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EP73 明日はどっちだ!?


【従者ジーン】




 ロドニアセントラル地区から西に或るハーマー通りに面して有る仮免チャールズさまの屋敷で、現在2人の美女へ性転換中だったりする。


 最初はジュリア夫人とメイド長のリリーと夫人に仕えているメイとでドレスを着る為、チャールズさまとハーシェル大尉がコルセットを装着しようとしていたのだが、両サイドの紐で締めた後で仕上げに背中の紐をリリーとメイの2人係りで締め上げようとしても、一向に締らない。



 「痛い!痛い!」と大騒ぎをしていたら、クリスマス休暇中の末弟のアランさまがドレッシングルームへ顔を覗かせ、「ちょっと待っててー。」と言って立ち去り、クルクル丸めた麻の巻物を手にして戻って来て、朗らかに話しながらチャールズさまへ白いリネンのシュミーズを着せ、器用にステイズと呼ばれている布を巻き付け、下から上へと紐を編み上げて行った。



 「男は、ジュリア義姉さんの持ってるコルセットを締めるのは無理だわね。女性と違って筋肉ばかりだから固いお肉で動かないのよ。上流階級の女性は、フワフワユルユルの柔らかいお肉だから力を込めたら好きな形に加工が出来るけど。庶民の場合は1人で脱ぎ着して労働もしないと行けないから、こう言うコルセットに成って居るのよ。まあ身体にフィットする様なモノはコルセットの仕立師も呼ばないと駄目だから、お高くて庶民の手は出せないしね。」



 滔々と語りつつ、手の動きを休めないアランさまを、仮免チャールズさまは豆鉄砲を喰らった鳩のように目と口をポカーンと開けて、呆然と見つめていた。


 自分の筋肉量にコンプレックスを持っていた仮免チャールズさまが、唯一末弟のアランさまには勝てると誇っていた位には、アランさまは華奢で或る。


 カレッジに行かれるようになってから、俺はアランさまと殆ど顔を会わせなくなったがスタンダード・カレッジで、新たな何かを学ばれたようだ。



 「別にチャーリー兄さんは外出先でドレスを脱ぐ予定ないよね。ならこれで良し。シルクのドレスを2着持って来ているから持って来るわ。リリーやメイも日頃、身に着けているのだから、チャーリー兄さんのお友達にステイズを着けて上げて。」


 アワアワと唇を動かす仮免チャールズさまを放置して、扉を開いてアランさまは楽し気に出て行った。



 此れからグリンジットハウスでギボンズとの対決があると言うのに、「俺の弟が妹に見えて来た。」とブツブツと繰り返して、心ここにあらず状態に陥った仮免チャールズさま。




 「ジーン、明日はどっちだ!?」

 「どっちでしょうね、、、。」



 その後、アランさまが抱えて来た「シンプルなドレスよ。」だと述べている明るいブルーのシルクとクリーム色のフロラル製シルクのドレスをパニエを着けさせ、リリーたちと喋りながら、仮免チャールズさまとハーシェル大尉へ手際よく着けて行き、見栄え良く整えて行った。


 時折り、アランさまへ問い掛けている仮免チャールズさまの身体を動かし、会話を封じていた。


 俺は、女性?の着替えている風景を初めて見たが、まるで戦争へ行く前の兵士である。

 チャールズさまたちが挫折したコルセットは、鯨骨や鉄製のボーンが入っていて、どう見ても胴鎧で或し、案外と銃弾や剣を防いで呉れそうだと思った。

 難点を言えば、とても動き難そうな所かな。


 この時、様子を見に来ていた娘のソフィアさまが「お母様より綺麗だわ。お父様。」ってサファイア・グリーンの瞳をキラキラさせて、チャールズさまを無邪気に褒めそやかした。

 俺は、何となくチャールズさまやジュリア夫人の方向から視線を逸らせた。

 


 





