ep61 チャーリー兄上!
「此の侭、何もせずにいたらクローバー州はブレイスと新たに入って来る新教の移民達に土地が取られてしまう。」
「クローバーの土地から離れたく無くて、ブレイスの無理な条件も飲んで我慢していてもジリ貧だ。」
「クローバーの北に住む奴等は俺達を人間とは思っちゃいない。」
「矢張りやるか?」
「ああ、どうせ俺達は掴まったらヒットの野郎に処刑されるだけだろ?」
「追い詰められた者の怒りをブレイスの連中に想い報せて遣る。」
「こんな時にカーンが居て呉れたら心強いのだが。」
「気の弱い事を言うな。そう言えばまたギボンズに協力を頼むか?」
「いや、あいつは今一つ信用が出来ない。」
「だな、今回は命懸けだ。信頼出来るモノだけで事を成そう。」
「そうだな。俺達はクローバーの民が人として当たり前の権利を得る為に命を賭ける。」
「「「「ああ、俺もだ。」」」」
こうして四人の男たちは隠し持った火薬を持ち、ロドニアに或る其々の目的とする場所へと移って行った。
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【デイジー・レスタード】
グリンジット・ハウスのドローイング・ルームで、私の右向かいにコーデリア殿下が座り、私の座るソファーの左右にはリアナとグレイスが座り、好奇心溢れる表情で「いつ、好きになったの?」等とスレイン少将の事を尋ねて来ちゃう。
先日、グリンジット・ハウスのサンルームで何の前触れもなくスレイン少将からプロポーズされて仕舞い、私はその勢いの侭で「はい。」と了承の返事をしたら、行き成りギュッと抱き締められたから頭の中が真っ白に成って呆然としちゃって、その後は夢うつつだった。
コーデリア陛下から「デイジー!?」と、名を呼ばれて意識を取り戻してから、私は恥ずかしさで顔が熱くなって来るし動悸が激しく脈打つし、平静を取り戻すまで大変だった。
そして、チャーリー兄さんから「此の日曜日に実家に戻る」ので私へ「バック・トゥ・ホーム。」と言う伝言が届けられちゃった。
此れって、スイレン少将からプロポーズされた件についてだわね。
そう思うと、またスレイン少将の声を思い出して私の胸の鼓動が早まってきた。
「スレイン少将をいつ好きになったのか?」ってコーデリア殿下から訊ねられたけど、初めに此のグリンジットハウスへ護衛する事に成ったと挨拶に訪ねて来た時、私は『素敵な人だな。』って思ってしまった。
自分にも他人にも厳しい神経質なカイル兄が褒めていた方だったから興味も在ったのだけど。
スレイン少将は、グリンジット・ハウスやウエスト・カタリナ宮殿では、余り見掛けない陽に焼けた肌をしていて、澄んだキラキラとした翠色の瞳で私を見つめていて目が合った時、思わずドクって胸の奥で心臓が脈を打つのを感じてしまった。
私には、スレイン少将のスッキリとした容姿と爽やかな笑顔がとても印象的だった。
それから気が付けば、いつもスレイン少将と目が合って、私を見ては嬉しそうに微笑んで呉れるの。
グレイスが「絶対にスレイン少将はデイジーの事が好きなのだと思いますわ。」って言って呉れて、リアナからは「14年前の流行病で婚約者の方を亡くされてからは、ずっと一人でいる。」と、言う話を私にして呉れた。
14年前と言えば、母の方の祖父母、そして今は母に就いて華龍帝国へ行っている侍女サンドラの御主人も其の流行病で亡くなれたと聞いていた。
私が8歳の頃の話ね。
大切な方を亡くされる哀しさや寂しさは、私も父や姉のエルザを失って知っているから、スレイン少将の切なさを少しは理解して差し上げる事が出来そうな気がする。
それにしても、スレイン少将は婚約者の方を亡くされて、一途に独りを想い過ごされていたなんて、とても純粋でロマンティックな本物の紳士だわ。
どっかの誰かにスレイン少将の爪の垢でも煎じて飲ませたいわ。
主にチャーリー兄さんとかね。
コーデリア殿下は、オーニアス=神聖ロマン帝国のシャルル皇帝のだらしない女性関係の話や信頼していたチャーリー兄さんの浮気話を聞いて、すっかり婚姻に夢も希望も持たなくなってしまった。
コーデリア殿下は此れから婚姻しなければならないのに如何して呉れるのかしら?
