ep59 クエスチョン
先月、バカンス前に議会でギリギリまで揉めていたのがフロラル王国とオーニアス=神聖ロマン帝国から来ている移民を受け入れるかどうかなんだけど、クローバー北部の地主たちの陳情で受け入れる事に成った。
(なぜかクローバー州北部での地主達は、ロドニアの社交界で『ジェントリ(郷紳)』と呼ばれない。)
人助け?
いやいや、安価な労働力が激減したクローバー州南部で小作人を急募していただけなんだよな。
数か月前にフロラル王国でポルテ16世の暗殺未遂が起こったらしい。
つっても1人の若者が剣を持ってポルテ16世の乗る馬車目掛けて突っ込んで来ただけなので、周囲を守る兵たちに敢え無く掴まりフルボッコなった。
殺るなら確りと殺れと言う歎きが、ロドニアの社交界で漏れたとか漏れなかったとか。
審問官に取り調べられて若人が話したポルテ16世を襲った理由とは。
彼は「弁護士に成りたかったのに、フロラル王国で新教徒は司法職に就けなかった」からだそうだ。
ちょうどブレイス帝国とは逆バージョンだな。
まあ、此のブレイス帝国は新教徒ってことになっている国教徒って信仰ジャンルだけども。
て、訳で同盟を組んでいるオーニアス=神聖ロマン帝国とも歩調を合わせて新教徒狩り、ついでにガロア人狩りも始めたんだよな。
どうもオーニアス=神聖ロマン帝国の各地でも新教徒と旧教徒のトラブルが相次いでいて、序にガロア教徒の追放も行られた。
歴史が綴られ始めた時代からクリイム教とガロア教の相性は最悪なんだよな。
狩りと言っても前王時代のような虐殺ではなく、捕まえて新たな植民地アルカディアの地へブレイス帝国を真似て放り込むのだけどな。
捕まえた新教徒やガロア教徒の財産や土地建物の没収は余禄って事らしいけど。
俺らも旧教徒側も未だに宗教戦争を引き摺っている。
ブレイス帝国では旧教徒への虐殺を行い、フロラル王国では新教徒の虐殺を行った過去を持つ、2国間の蟠りは根深い。
でもって、捕まる前に同じ新教徒の国ロイセン王国そしてその近辺国やランダル王国に逃れて、一層の事ブレイス帝国へ行こうって海を渡っていらっしゃった。
ロイセンもランダルも其処まで多くの移民を許容出来ないから、仕方なく船を出してブレイスへ送って来るし。
クローバーでは小作人として雇うみたいだけども、逃れて来た人々に農業従事者って少ないと思うんだよな。
商人や職人のような気がするし、恐らく彼等は住むならロドニアかロドニア近郊みたいな街に住みたいのではと推測してしまう。
オーニアス=神聖ロマン帝国やフロラル王国に居る彼等は、新教の中でも『予定説』を大切にしているカルバン派と呼ばれていて商工業者が多い筈なんだよなあ。
一応、ブレイスの国教会はカルバン派寄りだけど、ルローの提唱している聖書絶対主義の純教徒では無い。
まあ、ブレイスで滞在許可を与える前に審査をするようなので、合わなければ労働者が足りない北カメリアに送るらしい。
折角故郷からブレイス帝国へ逃げて来ても、また移民として送られてしまうって、俺は何とも言えない気持ちになった。
※※※※※※※※※※
デロデロにクランベル伯爵から甘やかされた翌日の午後、ロドニアの6月の日差しを受け俺はクランベル伯爵と共に馬車に乗り、ウエストカタリナ宮殿へ向かっている。
クランベル伯爵からギボンズの一件を訊き、「てめぇーギボンズ、コーデリア殿下に何を仕出かして呉れているのだ?」俺は腹立ちまぎれに思わずそう告げてしまった。
「本当に困ったモノだよ。来年に成ればチャーリーと私がローゼブル宮殿に移るコーデリア殿下に就いて上げられるから今回みたいな事をさせないのだけどね。」
「まさかギボンズは、いい歳の癖に幼気なコーデリア殿下を襲う気だったとか?」
