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EP68 雨が止む


【コーデリア】


 私の侍女デイジーと護衛をしてくれていたクランベル伯爵の弟スレイン少将との婚姻式が執り行われた。

 婚姻式自体は教会で互いの家族が立ち合い、午後からの食事会を終えて恙なく二人は夫婦となったと、クランベル伯爵が嬉しそうな表情でグリンジットハウスに居る私へ報告して呉れた。



 いつも冷静なクランベル伯爵だったけど、やはり長年独り身だった弟の婚姻は嬉しいモノだったのだろう。



 暖炉で重ねられた薪がパチパチ爆ぜ赤々とゆらめいて燃え、温められた室内で私はクランベル伯爵へ祝いの言葉を述べた後、来年私がローゼブル宮殿に移る此れからの予定を話し合っていた。









 時が過ぎるのは早いモノで、アルバート5世伯父さまがロイヤルパークの式典へ向かう途中で、襲われた事件から1ケ月になる。


 犠牲となられた近衛隊の中の1人がチャーリーの友人で亡くなられた妹の夫に成るフリップ・ピバート中将だったそうだ。

 現在、チャーリーは式典の後始末やフリップ中将のお子様たちの事でも忙しく動いて居ると言う。


 デイジーが義兄で或るフリップ中将の死で婚姻式を遅らそうとしたらしいのだけど、チャーリーはフリップ本人も望まないだろうし、スレイン少将の此れからの仕事の予定を考え、予定通りに式を行う事を勧めていた、とクランベル伯爵が話して呉れた。


 チャーリーも私と会う日程もそうだけど、他にも会わなければ成らない人たちとのスケジュールもあるから、友人を亡くしたと言う悲しい気持ちの問題で、予定変更などは出来ないだろう。

 せめて私は余りチャーリーの負担に成らないようにしたいと思った。



 その後、私は母に対しての気持ちをクランベル伯爵へ伝えて、共にアルバート5世伯父さまがいるウエストカタリナ宮殿へ馬車に乗って向かった。

 襲撃事件以降、私が外へ出向くことが生じると、進行経路を調べてから出る事に成り、以前にもまして外出をするのが大変に成った。

 私を心配して、ヒステリックに騒ぐ母を押し留める新たな女官を、クランベル伯爵が手回しをしてくれていてとても有難かった。



 


 2階に或るロイヤルエリアの執務室へ訪ねて行くと、いつも座っているライティングデスクでは無く、ゆったりとした寝椅子とソファーが並べられた場所で腰を掛けて、疲れた表情のアルバート5世伯父さまが、珍しくクランベル伯爵達にも退室を命じて、私とアルバート5世伯父さま、そして秘書官のクロードと補佐官のバードのみにした。



 「まあ、伯父さまがクランベル伯爵に退室を命じられるなんて、珍しいですわね。何事ですの?」

 「ああ、コーデリア。儂が珍しく企んでみたから、コーデリアには話して於こうと思ってな。クロードとバードには此処での話は外へ漏らさないと約束させた。」


 「でも伯父さま、クロードとバードはクランベル伯爵の紹介だったと、、、。」


 「私は今は陛下の秘書官ですのでご安心を。」


 「僕も陛下の補佐官を務めさせて貰って居る身です。母にバルモア家の爵位を許して頂いた時から、我らバルモア家は生粋の王党派ですので。アルバート2世陛下の配慮がなければ潰えていた家名です。」


 「と言う訳だ、コーデリア。儂は60歳前になり、急に王と成ることが決まった身故、兄4世や歴代の国王と違い腹心の臣下となるモノを父上たちから就けられなかったからな。そして兄上が体調を崩されてから急遽、見知らぬ者たちを色々と就けられて苦労したのだよ。仕方が無いので観察しておってクロードとアッシュにバード、そしてチャールズとクランベル伯爵は、信頼に値すると判断したのだ。」


 「大変ですものね、伯父さま。議会との交渉などもありますから。」


 「本当にな、兄上が亡くなられて、儂が仲良くしていたアドミラル時代の副官に態々、秘書官で来て貰って居たのを勝手に追い払うわ、アドバイスを貰っていたクランベル枢密院議長を解任するわ、良く知りもしない人間からあーでもないこーでもないと周囲で騒がれてなあ。」


 「私もですわ、伯父さま。チャーリーやクランベル伯爵を理由なく遠ざけられて心細かったわ。」


 「まあ、しかしそれは今回クランベル伯爵が巧く動いて呉れて、王室支払所から費用を支払う為、王室人事は儂やコーデリアが決められることに成った。故に、コーデリアにはチャーリーを儂にはクランベル伯爵を、側近として召し抱えれるようにして於いた。」


 「それは心強くて有難いですけど、何故クランベル伯爵に退室を?今のお話ではクランベル伯爵が居ればこそ出来た話では?」


 「ははっ、まあ此処からが企みの1つなのだがな、コーデリア。」



 陛下はそう言って、整えられた白い顎鬚をゆっくり左手で撫でながら、私に小さな声で話し始めたのだ。


 歴代のクランベル伯爵は問題が生じても対処する策を考えられられる素晴らしい方々だが、現当主になってからは動きが微弱なのだと言う。

 前当主まではロドニアで起きる事なら事前に対策を施し、大きな騒ぎが起きる前にボヤ程度で鎮めていた問題がクローバーやノルディックの独立にしても、伯父さまへの襲撃事件にしても対処療法で終わってるらしい。