 ワーワーと女装に詳しいアランさまを問い詰めているミスターレディ―な仮免チャールズさまに、俺はコーデリア殿下と待ち合わせの時間が迫って居ると知らせ、グレイス公爵令嬢の所から借りた馬車へ乗り、俺達はグリンジットハウスへと向かった。


 チャールズさまは、ドレスでの動きは甚だぎこちなかったが、ハーシェル大尉はアランさまからドレスで動く時のコツを聞き、暫く動作確認しながら体を動かしていると、自然な仕草で歩き始めた。


 ハーシェル大尉は、南天の実のような目で小さく地味な顔だったのに、アランさまが施した凄腕メイクテクで、目が2倍近く成長して、クリーム色の絹地に金糸で美しいアラベスク模様が施されたドレスを纏い、愛らしく品の良い女官様に仕上がっていた。

 

 此の様子を、きっと何処かでクランベル伯爵さまも見ている事だろうから、小器用なハーシェル大尉に注目をしているだろう。

 クランベル伯爵さまは、女装も出来るハーシェル大尉をスカウトするのだろうな。


 一方、チャールズさまは安定の美女っぷりだが、ギクシャクした動きで俺もアランさまと同じで目を覆いたくなる。


 整った美貌を持つ人は、残念な所作をすると残念さが際立つ。


 でも、チャールズさまは息を飲む美女っぷりなので、下手したらギボンズに口説かれるんじゃないかな。


 ギボンズに、ドレス姿のミスターレディ―が、チャールズさまだとバレて無ければの話だけどね。



 「ギボンズ氏にバレると思いますよ。チャールズさま。」

 「俺は顔を伏せているし、メインで話すのはコーデリア殿下だし、動くのはハーシェルだし、大丈夫だってジーン。心配のし過ぎだよ。それに、俺はギボンズと間近で会ったことは無いのだよ。」


 俺は、馬車の中で仮免チャールズさまの壮大な計画への心配な点を尋ねてみた。

 いや、何故にハーシェル大尉もコーデリア殿下もソコに突っ込まないか俺は疑問だったのだ。


 それにだよ。

 ハーシェル大尉は薬に詳しいし、手先が器用だしって事でギボンズへ薬を仕込む要員として必要、そしてコーデリア殿下も薬が効くまでの時間稼ぎの会話要員として、必要不可欠。


 でも、仮免チャールズさまは別に要らないと俺は思うのだよね。


 「それだけなら別にチャールズさまでなくとも、クランベル伯爵邸からメイドを借りれば。」

 「「あーーーっ!!」」

 「、、、。」


 「ば、馬鹿だな、ジーン。クランベル伯爵にも内密にしているのだから、か、借りれる訳が無いだろう。一応ね、俺も考えて行動しているのだよ、ジーン。」

 「そうだったんだ?チャーリー。」


 「申し訳ありません、チャールズさま。至らぬことを口にしました。」

 「ま、まあ、ジーンは俺を心配して言って呉れたコトだしね。ハーシェルだって納得していただろ?」


 「まあね。それに今更ジタバタしても遅いだろう。もうグリンジットハウスへ着くのだし。」


 「お、おう。」

 「2人とも、お気をつけて。」

 「ああ。」

 「行ってくるよ、ジーン。」



 アルバート5世襲撃事件後に、急遽作られた真鍮のフェンスの出入り口を塞ぐように衛兵たちが佇み、俺達の乗った馬車を見付けると此方へ駆けて来て、馬車に着いて居る家紋とコーデリア殿下から渡されていた通行許諾書を確認した。


