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ep64 ブルー・インク




 「ガッツいたから直ぐにyesって返事したんじゃないモン。思わず頷いただけだモン。」


 澄んだ淡いグレーの真ん丸な瞳をクリンクリンさせて、可愛らしく妹のデイジーが栗鼠のように頬袋を膨らまし、桃色の唇を尖らせて、照れ怒り攻撃を俺に仕掛けて来やがった。

 カイルは醒めた目でデイジーを見て「ハイハイ、可愛い可愛い。」と興味無さそうに告げてから、「しかしスレイン少将は、コレで良いでしょうか?チャールズ兄さん。」そう俺に真摯に尋ねて来た。



 カイル。

 仮にも妹にコレって言うのは無しだろ。

 それにデイジーは小動物っぽくて可愛いじゃん?

 俺は、猫も好きだし栗鼠もウサギも好きだよ。



 それに、スレイン少将もデイジーのアライグマみたいな所が好きだって言ってたし。

 一応スレイン少将に俺は、「それはデイジーには、一生秘密にして置いてください。」って、慌ててお願いしちゃったからね。


 小金には煩いけどデイジーも乙女なので、「好きな所の表現をロマンティックにお願いします。」と、つい俺はスレイン少将にリテイクを出してしまった。


 

 デイジーとスレイン少将は、互いに思い合っているようなので俺も野暮なコトは言わず、教会とアルバート5世へ報告しその後ガゼットで知らされ、2人は3ヶ月後に婚姻と言う事が決まった。


 俺もジュリアとの離婚前にデイジーの婚姻式に立ち会いたかったからね。

 殆ど俺の実家に来ることが無かったジュリアも、ソフィアとシャロンを連れてメイや乳母のロージーと一緒に遣って来て、デイジーとパタパタと婚姻準備を整えてくれていた。

 何故かは知らないけど、クランベル伯爵家の嫡男スティーブン様も随伴して来てるんだけども。

 なんでだ?


 そして我が家のパーラーで、娘のソフィアとクランベル家嫡男のスティーブンとが、キャッキャッウフフと戯れていた。

 何処からどう見ても、5歳の幼女と16歳の少年が微笑ましく戯れているだけで、恋愛の「れ」の字も感じれなかったので、俺は色々な意味で安堵した。


 ホントにね。

 俺はスティーブン様がロリコンだったら如何しよう、と余計な心配をしていたんだよね。






 そんな事が粛々と決まって行く中で、エルザとフリップが出会うことに成ったカブリア地方へ向かう途中、俺の身に起こったファンタジー体験の元凶が判明した。


 アラン、、、お前って奴は。



 でも真っ裸なアランはノンセクシャルだったんだよな。

 もしかしてアランには隠すようなメンズシンボルが付いてないとかか?

 なんか暫く見ない間にアランはデイジーっぽく成っているし。


 俺はカイルにアランを抑えさせてブリーチズを降ろして、怪しい布切れを剥がすと。


 あれ?

 普通にあった。

 顔を赤くして、シクシク嘆くロン毛のアランを無視して、俺は顎に左手を当てて悩む。


 可笑しいなあ。

 あの時のノンセクシャルボディーは何だったんだろ?



 アランから「外道!人でなし!変態っ!」と罵られつつ、俺は独り悩むのであった。



 「あっ有難う。カイルは、もうアランを解放して良いよ。」と、律儀に下腹部を右の太ももで押え付け、アランの両手を拘束していた優しいカイルに、俺は礼を言った。

 ホントにカイルは、俺の言う事を良く聞く素直で真面目な良い子に育ったよな。



 その後、部屋から逃げ出していた可愛い妹のデイジーから、俺は蔑む視線で見られ続ける事に成ったのは言うまでもない。




 だって気に成るじゃん。

 アレがないと将来アランは、お婿に行けないし。

 まあ、在っても俺のように一人寝が似合うモノ悲しいオジサンに成ることもあるけどな。














 

