EP67 【新章】 ワンフォーオール (追憶)
【従者ジーン】
仮免チャールズさまの御友人フリップ・ピバート中将さまが亡くなられてから2年の時が経った。
相変わらず、仮免チャールズ様の傍に居ると騒がしい日々が続いている。
事件の責任を取る形でベルフ首相は議会を解散をして選挙をしたり、フロラル王国のポルテ16世が逝去されたり、コーデリア殿下がローゼブル宮殿へ移られたりした。
18歳に成ったコーデリア殿下は、紆余曲折と色々あり母親であるノイザン公爵夫人と現在別々に暮らされる様になった。
その切っ掛けを創ったのは、天然でお茶らけている仮免チャールズさまで或る。
そして流石はコーデリア殿下。
俺の真マス(真の主人)クランベル伯爵さまの教えを幼い頃から受けられただけの事は或る。
現在、思う事は多々あるだろうが、成人されて公式行事を体調を崩しがちな陛下を手伝う形でコーデリア殿下は精力的に粉されている。
そしてコーデリア殿下に裏方でコッソリとアドバイスをしているのが、仮免チャールズさまで或る。
俺はクランベル伯爵から教えられたローゼブル宮殿の通路を仮免チャールズさまと歩き、コーデリア殿下の元へ向かいながら、孤児であった俺が此の荘厳な宮殿にいる数奇な運命を想った。
俺は、幾人かのスティーブ・ホーム(クランベル地区捨て子院)出身の同僚たちと同じ様に、碌でも無いガギの時代を過ごしいてた。
死にかけていた俺を救って下さったのが、俺の真マス(真の主人)で或るクランベル伯爵さまなのだ。
俺は父親を名乗る男から、幼い頃から物乞いをさせられたり、私娼の母と客を取らされたり酔って殴られたりと、空腹と痛みに耐える日々を過ごしていた。
そんなある日、母が俺を残して父親を名乗る男から逃げ出し、母親への腹いせに暗い裏路地で気絶するまで暴力を振るわれ続け、挙句の果て其の路地に放置された。
暫くして、俺は微かに戻った意識で上品に話す紳士たちの会話を訊いていた。
「キース、此処にも酷い死に様を晒した子供の遺体があるよ。未だ幼い少年だね。」
「スティーブ様、この子は未だ息がありますね。此の子は、疫病ではなく誰かに襲われたのでしょう。さて充分貧民窟の視察は出来ましたでしょう?そろそろ帰りましょう。何もスティーブ様自らが此の貧しい地区を歩かなくとも、命じて下されば私共が調べますのに。」
「ふっ、そうなのだけどね。ウルダ人奴隷の事で騒ぐ前に、ロドニア東部に住む貧困層を何とかしたまえ、とカステル議員を批判していた議員が居てね。それで少し気に成ったから私自ら足を向けてみたのだよ。済まないね、キース。さて生きているなら、その子を連れて帰ろうか。父と妻が亡くなって直に未だ生きている其の少年と出逢えたのも何かの縁だろうしね。」
「全く物好きな。スティーブ様はチャールズ様に出会われてから、変わられましたね。あっ、何を!スティーブ様。汚れますよ。その少年は私が連れて行きますから。」
紳士たちの会話を訊いて、俺は目を開けようとしたが、殴られ過ぎて瞼を開けれ無いし身体に力も入らないし、年上らしい声の紳士に抱えられて揺られていると、また意識が遠のいて行った。
それがクリイム歴1748年だった。
後で知ったのだが、その年にロドニアで流行った酷い風邪で多くの人が亡くなり、真マス(真の主人)クランベル伯爵さまの御父上と奥様も亡くされて仕舞ったそうだ。
俺が連れて行かれた先は、スティーブ・ホームと言う名の捨て子院で、院の裏庭に或る井戸の水で頭から服ごと洗われて、お古だけど靴を履かせて貰い、長方形の筒状に縫ったブカブカの服を着せられ、傷と熱の看病を年嵩の少年たちからされ、院へ呼ばれた床屋外科医に治療をして貰えた。
傷と熱が癒えるまで何だかよく判らない日々だったが、熱が下がると同じような年頃の数人の少年達と同じ部屋に移り、院で過ごすルールを教えられ、院長や副院長や職員たちが自己紹介をして、保護されていた子らと名乗り合わされた。
俺からするとスティーブ・ホームは、天国のような場所だった。
それ迄は、家と言っても路地裏と変わらないような場所で寝起きし、小銭を得ないと食うモノを与えられず蹴らる日々だったが、靴下や靴も在るし朝の祈りを済ませれば朝食も或る。
聖書を学ぶ為に必要だから、と文字の読み書きも教えて貰えて、世の中にはこんな場所が有ったのかと、俺は地獄から拾って此処へ連れて来てくれたスティーブ・クランベル伯爵さまに心から感謝を捧げた。
