EP72 祈りーマリア・ヘンプー
【カイル・レスタード大尉】
お馬鹿なケビンが最近ますますバカに成っている。
って言うか、ジュリア義姉さんが此の家に住む様になってから、良く飲みに行っていた連中との付き合いも断り、「ショーンやケントやデニーと過ごす。」など言う理由をつけては1階のパーラーに居る。
嘘を吐くなよ、ケビン。
別に今まではショーンたちと茶とか飲まなかった癖に。
僕は知っている。
ケビンがジュリア義姉さんに惚れてしまっている事を。
僕だけでなくクリスマス休暇で屋敷に戻っているアランも当然に気付いているし、嫁に行ったデイジーも気付いていて、何故か滞在しているクランベル伯爵家の御坊ちゃまスティーブン卿も気付いている。
そして、ケビンから惚れられている当の本人で或るジュリア義姉さんもね。
脳筋のケビンには隠し事なんて無理だものなあ。
妹のデイジーとスレイン・クランベル少将との婚約が決まってから、婚姻準備の手伝いでジュリア義姉さんと娘のソフィアとシャロンと共に引っ越して来た。
まあ、ショーンたち子供3人や僕の世話を此の家に居た執事のカールソンとハウスキーパーのリリー、メイドのイルマ、執事見習いの何でも屋ユーリーとコックのエバ、ベイカーのカラだけで回すのは難しかったので、ジュリア義姉さんたちの屋敷に居るサーバントたちにレスタード本家に来て貰うことに成ったのだ。
チャールズ兄さんのアイデアでね。
嫡男の嫁であるジュリア義姉さんが、実家で或る此の家に住んで居なかった第一の理由が、「ジュリア義姉さんの父親エルメール氏が借りていた多額の負債で、万が一にも母さんの居る此の家に、エルメール氏の債権者が押し掛けて来ると困る。」って、チャールズ兄さんは僕達へ話していた。
けどまあ、本音は母さんとチャールズ兄さんとの折り合いが悪かったからだと思う。
チャールズ兄さんが婚姻していた当時は仕事の関係で、グリンジットハウスかクランベル伯爵邸の往復で今よりはマシだったみたいだが、それでも殆ど家へ帰れなかったそうだ。
自分が居ない時に、母さんの強い口調でジュリア義姉さんへ注意などされたら嫁姑の家庭問題に発展しかねない、とチャールズ兄さんは警戒したのだろう。
チャールズ兄さんは、僕を筆頭に家族が大好きなので、家庭不和な状況を望まないって言うか、怯えてるって感じがする。
家庭平和の為、理不尽な母さんの怒りにも、「イエス、マム!」って、最敬礼しそうなノリで素直に受け入れている位だしね。
そして、此の家のサーバント不足にチャールズ兄さんの出した答えが、ジュリア義姉たちと一緒にサーバントも呼ぼうって話に為ったのだ。
デイジーの婚姻式の準備に女手も必要だったし、嫡男の家族で或るジュリア義姉さんとソフィアたちが、レスタード本家で暮らしても何ら不思議は無いし、サーバント募集の求人する時間もない。
其処で義姉ジュリアと一緒に、元は此の屋敷で勤めていた乳母兼メイドのメイ、そして向こうで雇ったメイドのメラニー、乳母のロージー、コックのケントと下男のケンが来てくれた。
ジュリア義姉が連れて来たコックのケントって、ケビンが連れて来た子供のケントと同名で紛らわしい為、コックのケントは、我が家では姓のブロンと呼ぶことに成った。
申し訳ない。
此のテラスハウスは、貸し主のウィルソン・カステル議員の父親が金を掛け、2つの棟棟を1つにして改築した屋敷だったので、部屋だけは余っていた。
1階は、2つのパーラーに食堂、書斎・執務室、メンズのドレッシング・ルーム等があり、階下には薪や石炭、食料などの倉庫や厨房、使用人室が或る。
2階は、母やエルザの部屋に僕とケビンやデイジー、アラン、チャールズ兄さんの部屋があり、客間とレディース・ウォークインクローゼットとドレッシングルームが或る。
3階は、現在カールソンとリリー夫婦と子供に、ショーンやケントやデニーが暮らしていた。
