EP69 ハーシェル・クルード
【ハーシェル・クルード】
「陛下を頼む。」
副官だった俺に、そう言ってフリップは大股で去って行き、其の侭、帰らぬ人に成った。
遣り切れない事に事件を起こしたのは、俺やフリップと同じ旧教徒でノルディック王国と同じく独立を宣言していたクローバー国の人間だった。
素直にフリップは、子供達とノルディック王国へ行っていれば良かったのに、何時までもロドニアでグダグダと未練たらしくチャーリーの傍に留まっているから、こんな目に遇うのだ。
結ばれるコトの叶わない相手を想ってる癖に、亡くなった嫁エルザ夫人の元へ駆けて行くなんてフリップは馬鹿だよな。
俺は、辻馬車に乗り冬の鉛色に変わった空を眺め、ウエストカタリナ宮殿の詰所から東へ向かいローゼブル・パークを通り過ぎてセント・マール通りを北東へ進み、住んでいるトリント地区へと入った。
当然、ロドニアのウエストに或る地価の高い屋敷など俺が買えるワケもなく、トリント地区の部屋は流行のミドルクラス用に建てられた連棟住宅の一室を借りて暮らしている。
実家はラムズ川沿い南岸の倉庫が立ち並んだ近くに或るローボウ地区に在り、親父たちや兄夫婦が『神様の思し召し』的な薬屋を営む傍ら、怪しげなタバーンの商売を営んでいる。
下衆なオヤジは経営しているタバーン(居酒屋)での酒運びに、色気過剰な派手なネーちゃんを雇ったりして賑わっている。
ラムズ川が西から東へ流れていて、川を挟んだの南側には劇場や怪しい見世物小屋も或る隣のサザン区も在って、俺の実家のローボウ区もそれに習って胡散臭い土地柄では或る。
まあ、貨物船や商船が入って来る港の或る地区は大抵はこんなものかもしれない。
酔っぱらったロクデナシが多い地域なので、俺はフリップから紹介して貰ったトリント地区の連棟住宅で暮らしていた。
そんな実家から橋を渡ってマイルエンドを北東へ進んで、ミルキー・チャペル通りをの十字路を真っ直ぐに登り、マイル教会やミルキー教会の或る丘陵地へ向かって進むとフリップや俺が通っていた寄宿舎のあるクライス・スクールが見えて来る。
クライス・スクールは、当然かなり川港から離れ閑静なと言うよりも、賑やかな湾岸の低地から離れて、民家も疎らな場所に在る元修道院だった。
クライス子爵は、アルバート1世から賜った土地にあった荒廃の進んだ修道院を改修し、通って来れる職人や商人たちの子供達に国語を教えるグラマースクールを作った。
クリイム歴1680年前後は、教区で行っていたグラマー・スクールは基本国教徒のみにしか解放されていなかったので、国教徒でなくても文字を学べる場所をと考えフリーなグラマー・スクールをクライス子爵は創設した。
フリップの父親もクライス・スクールへ通われ、12歳からはアドミラルへ入ったそうだ。
グラマー・スクールの評判が良かった事もあり、小金を持った父兄たちが、貴族やジェントリの子息の通うボーディング・スクールを真似て作りたいとクライス子爵へ要望を出し、寄付金を募ってクリイム歴1700年寄宿舎付きのプライベート・スクールが完成した。
此れを機に発展して財政が豊かな地区では、父兄たちが自らお金を出し合い、非国教会の者たちでプライベートスクールが次々と作られていったのである。
そして、プライベート・スクールは父兄たちが金を出していたので、自分の子達にさせたい教育を取り入れていった為、国教会の運営しているボーディング・スクールとは、学びの方向性が全く違ったモノになったので或る。
国教会のグラマー・スクールはロマン語、古代ロマン語、グリシア語で聖書を学ぶ古からの学問所。
プレイベート・スクールでは、計算(主に経理)やフロラル語、ゲルン語(ロイセン王国・オーニアス帝国・神聖ロマン皇帝選定諸侯国の語圏)、エスニア語&ランダル語や新たな学問もカリキュラムに入れて学ぶと言う、正に父兄の夢がテンコ盛りな場所に成った。
軈てそれまで読み書きを教える為のグラマースクールだったので、6歳以上入学で卒業は12歳だったものをスクールの入学年齢を上げ、12~13歳になった。
クライス子爵は聖書を読む為、子供達に正しい言語をと思って始めた慈善事業だったのに、瓢箪から駒な結果に成った。
