EP70 チャーリー・ガーデアンズ
俺は、友人フリップ中将を亡くされ傷心の仮免チャールズさまに付き従い、正しくはチャールズさまを従えて、ウエストカタリナ宮殿2階に或るクランベル伯爵さまの議員滞在室へと向かった。
陛下からの思し召しでウエストカタリナ宮殿まで遣って来たのだが、「俺って来る必要ある?」と、諦め悪くブツブツとぼやいている仮免チャールズさまで或る。
ハツカネズミ色のウィッグを被っていると、チャールズさまの美貌も3割減に成り、変態ホイホイ具合も緩和されるので俺やエドと言うチャーリー・ガーデアンズも警戒を緩めれるので気が楽だ。
造形が至極整っているのに、性格が真逆の雑さでウィッグにしろフロックコートにしろ、直ぐにボロボロにする才能の持ち主で或る仮免チャールズさま。
「おニューは要らないからな。」と言いやがり、チャールズさまに就いて居るスーザンを始めとしたお針子隊の労働量を気儘に増やしているのだ。
クランベル伯爵さまから、新しいフロックコートを仮免チャールズさまへ山ほどプレゼントされてやがるのに。
仮免チャールズさまが羽織っている黒のオーバーコートの下に、着ている鮮やかなグリーンのサテン地で作られたフロックコートへ、同系色の絹糸で色味を変え芸術的な美しい刺繍が施されているのは、ファッションだからでは無い。
仮免チャールズさまが、猫に好き放題爪とぎをさせたり、1人に成りたいと言って中庭のサンザシの樹々がある処で木に凭れ掛かって黄昏たりして生地に様々な傷を作りやがるので、お針子隊が刺繍で隠しながら整えて見せているだけなのだ。
刺繍で傷を美しく隠すスーザンたちの労力を全く気にしないのが、チャールズクオリティなのだ。
おまけに仮免チャールズさまは、気に入ると其ればかりを着たがってしまい、手入れに難儀させて俺たち使用人を泣かせてくるのだ。
「クランベル伯爵には内緒だよ、ジーン。」
俺の真マス(=真の主人)クランベル伯爵さまは、知っていて仮免チャールズさまの好きにさせているのだけども。
その分の負担は、俺達使用人が負うだけの話だけどね。
二ケ月前、クランベル伯爵さまは、友人フリップ中将を失い落ち込む仮免チャールズさまを自分の胸に押し当て抱え込み、翠の瞳をトロリと緩めて幸せそうな表情を浮かべていた。
主の幸せを願う俺や側に控えているアール先輩も、そのウットリと蕩けるクランベル伯爵さまを見られて何よりである。
人の不幸は蜜の味。
まあ、慣用句の使い方は間違ってるだろうが、あの不幸な事件はクランベル伯爵さまからすると、仮免チャールズさまを堪能出来るビック・チャンスだったりしたので、そんなに間違ってない気がする。
フリップ中将の死が切っ掛けで俺の真マス(=真の主人)クランベル伯爵さまは、「一人寝は寂しさを増してしまうよ。」等と口説きに口説き、模様替えを済ませていた亡くなったクランベル伯爵夫人の部屋へと仮免チャールズさまを無事に押し込めた。
夫婦の寝室へと仮免チャールズさまの部屋(元妻の部屋)とクランベル伯爵さまの部屋は繋がっている。
僅かな隙も逃さない我が主の素晴らしさに使用人一同で感服し仕りました。
真マスのクランベル伯爵さまは、念願だったチャールズさまとの同衾が叶い、我ら使用人一同へ心から縷々とした感謝の言葉と金一封を下さった。
我ら従者たちの苦労が報われた日でも或る。
その所為も在って罪滅ぼし的にクランベル伯爵さまは、フリップ中将の遺児で或るご息女ナディアさまやご子息フリップさまへ、陛下を使って万全のアフターフォローに動かれた。
元々、ノルディック王国の血を引く人間であるし、チャールズさまの友人でもあったので、フリップ中将のコトはクランベル伯爵も気に掛けていた。
心の広いクランベル伯爵はフリップ中将を恋敵とかと考えてないよ。
推しメンが一緒の仲間って所かな。
なのでチャールズさまを友人のフリップ中将と会いやすくしてあげようと、騎馬近衛兵たちを再編したがっていた陛下へフリップ中将をクランベル伯爵さまは推薦したのだ。
しかし真マスのクランベル伯爵さまは、災いでも在るけども福でもあった此の一件について、陛下に口止めした事に寄り、大きな借りを作ってしまった。
人に貸しを作って取引する作法を取るクランベル伯爵さまには、人に借りを作ってしまうらしからぬ失態を冒してしまった。
クランベル伯爵さまが、敢えて口止めしなければ、陛下も何も思わなかっただろうに。
ホント、仮免チャールズさまが絡むとクランベル伯爵さまはヘッポコになる場合が或る。