2階のチャールズ兄さんの部屋に或る扉と繋がった右隣の部屋にジュリア義姉に入って貰い、アランと繋がった部屋にはデイジーが今まで居住していたので、ジュリア義姉の部屋と繋がっている扉は通路に成っているドレッシングルーム位だった。
連なった2軒の壁に改築で細長い開口を開け、2軒間で行き来が出来るように成っている。
僕達は、母やエルザ姉さん僕とケビンの部屋がある方を西棟と呼び、チャールズ兄さんやアランやデイジーの部屋がある方を東棟と仮の名称で呼んでいた。
デイジーが10月末に嫁に行き、チャールズ兄さんは安定の留守で、現在2階の東棟はアランとジュリア義姉さんだけになって仕舞った。
で、それをケビンが心配するのだ。
「カイルは兎も角として、アランがジュリア義姉さんへ夜這いを掛けたりしないだろうか。ジュリア義姉さんて魅力的だろ?未だ若いアランが、フラフラとジュリア義姉さんのベッドへ行ったら如何するよ?カイル。」
そう言うケダモノ的なコトをするのは、我がレスタード家ではケビン、お前くらいな訳だが。
「アランは大丈夫だろ。其れにクリスマス休暇が終わったらカレッジにアランは戻るし。」
「いやヤるだけなら期間関係ないからな?カイル兄。」
「だからなケビン。そう言う発想が出来るのは、ケビン位なんだよ。」
「だって、ジュリア義姉さんのあの豊満な胸や細くくびれた腰を見たらさー。」
そう話して、鼻息を荒くし始めたと思ったら、ケビンの右の鼻の穴からツツツー、っと赤い液体が垂れて来た。
ケビンへ向けた僕の声色と視線が冷たくなるのは、自然な事だよな。
「ケビンへの注意が必要だと言う事は、僕も理解したよ。」
僕は、「何でオレにっ!!」と、顔を赤くして喚くケビンを無視して、パーラーへ入って来た執事のカールソンから話を聴く。
三日後にチャールズ兄さんがジュリア義姉さんへ用があって、友人と共に我が家に戻って来るそうだ。
チャールズ兄さん、何故、三日後なんだ!
その日は、ライブリッジ・カレッジへ僕が行かねば成らないのに。
僕はガックリと肩を落として、力無くカールソンへハーブティーを淹れるように頼んだ後、トボトボと西棟の階段を登り、2階に或る自室へと向かった。
※※※※※※※※※※
2YEARS AGO
【娼婦マリア】
いい事なんて余り無かった気がするわ。
アタイは既に息を吸うのも苦しくなり朦朧とする意識の中でそんな事を想った。
感謝するのはケビンと出会えたコト。
商売中なのにアタイへ文字を教えてくれた変な客だった。
それにアタイの勤めていた娼館の客は殆どがアドミラルに勤めているけど、上でも下士官様がやっとで普段は水兵ばかりだから、士官様の若いケビンが来店した後は女たちで大騒ぎだった。
オーナーから失礼のない様にと、幾度も念を押されてアタイは緊張したけど、所詮は男と女で遣ることは、老いも若きも、底辺でも上でも裸に成れば抱き合うだけだった。
ただ、ケビンの月長石のような澄んだグレーの瞳は綺麗だったけど。
アタイは、ロドニアに或るマイルエンドのミルキーチャペル通りと呼ばれている、ミルキー教会近くの捨て子院で育てられ、13歳でロドニアの南東部に或る商人の家でメイド見習として勤めていた。
その家の下男だった男と婚姻して娼婦として働かされていたけど、飲んだくれの最低野郎だったから客と一緒にロドニアを出て、結局はそいつもロクデナシだったから逃げ出して、アタイは此のポータスの娼館で働き始めた。
同じ男に働かされるなら未だ娼館のオーナーに働かれる方がマシだと思ったの。
丁度その頃は、酷い風邪が流行り店の女の子が減っていて、良い条件をオーナーは提示して呉れた。
アレがクリイム歴1748年頃で、院で言われていた歳に間違いが無ければ16歳だったと思うわ。
マリア・ヘンプ。
麻に包まれて、ミルキーチャペル通り沿いにあるコーチング・インで捨てられていたから、姓をヘンプにしたと院の大人たちは言っていた。
