ep51 ウィッグの乱
【コーデリア皇女】
ウエストカタリナ宮殿のクィーンズチェンバールームで、アルバート5世伯父さまが白い髭を揺らして笑いながら、アデル皇后さまと私へ朗らかな声で話しかけてきている。
「チャールズの始めたレイチェル・コレッジが国教会で評判が良くて、13歳から子女を受け入れる修道院を作るそうだよ、2人とも。」
「まあでも陛下、コレッジは未だ始まっても居ないでしょう。入寮者が決まっただけで。」
「レイチェル・コレッジはアルバート4世伯父さまがロイヤル・パークを作られて使用していないパレスが在ったから利用が出来たとチャーリーは話していたわ。それほど直ぐ新たに出来るモノなのかしら?」
「元々、話はあったのだよ、コーデリア。カヴァネンスに不埒な行為を働く夫が多くて、夫人達から何か対策は無いかとアデルに良く相談を持ち込まれていてね。まあ、流石に議会へ諮る問題でも無いしな。カタベル大主教が今回の寄付金額を聴いて、丁度いいと考えたそうだ。改修費の寄付金が足りなくて、放置されている元修道院も在るそうだし、利用が出来るとエゲツなく笑ってたよ。尤も少女たちを清く正しく教育出来る方法を以前からカタベル大主教も考えていたらしい。」
「カタベル大主教様は、男子のパブリック・スクールと同じ様なモノになさる心算かしら。」
「いや、家政を熟せる妻に成れるよう、まあ、花嫁学校とでも言うモノかな。貴族家やジェントリ階級の家だから、そこそこの教養を身に着けているだろうけどね。嫁入り前に身だけではなく、心も清く在って貰いたいと言う教会と親たちの意見が一致して、厳格な女学院を作る事に成ったんだ。」
「もしかして、陛下はチャーリーがこの話を持って来た時点で動かれましたの?」
「違うぞ、コーデリア。儂が動く前にカタベル大主教が動いていた様だよ。国教会への寄付は増えないから丁度良いと思ったのだろう。初めは貴族の子女だけで始めるそうだ。」
「ふふっ、道理でチャールズのコレッジに関して聖職者議員の動きが良いと思いましたわ、陛下。」
「そもそもチャールズが聖職者議員に相談するから、カタベル大主教にアイデアを使われるのだ。」
「信仰上の問題になったら不味いとチャールズも考えたのでしょうね。」
「おそらくなあ。」
そう言ってアルバート5世伯父さまとアデル皇后さまは目を合わせて仲良く笑い合っていた。
私はハッとした。
アルバート4世伯父さまが亡くなられて、議会が私に就けたカヴァネンスや教師たちは、良き妻になる為の教育を施していたのだ。
国王に成る為の教育ではなくて。
花々や芸術を学ぶのは楽しかったけど、グレースやクランベル伯爵から学んでいたことに比べれば、退屈だと思っていたのよね。
別に、余の貴婦人たちを軽く見る心算は無いけれど、私は相手から気に入られる方法を学ぶより、相手の真意を見極める方法を学びたかったわ。
此れからの私に必要なのは、きっとそんな知識だもの。
それでも私は、同じ年頃の少女たちと学んで過ごす、カタベル大主教の作るコレッジでの生活は、少しだけ羨ましくも思えてしまったけど。
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ブレイス帝国では子女の教育は家庭で行うプレイベートな問題と考えられていたが、国教会の運営する厳格な女子学院が社交界で話題になり、良き妻になれるよう13歳から16歳までの上流階級の少女たちを女子学院へと通わせる法案が通った。
国教会の真意は、集金で或るのは言うまでもないが、その数年後にミドルクラスの子女達も、より良い縁談を目指して大枚叩いて花嫁女子学院へ通わせるように成った。
当然、男子のプライベート・スクールと同じで義務教育ではない。
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実に3年ぶりに俺はフリップと再会した。
エルザと暮らしていたテラスハウスの懐かしいパーラーで、俺はフリップと向かい合っていた。
アルバート5世の脱ウィッグ宣言を理由にフリップもウィッグを卒業した所為か、マロンブラウンの後ろ髪が伸びていた。
「儂はハゲてないので、ウィッグは被らない。」
つうて薄毛な紳士たちを敵に回す発言をして、アルバート5世はウィッグを脱ぎ捨て、白く成っている地毛の頭部を晒した。
当然このアルバート5世の言動に賛否両論沸き起こったけども、自分がウィッグを脱ぐだけで臣民に「脱げ!」って、命じる訳でも無いので、俺とクランベル伯爵は『ウィッグの乱』騒動を傍観することにした。
まあ、1600年代から続いている習慣らしいので、顔を顰める保守的な方々も居るし、ホントにハゲている人もいるしで、不平も出ているけども1割弱位の人がウィッグを脱いでいた。
俺は、貴族院に身分を移されてから公の場ではウィッグを被るようになったけど、職人に手入れして貰うのも費用が掛かるし、微妙に流行でウィッグのスタイルも変わるので、それに合わせてクランベル伯爵から新たにプレゼントされるのも申し訳なかったので、陛下を理由に男らしく地毛で勝負している!!って言いたい所だけども、あくまで私的な場だけで。
チキンで男らしくなくて済まん。