 襲撃事件以前は、ギボンズがリバティ党議員たちや知り合いを、グリンジットハウスへ招いていたので、もっとオープンで比較的敷地への出入りは自由だったそうだ。


 まあ、クランベル伯爵さまはギボンズを始末したがっていたので、グリンジットハウスに見張りをつけ、来訪者も調べていたから、ホントの意味での自由とは言い辛いけど。



 俺は、馬車の中からファサードからグリンジットハウスへ入って行く2人を見送り、広い庭から馬車が通る道を歩かせ、敷地から出た。


 付いて行きたいのは山々だったが、グレイス公爵令嬢の縁戚という設定でコーデリア殿下の元へ行く為、チャールズさまが態々グレイス公爵令嬢の母親である女官長のグレース公爵夫人へ頼んで馬車を借りたのに、グリンジットハウスのメイドの中には俺を覚えて居る者も居そうなので、女装迄して正体を隠しているつもりのチャールズさまの為、俺はウエストカタリナ宮殿で、コーデリア殿下をギボンズから救い隊の作戦終了待ちで或る。


 コーデリア殿下の母親であるノイザン公爵夫人は、アルバート5世からコーデリア殿下の婚姻相手についての話し合いに呼び出され、グリンジットハウスを留守にしていた。

 さり気ないアルバート5世の気遣いに俺は感服していた。


 リアナ子爵令嬢とグレイス公爵令嬢はデイジーさま宅へ招かれている為、コーデリア殿下に就いて居る侍女は、クランベル伯爵さまが以前からメイドとして潜入させていたコリーナとシシリーで或る。

 コーデリア殿下は、2人に何も話して居ないと仰っていたが、耳聡いシシリーが気付かないなど在り得ない筈だ。


 仮免チャールズさまが何か遣らかしそうならコリーナとシシリーも助けてくれるだろう。



 俺に出来る事と言えば、上手くいくとは思えない此の計画を、仮免チャールズさまが取り敢えず完遂する事を祈る位だ。

 遠ざかって行くグリンジットの屋敷を馬車の窓から見つめて、俺は祈った事のない神に祈った。












             ※※※※※※※※※※





【ハーシェル・クルード大尉】




 『どうしてこうなった?』


 幾度目かに成る自分への問い掛けを、隣にいる傾国の美女チャーリーを見つつ、俺はもう一度心の中で問うてみた。


 明るい茶のウィッグを被り、コーデリア殿下から貸し出されたヴェール付きの小さな飾り帽子を被っているが、チャーリーの端整な顔立ちは、特徴的な美しい瞳を隠しても、きめ細かな白い肌も整った鼻筋や顎のラインから窺い知ることが出来た。


 チャーリーの事を日頃は男としてしか認識して居なかったが、ステイズで無理矢理に作っている偽乳(にせちち)の谷間やパニエで広げたスカート部分の所為で括れて見えるウエストなどで、嫋やかな禍々しい美女として俺の眼に映っていた。




 チャーリに呼び出されてウエストカタリナ宮殿へ出向いたあの日、俺はフリップの事で文句を言って遣る心算だった。

 幾ら鈍いチャーリーでも、フリップの気持ちは分っていただろうと。



 「それに気付いたとして如何なる?」



 確かにチャーリーの言った通りなのだが、遣り切れなさそうにフリップが深く溜息を吐き出していた姿が脳裏を過る。


 如何にも成らないと分っていたから、俺もフリップが生きていた頃はチャーリーの事を何も聞かなかったし、聞いたとしてもフリップは、苦い笑いを浮かべて適当な言い訳を告げて誤魔化しただろう。