 そうは言っても、アルバート4世伯父さま時代の書記官たちはいい加減だったので、碌な記録がないらしいのだが、アルバート1世から3世までの記録を読むと問題の大きさに比べて被害の少なさを見ると、クランベル伯爵家の有能さが如実に分かると話した。

 

 私がローゼブル宮殿に移ったら、その記録を渡すので呼んでおくようにと伝えられた。


 アルバート4世伯父さま時代の記録が少ないのは、宮殿に詰めていた正式な書記官が居なかったからだろう、とも苦笑交じりに話された。

 確かにアルバート4世伯父さまは、ウエストカタリナ宮殿にもローゼブル宮殿にもホワイト宮殿にも、公式行事以外では顔を出さなかったし、それにウィンダムハウスやウィング城に置いていた書記官は、アルバート4世伯父さまのお気に入りだけだった事を思い出した。


 アルバート4世伯父さま、容姿だけで役職を決められるのは駄目ですよ。

 亡くなったアルバート4世伯父さまへ私は思わず愚痴ってしまった。


 あの事件も、国王騎乗近衛隊が全員アルバート5世伯父さま基準で選んでいたら、もっと被害が少なかったかもしれないと、私は報告書を読んでそう思ってしまったのだ。

 アルバート5世伯父さまは、少しづつ人員を入れ替えてはいたようだけど「この事件を機に近衛兵を一新する」とウエストカタリナ宮殿でベルフ内閣に対して怒声で空気を震わせていたと、グレイスから報告を受けた。


 亡くなった人も多いので、決して他では声に出しては言えないけど。




 クランベル伯爵は、決して王家を蔑ろにしている訳では無いが、今までの当主たちのような何が何でも王家を守ると言う熱を感じないと言うのだ。

 何故クランベル家が此れほど王家に尽くして呉れているかの理由は判らないが、それでも此れから何が起きるか判らない状況で、私にはクランベル伯爵の力が必ず必要になると、伯父さまは淡いブルーの瞳を鋭く光らせて私を見据えて話すのだ。


 伯父さまは、クランベル伯爵に直接的な会話で私の事を頼んでも通り一遍な対応で終わるだろうと沈痛な面持ちで呟かれた。


 そして伯父さまは1つ息を吐いて、私に言い聞かせるように優しく告げた。


 「チャールズに何事でも相談して頼りなさい。彼は自信過剰なタイプでは無いから、自分の手に余ることはクランベル伯爵に頼るだろう。その時に、クランベル伯爵へ話して欲しくない事は、コーデリアがチャールズに確りと告げれば、彼のことだから其処は秘密で動いて呉れる筈だよ。コーデリアがチャールズを頼れば、必然的にクランベル伯爵も動いて呉れるだろう。コーデリア、今抱えている苦悩をチャールズに打ち明けて見なさい。それが解決しないと、1人でローゼブル宮殿へ移れないのだろ?」



 「、、、伯父さまっ!」



 伯父さまは、先程迄の鋭い目の光を消して淡いブルーの瞳を細め、両の目尻へ横皴を寄せ、私へ優しく微笑み、静かに頷いて呉れた。


 そのさり気ない気遣いが嬉しくて、胸の奥から熱いモノが込み上げて、私の鼻の奥をツンと詰らせた。

 思わず私は思わず鼻をすすってしまった。




 クロードから、美しいクリームイエローのシルクのチーフを差し出され、私はいつの間にか泣いていたことに気付いた。


 私が人前で泣いてしまうだなんて。

 

 あの時以来だから7年ぶりかしら、、、。



 10歳の頃、大好きだったチャーリーが婚姻した事を訊いて、悔しくて悲しくて部屋に籠って泣き続けていた。

 一生分泣いていたら、5才の頃から私の中に居たもう1人の私も消えて、私は1人に成った。

 そして私は1人に成って心が凪いでくると、初めて知った恋心に夢中で自分の想いに独り相撲をとっていただけだと気付けたのだった。


 それから冷静に成ると、私はチャーリーの労るような優しい瞳や言葉も感じ取れるように成って、其の気遣いに報いるべく私は私の為すべきことを遣ろうと、決心する事が出来るように成ったのだわ。



 「一緒に考えて行きましょう。」



 そう言って呉れていたチャーリーの言葉が私の耳に蘇った。

 

 そうね。

 解決策は見いだせないかも知れないけれど私一人で悩むより、そっと励まし続けてくれていたチャーリーと共に悩む方が良いわね、きっと。



 私はそう決めると伯父さまにチャーリーと話したい旨を伝えて、場所の提供をお願いした。

 泣いたおかげで、緊張していた身体の強張りが抜けて、久しぶりに私は自然と笑みが零れた。


 「やっと雨が止み、心が晴れたみたいだな、コーデリア。」



 陛下の優しい声が私の耳に届いた。



 有難う。

 伯父さま。


 ええ、ギボンズがあの夜から胸の奥へ降らせ続けていた雨は、やっと止んだわ。

 


 私は、もう一度伯父さまの優しく緩んだ表情を見て、心から微笑んでいた。 



 

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