俺って大衆迎合派だからさ。
フリップは、次男坊とは言え貴族だったけど、「戦場で邪魔なウィッグなど被れるか!」て言って、アルバート5世を理由に堂々とウィッグを脱いで、フッサフサのマロンブラウンの髪を見せている。
いなせで男だね、フリップ。
フリップは、エルザが亡くなってから軍を休んでピバート伯爵領へ子供達と引き籠っていたけど、兵が足りなくなって急遽、北カラメルへの出征を命じられてしまった。
毎度思うんだけど、ブレイス政府って考えてから行動をしてくれませんかね。
俺が言っても「おま言う?」なんだろうけども。
でもまあ、ソレが俺には丁度良かったかもと思っている。
エルザが亡くなって暫くは、俺もフリップと顔を会わせるのが辛かったからね。
エルザは、こんな強面のフリップを最期まで精一杯想っているのが表情を見ていれば判ったし、「兄の前でデレるなよ、エルザ。」っ俺が言っても、エルザが作ったごった煮シチューの如くトロけてフリップのことばかりを語りやがるし。
そんなエルザの表情を見て、俺は思わずムカついて文句を言ってたしな。
俺には、あんな表情をエルザはしない癖に。
確かにフリップは、俺より頼りがいが或る見た目だけども。
すまん、中身もだよ、エルザ。
俺が拗ねてフリップへ軽口を叩く度にエルザは怒って注意して来たよな。
俺はエルザを想い返しながら、エルザの空気を感じるパーラーを見回し、フリップを見た。
前髪を右耳へと手櫛で寄せて、日に焼け引き締まっていた頬と尖った顎を飲んで居た珈琲カップから上げて、ブラウンの瞳を真っ直ぐに俺へ向けた。
「チャーリーもウィッグを脱いだのか。しかし、痩せたな、チャーリー。」
「まあ、ウィッグ脱ぐのも痩せたのもお互い様だ、フリップ。別に俺は痩せた心算はないのだけどなあ。やっぱり歳かな。」
「チャーリーが歳なら3つ上の僕は、どうなるんだ?相変わらずチャーリーは忙しいのか?」
「案外ね。でも俺は忙しい部類に入らないよ。クランベル伯爵は勿論だけど、大抵の議員はプラス他の仕事を複数抱えているし、クラブにも参加しているんだぜ。そういや学生の内に社交クラブって言って地獄のクラウンクラブに入ってたフリップって、先見の明があるよな。近頃は、珈琲ハウスから離れ自分達で集まる場所を作って、クラブメンバーで集う紳士が増えて来たみたいだし。」
「矢張り気の合う者で同じ事を語り合いたくなるんだろう。珈琲ハウスの個室は何時も借りられている状況だったしな。アルバート4世陛下が存命の頃からその傾向が在ったしね。王太子の頃に作られた通称プリンス通りにも、4世の仲間内が集まるテラスハウスとかを作っていたし。」
「確かにね。情報を拾うのには珈琲ハウスの方が便利なんだよね。まあ俺も上院に移ってからは行く時間も無くなったけど。」
「チャーリーは危なっかしいから、あんなに人の出入りが多い所へ行かない方が良いよ。」
「俺は大丈夫だって、フリップは心配性だな。そう言えば、叙勲式で陸軍のブラックナイト勲章を授与されるんだろう。おめでとうフリップ。凄いな、大佐だよ。」
「直ぐそうやって油断して、駄目だろ、チャーリー。」
「心配のし過ぎだ、フリップ。」
「まーぁ、そうだな、うん。それと祝いの言葉を有難う、チャーリー。突発的だったのに、下士官や兵士たちが頑張って呉れたからな。今回は補佐をして呉れていたハーシェルの報告書を読んで貰えていたから皆にも報奨金が貰えたしな。解散した前の連隊の頃には、難しかったからホッとしたよ。」
フリップは、そう言って視線を僅かに下げて、目の前の苺の絵柄が掛かれた珈琲カップの取っ手を固そうな太い3本の指で掴み、静かに口元へと運んだ。
血管が浮かぶ大きな手が添えられたフリップが掴む珈琲カップは、俺の持つカップと同じ大きさの筈なのにフリップの持つカップは、やけに小さく見えた。
フリップは手も足も長くてデカくて羨ましいなっ、ちくせう。
フッと、フリップの小さく息を吐く音が聴こえた。
フリップが率いていたノルディック王国の兵で組織されていた「ロードシア連隊」の事を想い出したのだろう。
ノルディック王国独立以前、報告書を上げてもブレイス王立陸軍本部には、中々ノルディック兵は評価されずフリップは歯痒い想いをしていたらしい。
「ノルディック王国へ行きたくなったのか?フリップ。」
「まさか。当然、僕の中ではノルディック王国は大切な所では或るけど、此処にはチャーリーやハーシェルたちも居るしね。ギルバート陛下には申し訳ないけど僕は此方に残るよ。」
「まあ、ナディアやフリプも居るしな。子供達はフリップの領地で育てるのかい?」
「ああ、向こうは静かだしね。育てると言っても、僕は領地でもロドニアでも乳母たちに任せてしまうけどな。チャーリーの所も知らない間に2人目が生れているし、その所為かチャーリーは浮気してるって噂を聞いたぜ?あり得ないだろ?なっ、チャーリー。」
うん。
浮気の噂をフリップから突っ込まれるとは思っていたんだよ。
『エルザが死んでからジュリアに身籠らせるのが怖くて不能になった・・・。』
なんて、、、妊娠させた所為でエルザを死なせたと罪悪感いっぱいのフリップへ話せるわけもない。
はあ、フリップに嘘を吐くのは嫌だけど許されるよな。
何だっけな?