継承戦争を行ってまで迄も貫いたエラノーラ皇后とシャルル皇帝の純粋な恋愛結婚にコーデリア殿下は胸を時めかせて居られたのに、かくも無残に打ち砕かれるとは。
ホント、スレイン少将以外の男って最低ね。
後、ギボンズの事は男の中に入れて居ません。
だってギボンズって、結局はアリシア妃殿下にしても、コーデリア殿下のお母様のノイザン公爵夫人にしても、お金が欲しいだけだもの。
他に噂の或る貴婦人たちも資産が目的で近付いているって話だし、こうなると一種のお仕事みたいなモノよね。
コーデリア殿下とそんなコトを話して、「ギボンズ商店には欲しいモノがないので看板(顔)を見る必要もないわよね?」って言う私をコーデリア殿下は笑って頷きみていた。
ギボンズとの件で落ち込んだ様子のコーデリア殿下だったけど、お母様のノイザン公爵夫人とお茶会をされてから、何か吹っ切れたようで、俯いていた視線が以前のように淡い青の瞳を真っ直ぐに前へ向けられるようになった。
そして私がスレイン少将から突然プロポーズをされてから、コーデリア殿下は其の事を楽しそうに話されて愛らしい笑顔を零すように成ったから、「良かった。」とホッと胸を撫で押した。
勿論、スレイン少将からのプロポーズを一番喜んでいるのは私だけども。
でも、スレイン少将のお家ってクランベル伯爵家と言う由緒正しい家柄だったのに、私なんかで本当に良いのだろうか?
そもそもサンルームでの唐突のプロポーズ。
、、、アレって、本当にプロポーズって思って良いのかしら?
2日経って冷静になってみて、私はそんな疑問が頭に浮かんだのだった。
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【クランベル伯爵】
私は、9月に催される淑女学院式典の招待状を見ながら、主催者側へ堂々と記されたカタベル大主教の名前と端に掛かれたチャーリーの名を見て軽く苛立った。
過去、私は、チャーリーの負債の状況を知る為に調べさせていたが、もう一度詳細に調べるようキース達へ命じた。
商会を任せていた父親の従弟が作った借財は、カタベル大主教と取引を持ち信用の或る銀行屋を名乗っていたが、詐欺師的な投機会社の連中が組み、従弟をワナに嵌めて作ったようだ。
数多或る綿糸等の輸入元商会の中で、態々とレスタード商会を罠に嵌める理由は1つしかない。
14年前のその頃、カタベル大主教はセロン教区でダリウス・コーパス主教として勤めていた筈だ。
確かアルバート4世がカタベル大主教を幼い頃から可愛がっていて、自分がそのトップだと言うのに聖職者嫌いだったが、カタベル大主教とは偶に会われると話していた。
強権を使うのを厭うアルバート5世陛下だったが、普通はカタベル大主教の下に居る主教たちの合議で決まる大主教の座を「アルバート4世の為に。」と、言ってダリウス・コーパスを大主教の座に就けた。
まあ、陛下が聖職者の任命権を持っているので問題は無かったが。
借金返済の為の身元引受人にダリウス・コーパスの名が在ったと言う報告を訊いた事で、彼と銀行屋が手を組み、チャーリーを狙った企みだと私も気付けたが。
それからは、なるべくカタベル大主教とチャーリーが会う事の無いよう私も動いていたのだが、矢張りチャーリーを陛下の傍に居き、此れからはコーデリア殿下にも就いて貰うことに成ると考えれば、そろそろカタベル大主教へ手を打って於かねば成らないな。
チャーリーへと塗れつきそうな碌でも無い有象無象は、チャーリー・ガードナーたちに片付けさせているがね。
普通の貴族とは違い情報の集めにくいカタベル大主教のことを考えると、私は腹立たしさに返信を綴る為に持った羽根ペンをライティングデスクに強く押し付け過ぎて、『ミシリっ』と悲鳴を上げさせ壊してしまった。
すると近くで控えていた執事のキースが、気分を変えるように明るい声で、私へ話し掛けて来た。
「そう言えば此処一週間くらいスティーブン様が微笑んでいらっしるのですよ。クランベル伯爵。」
「あの息子が?」
「ええ、13歳に成られる前のような優しい笑顔でしたよ。私と目が合うとサッと笑顔を消して不機嫌になって仕舞われたのが残念です。」
「そうか、13歳に成る前の件ですっかりスティーブンには考え込ませてしまったからな。しかし何が在ったのだろうな?息子に。」
「ふふっ、それがチャールズ様の娘ソフィア嬢とスティーブン様が遊ばれてからなんですよ。」
「、、、っ!スティーブンがっ!?」
私は思わぬ事を聞いて執事のキースに、間の抜けた問い掛けをした。
13歳の誕生日を迎えたシーズン中に私が領地でクランベル史を読ませてからは、いつも眉間に深い縦皴を寄せ、不機嫌オーラを常時発動していた息子のスティーブンが笑顔を取り戻した理由は、チャーリーの娘ソフィアに或るとは。
チャーリーは十日ほど前、一月に一度の親子で会う約束をしていたらしく、メイに連れられたソフィアが我が家に訪れたのだが不在で、従者のヘンリがそれを説明している所に偶然玄関ホールへ現れたスティーブンを見掛けたソフィアが唐突に駆け寄り【抱っこ】を迫ったらしい。
よく状況は分らぬが、チャーリーの娘にしては大胆な。
行き成り初対面の男に「抱いて。」と強請るとは。
と、言ってもソフィア嬢は僅か5歳だが。
その日はチャーリーの代わりに客間でスティーブンの膝の上に抱かれて、見知ったエドに安価なチャップブックの絵本を持って来て貰い、それをソフィアから読み聞かせられていたと、キースは楽し気に其の時の光景を思い返して、私へと話していた。
そして今度はソフィアから先触れが来て、スティーブンが非常に歓びソフィアの到着を待っていたとキースは話した。
私の息子スティーブンは大丈夫なのだろうか?
