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ep58 バガリー法




 

 クランベル伯爵に首の手当てをして貰った後、俺は朱く長い座り心地の良いソファーへ座った侭、クランベル伯爵が伸ばした左腕に引き寄せられ、肩を左の掌で優しく撫でられていた。


 陽が沈みこむと未だ肌寒さが残る夏の初めの宵の口。

 クランベル伯爵の腕の中は暖かく背中を包む温もりが、首元のカラーを開いて冷えて来ていた俺の身体を温めてくれていた。



 如何してクランベル伯爵は俺にこんなにも優しいのだろうか。

 甘い甘いクランベル伯爵の声に包まれて、俺は胸の奥が熱くなって、少し泣きたくなった。


 

 クランベル伯爵は別に俺の身体を求めるでもなく、唯々(ただただ)優しく俺を甘やして呉れていた。





 此の所、俺の情緒が乱れやすいのは、カタベル大主教の名を聴くことが多く成ったからだろうな。


 カタベル大主教は俺が死ぬまで封印を施して置きたかった奴で、俺のバージンを奪った碌でも無い野郎である。

 俺が13歳で知り合った時、カタベル大主教はダリウス・コーパス司祭と名乗り、ウェートン校の名誉理事を遣っていた。

 ホントは、只のショタコン食いの生臭坊主で或る。


 アルバート5世が即位し、新たなカタベル大主教としてダリウスのオッサンが紹介される迄、俺はダリウス・コーパス司祭がアルバート2世の孫なんて知らなかったからね。

 俺を開発しまくって2年後に司祭長に栄転してウェートン校を去って行ってから、俺は脳内から、綺麗さっぱりダリウスのオッサンの存在を消去していた。

 

 オッサンが消えてからも俺の封印事項は続いて1人部屋に移れる17歳の上級生になる迄は、パープル寮の寮監の寮弟と言う名の紐付き下僕に俺は2年間ほど命じられていた。


 俺は寮監の息抜き兼他の5つの寮監たちに見せるアクセサリーだったけど、それはそれでフットボールの度に、脳筋バカどもから圧死させられかけている俺の身を守る手段の1つとして割り切った。

 だって逆らえないし、逃げ出せない状況で考えても意味がないからな。


 寮監たちには、6つの寮監が集って寮や学校運営について検討するミーティングルームを学校側から与えられているのだけども、彼等の機嫌を取るべく擦り寄って来る学生達もウンザリするほど其処に居て、俺は上流階級に住まう子弟たちの社交術は半端ないな、って真似の出来ない言動を取る彼等へ、身分の壁を感じたモノだ。

 微塵も憧れはしなかったけどね。




 スクールに寄って違うらしいけど俺が通っていたウェートン校では、貴族やジェントリの子弟を毎年12人~24人の新入生を受け入れ、12人以下だとミドル階級の家からも子弟を受け入れる。


 大元は旧教時代に聖職者を育てる為、作っていたモノだった。

 その内に貴族家の2男・3男を司祭にしたいと言う親達の希望で、教会へ放り込んでいたのが始まり。

 司祭にさせると後継者争いとか起き難くなるから、お家騒動防止の為。

 後は親達が教区の影響力を欲した為。



 そして国教会に成って時代を経ると力を得たジェントリの子弟も入り、聖職者の教師より身分が高い暴れん坊な脳筋バカたちも現れて、厳格なルールは無視され野生の王国へとなってしまった。

 

 そこで、学生達より身分の低い聖職者の教師が監督せず済む様に、各寮の最高学年の寮監たちへ権限を渡し、暴れん坊な寮生を監督させたとさ。

 でもって体力が有り余っている脳筋バカ共にフットボールやクリケットを遣らせて聖職者たちが暴れん坊のお守から解放されましたとさ。


 俺が通う頃には、いつの間にか寮やスクールで起きた事はシークレット案件に成り、寮の事は寮生のみで解決して行くルールも完成されていた。


 専属のチューターを雇うよりは安上がりなので、嫡男以外が放りこまれると言う図式だ。

 