そうそう「優しい嘘」って奴、、、かな。
「う、うん、実は、可愛くて遂な。もう18歳に成ったかな?俺もこんなことになるとは思わなかったよ、フリップ。あははっ。誠にお恥ずかしいって奴だよ。」
「嘘臭いぞ、チャーリー。あの家庭的で可愛らしいジュリア夫人は泣いて無いか?こんな噂を立てられて。ジュリア夫人は父親にも苦労させられたんだろ?チャーリー。」
「ううっ、亡くなったエルメール義父さんの事を言われると俺も胸が痛むよ、フリップ。うん、なるべくジュリアとは揉めない様に頑張ると言うか、頑張って居ると言うか。うーん、うーん。」
「全くチャーリーは。僕も詳しくは聞かないから、そんな情けない顔をするなよ。」
フリップはソファーの前へ移動して、長い腕を伸ばし大きな手で向かい合っていた俺の頭を掴んで、グシャグシャと髪を乱して荒っぽく撫でた。
「だから、髪が乱れるだろ、フリップ。」
「五月蠅い。ワザと乱してるんだよ。ホントにチャーリーはっ!、、、。」
少し不機嫌そうなフリップの声に、俺は仕方なく気が済むまで短い金の髪を乱させる事にした。
俺の下手な嘘に気が付いて、フリップは怒っているみたいだ。
クランベル伯爵程ではないけども、俺の想いを読むのが得意なフリップを騙せる訳が無かった。
でも、フリップは俺が話せない状況だと察して、こうして優しく何も訊かずに流して呉れる。
まあ、気持ち的に優しくともフリップの握力が強くて物理的に痛いけどな。
頭をフリップに手酷く撫で廻されていると、ブチブチと俺の毛根が悲鳴を上げた。
「痛いーっ!フリップ。マジでハゲてウィッグが必需品になっちまう。止めろやー!フリップ!」
「ふっ、ははっ。はあースッキリした。ウィッグが必要に成ったら僕に言えよ。お詫びに用意するから。」
「要らねーよ。それ位で必需品になるモノかっつうの。未だ未だ髪は多いからね、フリップ。」
「何?それって未だ撫でて欲しいと言う僕へのリクエストか?チャーリー。」
「だから、要らねーっての。」
俺は、前のめり成って居たフリップの固い胸板を右手で押して、後ろに或るフリップが座っていたソファーへと戻そうとした。
ビクとも動かなかったけどね。
その様子にフリップは軽く笑って、もう一度軽く俺の頭を撫でてソファーへと腰を下ろした。
そして、フリップは俺の抜けて指に絡まった金の髪を丁寧に外して、胸元に仕舞っていたチーフへと包んでトラウザーのポケットへと突っ込んだ。
全くポケットに入れるなんてフリップは何を考えてるんだか。
従者を呼んで捨てさせれば良いのに。
俺がそう考えていると、ジーンが声を掛けて来て珈琲のお替りをポットから手際よく注いでくれた。
普段は邪魔に成らないようにジーンは気配を消しているのに、偶にこうして人前へ出て来るんだよな。
俺も珈琲のお替りが欲しかったから良いんでけども。
それから俺とフリップは珈琲を飲みながら、最近起きた事件やフリップの隊に着いて来た逞しい妻たちの話を苦笑交じりに伝えて呉れた。
陸軍て、嫁や子供も一緒に従軍するチャレンジャーな家族が居るんだね。
俺は驚きながら、フリップの四方山話を聴いていた。