「流石のギボンズもノイザン公爵夫人の怒りに触れる様な真似をしないと思うよ、チャーリー。ギボンズがグリンジットハウスで好き勝手に振舞えているのも、次期皇帝になるコーデリア殿下の実母で或るノイザン公爵夫人の庇護が在るからと判っている筈だろうからね。小賢しいことに。」
「しかしコーデリア殿下の顔色が優れなかったと先程クランベル伯爵が仰ったので。俺と話している時コーデリア殿下は、余りギボンズの事は眼中に入れてない様子だったので如何したのかと。」
「恐らくだけどチャーリー、コーデリア殿下が成人を迎えて次期皇帝として正式にローゼブル宮殿へ移られる前に、自分の立場を公に認めさせるようギボンズは迫ったのでは無いかと私は睨んでいるのだよ。きっとコーデリア殿下にギボンズは碌でも無い話をしたのだろう。」
「そんな事が許されるわけ無いだろう。いや、無いでしょう。」
「ふふっ、いつもの調子で話して良いよ、チャーリー。」
「は、はい、済みません、クランベル伯爵。コーデリア殿下にどんな話をされたにせよ、陛下や議会がギボンズをそんな立場にするのを許しはしないでしょう。」
「普通はそうなんだけどギボンズの所へ通っていた元リバティ党のウルフ・カーン議員と話した時、言っていたのだよ。コーデリア殿下が自分の言う事を聞かざるを得ないカードを持って居るとギボンズがカーン氏に自慢げに話してたそうなんだ。」
「はっ?何です其れ?って、言うかウルフ・カーンって騒乱罪で指名手配に成って居たでしょう?クランベル伯爵は良く会う事が出来ましたね。」
「まあ、クローバー州とノルディック王国の事は私も気に掛けていたからね。チャーリーも陛下のご子息たちの事で、此れからも北カラメルの植民地政策には多少なりとも関わって行くだろうから話して於くと、カーン氏をノバポルテ植民地領へと逃がしたのだよ。その話は今夜にでもして置こう。」
そう言って、向かいの席に座るクランベル伯爵は明るい翠の瞳を細めて、綺麗な笑顔を俺に向けた。
そのカードが何であるのかはギボンズもカーンに教えなかった、とクランベル伯爵は話す。
ギボンズもそう簡単に手の内を見せないか。
今回クローバー州での選挙運動で中心的な活動をして指名手配になっているウルフ・カーン元議員と七名のリバティ党革新派議員たちにギボンズは可成りの資金援助をしていたようだ。
ルドア帝国の駐在員を彼等に紹介したのもギボンズらしい。
如何にもクローバー民らしい、ギボンズの濃いグレーの髪とグレーの瞳。
俺はギボンズが故郷の為に動いていたのか!と一瞬思ってしまった。
だがしかし、待てよ?
其の資金援助の金って殆どアリシア妃殿下の資産を横流しをしていただけだろ、ギボンズ。
矢張り、碌でも無い。
そして俺はフリップを想った。
訪れたことも無いノルディック王国の兵士たちの待遇改善する為、希望する隊へ行けるよう努力して中佐に成ったフリップとギボンズでは、行いが何と違うことか。
国として独立する為のダイナミックな活動には、資金の方が重要だと思うけども、「なんだかなぁ。」と俺は考えてしまう。
王族から独立資金を貰っちゃおう、とギボンズなりに考えたのかなあ。
でも、世間を良く知らない未通女いアリシア妃殿下を手玉に取って、金だけじゃなく身体を奪ったのは人として駄目だろう、と感じる俺は甘いのかな。
クランベル伯爵と共に動くようになってから、俺の善悪のラインは可成り曖昧になって来つつ在るけども、なんかギボンズの遣り方は苦手だ。
ギボンズに不快感を持ってしまうのは、俺が妹みたいに感じて幼い頃から、そっと励ましていたコーデリア殿下を悩ませているだけでは無くて、顔色が悪くなる程に苦しめていると、クランベル伯爵から報された所為かも知れない。
アクアブルーの瞳を真っ直ぐに向けて懸命に王に成ろうと努力している少女に、不要なハードルと負荷を与える諄い顔のオッサンへ、俺は素直に腹を立てていた。