           ※※※※※※※※※※







【ウィルソン・カステル議員】






 朝の祈りを終えて執務室へ行き私は幾度目かに成る手紙を書き始めて手を止めた。


 チャールズの母マリン夫人は華龍帝国へ向かう帆船で亡くなり、彼女の魂は主の御許へと旅立ったのだ。

 マリン夫人に就いて居たサンドラも航海病で臥せってしまい重篤な状態で高州の港へ着いた。



 マリン夫人が亡くなり、嘆くサンドラに私は「此れも試練なのだろう。」と、告げて自分の罪深さに震える思いを押し殺した。





 私は、マリン夫人をチャールズから引き離し、そして死の淵にある彼女へ許しの手を当てる事を拒んで仕舞った日の記憶は、此れからも私を責め苛むだろう。



 私は「夫のジョン・レスタード氏の死も親戚がした不始末も、全て魂に魔を住まわせているチャールズの所為だ。」と教会で会う度、チャールズを悪しざまに罵るマリン夫人に沸き上がる怒りを押え付けていた。



 そして、懸命に家族を想い頑張っていたチャールズの傍へ、彼女を如何しても置いておきたく無かったのだ。



 マリン夫人は、チャールズが5歳の頃にチューターを成さった牧師から、幾度も忠告を受けていたそうだ。


 

 「チャールズの魂には悪魔が潜んでいて、隙あらば他人を邪悪な道へ誘うだろう。そして魔のモノを増やして行ってしまう。救いの道は神への信仰しかない。」


 そう教えられたマリン夫人は、牧師が「魔のモノ」と呼び、名指した者達を観察して居ると、チャールズを欲の滲んだ目で見たり、悍ましく触れたりしていたと声を潜めて私へと打ち明けるのだ。



 私を清らかな者として彼女は崇拝し、それを打ち明けられる度に、どれ程に私が苦悩しているかも知りもせずに。

 私は悩まずには居られなかった。

 チャールズの慕う母親が、こんな事を考えている等と私の愛しく思う彼が知ったら、どれほど傷付いてしまうのか。


 華龍帝国へ行こうと決断した私は、美しく純粋なチャールズの傍に禍々しいマリン夫人を残して行く気には成れず、彼女が共に信仰の旅に行きたいという願いをアッサリと受け入れてしまっていた。

 



 そして私がニューラン牧師から相談を受け華龍帝国へ行こうと思ったのも、チャールズの傍に居ながら自分の此の想いを秘して抑え込み続ける事が困難に成って来たからだ。


 13歳のチャールズと出会い激しく惹かれて行く自分の心を否定し誤魔化して、私は許されない此の想いを消す為に祈り続けていた。

 唯ハッキリしているのは私がチャールズに惹かれるのは、チューターをしていた牧師やマリン夫人の言う偽りの魔などなのではなく、私の目や心が自ら彼を追い求めてしまうのだ。


 マリン夫人の無意味な悪意は、私のような罪人が受け止めるのが相応しい。

 私は、そう考えてブレイス帝国をニューラン牧師たちとマリン夫人たちと旅立ったのだ。



 聖書には男色は禁忌と記されている。


 それでも私の心はチャールズを想う気持ちを止める事が出来ないのだ。

 禁じられていても、私はチャールズの硬質で尊い美しさに心が焦がれてしまうのだ。


 


 2年前のブレイスの消印で届いたチャールズからの手紙には、妹のエルザ嬢が産褥死した事と議会でのウルダ人奴隷貿易廃止法案の状況が、淡々と事務的に纏められていた。


 それが私にはとても痛々しく思えて、暫くは懺悔と祈りを主に捧げ、私はチャールズへ明るい文体でこの地で成さねば成らない事を書き綴った。


 私に取っては禍々しいマリン夫人の死は伏せて。


 あたかもマリン夫人は元気で生きているかのように。


 もう私は死しても天国の門は潜れないだろう。

 だがそれは今更かも知れない。

 私が20年前、チャールズに焦がれてしまった時から天の門は閉じられてしまっているのだから。



 それでも尚、信仰心を捨てられ無いのは、チャールズに対しての贖いを祈ることでしか無しえないからだ。

 いや、違う。

 祈ることでしか、チャールズへの此の狂おしい想いを押し止めるコトが出来ないからだった。



 私は今一度、贖罪の祈りを捧げて、インクに浸して羽根ペンを改めて持ち直した。


 