大抵、あの捨て子院で拾われた名前の判らない女の子は、マリアって名付けられるのよね。
若かったお陰でアタイは、娼館の中で人気が合って客が途切れることが余り無かった。
其れに他の娘達みたいに誰かに売られた訳でもないから、切羽詰まっても居なかった。
でも、お金は貯まらないのよね。
店の近くに部屋を借りてくれたと思ってたら、実はその資金が借金に成って居たり、娼館で使うモノにも賃貸料や補填料金も支払わなくてはいけなくて、アタイの手元には殆ど取り分が残らないの。
でも最初の夫や逃げ出して来た男といるよりも、酔って暴力を振るわれる事もなくて、随分とマシな暮らしだった。
偶に、オーナーたちに取り分を取られるのが嫌になって逃げだす娘もいたけど、付き合ってた男たちに言われて私娼やっていると、縄張り争いや変な客や酔っ払いに絡まれたりして、大変な思いをしたことが多かったから、逃げる時に誘われても断っていた。
この娼館のオーナーとアドミラルの上の方とが知りあいらしくて、しつこい客は居るけど比較的性質の良い客達だったから、今更ストリート・ガール(フカー)に戻る気には成れなかった。
一番いいのは奇跡的に結婚が出来て綺麗に娼婦から足を洗える事なんだけど、オーナーに背負っている負債を返して呉れる相手が必要なのよね。
正に奇跡。
でも稀にあるから夢見る娘が、後を絶たない。
アタイは子供が出来たし、一度目の婚姻が最悪だったから諦めていた。
一応、避妊をした心算だったけど妊娠しちゃうし。
堕胎薬や下ろす手段も或るのだけど、亡くなったり体調を悪くした侭で治らない娘も居たから、アタイは産む事にした。
オーナーが子育てしてくれる人を用意して呉れるって言ったしね。
でもオーナーに支払う代金も凄く増えて、意外に大変だった。
子供の面倒を見てくれる人に、お乳が張って痛いと相談すると、ショーンにおっぱいの遣り方を教えてくれて、その通りにしていると、必死でお乳を飲んでるショーンを抱えて見ている内に、何故か胸がいっぱいに成って来て、涙が止まらなくなってしまったの。
愛しいってこう言う感情を言うのねって、右腕が重くて痺れて来たけど、その重さも愛おしかった。
ずっとショーンの傍に居たいなって思ったけど、オーナーに色々支払わないといけないし、ショーンの面倒を見て貰う為の代金も支払わないと駄目だから、出産して一か月後に仕事へ戻ったわ。
そして次男のケントが産んで暫くしてから、ケビンと知り合った。
ケビンが何度か来て、アタイの胸から出る母乳について尋ねて来るから、隠す必要も無いから子供の話をすると、部屋で会おうって言うの。
オーナーには娼館に出しているのと同料金を払うからって。
そして、アタイの家でケントにおっぱいを飲ませてからエッチをするようになった。
「かーちゃんなら、マリアも自分の名前くらい書けるように成って、ショーンとケントにも自分の名前の文字位は教えてやると良いかもな。」
そう言うと二っと笑って「今度、紙を持って来てやるよ。」逞しい胸の中で、アタイを抱き締めてくれた。
約束通りにケビンが紙と糸を巻いた黒鉛を持って来て、アタイにマリア・ヘンプと言う文字を教えてくれた。
それからショーンとケントと言う文字を教えてくれて、アルファベットをペンで紙に書いて呉れた。
黒鉛は書く度にテーブルや手や周囲を黒く汚してしまうので止め、アタイは羽根ペンに持ち替えた。
中々綺麗には書けなかったけど、ケビンへ手紙を書こうと思って、羽根ペンで練習していた。
それ迄アタイは、お酒を飲んで酔っ払って仕事をしてたけど、ケビンが持って来てくれていた幼い頃のテキストを真似て書くのが面白く成って居て、程々に飲んで仕事を終えるように成って居た。
文字が読めるようになると、それまで毎年春先に契約していた書類が読めるように成っていて読んでみると、実はアタイはオーナーから毎年お金を借りる書類にオーナーが文字の書けないアタイに代わってサインをしていた事を知った。