今でも名前と場所の提供をしてくれている創始者であるクライス子爵の感想を聞いてみたいと、フリップからクライス校創設物語を話して呉れた時、俺はそう思ったよ。
婚姻されていなかったクライス子爵の後は、弟の子供が家名と共にクライス校も継いでいる。
フリップの祖父さんと創始者クライス子爵は友人だったらしくて、クリイム歴1669年にノルディック王国を逃げてロドニアへ来た時、クライス子爵から助けて貰ったらしい。
あくまでも、俺の推測だけどクライス子爵は、その当時に結構ノルディックから逃れて来た人達を匿ったのだろうなと思う。
俺達が学校に居た頃で12人くらいノルディックの子達がいて、クライス・スクール卒業後もポツポツと地獄のクラウン・クラブのメンバーが増えていたしね。
フリップの父親が、クライス校を卒業した後アドミラルの帆船から戻って来ると、船で風待ちをしている時に将校たちから教えて貰ったと言うフットボールや剣術をクライス校で教えて布教して行き、序にノルディック系の少年達を誘って秘密結社『地獄のクラウン・クラブ』を作った。
フリップの話によると、ノルディック系の家庭で育つ少年達を心配して作ったそうだ。
その後、フリップの兄さんも、父親の命令でクライス校へ入学して『地獄のクラウン・クラブ』で、秘密厳守の会則を作ったりもしていって、どうしてもブレイスでは浮いてしまいがちな旧教徒であるノルディック系の子等のフォローをしていた。
生粋のノルディック人でない俺は今一つ分らないけど、ノルディック系の子等はクラブに入る前、自分が異邦人のような気がして、居場所のない気持ちに苛まれていたそうなのだ。
家族と話す時以外は、気を付けているそうなのだが、発音や名詞が僅かに違ったり、信仰の違いに依る考え方の違いに悩んでいたそうなのだ。
よく考えれば、俺も含めて思春期の真っ盛りの頃だったから、相手や自分との僅かな違いで、当時悩むのも当然だったのかもね。
その中でも2歳年上のフリップは、ノルディック系の子達から慕われてフットボールしたり、何だかよく判らない先輩や同級生から決闘を申し込まれていてクライス校内では目立っていた。
身体が大きかったし目付きも悪かったしね。
でも面白そうな奴だったので俺はフリップへ話し掛けて、その内に仲良くなった。
俺は端からフリップのコトが、気に成って居たしね。
俺は、次男とは言え貴族の子がローボウ地区のような下町に或るプライベート・スクールに通っているのが意外だったのと、ノルディック系とそれ以外の子等と話す時で変わるフリップの表情の変化が、不思議で凄く気に成っていたのだ。
親しくなると俺は、それ等についてフリップに質問をした。
「クライス校に来たのは父の薦め。表情が変わるのは、根っからのブレイス住民のガキたちは不愉快だから。子供なのに気取った金の亡者が多過ぎるよ。余りにもダイレクトな欲望を話すから、こっちが汚れそうで嫌なんだよ。」
「ははっ、まあ、此処に通う子等の家庭は、新教徒でも国教会に認められていないピュアピュアな新教徒が多いからなあ。旧教徒側からすれば聞くに堪えない言葉も多いしね。フリップ先輩。」
「先輩は要らないよ。フリップで頼む、ハーシェル。」
「では俺もハーシュで頼むよ。フリップ。」
フリップも良く判らない俺との距離を測りかねていたみたいで悩んでいたらしい。
でも俺も旧教徒で、ノルディックの血を引いていると分るとフリップの躊躇いが消えて、気楽に話をするようになり、フリップの父親が作ったと言う地獄のクラウン・クラブへ誘われ俺も入会した。
名称は凄いけど、何のことはなく陣取り合戦やチェス、カードゲームを、ノルディック語で遊んでいるだけなんだけどね。
そしてカードゲームをする時に、俺は子供の頃、学んだ手品でイカサマを仕掛けるのだ。
その頃は、別に何かを賭けるとは無かったから、フリップを含め皆も軽業師の芸の一種と思って、俺の手際を愉しんで呉れていた。
でも、結局は最後までフリップに言えず仕舞いだったな。
俺のフルネームは、『ハーシェル・クルード・ノヴェム・クランベル』って言う、長い名前だって事を。
