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ep60 トゥルー・ラバー




 【ヒット&ポール】




 ウエストカタリナ宮殿に或るショコラ枢密院議長の部屋へ、ベンジャミン・ヒット中将が絨毯の敷かれた床を足音を立てて忙しなく歩いて入って来ると、使用人達を部屋から急いで下がらせ、出迎えに扉の近くまで来ていたポール・ショコラ枢密院議長を強く抱き締めた。



 「ポール、会いたかったよ。」

 「ベニー、私もです。」


 ポール・ショコラ枢密院議長とベンジャミン・ヒット中将は抱き合ったまま、互いの顔を見つめ確かめ合うと唇を激しく合わせあった。


 頭頂部が寂しくなってしまった厳つい顔と身体をしたベンジャミン・ヒット中将は49才で花の独身。

 生真面目な牧師に見えるポール・ショコラ枢密院議長は御年45歳で当たり前に未婚で或る。



 ベンジャミンとヒットは、未だカオスで動物園状態だったパブリックスクールで出会い、18歳と14歳の時に永遠の愛を誓い、花も嵐も踏み越えて過ごして来たトゥルー・ラバー(True lover)で或る。

 

 2人が若く純粋な愛を約束し終えた頃、寮から抜け出し酒を飲み、街で暴れる学生を何とかして欲しい、と地元からの陳情を幾度も受けていたアルバート3世は、クリイム歴1720年にパブリックスクールの改善を国教会へ命じた。


 其処で国教会は、寮監制度を作って学生自治の原則で運営されるように成り、クリイム歴1725年厳しい規則と秘密主義で、パブリックスクールは一見すれば規則正しいカオスになった。



 上手くいったことに気を良くした国教会は、動物の織を増やす如くパブリック・スクールの数を増やすことを決定した。





 此の所、リバティ党の方針でバガリーに対しての締め付けが厳しくなり、外で会っても互いに親しい同僚議員としか見られないような接し方をしていたので、愛し合うヒットとポールは触れ合え無くて切なさと恋しさが一入(ひとしお)だった。


 夏に成り、暗闇が訪れない未だ明るい宵のベット・ルームで2人は互いを求め合い、時を惜しんで激しく愛し合っていた。



 

 







               ※※※※※※※※※※



 



【スレイン・クランベル少将】





 此の所、任務先に向かうのが楽しくて仕方が無い。

 兄のスティーブから頼まれて、グリンジットハウスへ敢えてギボンズから見えるようにコーデリア殿下の護衛をしている。

 少し前、フロラル国王のポルテ16世に対して暗殺未遂が起きたので、王位継承者第一位のコーデリア殿下を守れと言う陛下からの勅命である。

 

 リア・アドミラル(海軍少佐)で或る俺が何故にコーデリア殿下の護衛を?って話だが、「陸軍はクローバー州の駐在やら捜査やら大変なので気を利かせた」と陛下は陸軍のヒット中将やベルフ首相の苦虫を噛み潰したような表情の閣僚を無視して明るく話された。

 

 「身内の護衛を頼んだだけだ、気にするな。儂の海軍好きは皆も知っているだろ。はははっ。」

 「「「「「・・・。」」」」」


 陛下の下手な小芝居でコーデリア殿下の護衛を任命されて、俺は厳つく見えない15人の部下を連れてグリンジットハウスへ半数ずつ交代で詰める事に成った。

 厳つくない男たちを選んだのは、俺の配慮である。


 兄もそうだが、議員の皆は伊達男ばかりなので議員達を見慣れているだろうコーデリア殿下たちを想い、見るからに汗臭そうな野郎は排除した。


 俺が船から降りるとき、「若い女性が居る所に自分達ばかり行くなんてズルい。」と、海尉や下士官に言われたが、どの道休暇なので休みを無視して連れて行くと、その内に彼等も「休みたかった。」と言い出すのは分っているから、素知らぬ顔をして置いた。


 色々と批判をされている事の多いヒット中将とベルフ首相であるが、彼等に成ってから新たな船が多く造られているようだし、兄は予算も増えたと話していたからアドミラル本部では評判が良い。

 その増えた予算が重労働の海兵まで行き渡るかは不確定だが。


 ベルフ首相が不評になったのは男色禁止令ってのを改めて発布したからかな。

 俺も、捨て子院から教区の税で養う費用を浮かせる為、差し出された少年たちを夜伽に抱く悪習なぞを無くしたくて、船に乗せるのは禁じられているが娼婦を妻たちとして乗せたりするのを大目に見たりもしたけど、無くなるモノではなかった。


 まあ少年達なら代金を払わなくても良いし、それを楽しみに乗っている奴もいるからね。

 若い頃、海尉に成れた嬉しさと正義感で小型艦だったが、パウダーモンキーの少年達への閨を禁止したら反乱を起こされ掛けて酷い目に遭った事が在った。

 下士官や士官候補生からは、「此れだから金で上がって来た御貴族さまは 」とボヤかれながら反乱を治めて貰った苦い経験が在った。


 その頃は、今のように士官売買がハッキリと幾らと決まって居なかったのだが、見てれば分かるモノで、コネで来た人間と13歳位から士官候補生として船に乗っている人間とは見分けられるので、俺などは遠巻きに見られていたが、スループ艦で74門戦列艦(旗艦)と一緒にその頃良く現れていた海賊船を上手く拿捕できてから、やっと下士官や海兵に認めて貰えた気がする。


 兄は、「どうせ皆は薄々気付いている事なのだし、ハッキリわかっていた方が金を出したい人間も踏ん切りがつくだろう。」と呆気らかんと俺に士官売買法を作った理由を話したが、俺の微妙な気持ちが兄には理解出来ないだろうな。