そんな俺を宥める様に馬車を降りたからクランベル伯爵は背中を軽く叩いた。
「どうどう」って、俺は馬じゃないっすよ、クランベル伯爵。
ウエストカタリナ宮殿はバカンスシーズンな所為もあり、人口密度が少なく静かだった。
迷うこと間違いなしのだだっ広い一階は、庶民院と貴族院が中央ホールを挟み北と南に分れて設けられ、様々な省庁を監督する部署と議員に報告する部署の部屋があり、法案作成の為の委員会会議室、舞踏室や音楽ホール、美術室、迎賓室などなど、案内して呉れるポーター頼みの1階から広い階段を上がれば、式典や招待客を持て成す大広間や広間の他に、キングスエリアやらクイーンズエリアと言うロイヤルな区画と分離され、千数百と言う部屋も或るのだけど、貴族議員に金を使わせる目的でアルバート4世が用意した滞在部屋だったりする。
各貴族議員に部屋を用意して、部屋のメンテは自分らでヤレよ、と言うアルバート4世の我儘仕様で或る。
当初は、貴族議員の奥方たちが如何にして自分達の部屋を良く見せるかと凌ぎを削ったモノだけど、肝心のアルバート4世は、全く此のウエストカタリナ宮殿へ訪れないし、海外の賓客や式典はローゼブル宮殿で行われてしまい、今や庶民議員へ有料で貸し出している始末。
元々タウンハウスも2~5軒を持っている人達だからさ。
快適な場所へと移るし、俺みたいに議員活動していない貴族も結構いるんだよね。
俺もウェートン校で同級生だったライノート議員へ貸し出し中で或る。
だって、部屋の飾り付けや掃除って強制的に貸し出された人間持ちなんだぜ?
俺なんて最初から要らないってアルバート4世に言ったのに「まあ、チャールズはロハで良いよ。」って押し付けられたと思ったらポックリ逝ってしまって、その後にアルバート5世陛下に成ったら、「確り自腹で管理しろ。」なんだよ。
早々に、俺は金持ちのライノート議員へ押し付けた。
世の中、バッサバッサと金を使わない俺みたいな似非貴族も居るって事だ。
こういう点が、日頃は質素倹約を旨としているアルバート5世陛下に俺が気に入られている理由なのでは?と推測しているんだけども。
で、王爾尚書も当然俺一人では無く、他に3人居る訳で日々、ウエストカタリナ宮殿へ通わなくても良いのだけども、アルバート5世陛下からお召しされるので或る。
「此の寂しん坊めっ!」
不敬な事にそう呟いてから、アルバート5世陛下の元へと俺は行くので或る。
まあ、今日は一緒にクランベル伯爵もいるので呟けないけどね。
今日、クランベル伯爵と一緒にウエストカタリナ宮殿へ訪れたのは、なんとアルバート5世陛下がおめでたなんだよ。
勿論、アデル皇后がだよ。
順調に行けば来月に出産されるそうだ。
67歳でも嫁さんが若いと頑張れるんだなあ。と武人然としている凛々しい白髭のアルバート5世陛下の容姿を思い浮かべて感心していた。
それでアデル皇后の希望で今回は静かな状況で出産をしたいとの事なので、クランベル伯爵とグレース公爵夫人とアルバート5世陛下とで今後の事や人員の話し合いなのだそうだけど、俺って必要なのかなと思っている訳なんだけども。
良く考えたら行きの馬車の中で、ローゼブル宮殿へコーデリア殿下が行く時は俺も、とか何とかクランベル伯爵が話して居たような?いなかったような?
アレ?
もしコーデリア殿下に俺が就いて行くとしたら、いつまでなのだろう。
現在17歳のコーデリア殿下。
そして俺が33歳。
あれ、アレレ?
20年経ってもコーデリア殿下は、37歳だよね。
つうか、俺は20年も宮廷暮しとかしたく無いんですけども、クランベル伯爵。
俺は、歩きながらクランベル伯爵に『アンサー』は欲しくは無いけども、念の為に『クエスチョン』投げ掛けた。
クランベル伯爵は、とても素敵な笑顔で俺にアンサーを呉れた。
「無理っす!!」
俺は悲鳴のような声で叫んでいた。