 例え、チャーリーがフリップの気持ちを受け入れたとしても、婚姻して子供もいるチャーリーと共に居られる道は見つけるのは難しいだろう。

 それにフリップにも子供が2人居るしな。

 如何いう意図か判らないが、フリップはチャーリーの妹のエルザと婚姻なんてしやがったし。


 チャーリーに対しての苛立ちは、フリップを失った俺の八つ当たりだと理解も出来ている。

 何一つチャーリーは悪くないのも知っている。


 でもフリップは俺のガキの頃からの友人なんだよ。

 13歳から34歳の今までのね。

 ホントさあ、ぽっかりと胸の奥に穴が開いて、虚しくて虚しくて冷たい冬の空気が、その穴へ延々と入り込んでいたんだよ。





 「後は、頼むな、ハーシュ。」



 そう言って、俺や地獄のクラウンクラブの面子にだけ向ける笑顔をフリップは残して、大股で通りへ向かって歩いて去って行った。



 俺はフリップの葬儀の後で、上品な弔問客たちに囲まれているナディアたちを見て、お貴族様のフリップの子供達は市民の俺など必要としないって感じてしまって、生き甲斐みたいなモノがサッパリと消えていたんだ。


 そして、俺は急に生き方が判らなくなった。


 アッチコッチで人と揉めてしまうフリップをフォローして日々を過ごすのが当たり前に成ってたから、手の掛かるフリップが消えてしまって、俺は道標(みちしるべ)を失って迷子に成った気分だった。


 俺は、あの侭でフリップが生きていてくれたら、今までの通りタバーン(居酒屋)やお前や俺の部屋で酒を飲のみ、俺がお前の人付き合いの悪さを愚痴って、それを笑いながら謝るフリップを小突いて、やがてその内に俺も結婚して互いの家族同士で付き合っていく、そう言う毎日が積み重なっていくとなんとなく思っていた。


 馬鹿だろう?俺も。


 フリップの兄さんや奥さんのエルザ夫人も亡くなったのに、俺達の人生だけは何事もなく続いて行くと思っていたんだから。


 フリップが亡くなった事を身近なチャーリーの所為にして腹を立てていたなんてね。


 八つ当たりをしようとしたらサラリと躱されて、チャーリーは「フリップの為に頑張ってみないか?」とシトリンの金の瞳を潤ませて熱く語り出して、気が付いたらフリップが大切にしていたノルディック王国のローランド兵達の事を思い出して、俺の開いていた穴にチャーリーから熱い使命感みたいなモノが注ぎ込まれて、久し振りに気力が漲って来るのを感じた。



 きっとチャーリーもチャーリーなりにフリップを弔おうとしていたのだ。


 ギボンズを油断させる為に、今はプリンセスエリアとして限られた男性しか入れない東に或る区画の客間に、女装した俺とコーデリア殿下とチャーリーが、、、居る???


 「あれ??チャーリーは?」


 「あっ、シシリーと申します。チャールズ伯爵様は、美し過ぎて余りにも目を引き過ぎるので、使用人控室へと隠れて頂きました。コーデリア殿下から作戦の手順をお伺いすると私でも出来る事でしたので、、、。宜しくお願いします、ハーシェル大尉。」

 

 「あ、うん。宜しく、シシリー。」



 いつの間にか、チャーリーは強制リタイアをさせられていた。











 その後、ギボンズが遣って来て、グダグダ状態だったが何とか予定通りに目当てのブツを回収し、ワラワラと湧いて来たクランベル伯爵の配下(ハイカ)ーズが俺の用意した薬で眠り込んでるギボンズを簀巻きにして何処かへ運び去った。

 あの眠り薬は強力だから、明日までは目覚めないのだけどなあ。




 「なんでクランベル伯爵が居るんですかぁ!」

 「いや、違うんだ、チャーリー。偶々通りがかったら、こんなことに成っていてね。」

 「こんな偶々、在ってたまるか―っ!」

 「ふふっ。チャーリーは元気そうで何よりだよ。レディ姿も中々にいいね。」

 「ぐうっ、着替えるっ!!!」



 何か知らないがチャーリーとクランベル伯爵の痴話(ちわ)ったじゃれ合いが始まった。

 あのう、俺も着替えたいんだけど。

 チャーリーは俺の事を忘れてない?


 俺は、シシリーから案内される迄、ぼーっと客間のソファーで姿勢よく腰を下ろしていた。




 結論、ステイズつうかコルセットの姿勢強制力は半端なかった。


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