EP71 鳥籠
【クランベル伯爵】
私の失態と言えば失態であるが、結果は良いモノであるので良しとしよう。
低く垂れこめる薄墨色の曇り空を窓から眺めて私はキースが淹れた珈琲を口にして、陛下に呼ばれてウエストカタリナ宮殿へ此の屋敷から出掛けて行ったチャーリーを想った。
レイチェル・コレッジと淑女女子学院の開校式典前、陛下へカタベル大主教の性癖を知る被害者であるルークへの口止めと引き換えに、陛下が任じたチャーリーの子女教育委員を外す取引が出来ていた。
私としては美しいチャーリーを穢したカタベル大主教は、此の世から一刻も早く抹殺したいカタベル大主教であるが、部外者の入り込めない面倒な場所に居る彼の始末は難しい。
陛下への襲撃事件が在り、その所為でチャーリーの友人であるフリップ中将が亡くなり、傷付いていているだろうチャーリーを想うのと同時に、私がフリップ中将を陛下の近衛兵へ推した事実をチャーリーへ知られ、彼から恨まれてしまう事を恐れて、私が陛下へ近衛に推薦した事をチャーリーへ知らせないで欲しいと頼んでしまった。
私は、そう口に出してしまってから「しまった。」と後悔したが後の祭りだった。
襲われて血色が悪かった陛下の表情に喜色が滲んでいたのだ。
今度は、私が陛下から「秘密」を取引材料にされてしまった。
フリップ中将推薦した事の秘密の代償は、私が陛下の相談役として首席秘書官になる事とチャーリーをコーデリア殿下の侍従長へと就任させる事だった。
渋々と言う態で陛下に頷いてはみたものの、陛下から命じられコーデリア殿下の侍従長にチャーリーが成ることは、私としては願ってもない事だった。
此れでカタベル大主教が、勝手にチャーリーへ何かを命じ、自分の元へ来させる真似が出来なくなったからだ。
カタベル大主教がチャーリーへ何かを命じる為には、一度陛下へ許可を得なければ成らなくなり、私が陛下の傍に付いている限り、チャーリーに関してカタベル大主教へ許可を与える事はない。
その間に、忌々しいカタベル大主教への対応策を、私も講じる準備が出来る。
それに、私は今、至福の時の中にいる。
あの奇跡のような美しいチャーリーを此の腕に抱いて眠る日々を過ごしているのだ。
完成された美を持つチャーリーは、人々を寄せ付けない神々しさを持っている。
偶に恐れ知らずの痴れ者もいるが、ジーンを始めとしたチャーリー・ガーデアンズが、その様なモノをチャーリーに近付ける訳が無い。
共に寝室で眠るように成り、そのチャーリーが書斎に私と2人で居る時だけだった寛いだ表情を、此の屋敷の中では、無邪気に見せてくれるようになった。
私だけでなく、屋敷に居るモノ達はチャーリーのあどけない仕草に、癒され心奪われるモノも増えている。
あの輝く美しい黄金の瞳を自分へ向けてくれている幸福感を感じないモノなど居ないだろう。
そして私はチャーリーを抱き締める度、特別な奇跡を許された幸せで、胸の奥から熱く震える感謝の想いに満たされるのだ。
チャーリーを一目見て、私が心を捉えられてから16年。
私が整えた緩やかな目に見えない鳥籠の中で、チャーリーの緊張や躊躇いを一つ一つ剥がして行き、私に触れて甘えるのが当たり前のように受け止めれ貰えるようになった。
長かったようでもあり、あっと言う間のような短さでもあった。
私が、世の中一般に置いて正しくない行いをしていると察しても、チャーリーは寄り添って愛らしい桜色の唇を小さく動かし、『全く此の悪人はしょーがねーな。』と声に出さずに呟き、『俺も同罪だし。』そう言って共に歩いて来て呉れた。
そして、私がアリシアが産む予定の罪なき子を始末する事に覚悟を決めた時、「殺さない選択」をチャーリーは与えてくれた。
それがどれ程に私を救ったことか。
クランベル家の過去を読み続けていて、ルーチンワークで先を予測し動いていた私を留めて、チャーリーは私に選ぶ権利を与えてくれた。
あの時、私はチャーリーの中に神を見たのだ。
もしかしたら、チャーリーを鳥籠に捉えていたつもりだったが、実は私がチャーリーから捉えられ、チャーリーの籠の中にいたのかも知れないね。