 でも要領のいい奴は適当に寮監に可愛がられていたりして、皆は此処で他人を使って己の望む結果を得れるように社交を学習していく。



 身分の低い俺が運悪くパブリック・スクールに入れたのって、父さんの知人だったニューラン牧師や牧師を遣っていた祖父さんの所為だと思ている。


 俺は、あんな腐っている場所に弟達を行かせたく無くて、実はパブリック・スクールは脳筋養成所で或る事を必死に父へと語り、なんとかカイルたちをプライベート・スクールへと行かせる事に成功した。


 間違っても男色養成所だなんて父さんには、打ち明けられなかったからなあ。



 毎週土曜日に自主的に寮対抗試合するってドレだけ精力有り余ってるんだよって話だ。



 そしてやっと休みだとシーズン中に家に戻ると、父から手伝わされるのは、壮絶な被害を受けているウルダ人奴隷の報告書を纏める事だった。


 外(寮内)も、内(家)も、どちらも地獄だったよな。



 こうして俺の青春は死ぬまで封印すべき過去と為ったのだ。



 だがしかし此の所、マックス8世に出されて死蔵していたかに見えた男色法が復活して来た。

 いや、バガリー法が無くなっていたわけじゃ無いから、復活は可笑しいか。

 法的には廃止されてないから生きていたんだし、男色は死罪の侭だったし。


 でも、そうなるとウェートン校の卒業生は、約1割くらいは死罪に成るのでは無いだろうか?

 された方も罪になるなら、俺もヤバくね?

 まあ、カタベル大主教は、俺的に死罪で良いけどな。


 って、なる訳無いか、、、クソッ!忌々しい。



 先頃、バガリー法で処刑されたのも、著名な哲学者だったけど一般人だったしな。


 ベルフ首相が、と言うよりもベルフ内閣の腐敗政治ぶりが、反リバティ党側の新聞や書籍に書かれたり、故アイスエッジ首相と同じで『コート政治』(閑職利用)を行い重税を課している、ってな批判にさらされている。


 そして、『ロイセン王国とオーニアス=神聖ロマン帝国との参戦するべきでは無かった』とか、『ロイセン王国へ渡した戦費の提供は癒着があったからだ』等と書かれた挙句に、悪徳議員を皮肉ったコミカルな演劇も大好評で、劇の終盤で池に落とされる悪徳議員は誰が見てもベルフ首相だ!と、絶賛されたりしていた。


 辛辣な批評家でも有名だった処刑された哲学者は、圧政を強いたクローム将軍と同じ道を辿って居る、とベルフ首相の言動へ警鐘を鳴らす論文を発表したりして、知識人から賛同を得ていた。


 その彼が参加していたソドミアン・クラブは、詩作や文学を語り合うクラブと公称して居たけども、知る人ぞ知るバガリー(男色)達の出会いの場であった。

 どうもベルフ首相から、ソドミアン・クラブは内定されていたようだ。


 で、改めてバガリー(男色)法をパブや珈琲ハウスで発表し直して、裁判後に処刑されてしまった。


 そのクラブに所属していた劇作家や思想家の方々も、現在は収監されている。



 バッシングされているのは、まあ、ベルフ首相が戦費が嵩み調達した国債償還の為、増税したからなんだよね。


 シュレン地方を巡ってのオーニアス戦や北カラメルでフロラル王国とエスニア帝国とも戦って、クローバー王国でも戦って戦費も半端ないし、軍駐留費も馬鹿に成らない。

 おまけに密貿易取り締まりでアドミラルを動かす費用も馬鹿に成らない。


 つう訳で、石炭にも更に増税し、リンゴ酒やエールにも増税し、砂糖税等々への間接税の種類も増やし、今回は直接税である土地税も徴収することを議会へ諮っているので反発が大きい。


 土地税は3年間だけ増やすだけだ、と大蔵卿は説明しているのだけど、消費税と言う間接税もクローム将軍の時に一回だけだと言って議会を通したけども、まあ次々と課税品目が増えて恒久税化してるから、信用される訳もない。