 先ず私は、礼拝堂の近くに新たな教会が建てられる話を書き始め、そしてサンドラがたどたどしいが日常用語で華語を話せるように成った事などを綴り始めていった。


 チャールズへの想いをペン先から滲み出さないように、私は幾度もペン先をナイフで整えて細心の注意を払って、華龍帝国の高級な用紙へブルー・インクを乗せていった。






 







             ※※※※※※※※※※




【クランベル伯爵】




 私の弟スレインとチャーリーの妹デイジーとの婚約も決まり、これでチャーリーと私の縁は繋がり私としても喜ばしい限りだ。

 そして、陛下から弟のスレインへ今までの働きと婚約祝いを兼ねて、叙爵と前年絶えてしまった南西に或るルノリア領を賜った。

 ルノリア川沿いに或る1000エーカー程の小さな領地だと言う話だ。

 適度に増やしていた心算だったが、意外にも絶えてしまう貴族家も居て、此の際と言う事で陛下は王家寄りの弟へフォーリー男爵の爵位を授けられた。



 あれ程あったアルバート4世の負債も、チャーリーの働きにより王室御領地や植民地からの収入や間接的な収入も増え王家の財政が持ち直したので王家家政費を賄い、アルバート3世が議会へ預けていた王家の主計を取り戻した。

 他にもアルバート王家の財布へ収入が流れる様にしているから、アルバート4世みたいな使い方をしない限り大丈夫だろう。


 此れで王族の人事権を議会でなく、王家に取り戻すことが出来た。



 いつの間にか税金の使い道は、全て議会で決めると言う事実だけを積み重ねられていたので、アルバート4世が亡くなり、それを理由に陛下やコーデリア殿下の侍従や女官の人事権を、与党が恣意的に使うとは私も思わなかった。

 今回、明文化される前で私としても助かった。

 税の使い方と徴収権だけを明文化していた筈が、王家の人事まで慣習法にしようとしていたから困ったモノだ。


 さて此れでコーデリア殿下の周囲をマシな形に掃除が出来る。





 私は、キースを呼びブルーインクで綴った手紙を巻いて封蝋をし、陛下へ渡すようにとキースに命じ終えて、冷めてしまった珈琲カップに口を付けた。


 思ったよりもカタベル大主教の事で書くことが多くなり時間が掛ってしまった。


 全く碌でも無い方にチャーリーは目をつけられたモノだ。

 私は冷めて苦くなった珈琲を口に含み、夏の風に揺れる窓の外の木漏れ日に目を遣った。














              ※※※※※※※※※※




【フリップ・ピバート大佐】




 シーズン中だと言うのにノーホリディなアルバート5世に付き合い、僕はハーシェルとウエストカタリナ宮殿に或るロイヤルガーズの執務室に居た。


 2階に或るロイヤルエリアの出入り口は近衛兵の部下達に守らせている。

 派手好きなアルバート4世が濃紺だった軍服のコートとブリーチズを、クリイム歴1756年に赤に変えてから、歩兵は連隊ごとに順次赤く染まって行っていた。


 一応、大佐でも或る僕と補佐を務めてくれているハーシェルは、サッシュだけを指定の赤に変えてコートとブリーチズは濃紺色では或るのだが、式典では真っ赤なコートを着て正装する事を命じられている。


