ep57 チャールズ・クオリティー
【クランベル伯爵】
私がキースに、チャーリーの行方を尋ねると朝早くフリップ大佐のタウンハウスへ出掛けた、と答えた。
『逃げたな、チャーリー』
私は舌打ちをして、逃げ出したチャーリーの美しい顔を思い浮かべた。
余り此のタウンハウスで茶会などを催さない私が何の為に社交シーズンとは言え、ガーデン・パーティーを開いて居ると思っているのだ。
私の勝手な願いではあるが、チャーリーへ再来年には18歳に成る息子のスティーブンと仲良くして貰いたい、と考えての事なのだ。
チャーリーは面倒な事を厭うが、コーデリア殿下と接する態度を見れば分かる通り、一度情を持った相手に対しては真摯に向き合い動いて呉れる。
本人は認めないが、有能なチャーリーが就いて居て呉れていれば、スティーブンの心強い相談相手に為って呉れるだろうと考えての事なのだ。
例え、スティーブンが父や私とは違う決断をしたとしても、親しく成って居ればチャーリーはスティーブンにも、コーデリア殿下と同じ様に寄り添ってくれるような気がするのだ。
いつの間にかチャーリーへ多くを願い過ぎてしまう自分に私は自嘲した。
13歳に成ったスティーブンに、私はクランベル家史の書物を与えて、18歳で成人を迎えるまでに読み終えるよう命じていた。
そして、成人を迎える儀式の前にスティーブンは何を目指して生きるのか決断した事を私へと誓わせる。
私も父も祖父も恐らく3代目から続けて来たクランベル家の当主に為るモノへの覚悟を図る儀式。
それを終えて国王陛下へ嫡男としての儀礼用爵位を名乗る許しを得るのだ。
クランベル家史の書物を読み始めてからスティーブンは眉間に皴を寄せて不愛想な少年に成った、とシーズン中にロドニアに来る母から報告と一緒に嘆きの愚痴を聞かされる。
今もそうだが、母の傍に居ても不機嫌そうな仏頂面で突っ立ってるだけで、母がゲストを持て成しているのに、スティーブンは全く社交の役に立っていない。
私が、「せめて口の両端を上げて微笑んでいるフリくらいしなさい」と、スティーブンに注意したのだが効き目はないようだ。
ちょうど、アドミラルに勤めている弟のスレインがロドニアに戻って来ていたので、呼んで於いて良かった。
招いた23組の夫婦達ゲストを母一人に任せるのは忍びないと思っていたのだ。
私は、中座しなければ成らなった為、ゲストたちの様子を伺いつつ、先程キースから届いた報告に軽く苛立ちを覚えていた。
グリンジットハウスでコーデリア殿下に就けていたリアナの侍女からの手紙で、ギボンズが1人で深夜コーデリア殿下の寝所へ訪れていたと言うモノだった。
顔色を悪くしていたコーデリア殿下の状況と母親であるノイザン公爵夫人は眠りクスリで眠らされていた事を侍女から渡されたリアナの手紙で知ると、私は悪い予感しか起きなかった。
私は笑みを作りながら、スレインの元へ近寄り、ウエストカタリナ宮殿へ向かう事を告げ、茶会の続きを任せて、準備の為に邸内へキースと共に足早に戻った。
私の沈む心とは裏腹に草木に明るい光を注ぎ、緑を帯びた青い初夏の空は、一昨日の霧雨のお陰でクリアに澄んでいた。
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【デイジー・レスタード】
私とグレイスをコーデリア殿下の事で相談があると言って、自分の部屋に呼びリアナは低く小さな声で話した。
「絶対に秘密よ。デイジーはお兄さまのチャールズ伯爵にも話しては駄目よ。グレイスはお母様のグレース女官長にも。」
「ええ、分ったわ、リアナ。」
「勿論、兄に秘密にするわ、リアナ。」
「実は昨晩遅くに、ノイザン公爵夫人の部屋にいる護衛の人が何時もと違うから、可笑しいと思って扉から離して、コーデリア殿下の寝室へ行くとギボンズが居たの。」
「「嘘っ!」」
「しっ、2人共、声。」
「御免、リアナ」
「御免なさい。」
「ギボンズを追い払った後、コーデリア殿下に話を聴いても何でもないと言うばかりで、余りしつこく聞いても失礼にあたるし、深夜でもあったから結局は事情を聴けない侭だったのよ。だから、念の為にギボンズとは、2人きりにさせないようにしたいの。グレイス、デイジー、協力してくれるかしら?」
「ええ。」
「当たり前だわ、リアナ。」
それから、他の使用人の耳もあるから、この話は3人で居る時だけ其々の部屋でしようと言う事に成った。
コーデリア殿下は、来年に為ればヒステリックで我儘なノイザン公爵夫人とも離れ、荘厳なローゼブル宮殿へ引っ越せることに成っているのに、ギボンズみたいなオジサンと変な噂でも母娘で立てられたら堪らない。
チャーリー兄さんには、ギボンズがモテるのは当たり前みたいに揶揄って話したけど、マッチョなオジさんて私からすればゲロゲロなのよね。
他の女官の人達にはセクシーに見えて、声も耳の奥を擽る様で最高らしい。
そう?