 議会でも噂を元に質疑されて、ベルフ首相もご立腹。


 そう言う訳でベルフ首相は、改めて綱紀粛正の名を借りて、世俗を乱す男色を厳しく取り締まることにしたみたいだ。


 ロドニアに出来ていたモーリー・ハウスも慌てて閉められている。

 モーリー・ハウスは女装した男性が、淑女の言葉や仕草で過ごしている居るファンタジックゾーン。

 紳士たちは、モーリーたち(女装の麗人?)と接する時、淑女と同じ様な応対を求められる。


 此処では、バガリー同士で婚姻式を上げたりもしている。




 俺って此の時は知らなかったけど、閉められたモーリー・ハウスへ、実は末弟のアランが通っていたと言う話だ。




  聖書、コリントの信徒への手紙では男色は罪で或る、と、記されている。



 パブで配られていたチラシに書かれていたけども。

 そうなんだけどね。

 でも、実情と合って居ないと言うか、まあ、信仰的に本来は聖書へ俺達が合わせなくてはならないのだろうけど、でもだよ?


 パブリック・スクールで男色を増殖させて、軍でも盛んで、カイルの話を思い出すと「軍船では必要悪なんだよな」って、パウダー・モンキー(少年の雑用係)の存在も認めたく無いけど、許容してたりもしていた。



 許される男色と許されない男色。




 結局は、エロい人に逆らったら処刑されるよ?ってコトかな。






 俺は、クランベル伯爵の暖かな胸に凭れて、髪を撫でる柔らかなクランベル伯爵の手の動きで、心地良くなって来て、瞼を閉じていた。

 何故、クランベル伯爵はこんなにも優しくて俺に甘いのだろう。


 俺とは取引だとクランベル伯爵は話していたけど、一方的に与えられてばかりだ。




 ふと俺は、クランベル伯爵と出逢った頃を思い出していた。









  クロック大学3年を過ぎた頃、父が病で倒れ、叔父に任せていた商会は多くの負債を抱えて、叔父は行方不明に成り、体調を崩した父と5人の弟妹がいた嫡男の俺は四の五の言っていられなくなり、クランベル伯爵が差し出した藁しべに縋ることにした。



 ソレが間違いだと言われても、同じ状況ならば俺は、きっと同じようにクランベル伯爵の差し出す手を取るんだろうなと、「イエス」と彼の藁しべに縋った当時を想い返していた。



 

 俺は、回されていたクランベル伯爵の左手に自分の右手を重ねて「有難う御座います。」と呟いた。













              ※※※※※※※※※※






【コーデリア皇女】





 グリンジットハウスのドローイングルームで私は母と午後の紅茶を飲んでいた。



 あの夜から、リアナやデイジーやグレイスが時々心配そうな顔で、私の様子を窺っているのを感じていた。


 そして暫くすると、アルバート5世伯父さまから呼び出されデイジーとリアナと一緒にロイヤルエリアの執務室を訪ねると、クランベル伯爵達と共に私を待っていた。

 単刀直入にギボンズの事を尋ねられたが、事情を話す訳にも行かず、息苦しい時を過ごして私はアルバート5世伯父さまの前から辞して執務室を出た。


 母に父を殺したのか?


 そう尋ねるのが私は恐ろしかった。

 「馬鹿な!」と一笑に伏してくれたら良いけれど、「そうよ。」と、答えられたら、私はどうすれば良いのだろう。


 私自身は生れて数か月くらいだから、父の記憶は全くなく浪費家の碌でも無い第四皇子だったっとしか聞かされた事のない人だけど、アルバート5世伯父さまに取っては弟で、ノーヴァ家の直系に当たる王族なのだ。


 事実で在っても無くてもギボンズの言う通り、それらしい噂として表に流れたら大変なことに成ってしまう。

 私がギボンズの子供だと言う噂が流れた後、私の異父兄に成る兄は、母とギボンズの関係を批判し、アルバート3世お祖父様の弟にあたる親族の方々に、王位を継ぐのは相応しくないと庶民院で提案される羽目になった。


 私の金の髪と青の瞳は、代々アルバート家の血筋であるとクランベル伯爵を始めとして証言して下さる方が多かったから、なんとか騒動が収まったけど、母の血が僅かでも濃かったら、ずっと疑義を呈された侭で過ごさねば成らなかったかと思うとゾッとする。