 来月に迫ったロイヤル・パークで行われる淑女女学院の開校式典での経路を僕は確認していた。

 第一号で或るレイチェル・コレッジは、既にロイヤル・パークに造られていた。

 チャーリーの説明では、レイチェル・コレッジは修道院ぽい宿泊施設で、此れから開校する淑女女学院とは、別物らしい。

 運営は同じ国教会だが。



 「何だっけ?花嫁に成る為の学校と花嫁に成らない為の宿泊所の違い、ってチャーリーは言っていたな。」


 「年齢が違うよ、フリップ。女学院は13歳~16歳で、宿泊施設は現在20歳以上らしいよ。」


 独り言のも積もりで僕は呟いたのだが、斜め前の席に座るハーシェルには聞こえて居たらしい。

 16歳以下でも20歳以上でも僕に関りはないけども、チャーリーが始めた事だと専らの噂なので、何とか式典は成功して欲しいと願っている。


 デスクに広げたプログラムには、王族の1人でも或るカタベル大主教と4人の主教の名と、主催者側にチャーリーの名も記されていた。

 妹のデイジー嬢も婚約したし、チャーリーは公私共に充実して忙しそうだ。


 『ロドニアの街に居て勤める場所も同じでも、チャーリーと中々に会えないモノだな。』


 僕は切ない思いを飲み込んで、兄の忘れ形見に成る甥っ子で或るハーバードの婚約が成った事を、義姉からの手紙で知った。


 義姉と顔を会わせれば、息子のダニエルの様子を訊かれると思うと、ロドニアに或る義姉の居る兄のタウンハウスへ行く気が失せてしまうのだ。




 エルザが亡くなったのはダニエルの所為でない、と僕も理屈で分かっているのだ。

 理屈ではね。

 でも、感情はどうにも出来なくて、僕は息子のダニエルだけでなく娘のナディアの存在も棚上げにしていた。





 4年前まで、チャーリーは休みの度に我が家に着て、僕とエルザの会話へ強引に入って来ては、態と膨れるチャーリーを揶揄って笑う穏やかで満ち足りた日々を過ごせていた。


 あの侭ずっとチャーリーと家族として笑い合って暮らせて行けると僕は思っていた。



 兄の死を体験して同じ時など続かないと知っていた筈なのに、余りにもチャーリーと過ごせる時間が甘やかで優しかったから、僕は耳目を塞いで幸せに酔っていたのだ。



 僕が家の扉を開けて訪ねてきたチャーリーを出迎えると、覚悟を決めたような表情で玄関ホールからパーラーへ、チャーリーは足を踏み入れた。



 パーラーから溢れだしているエルザの想い出にチャーリーが戸惑っていたのを、僕は感じてしまった。


 だから僕は、あの日チャーリーが再び訪ねて来て呉れた時、2階の客間へと通したんだ。

 あの部屋は、訪ねて来た義姉や姉たちを案内する部屋だから、余りエルザの作ったモノを飾って居ないからね。



 部屋を見渡してチャーリーはホッと息を吐き、それを見て僕も安堵感で息を小さく吐き出した。


 外出先では余り表情を変えずにいるチャーリーだけど、僕と部屋に居る時は美しく整った表情を感情の侭に変化させ、僕はその姿に唯々見惚れてしまうのだ。


 僕を睨むその瞳が余りにも愛おしくて、柔らかそうな桜色の唇についた蜂蜜が官能的で僕は誘われるようにチャーリーへ顔を近付けて、、、澄んだ金色の瞳と目が合い、正気に戻った僕は焦ってチャーリーの顔を思い切り腕の中へ伏させてしまった。


 まさかアレ位の力でチャーリーが気絶するとは思わなかったのだ。


 いつもチャーリーに付き従っているジーンと言う従者から「程々に。」と静かに呟かれてしまったが、僕を労るような視線を寄こして呉れたので、無理を言ってチャーリーの真白な手の甲への口づけを許して貰った。




 僕は如何にも成らない思いを再び飲み込んで、ハーシェルから渡された近衛兵たちの青が滲んだ黒いインクの報告書を受け取り、目を通すことにした。


 そして、もう暫く子供達の事は母に任せて棚上げにすることを改めて思い、取り敢えずは目の前の仕事に取り掛かった。



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