私には、鼻が詰まっただけの風邪引き声に聴こえて良さが全く判らない。
コーデリア殿下にコッソリとそう耳打ちすると。笑いを無理矢理堪えて扇で口元を隠し、小さな肩を震わせていた。
しかし、あの海千山千のオジサンが純真なコーデリア殿下の寝所へ行くなんて、私は許せないんですけども。
アリシア妃殿下の資産も可成り使い込んでいたらしいのに、罰されないなんて何かが間違っている気がするわ。
まあ、此のグリンジットハウスは、間違っている事だらけな気もするけどね。
そもそも私の賃金が高過ぎるし、毎年昇給するって可笑しい。
リアナやグレイスにその事を言うと、2人共幾ら貰っているか知らないと言うの。
流石は真正の貴族令嬢です。
お家の為に来ている貴族の子女なだけはあります。
私は勿論、婚姻先探しも或るけど、ゼニの為でもある。
亡くなったエルザ姉さんと実家に居た時は、婚姻出来なかった時の為にって、母さんに内緒でコッソリとリリーから家事を教えて貰って居た。
案外、日々を過ごすのにお金が掛かるのに貰える賃金が少ないのよね。
リリーはレスタード家の賃金が高くて、自分達は運がいいって笑っていた。
今はハウスキーパーに成れたので随分上がったけど、メイドの時は週給8シリングで見習いは4シリング程度だったとか。
でも住込みだから食費と住居費は浮くので街の職人たちよりは実質賃金は良いそうだ。
ロドニアでは、一般の職人は週給約15シリングくらいで、田舎の方へ行くほど安くなって、7シリング辺り。
熟練工はもっと高額らしい。
チャーリー兄さんがカパカパ飲んで居る安めの珈琲豆は約450gで約23シリングなのよね。
だから実家では、昔ながらのハーブティーなの。
そう思って節約しているのに、砂糖貰ったって言ってハーブ・ティーに砂糖や蜂蜜を入れちゃうのが、チャーリー兄さんクオリティ。
まあ、キャンディーが美味しいのは私も認めるけども。
リアナから話しが合った日からコーデリア殿下は元気が無くて顔色も優れない。
私は思わず、チャーリー兄さんのキャンディーをコーデリア殿下の口へ放り込んであげたくなった。
コーデリア殿下の食欲が戻らない侭なら、此の週末、久々にチャーリー兄さんの所へ訪ねて行こうかしら?