でも、どちらにしてもチャーリーの傍にいれるコトで、私には至福の悦びが与えられるのだから、同じでは或るのだけどね。
この無上の歓喜の為になら、私は何でもしよう。
そして今暫くは、チャーリーが友人だったフリップ中将の死の悲しみが癒えるまで、柔らかに私の温もりを与え続けよう。
窓の外を再び見上げれば、高い天空から淡い光の帯が、鉛色の空から薄い日差しを地上へと落としていた。
※※※※※※※※※※
【従者ジーン】
何かを想い付かれたらしい仮免チャールズさまから頼まれ、俺はハーシェル大尉へと連絡を取り、翌日に成りウエストカタリナ宮殿に或るクランベル伯爵様の控室で、チャールズ様と共に彼を出迎えた。
エドに案内されてハーシェル大尉は室内に入り、興味深そうに広く豪華な室内を見回し、応接セットの艶出しをしているウォールナットで造られた広いソファーへ腰を下ろした。
ハーシェル大尉は、紅いフロックコートでは無く、制服が変わる前のロイヤルブルーのコートを羽織り、紅いサッシュや徽章を着け、大きな濃紺の袖口を折り、規定通りの飾り釦で止めていた。
柔らかな鹿革で造られたベージュのスパッツを穿き、ベルトには幾つかの革袋を着け、膝上まである焦げた色のブーツを履いていた。
軍人なので鍛えられてはいるのだが、フリップ中将やスレイン少将のような大きく威圧するような筋肉では無く、必要な所に必要な量の筋肉があり、スパッツ姿の太ももから脹脛迄を見ると素早い走りを連想させるカモシカのような脚だった。
そんなハーシェル大尉の綺麗な美脚筋肉を羨まし気に見ている仮免チャールズさま。
『べ、別にハーシェルの足の筋肉とか羨ましくねーし。』
微かにチャールズさまは桜色の唇を動かした。
筋肉が羨ましいんですね、チャールズさま。
ハーシェル大尉から挨拶で声を掛けられチャールズさまは礼を返して、ソファーへと促した。
「態々来て貰って申し訳ない。ハーシェル。知らない間に立派に成って居たんだな、ハーシェルも。」
「別に良いよ。チャーリー。如何せ俺も陸軍中央本部には行かないといけなかったんだ。フリップも居なくなったし近衛隊って言うか、陸軍を辞めるよ。」
「大尉なら辞めなくとも、満額は無理だが尉官なら休暇を取っていても、ある程度の賃金は支払われるだろ?ハーシェル。」
「まあ、俺自身は軍に興味は無かったのさ。どっかの打切棒な奴に付き合って居ただけで。フリップは居なくなったからね、チャーリー。」
寂しさを滲ませてハーシェル大尉が呟いた後、ゆっくりと顔を上げて、チャールズさまの金色のトパーズに見える瞳を挑む様にジッと見詰めた。
そのハーシェル大尉の視線に戸惑って、チャールズさまはトパーズの瞳を揺らして居た。
スゥーっと暖炉で暖められた部屋の空気を吸い込み、ハーシェル大尉は低い声で、チャールズさまへ意を決して問い掛けた。
「なあ、チャーリー。お前はフリップの気持ちを知っていただろ?なのに、、、。」
ハーシェル大尉は、足を組んで膝の上に置いていた両の指にグッと力を籠め、指で握り込んだ手の甲の皮膚の色を白く変え、力を込めた指指に青い血管を浮かび上がらせていた。
ハーシェル大尉の言葉と仕草を見て、チャーリーさまは整った顔を切なげに歪めて、金色の眉根を深く寄せ、男にしては細い肩を落とした。
「、、、気付いて居たら、如何にか成ったのか?ハーシェル。」
「如何にかって、チャーリー。お前って。」
「如何にもならないだろ?ハーシェル。俺はエルザも信仰も裏切れないし、それにフリップも俺が気付いて、距離を取るコト等は絶対に望まなかっただろ?違うか?きっとフリップはブレイス人が苦手だったと思うんだ。地獄のクラウン・クラブの奴等へ向ける笑顔と、それ以外との人達に向ける不愛想な表情とでは、全く違ってたからさ。そのフリップがノルディック王国へ行かずにコッチに残る位だ。フリップとしても、俺との友人関係を続けたかったと思うんだよ。違うかな?ハーシェル。」
「それは、、、、。」
息を漏らすようにハーシェル大尉は呟いて、顔を伏せ組んだ両の手を見つめた。
チャールズさまはエドに珈琲を頼み、長い3人掛け用のソファーに腰掛けた侭、両手を延ばして大きく伸びをした。