 

 ベルフ首相や閣僚の皆には理解して貰えないかも知れないが、北カラメルへ行くのも一ヶ月半以上最低でも船に乗っていると、男ばかりだと色々と溜まって来るんだよ。

 密閉された場所で一番平和的なストレス解消が性欲を解放して処理して置くと言うモノ。

 陸軍のように商人が隊列を組んで娼婦を連れて来て呉れないし、嫁や子供も帆船に乗せて行く訳にいかない。(一応、船に女は厳禁)。


 偶に陸軍について来る嫁の中に、隊の風紀を乱して来るのも居るので隊から追い出して、教区送りにするモノもいるようだが。

 洗濯や食事の世話もして呉れる事があると聞いて陸軍を羨ましがっていた奴等も多かった。


 でも陸地(オカ)の戦闘と違って海戦は勝敗の決するのが早い。

 互いに沈みたく無いので、勝敗の度合いを見て艦長が判断し2時間も掛からないと思う。

 まあ、チャーリーの弟ケビン少佐や陛下の息子のクランシー大佐みたいに、艦船を体当たりさせて無理矢理敵艦へ乗り込んで行く、どっちが海賊か判らない血の気の多い艦長もいるけどね。


 其の点カイル大尉は、敵艦が通りそうな海域を読むのが巧くて、彼が居ると拿捕率が上がって助かっていたのだが、攻撃したくないと言う珍しい理由で船を降りてしまった。

 俺が引き止めると「家の借金も返済出来たようなので外科医として人助けをしていきたい。」そうきっぱりとカイル大尉に断られてしまった。


 兄から、「ケビンとカイルの事をくれぐれも宜しく頼む。」と珍しく取引無しに願って来たので、俺も2人の事は気に掛けていたのだ。

 全然似ていない兄弟に思えていたが、さり気なく目下のモノを気に掛ける様子は、「ああ、兄弟だな。」と思えて、俺は結構2人の事を気に入っていた。



 その所為も或るのだろうが、グリンジットハウスへ行き、コーデリア殿下付きの侍女のデイジー・レスタード嬢と挨拶をした時から、俺は好感を持ってしまった。


 柔らかそうな胡桃色の長い髪を器用にサイドアップで纏めて、明るいパールグレーの瞳を生き生きと輝かせて、クルクルとよく変わる表情は見ている俺が楽しかった。

 サンルームで飲み終わった茶器を片付けようとしたり、暇を見つけては庭園でハーブを摘んだりするのを、同僚のグレイス公爵令嬢やリアナ子爵令嬢に見咎められては注意されていた。


 少し首を竦めてキョロキョロと周囲を窺うデイジー嬢の仕草が、まるでアライグマのようで何とも言えず可愛らしいのだ。


 名目はコーデリア殿下を守ることにあるので、日々俺はコーデリア殿下の傍に居るデイジー嬢を愛でていた。


 デイジー嬢と共に居るリアナ子爵令嬢はクランベル伯爵家4世の係累に当たるそうなのだが、クランベル4世って13人も子供がいたのに、そんな係累迄は俺も覚えていられない。

 北カラメルやヨーアン諸国に渡った係累迄も覚えている兄に、俺はとても着いていけなく成る。

 俺は、クランベル家の後継に成らずに済んで良かったと心から思うよ。


 リアナ・ケインズ子爵令嬢が親戚だと兄から言われても、俺にすれば遠くにいる他人と変わらないし、グレイス公爵令嬢とよく似た貴婦人だと感じてしまう。


 一応は俺も昔、24歳まで婚約者がいた。

 クリイム歴1748年に流行ったあの時の風邪は酷いモノで父や兄の妻、そして俺の婚約者だったシャーロットも亡くなり、ブレイスに住む子供や年配者等の命を身分など関係なく奪って行った。


 父は、兄や俺もそうだが日頃交流を持っている57家で出来れば婚姻をさせたかったようで、運よくか悪くか年頃の娘が居たので、父が決めた相手と兄は婚姻し俺は婚約した。

 俺がイラド方面から帰国したら婚姻予定だったが、シャーロットは天原の庭へ導かれていった。

 2度ほどしか顔を会わせていないので、実は余り記憶になかったりもする。


 帰国してからは黒や紫の喪服姿で出会う多くの人々と擦れ違い、厳しかった父が呆気なく居なくなっている事の方が衝撃が多く兄に言われてから、やっとシャーロットの屋敷へとお悔やみの言葉を告げに行ったくらいだ。


 俺が自分の薄情さに自嘲すると兄は「そんなものだよ。」と言って、いつもの綺麗な作り笑顔を浮かべた。


 「息子のスティーブンを産んで呉れていた事にはとても感謝しているけどね。」


 俺は、何処か晴れやかな笑顔をしている兄を、この時は不気味に感じたモノだった。

 まあ、昔から何を考えているか判らない人であったけどね。


 ただ、父が亡くなったのは寂しかったが、俺へ「婚姻しろ」と、父から言われなくなったと思うと有難かった。

 兄も俺に新たな婚姻圧力は掛けて来ないし、此の侭、気儘な独身生活を続けて行こうかと俺は思っていたんだ。



 だが。

 だがしかしだ。




 サンルームでデイジーが落とした髪飾りを拾い上げて、親し気に話し始めた一緒に護衛に就いて居たノーラン海尉を見てると、激しい焦燥感に駆られ俺は思わずデイジーの傍に大股で歩み寄った。



 「単刀直入に言います。デイジー嬢、オレ、いえ、私と婚姻してください。」




 俺が早口でそうデイジーに告げると周囲の音がピタリと途絶えた。



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