一応は16歳に成って居た筈だが、5歳の幼女と気が合うなど私には理解が出来ない。
まあ17歳だったチャーリーを一目見て恋に落ちてしまった私が言うのもナンなのだがね。
ソフィアが婚姻の出来る16歳まで11年も或るのだが?と、考えてみて、そして私は肩を竦めた。
幾ら何でも考え過ぎだな。
確かにチャーリーの娘と私の息子が婚姻して呉れたなら、此れほど嬉しい事は無いだろう。
唯、一応ソフィアは貴族の娘であるが、此れからチャーリーと妻ジュリアとの離婚した場合を考えれば、彼女の母親の身分的なモノで面倒な手続きを踏まなくては成らないだろう。
それに、クランベル2世が亡命から帰国後、誓約を交わして今も絶えずに残って居る57家との話もあるし、ソフィアとスティーブンは近所に住む兄妹みたいな関係を育む方が問題と成らずに済みそうだ。
気高い貴婦人である母を想い出して私は薄く溜息を洩らした。
私もチャーリーを悩ましせたくは無いしね。
私は、ソフィアとスティーブン達の微笑ましい様子を嬉し気に語るキースの話を聴きつつ、自分とチャーリーが身を寄せ合って同じ本を読む姿を夢想していた。
此の想いを私はチャーリーへ告げる事はないだろう。
私は共に暮らせて、奇跡のように美しいチャーリへ触れる事も出来る、此の甘美で魅惑的な時を、一時の激情で自ら壊すような真似はしたくない。
出来る事なら、純粋で綺麗な事柄だけを集めてチャーリーの周囲を満たして上げたかった。
でも其れをするには、私を含めチャーリーを狙うモノが多過ぎて、なのにチャーリーは自らの事に無頓着だったから、私はチャーリーに身を守る術を与えることにしたのだ。
貴族に成ることは、チャーリーの考えに合わないのも承知で。
私が思っていたよりもチャーリーは有能だった為、他の敵も湧いて来たのは計算外だったが。
思わぬ石に躓かないようパブリック・スクール時代のチャーリーを調べてみたが、成績などは手に入るけど、寄宿生活での情報は全く手に入らなかった。
私は、スタンダード・カレッジに行くまでチューターに学んでいたので、スクールの状況の事は全く分からなかったから、スティーブンに尋ねて見ると学校や寄宿舎での事は口外する事を禁じられているらしい。
「特にバガリー法強化が騒がれている今はね。父上。」
そう言ってスティーブンは最大限のヒントを残して私の前から去って行った。
当然、私もチャーリーの美しい容姿で男色を考えなかった訳では無かったが、余りにも汚れなく無垢な瞳をしているチャーリーに、バガリー的な行為を体験して居るよう見えないのだ。
まあ、例え体験していたとしても私の此の想いは揺らぐことは無いのだが、但し、チャーリーを穢した者は全て抹殺して行く心算では或る。
此れは、私の決定事項なのだ。
そう思い至った私はキースへその旨を話し、今一度チャーリーのパブリック・スクール時代を調べる様にと命じた。
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俺はクランベル伯爵と書斎でいつもの朱いソファーに座り、娘のソフィアがクランベル伯爵家の次期当主であるスティーブン卿を好き放題使い倒した事を詫びていると、いつもはメリハリの或る動きをするスレイン少将が頬や耳を赤らめて、おずおずと入室してきた。
銀にも見える薄い金髪をフリップと同じ様に短く切り、クランベル伯爵よりも淡い翠の瞳を伏せていた。
そんな見慣れぬ弟スレイン少将の様子に怪訝な顔をしながら、クランベル伯爵は俺達が座っている向かいのソファーへ座るよう優雅に勧めた。
俺の出没地帯と全く違う生息域のスレイン少将とは、殆ど顔を会わせる事が無かったので、俺は一瞬ドギマギした。
『弟のケビンが何かを遣らかしてスレイン少将へ迷惑を掛けてしまったのでは無いか?』
マジで何も考えないケビンのコトを俺はつい心配してしまう。
「ああ、突然申し訳ありません、兄上。私は結婚する事に成ったので報告と許可を頂きに。それとチャーリー兄上にも是非、許可を。」
「「はあ、?チャーリー兄上!??」」
「はい、先日デイジー嬢へプロポーズをし了承して貰えました。此れからは、宜しくお願いします、チャーリー兄上。」
「なんだって?」
「何ですと?」
こんなぶっ飛んだ妹のデイジーの婚姻報告を訊くことに成ろうとは。
俺の娘ソフィアもソフィアなら、妹のデイジーもデイジーだっ。
君達は俺に内緒でクランベル家乗っ取りでも狙ってるのかな?
俺は恐る恐るクランベル伯爵の表情を盗み見るのだった。