減らない借金の理由を知って、アタイは腹が立って思わずオーナーと言い争ったわ。
それをケビンに話すと大笑いを始めた。
「笑い事じゃないのだけど、ケビン。部屋を借りる為の契約書だって言っていたのに。」
「いや、御免御免。流石は悪徳オーナーだと思ってさ。でも、ここら辺では真っ当な方だと思うよ。なんだかんだ言っても、子供を育てられているんだろ?まあマリアが稼いでるから、余り下手な事が出来なかったのだろうけどさ。オレが後でオーナーに怒られそうだな。マリアに文字とか教えやがって、ってさ。」
ひとしきりケビンは笑ってから、「なっ?子供に文字を教えて於かないとヤバいって判っただろ?」そう言ってから、「オーナーへフォローしてくるわ。」と告げて、娼館へ戻る為にケビンはアタイの部屋から出て行った。
何かケビンはオーナーへとフォローをしてくれていたみたいだけど、オーナーはバツの悪そうな顔をして、アタイにケビンとの会話を教えてくれなかった。
そう言えば、アタイもケビンにショーンとケビンの名は父親か?と尋ねられたけど、ちゃんと話して無かった。
懐妊した頃の客で、父親であって欲しい人の名前を付けていたってことを。
何となくケビンに言い辛くて、アタイは話せなかったの。
まあ、言い辛い事は誰にも或るモノよね、オーナーも然りかしら?
それから暫くして、ケビンは北カラメルへフロラルやエスニアの兵や船を追い払う為に、ポータスの港から帆船へ乗って戦いに向かった。
ケビンがポータス港を旅立ってから一年経ってアタイは身籠った。
結局、アタイのタイミングが悪くてケビンの子は授かることは出来なかったなあ。
デニーを出産してから、暫くしてケビンがポータスへ帰港し、アタイの部屋に来ると言う手紙が届いた。
ケビンが無事に帰ってくることを喜んでいたら、アタイは酷い頭痛がして高熱を出し、娼館を休んでうつらうつらとして14歳くらいの頃の夢を見て思い出したの。
未だロドニアで娼婦で無かったころ、ラムズ川の沿いの地区で疱瘡患者が出て頃に聞いた初期症状に似ている。
アタイが疱瘡に掛かったかどうか判らないけど未だ分からないけど、その時は患者の家人までも屋敷に閉じ込められたと聞いた。
生き残っても其の地では真面に生きて行けないだろうと雇い主たちは家族と話していた。
普通は疱瘡患者であるとは知られないようにするのだが、表に噂が出たのは金や学の無い家だったのかも知れないと話していた。
その酷く残酷な周囲の人々が行う仕打ちの話を、雇い主一家がしていたのを思い出して、アタイは目覚めた。
無事に此処へ帰って来れたら、冗談だったと言ってケビンと笑い合おう。
酷い勘違いをアタイがしたと言いながら。
少し熱が下がり、頭痛と腰痛や節々の痛みが少し緩んだのを感じ、アタイは慌ててケビンへ手紙を書いた。
そして銀貨と銅貨をテーブルに置いてショーンへ2人の事を頼み、いい子で待って居るように話してアタイは家を出て、辻馬車に乗った。
確か、ポータスの街のを外れたノーリアスで廃墟に成っている修道院があったと前に客が言っていたわ。
壊され放置された侭で風景や土に同化しようとしている修道院の中に或る礼拝堂で、自分の身体に白い豆粒上の隆起が広がって行くのを感じながら、アタイは神に許しを乞うていた。
そして、ケビンに託したショーンとケントとデニーの事を祈る。
大好きだったケビン。
アタイの愛したショーンたちをお願い。
神様、アタイが犯した罪は、この苦しみと此の生命で贖うから、あの子達をどうぞ此の病から守って下さい。
それに、万が一疱瘡に掛かっていても、きっとケビンの家なら、お医者様を呼んでもらえる。
苦しむ為にアタイは生れて来たと思って居たけど、ショーンやケントやデニーと出逢えた事、そしてあの子達を守って呉れるだろうケビンと知り合えた奇跡を想い、深く祈った。
ああ、此れが神様の、、、。




