと入れませんからね。」
「はっはっは。ジーンも未だ未だ甘いな。別に従者の恰好をして、サンルームでも良かったんだぜ。その場合は、俺が隠れて於かないとギボンズに警戒されるからな。もうさ、ハーシェルを女装させようと思ったら、アイデアが沸き起こってハーシェルの説得に滅茶苦茶に熱が籠ったよ。」
コイツ。
って言うか、仮免チャールズさまのあの熱を帯びた必死の説得は、単にハーシェル大尉を女装させたいが為だったのか・・・。
仮免チャールズさまは、あの時に金の瞳を潤ませてハーシェル大尉を口説いて居るように見えていたが、俺の見立てはあながち間違っていなかった。
女装させる為、ハーシェル大尉を必死に口説いていたのだから。
「でも、まあグダったけど、万事解決ってコトで。コーデリア殿下は一安心、俺も満足。でっ、クランベル伯爵はギボンズから新たな情報獲得という事で3方丸く収まった。なっ、ジーン。」
「そう言えば末弟のアランさまとお話し合いは済まされたのですか?チャールズさま。」
「、、、。あのさ、ジーン。その件について、俺は極力考えないようにしていたんだぞ。どうしようか、ジーン。」
「如何しましょうか?チャールズさま。」
女言葉が様に成る末弟のアランさまの事を思い出し、チャールズさまは頭を抱え込んだ。
俺は真面目な顔を作って、仮免チャールズさまの近くに佇む。
でも末弟のアランさまにもハーシェル大尉にもクランベル伯爵は声を掛けるだろう。
そんなに落ち込まなくてもアランさまの特技は素晴らしいと俺は思うけどね。
赤々と燃えて揺らめいて、パチリと暖炉で薪の爆ぜる音が聴こえた。