「まあ、駆け足で天国の門へ飛び込んだ馬鹿野郎の想いなんて、知るかって言いたいんだよ、ホントはね。でもさ、ハーシェル。馬鹿野郎なフリップが命懸けで守ったモノを俺とハーシェルで守ってみないか?」
「はっ?陛下をか?チャーリー。」
「陛下や次の王に成るコーデリア殿下をだよ。」
「チャーリー。確かに陛下を守ったように見えるかも知れないが、しかしフリップは、国としては祖国の方が大事だぜ?あくまでも職務の一環だっただけだよ。」
「勿論分かっているよ。でもさ、陛下だからノルディック王国とは話が出来ているんだぜ。でもって陛下に何か在って、コーデリア殿下が国王陛下になった時、私欲に塗れた奴がコーデリア殿下の宰相に成ったら、ノルディック王国の平和が脅かされるだろ?俺はさ、フリップはノルディック王国の人々を守りたかったと思うんだよ。なのに今は少しヤバい状況に或るんだ。」
静かな声だが段々と熱を帯びる仮免チャールズさまの話に、始めは苛立ち混りで斜に構えていたハーシェル大尉も徐々に引き込まれて行き、相槌なんかも打ち始めて来た。
そしてハーシェル大尉は、此れからの会話を秘密にするとチャールズさまから聖書に誓わされて、ギボンズの悪行とコーデリア殿下に掛けて来た脅しを美しい表情を曇らせ、沈痛な面持ちで語り始めた。
もうね。
仮免チャールズさまは、反則的な容貌の美しさなのに、シリアスモードで切なげな声で語り、シトリンの瞳を潤ませて、左の前髪を簾状態で垂らして視界バリアを作っている筈のハーシェル大尉の赤味がかった小さな眼も眩ませると言ういる凄腕。
いや、俺も判っていますよ。
チャールズさまは、ハーシェル大尉を口説いているのでは無くて、コーデリア殿下の為の作戦へ参加するように説得しているだけだって。
しかし、いつもは冷めた視線で、チャールズさまを眺めていたハーシェル大尉が、前のめりで上半身を近付け熱の籠った調子で口説いて、、、いえ、チャールズさまが説得されていると、ハーシェル大尉の薄っすら耳朶が色付いてきたりなんかしちゃったり、しやがってんですよ。
俺の真マス(=真の主人)クランベル伯爵、事案ですっ!!
いや、話してるだけだしエロっぽい話とか一言も無いので、事案では無いんだけども。
実家が薬師のハーシェル大尉。
本人も軍役がない時は父親に弟子入りしていて、7年以上を掛けて薬師資格を得ていた。
仮免チャールズさまの作戦を聞いていて、俺は本気なのか?と思ったのは内緒だ。
コーデリア殿下にギボンズへ話があると言ってグリンジットハウスのサンルームで話をする。
その時に女装したチャールズさまと小柄で中肉なハーシェル大尉が侍女として就く。
リアナ子爵令嬢とグレイス公爵令嬢はデイジーさま宅へ伺う用があったので、チャールズさまたちが代理で来たと言う事にする。
なんとチャールズさまは御実家で妻のジュリア夫人達に着付けや化粧をして貰い、グレイス公爵令嬢さん家の馬車でグリンジットハウスへ行くらしい。
ジュリア夫人って、如何思うんだろか。
男として役立たずに成ったから、チャールズさまは女として生きていくことにしたのね、っとか納得したら。
チャールズさまは内緒って言うけどさ。
此れは、真マス(=真の主人)クランベル伯爵さまに報告義務発生案件だよ。
チャールズさまのどんな姿でも脳内で記憶して於きたいクランベル伯爵さまへ報告して置かないと、俺はアッシュ先輩を使われてマジもんの懲罰を受けかねない。
そして、サンルームで紅茶か珈琲に混ぜた睡眠薬を飲ませて、ギボンズに薬が効くまでコーデリア殿下に話をして貰って、ギボンズが座ってられなく為ったら真打登場。
じゃじゃーん、チャールズ&ハーシュでーす。
「毒薬を盛りました。毒消しが欲しかったら証拠のブツの在処を教えろ。」
そして、証拠のブツを持ち出し、無事にコーデリア殿下恐喝事件は解決。
此れって、本気なのか?
仮免チャールズ。
って言うか、ハーシェル大尉も「可笑しい!」って、疑問を持って突っ込んで下さいよ。
こうして、ハーシェル大尉と仮免チャールズさまは、亡きフリップ中将の意志を継ぐべく、クランベル伯爵貴族議員控室の中、2人で円陣を組むのだった。
「ワン・フォー・オール!!」