室内に入り仮免チャールズさまをのオーバーコートをエドが預り、俺が帽子を頂いて飾り棚の上に或るキャップスタンドへ埃を払って掛け、室内に待機していた従者見習いのライリーに珈琲を持って来るように頼んだ。
ラムズ川が見える南側の窓に向かってL字型に配置された3人掛け用の長いソファーへ仮免チャールズさまは腰を下ろして、右手で、黒のベルベットで出来たリボンで後ろを括ったハツカネズミ色のウィッグを外して、無造作に目の前の―テーブルへ置きやがった。
エドが即座にテーブルからウィッグを持ち上げ黒いベルベットのリボンに就いた後ろ髪を仕舞う袋を整えて、飾り棚の後ろに隠されているウィッグ置きへと丁寧に片付けた。
「なんだろうね?ジーン、陛下の用は。」
艶の或る金色の髪を右手で後ろへ流しながら、整えられた細い眉を寄せて、薄日が差す雲に覆われた11月の空を窓から眺め、仮免チャールズさまはそう呟いた。
「さあ、俺も聞いてませんので。」
「そっかあー。ジーンが判らないなら俺に分る訳がないよなあ。」
そうなのだ。
こういう場合は、チャールズさまをドッキリおたおたさせない為、大抵前もってクロード師匠やアッシュ先輩からクランベル伯爵邸に手紙が届く筈なのだ。
『14時に陛下の所へチョット来い。』
って、内容の手紙だけをメッセンジャーに持たせるとは珍しい。
暫くすると、珈琲ポットを持ったライリーが緊張した面持ちで、オークの嵌め込み細工の扉から入って来て、「コーデリア殿下がいらっしゃいました」と、チャールズさまと俺達へ伝えた。
チャールズさまと俺は思わず顔を見合わせて、慌ててコーデリア殿下を招き入れる準備に取り掛かった。
嘘だろっ!
コーデリア殿下がいらっしゃるなら、アッシュ先輩もバード先輩も事前に教えて於いて下さいよ。
もしかして、2人共知らなかったのかな。
でも、陛下の秘書官であるクロード師匠が知らないって事は、在り得ないよな。
それよりも皇女殿下が自ら足を運ぶって何事なのだ?
コーデリア殿下の急な来訪に、オタオタと狼狽えまくる仮免チャールズさまを俺は背中を叩いて落ち着かせ、此のクランベル伯爵議員滞在室で使用人控え室に屯って居る奴等にも声を掛け、飲み物や茶菓子の準備をさせるのだった。
その後、俺はコーデリア殿下を暖炉の近くに或る応接用ソファーへと案内して、エドに珈琲を運ばせて、部屋の定位置へ移動しようとすると「しっしっ!」と追い払われた。
違った。
仮免チャールズさまと内密で話があるからと、コーデリア殿下から優しく声を掛けられ、室内に居た俺を含めた使用人達へ席を外すように請われ、チャールズさまから「しっしっ!」と左手を振り追い払われたのだった。
約二ヶ月近くぶりにコーデリア殿下の姿を拝したけど、身長は育つことなく可愛らしい侭だったが、顎のラインが細く成られ大人びられていた。
薄桃色の珊瑚で造られた薔薇の蕾と銀細工の小花を、淡い金の髪に結わえられ小さく纏められて、胸の下で搾った薔薇の花々を模った薄紅色のドレスと良く似合っていた。
前回お逢いした時のコーデリア殿下は、アルバート5世陛下を庇われて亡くなられた7名の方々への感謝と弔意を表す式典だったので濃い紫のベールと喪服としてのドレスだった為、容姿を窺い知る事は出来なかったから、確りと顔を会わさせて頂いたのは、今年の新年での公式行事だったくらいか。
俺は、透明で澄んだアクアブルーの大きな瞳を開き、益々綺麗に成られていたコーデリア殿下を扉の外の通路で思い出していた。
門番宜しく俺とエドたちは通路に佇み、扉の前で来訪者管理をし、室内のコーデリア殿下と仮免チャールズさまとの密談が終わるのを待って居ると3時間ほど過ぎた頃、チャールズさまから俺で室内へ入るように告げられた。
扉を開き暖炉で温まった室内へと足を踏み入れて、窓際に置かれているトリポットテーブルを挟んで美しい曲線を描くマホガニーのウィングチェアーにコーデリア殿下は背筋を伸ばして座り、円形のレースのハンカチーフを小さな両手でドレスの膝の上で押えていた。
仮免チャールズさまは、美しく整った白磁のような顔をさらに白くして真っ直ぐな金色の細い眉を眉間に寄せて、窓から入る薄曇りの光で金のトパーズの瞳を揺らめかせ、桜色の唇を開いた。
「コーデリア殿下。俺が動くとなればジーンが付き従って呉れて、しかも何かしようと思えばジーンへ頼む事に成るでしょう。俺は勿論ジーンへと詳しい話は伏せますが、それでも内容は自ずと知られる事に成ります。コーデリア殿下、彼に或る程度の事を話す許可を頂けませんか?」
「では、チャーリーは動かれるのですか?」