何回目かに会った時、チャーリーが「クランベル伯爵」と御本家さんの名前出すから、俺は思わず「クランベル伯爵?」って、聞き返してしまったよ。
父からすれば、拝みたくなる本家の姓なのだろうが、時を遡り過ぎて申し訳ないが、俺は大昔のファンタジーとしか感じられない。
俺達クルード家の人間は、二代目クランベル伯爵様の9番目の子孫って言われてもね。
クランベルってのはフロラル王国に居る時の姓で、次のノヴェムはオーニアス帝国で、次のクルードがランダル王国って言うように、居ついた国で姓が増えていく仕様なんだけど、ブレイス帝国では本家も居るから『クルード』の侭で、父は商売を始めた。
それに今もランダル王国に或る本家クルード家の貿易会社と取引もしているしね。
曾祖父たちが、ランダル王国でクルード商会として成功していたのに、父は自分で商売を始めたいと言ってブレイス帝国にノコノコと遣って来た。
余所者お断りなギルド問題があるので、流石にゼロからは難しく祖父たちの伝手を頼り、薬屋の見習いから始めて胡散臭い商売をしていたみたいだが、父は例の泡沫悲劇と呼ばれている東海バブルとかち合ってシコタマ儲けたのだ。
こうやって偶に現れるチャレンジャーなクランベル家の末裔が各地に散らばっているのだろう。
そして我が家に伝わるクランベル家の末裔としてのお約束。
『危険は最小に!!旧教徒とブレイス王家を守れ。』
「でも危険を最小にしていたら、守れないのではないのか?父さん。」
俺が父に尋ねたら、「出来る範囲で、って事じゃないのかな?私達も同じ旧教徒を守っているぞ。ハーシェルの祖母さんはランダル王国へ逃げて来たノルディック人だし、母さんも近所で暮らしていたノルディック系の女性だしな。」と言う風に答えられた。
其れを守っていると言えるかどうかは、甚だ疑問が残る。
逃げて来た祖母が美人だったので、祖父さんが拝み倒して口説き落としたと、ランダルに留学していた兄から聞いていたし、オマケに父は今だって外に愛人を囲っているしね。
ランダルは新教徒の国だから、数少ない旧教徒の娘って事で、父さんはノルディック系の血を引く母さんと婚姻したと俺は踏んでいる。
要は無理せず生きろってことかな?と父から話を聴いて、俺は悟った。
そう言う訳で、俺は議員に成ったフリップからギルバート4世の話を聴いた時には驚いた。
正に驚天動地。
だって何方かと言うとフリップは、過去は過去と割り切る俺と同じ様なスタンスで生きていると思っていたから。
フリップ自身は面倒な立ち位置に居て、父親は軍人と議員を兼ねて活動していて、多忙だったので16才年上の兄さんが父親代わりだった。
そして、フリップの父親はローボウに或るクライス地区から、クライス子爵家やクライス・スクールに関りが或る父兄から国教徒以外でも大学で学べる機会を議会で訴えて欲しい、と請われてバックアップを受け議員に成った。
フリップの父親は、ブレイス帝国議会で有名な2つのカレッジに通わないで議員に成った珍しいケースらしい。
その内、エスニア継承戦争で戦功を挙げフリップの父親は、活躍を讃えられ男爵に称されて、庶民議員から貴族院へと上がった。
しかし東海バブル破綻の影響で、リバティ党のアイスエッジ元首相達からピバート家は酷い目に遭わされたらしいと、フリップの兄から聞いた話を俺へ教えてくれた。
我が家は、その東海バブルでシコタマ儲けたとは言えなくなったよ。
ブレイス国内が悲惨な不況になり、与党だったトール党は責任を問われ、結果は閣僚が殆ど辞任して選挙に成った。
此の頃は首相とは呼ばずに、大蔵第一卿と言われていたそうだ。
そして選挙後、与党に成ったリバティ党のアイスエッジ首相が、損失の失態隠しと責任追及の矛先を逸らす為、世間が忘れ去っていたノルディック王国のギルバート3世と内通しているモノが居るとして、ロドニアのセンター地区を兵も動かし捜査を始めて、旧教徒だった議員がフロラル王国に居るギルバート3世との秘密文書を交わしていた証拠を見付けたとして、多くの旧教徒とトール議員を捕縛して行き処刑なども行った。
旧教徒だった22名の貴族も議会から国外へ追放され、この時、疑いを掛けられ自殺したトール議員が2人居た。