スティーブ・ホームには、親が仕事を奪われたり解雇されたり、病気に成ったり亡くなったりして連れて来られる子供達や治安判事からの要請だったり、ロドニアの此処ならヤードから頼まれて保護した子供達が来て暮らしている。
親が迎えに来てくれると信じている子もいるし、親って何?美味しいの?ってっ子もいた。
当然喧嘩も起きるし、罰を喰らったりもするが、概ね楽しく院での仕事をしたり勉強をしたりして暮らし、1年もすると俺の身体も成長し、下町の少年達が着る様な衣服を与えられて、近所で行われている道の清掃や院で頼まれている職人たちの下働きの下働き等を遣らされて、院の外での仕事も学んで行った。
御屋敷の庭掃除や煙突掃除や靴磨きなど意外に縄張りとかも在って、勝手にやると揉める元なのでホームからの依頼を熟して、外の仕事を覚えて行くのだ。
其処で気に入られた子供達は12歳~13歳で職人の親方や商人へ見習いに行くようになる。
女の子たちは8歳くらいで使用人見習いとして仕事を紹介されるので、余り焦っては居ないと言う話だった。
しかし俺は、ホームで3年近く過ごしているのに、仕事が決まらず焦ってきていた。
実を言うと俺は自分の生まれた年も判らないので、院長からの初めの聞き取りで其れを素直に話していたからマズかったのか?と悩んでもいた。
キース氏は、クランベル家で使用人する子は8才くらいで施設から連れ出す。
キース氏の選んでいた基準は、上品な顔立ちで院長達や職員の話を聴けて、理解出来ている子を選んでいたと言う話だ。
彼女たちは、クランベル伯爵が今住んでいるタウンハウスや数軒あるロドニアの屋敷やロドニア近郊の屋敷へ雇っているのだが、メイドやメイド見習と言う下働きは婚姻すると辞めるので、人手不足気味なのだ。
キース氏や従者たちは、メイドが辞める度に髪の毛を振り乱し、ハゲさ、、悩まして慌しく動き出す。
クランベル伯爵家は、上流階級の方々と接する事も或るので、確りとしている使用人が欲しいと言っていた。
とは言ってもシーズン中は、そうも言って居られないので人手不足に成ると下働きの者は、人材派遣商会から雇う事もあるが出来れば、極力自領やスティーブ・ホームから雇いたいそうだ。
特にハウスメイドとパーラーメイドは、現在臨時雇いは行って居なかった。
さて、13歳までに行く所が決まらなかったら、軍船の雑役夫に行かされると聞いて、俺は暗く沈んでいた。
街で聴いている軍船内の悲惨な様子は、俺に恐ろしい暗黒の未来図を描かせた。
そんな折にクランベル伯爵邸からキース氏が迎えに来て、「スティーブ様、、、いえっ、クランベル伯爵が君を雇いたいとお召しです。どうされますか?」と俺に尋ねた。
当然、俺は「イエス。」以外の返事はない。
俺は勢い込んでキース氏に「宜しくお願いします。」と頼み込んだ。
クランベル伯爵邸は、まるで別世界で俺は夢心地でキース氏の後ろに就いて行き、スタッフルームとは思えない豪華な部屋で、此れから同僚に成る皆へと紹介された。
「彼の名をジーンとする、とクランベル伯爵は申されました。」
「では、此の少年が例の方に着くのですね?キース様。」
「ええ、院長から人の気や表情を読む才があると太鼓判を押して居ましたからね。それでクロード、ジーンの年齢は如何するかだが、、、。」
「まあ、13歳に見えない事も無いが。一通り教える事を覚えて貰ってから決めましょう、キース様。あの方は従者に成るモノの歳を気にされるタイプなのですか?」
「恐らくは大丈夫だろう。アッシュ、バード、アール。話していた通りジーンに護衛やマナーを教えてくれ。」
「「「はい。宜しくね、ジーン。」」」
俺は意味の分からない侭で皆からの挨拶と励ましを受けた。
ジーンに成った俺は、まったりとしたスティーブ・ホームの日々と決別する事となった。
キース氏達の話を聴くと、俺はクランベル伯爵さまの大切にされている方の護衛兼従者に成るそうだ。
クランベル伯爵さまは、俺が就くことに成る方を此の屋敷へ滞在させる大まかな日程を組んでいるので、それ迄に「あの方」の為、3人から教えられることを完璧にマスターするよう命じられた。
庶民の出なので俺みたいなタイプだと其の方も気疲れされないだろうと言う話だ。
クランベル伯爵邸の使用人は、貴族の次男から俺のような孤児まで幅広いが、皆は品が在って動きがスマートなのだ。
偏にキース氏の尽力の賜物だろう。
そう言う訳で、クランベル伯爵邸の空気に未だ慣れていない俺が、皆が非常に気を使っている「あの方」へ就けられることに成ったのだ。
つまりキース氏の教育が行き届いていない俺が必要とされたのだ。
俺の才とかも必要だったらしいけどね。