 私に貞淑さを求めるより母は自分の行いを謹んで欲しい。


 機嫌よく喋っていた母が時計を見て、私の傍に付いていたデイジーとグレイスに席を外すように素っ気なく命じた。


 「お母様?」

 「ふふっ、大事な話ですから部外者には出て行って貰います。」


 そう言葉を放つと母は鋭い視線をデイジーとグレイスに向けた。

 2人は不安そうな顔をして私を見てから、お辞儀をした後、静かにドローイングルームから出て行った。


 デイジーとグレイスと入れ替わるように口元に笑顔を浮かべたギボンズが屋敷の主かのような鷹揚な仕草でドローイングルームへと入って来て、デイジーの言う所の鼻詰まりを拗らせたような声で、母の右隣りに或るピンクの薔薇をあしらったソファーへ座り、母に挨拶をし耳元で話し始めた。



 「まあ、それは素敵だわ。コーデリア、ギボンズに宰相を頼んだのですって?素晴らしいわ。大変だと思うけど、コーデリアの事をお願いね。ギボンズ。」

 「なっ!」


 「勿論ですとも。ルイーズとコーデリアの為に身命を賭して頑張らせて頂きましょう。賢きコーデリアさまなら、しっかりワタシと此のブレイス帝国を治めて行く努力をされるでしょう。ねえ?コーデリアさま。」



 ああ、ギボンズは母や此の屋敷に詰めている女官たちに手を回していたのだ。

 リアナやデイジーやグレイスが私から離れない様子を侍女たちから訊いて、母と協力して私から言質を取る心算なのだろう。


 アルバート5世伯父さまの元から私が戻って来ても、ギボンズへ誰も事情聴取に訪ねて来ないから、私が何も話せていないと見透かされてしまったのね。


 だって、苛だしくて苦手な言動の多い母だけど、生れた時からずっと一緒に暮らしてきた人なのよ。

 その母が犯したかも知れない罪を、私は暴くコト等したくない。

 まして其れを他人に知られて、母を追い詰められる姿など考えたくない。


 それに我が国は他の国々と違い議会制だわ。

 アルバート3世お祖父さまも4世伯父さまも、自分達が遣りたい事を制限され過ぎる議会を変えようとして苦労されたと、伯父さまが亡くなる前に教えて下さった。

 ならば、ギボンズが宰相を名乗ったとしても有名無実化するか、議会から排除されるかでしょう。


 どの道、いずれギボンズでなくとも私を利用しようとする人間が現れる。


 私は、それまでに対応を取れるようにしておかなければ。

 今の侭では駄目ね。

 イザと言う時にクランベル伯爵とチャーリーとの距離が遠過ぎて相談が出来ないわ。

 でも、その前にギボンズには言って於かないと。



 「そうね、頼みました。ギボンズ。それと私を呼び捨てにすることは赦しません。貴方はあくまでも臣下です。忘れないように。後、アルバート5世伯父さまはギボンズが宰相になるのを許さないと思いますわ。陛下の命令は絶対ですからね、ギボンズ。」


 「別に陛下が元気な内に知らせる必要はありませんよ、コーデリアさま。ワタシが見るに元気な様子を見せていますが、余り体調は宜しくないみたいですからな。」


 「ふふっ、あの五月蠅い締り屋の陛下が居なく為れば、私のストレスも殆ど消えるわ。」


 「お母様っ!」


 「まあまあ、ですから陛下には内密に。コーデリアさま。そうそう、あの3人組に下手な事を漏らさない方が良いですよ。ワタシも若いお嬢様方が事故に遭われるような不幸は望みませんから。」


 「、、、分ったわ、ギボンズ。」



 私はそう答えて口の中に広がる不快な苦味で眉間に皴が寄って行くのを感じていた。

 ギボンズは運ばれて来た珈琲を手に取り、美味しそうに飲みながら母と談笑を始めた。


 ドローイングルームから見える窓の外は明るい光に満ちていて、此の淀んだ部屋にいる私の心に広がるシミをより一層に黒くさせた。



 チャーリー、貴方の綺麗な笑顔を見たいわ。

 

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