「ええ、何もしないというのもね。其れにいざという時、ジーンは俺より強いのでコーデリア殿下や俺を守って呉れそうだし。ギボンズって身体つきも凄いでしょ?上半身はそう見えない衣装を身に着けてますが太ももや脹脛の筋肉なんてヤバいですよ。物理じゃギボンズに俺は叶わないので。」
「、、、そうですね。私が話した事の沈黙を守ると言う誓約をして下さるなら。」
俺は、チャールズさまが用意した聖書を手にし、沈黙を誓って聖書へ左手を置いてコーデリア殿下に誓約を交わした。
「ノー。」なんて言えない空気だったし、そもそも俺が何処で話をすると言うのだろうか。
精々、屋敷でアール先輩か後輩のエドに話すくらいだろう。
それからギボンズが、母親の仕出かしたアホな件で、コーデリア殿下を脅して宰相に成ろうとしている、と言う話をチャールズさまから掻い摘んで俺に説明した。
チャールズさまの懸念事項はやはりギボンズが証拠の品を持っているコトらしい。
しかし「少し時間を貰いますね。」と、コーデリア殿下へと気楽そうにチャールズさまは話し、勇気付ける様に優しい笑顔を向けて、エドを呼びコーデリア殿下をエスコートするお出迎えの人達を、ロイヤルエリアから呼ぶように伝えた。
ウエストカタリナ宮殿で、コーデリア殿下と仮免チャールズさまを会せるように仕向けたのは、此の宮殿の主で或るアルバート5世陛下以外考えられないので、コーデリア殿下のお付きの人たちは、ロイヤルエリアでチャールズさまとの話が終わるのを待っているコトだろう。
『はあ、陛下案件だったか。』
小さく仮免チャールズさまは桜色の唇を動かしていた。
コーデリア殿下の側付の女官たちが迎えに来るまで、コーデリア殿下と仮免チャールズさまは窓際に置かれたウィングチェアーに並んで座り、薄い日差しに照らされる広く長いラムズ川を眺めて、互いの近況を報告し合っていた。
つい先月執り行われた妹のデイジさまーとスレイン少将との婚姻式の微笑ましい話や、フリップ中将の甥っ子ハーバード・ピバート3世伯爵とリアナ・ケインズ子爵令嬢の妹との婚姻式が、来年の春に決まった目出度い話でコーデリア殿下も笑顔を綻ばせた。
小さなコーデリア殿下を見る仮免チャールズさまは、金色の瞳を細めて妹のデイジー様を見る様な暖かな眼差しで微笑んでいた。
俺から見ると、少々下世話なデイジーさまだが、「ウチの妹、子猫みたいで可愛いでしょっ!」とコーデリア殿下に自慢して妹バカぶりを発揮している仮免チャールズさまで或る。
俺には兄妹はいないので判らないが、兄とは無条件で妹を愛するモノらしい。
あくまでも仮免チャールズの意見なので確証はない。
怪訝そうな表情をして、困惑している一人っ子のコーデリア殿下を少しは気遣って下さい、仮免チャールズさま。
きっと小さなコーデリア殿下を見て、チャールズさまは勝手に脳内シスコンモードへと突入しているのだろう。
一見するとチャールズさまの容姿は、完璧な美しさなのだが、口元を観察して居ると本当に下らない事を呟いていて俺は呆れ果ててしまう。
『俺の可愛い妹分のコーデリア殿下に何して呉れちゃってるの?マジでギボンズってムカつく。』
そう仮免チャールズさまの唇が動いていた。
しかし、ギボンズの此の案件は、クランベル伯爵さまに相談すれば屋敷に屯って居る『チャーリー・ガーデアンズ』(=命名クランベル伯爵)で何とか出来そうだ。
クランベル伯爵領地があるザゼット州から態々8人ほど呼び、屋敷内に居る6人を合わせて14人、俺を含めれば15人で、変態チャールズさまを守る、、、。
違ったチャールズさまを変態から守る影の組織である。
と言っても、仮免チャールズさまには報告せずに、屋敷内や移動中にチャールズさまの傍に付いている使用人達なだけなのだけども、皆それなりに取り柄を持っている。
コーデリア殿下を迎えに来たリアナ子爵令嬢とグレイス公爵令嬢たちとコーデリア殿下を仮免チャールズさまと俺達がお見送りを済ませると、チャールズさまは「今夜は帰らない。」とクランベル伯爵さまへの伝言をエドへと頼んだ。
「少し横に成って考えてみるよ。ジーン。」
「クランベル伯爵に相談はなさらないのですか?チャールズさま。」
「まっ、一応は俺も一晩くらいは考えないとね。カモミール・ティ―を頼んだらジーンも休憩して良いよ。今回もジーンを巻き込んで御免よ。」
「いえ、馴れておりますので大丈夫ですよ。チャールズさま。」
「ははっ。有難う、傍に居て呉れるのがジーンで良かったよ。感謝しているよ。ジーン。」
申し訳なさそうな顔をして謝るチャールズさまへオレは笑顔で答えた。
仮免チャールズさまのこういう所が憎めない所なんだよな、ホントに全く。