俺の仕事が決まらなかったのは、クランベル伯爵さまのスケジュールの都合だったらしい。
日頃の動きはアール先輩から習い、護衛や気配を消す訓練はアッシュ先輩とバード先輩と言うバルモア伯の御兄弟から学ぶ。
特にアッシュ先輩の扱きは悍ましい。
「僕は、痕を残さずに躾けるのが得意なんだよ。痛みがある方がジーンも早く覚えるだろう?」
アッシュ先輩は俺の動きを訂正する時、フェンシングのフルーレよりも尚も細い剣で、素早く手や太ももを打って来る。
すると焼けつくような痛みがあるのに、薄っすら線上に赤く成っているだけと言う凄腕。
正にアッシュ先輩が宣言した通りだが、打たれた後もヒリヒリと痛みが残り、幾度も叩かれると、どの部位も痛みを感じて、何処が悪いのかが判らなくなってくるのだ。
「アッシュは遣り過ぎだ。」
そうバード先輩はアッシュ先輩を止めて来れたが、バード先輩の俺が流血する迄は止まない蹴りと打撃も充分に酷いのだ。
そんな追い詰められるような特訓を続けて一年と少し経ち、来月にやっと念願の「あの方」が来訪される事に成り、緊急ミーティングが毎週スタッフ・ルームで開かれる様になった。
「何としても居心地の良い空間を提供して、あの方が此処で暮らしたいとクランベル伯爵様へ申してくださるように皆様も頑張りましょう。先へ先への気配りですよっ!気を抜かないようにっ!!」
「「「「「はいっ!」」」」」
「ワンフォーオールっ!!オールフォーワンっ!!」
「「「「「イエッサーっ!!」」」」」
そして「あの方」と呼ばれていた『チャールズ・レスタード様』がクランベル伯爵邸へ訪れると使用人一同は、美しい彼の表情を一心不乱にガン見した。
先へ先への気遣いをせねば。
その熱く迸る使用人達の思いを留めれるモノがいるだろうか?
いや存在しないだろう。
我が主人のクランベル伯爵さまも、ウットリと蕩ける表情で『チャールズ・レスタード様』を見つめて、俺たち使用人のことなど全く目に入ってはいなかったのだから。
まさか、仮免チャールズさまが『従業員一同は敵意を持って自分を見ている』と感じているなど、俺達は露ほども思ってもみなかった。
そして、やっと仮免チャールズさまが此の屋敷で滞在する事を決められたとキース氏から緊急ミーティングで報告があった時、「おおおーーっ!!」と言う歓声が室内で響き、皆で肩を叩いて喜び合った。
俺達は全員でやり切ったのだ。
此れでクランベル伯爵様の遣る瀬無さを僅かでも緩和出来るだろう。
涙ぐむキース氏を見て、俺も感動で胸が熱くなった。
そして滞在初日、ハウスキーパーのサマンサやメイド達が必死で整え、仮免チャールズさまに合うようにと金色は無理なので黄色い花々で部屋を飾り付け、香まで焚いたゲストルームへチャールズさまは足を一歩踏み入れて、言い放ったのだ。
「ああー。俺は、此の部屋で寝るの無理っす。クランベル伯爵、使用人部屋と変えてくださいっ!」
あの時、意気消沈したハウスキーパーのサマンサさんたちが、崩れ落ちなかったのを俺は褒めてあげたい。
その一言を訊いて、俺は他の使用人達と一緒に高まっていた変なテンションから覚めて、本来の役割を思い出し、やっと仮免チャールズさまの表情を読み始めたのだ。
『俺はクランベル伯爵を騙したりしないよ?皆さん、俺に敵意を向けないでね。伯爵には恩が在るから悪さなんてしないよ?』
声に出さずに仮免チャールズさまは繰り返して呟いていた。
そう、この日から俺と同じように真の主人クランベル伯爵さまへ恩義を感じているチャールズさまを、仮の主人としてだけ認めることにしたのだった。
その事を真マス(真の主人)クランベル伯爵に話すと皆を呼び集め、「私がチャーリーを家に呼ぼうとして以前から画策していたことを絶対に知らせないように。キース頼んだよ。」そう言って、俺達に仮免チャールズさまへ「自然と接し、しかし此の屋敷で居心地の良さを与えて欲しい。」と言う高難度な命令を下したのだ。
俺達の仮免チャールズさまに対する苦悩は今でも続いている。
俺から少し遅れて歩く仮免チャールズさまを振り返って見ると、飛び切りの美しい笑顔で微笑んで来る。
アール先輩を筆頭に、そう俺も含めて従者たちへクランベル伯爵さまの想いが伝染してきて、仮免チャールズさまを皆が愛しく感じ始めているのだ。
マジで仮免チャールズさまは、悪意を持たないだけに始末が悪い。
『此の性悪っ!』
俺は時折り心の中で呟き、溜息を吐いて前を向き直して、仮免チャールズさまを引き連れてコーデリア殿下の部屋へと歩き始めた。