フリップの父親は、既に国教徒に改宗し終えて審査法も受け入れ、国教会の儀式に従って聖餐をうけ、国王至上の誓いをし化体説反対の宣言に署名もしていたのだが、国教会以外の人も通える大学の創設を議員として訴えていた所為も在り、同じリバティ党員からの追及も過酷なモノがあったらしい。
世の中の空気は「反旧教徒で反ノルディック」に染まり、父を追及していたリバティ党の議員たちを幼い頃、見聞していたフリップの兄さんはリバティ党が大嫌いになり、自分や家族の為には旧教徒で或る事やノルディックの人間であったことを隠して生きる選択をした。
公には偽りつつも、ノルディック系の子達の為に頑張っているフリップの父親は、祖父の話やノルディック万歳な話をフリップへ話して聞かされ、そしてフリップの兄からは、ノルディックを忘れて自分の為に生きろと言われてしまう。
見掛けに寄らず生真面目だったフリップ少年は真剣に悩んでいた。
まあ、それをフリップから聞けたのはクライス校を卒業して4年位過ぎてからなんだけどね。
序にフリップの母親は後妻で、フリップは兄と呼んでいるが異母兄であった。
そんな家庭内の面倒なコトを色々と考えて居たらしいフリップは、結果プライベートスクールを卒業した後、アドミラルだった父親とは別の道、陸軍の士官学校へ行ったのだ。
俺も卒業後、伝手を頼って陸軍士官学校へ行き、フリップの後を追うとしたのだが、自分が行きたいと思う部隊には行けず、休暇の時しか会えなくなってしまった。
クリイム歴1748年の大疫病の流行でフリップの父親が亡くなり兄のハーバード氏が貴族議員を継ぎ、暫くしてからフリップも議員に成ったと聞いた時は、父親と同じ道を歩くのかなと思っていたのだけどな。
父親が入っていたリバティ党を抜け、2人ともトール党議員に成って居た。
その後、地獄のクラウン・クラブにフリップがチャーリーを連れて来た。
俺は偉く綺麗なチャーリーの容姿に驚いたりもした。
でもって俺を含めて集まって来た5人は、暫く会話をすると皆チャーリーからメロメロにされ、変なテンションに成ってしまっていた。
どうもチャーリーが唱える「ノルディック王国」って言うのが呪いのキーワードだった。
俺を除いたフリップを含めた男4人が、目頭を潤ませチャーリーを拝む様に見ている光景って、可成り引いた。
確かにチャーリーは美形だが、、、だが、男だぜ?
いつもはお茶らけているノルディック・ワールドが、妙な熱の籠ったカオスティック・チャールズ・フィールドへとチェンジアップした。
そのムードは、俺のクリケットバットで打てないわ。
ホントさ。
フリップは、チャーリーと出逢うまでは俺と同じで、「なんちゃってノルディック人」だった筈なんだよ。
なんでフリップは、見栄えが良いだけで、しかも男のチャーリーなんて奴に惚れるのかね。
何度プレイしても、チャーリーは俺が配ったカードの入れ替えに気付かない間抜けなんだぜ?
普通は3回もイカサマを遣られたら気付くって。
クラブのメンバーもチャーリーと話すと何故かノルディック王国への想いを熱くしているし。
ヤレヤレだと溜息を吐き、俺は地獄のクラウン・クラブの集いで、いつもチャーリー達を醒めた気分で眺めていた。
『チャーリーと出逢わなければ、もっとノンビリ生きて居られたのじゃ無いか?フリップよ。』
俺は屋敷に近付く景色を馬車から眺めて、石畳を煩く鳴らす車輪の音に紛らせ、そう呟いた。
さて、近衛隊詰所の片付けも終えたし、帰宅したら軍を辞すための書類を書くか。
俺は、人によってはコミュニケーションが取り難いフリップをフォローする為だけに軍にいたのだし、俺が1人でウエストカタリナ宮殿へ行っても遣る事もない。
そしてそれから、クライス学生時代から散々にクラブの皆から聞いていた祖母や母の故郷のノルディック王国へと行ってみよう。
クラブの皆も親や祖父母から聞いた話で、誰もノルディック王国へは行った事が無いみたいだったからな。
ノルディック王国は、フワフワとしたフェアリーテイルなおとぎの国。
案外、そそっかしいフリップは、天上へ行かずに妖精と一緒にノルディックの森で迷い込んでいたりしてな。
俺はそう思い、止まりかけた馬車から煉瓦の敷き詰められた道へと勢いをつけ、過去を振り切るように飛び降りた。