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【ジーンとアール】
クランベル伯爵邸の書斎で仮免チャールズのクラバットを外して、シャツのカラーを開き、擦れて赤くなった白い項へ綺麗な形の掌を当て、翠の瞳を不安そうに揺らして文字通り手当をしている俺の真マス『=真の主人』のクランベル伯爵。
「痛く無いから大丈夫ですよ、クランベル伯爵。サクっとフリップに落とされただけだから、別に痛くないし。ふふ、それにクランベル伯爵の手が余りにも優しく俺の首筋を撫でるから擽ったい。」
「しかし、折角の白い肌に痕が残って仕舞わないかと思うと私は心配だよ、チャーリー。もう直ぐ赤く成っている場所に薬を全て塗り終わるから、辛抱してくれるかい?」
「済みません。有難うございます。あははっ、クランベル伯爵の息が首に掛かって擽ったい。」
「ほら、じっとして、チャーリー。それ以上動くと、もっと首元へ息を吹きかけるよ。」
オレンジ色のランタンの灯りに照らされて、3人掛け用の朱いソファーで、仮免チャールズと真マス『=真の主人』のクランベル伯爵がミッチリ密着して顔を寄せて戯れていた。
俺は隣りに立つ先輩アールと目を合わせて頷き、静かに奥の扉を開けて使用人控室へと退散した。
此の儘、最低2時間は書斎で仮免チャールズとクランベル伯爵とのイチャラブが続くだろう。
「はぁー、ジーンは何でフリップ様から落とされた報告なんてクランベル伯爵様にするんだよ。8割位は本気で心配してるけど、2割はノリノリだからな、アレ。クランベル伯爵様がヤバイ一線を超えたら、如何するんだよ、ジーン。」
「遂な。フリップさまが余りにも可哀想で、気絶したチャールズさまの手の甲へキスするのを許しちゃったんだよな。それで、クランベル伯爵様に申し訳ないなーって思ってたら、チャールズさまが落とされた報告してしまっていた。」
俺は、アール先輩に仮免チャールズが大きな蜂蜜色の瞳を潤ませて、桜色の唇を尖らし誘い受けをしている表情で、フリップを見ていた様子を伝えた。
あんな仕草や表情を惚れた女にされたら俺なら絶対に唇を奪ってる。
理性で想いを抑え付けるフリップの精神力の強さに感心しつつも、遣り切れない切なさに俺は憐れみを禁じ得ない。
それにしても此の仮免チャールズ・クオリティーの破壊力よ。
クランベル伯爵様がクラバットを外す時も「恥ずかしい」と言って、潤んだシトリンのような瞳を切なげに伏せるから、思わず伯爵様の手が止まっただろう。
アレってクランベル伯爵様も欲望と理性の狭間で戦っていたのだと思う。
「なんだろうな、あのチャールズ様のピンポイントで、クランベル伯爵様のハートを打ち抜いて行く感じは。クランベル伯爵様は今日、ウエストカタリナ宮殿から戻られギボンズの事で溜息ばかり吐いていたのに、チャールズ様が帰宅されて書斎に来られるとあの調子になるし。」
「えっ?ギボンズが何か遣らかしたのか?アール先輩。」
「ああ、コーデリア殿下の寝所へ深夜に現れていたらしいよ、ジーン。」
「それって一大事じゃないか。アリシア妃殿下みたいに何処かへ嫁にとか出せないし、俺みたいに生まれも定かじゃないギボンズが相手とか駄目だろう?アール先輩。」
「まあ、そっちは大丈夫らしい。コーデリア殿下はギボンズが苦手みたいだよ。念の為に、リアナ嬢とグレイス嬢に就けている侍女にメイドも紛れ込ませたらしい。あそこは呆れる位メイドの人数が多いから、こういう時に楽だよな。ギボンズ達も下働きには興味が無いみたいだし。リアナたちは未来の女王の貞操は是が非でも守る構えだよ、ジーン。」
「そうか。クランベル伯爵さまは王家を守る事を何よりも考えているものな。て、言ってもさっきの様子を見ていると怪しく感じてしまうけどね。何で普段は冷静なのに、チャールズさまが絡むとヘナヘナになってしまうのかと。」
「本当にな、ジーン。先週、ラムズ川の小島に或る処刑場でバガリー法(バガリー=男色)に寄って啓蒙思想の哲学者が処刑されただろ。クランベル伯爵様の事だから外では気を付けていると思うけど、足元を掬われ無いかと心配になる。今夜のトロリとしたクランベル伯爵様の表情を見ていたら特に。」
「其処ら辺は大丈夫だと思う。クランベル伯爵さまは、男色で無くてチャールズ中毒なだけだから。それに書斎でだけだしね、気儘に触れ合っているのは。書斎で傍に置くのも俺やアール先輩、キース氏たちでクランベル伯爵さま付の従者ばかりだしな、はあ、それにしてもチャールズ、、、、、さまは、全く。クランベル伯爵さまを誘ってるよな?アレ。」
「ジーン、もう呼び捨てで良いよ。仮免チャールズで。アレで誘ってないとかは、認めない。」
俺は、アール先輩と男に生れて来た事が間違いである仮免チャールズについて、熱く語り合っていた。
なんとなくね。
軽口でも言ってないと俺とアール先輩も仮免チャールズに取り込まれそうで怖いんだよなー。




