ep46 ディテール
【コーデリア皇女】
アデル皇后さまから恒例のお茶会に招かれ、ウエストカタリナ宮殿のクィーンズ・チェンバールームへデイジーやグレイスと訪ねてみると、久し振りでクランベル伯爵と一緒にチャーリーたちが参加していた。
チャーリーは少し痩せた様子だけど、薄いグレーのウィッグを被って、深い紺色のシルクブロケードで作られたコートを羽織り、同じ生地のウエストコートとブリチーズには、ウットリする様な細やかな銀糸で刺繍が施され、白いクラヴァットで首元と胸元を立体的に見せていた。
美しく整った顔立ちで、トパーズの瞳を煌めかせて、チャーリーは静かに笑みを浮かべてクランベル伯爵と同じ様な礼を私へ行った。
アデル皇后さまはニコニコとして、皆へと席を勧めた。
「ふふっ、チャールズ久しいわね、コーデリア殿下のデビュタント依頼ね。私達の息子達やアルバート4世陛下の子供たちの事までチャールズに任せて申し訳なかったわね。少し痩せたのでは無くて?」
「勿体ないお言葉です、アデル陛下。若干動き回ることが多かったので、スッキリ引き締まったのかも知れません。陛下たちのご子息やご息女夫妻は北カラメルで落ち着かれたようですね。あの人騒がせな、、あーコホン、クランシー殿下も今回はご活躍されて何よりでした。」
「ホラ、またクランシー殿下って言って居るよ?チャーリー。日頃からクランシー大尉って呼び慣れていないとね。」
「はい、クランベル伯爵。」
「でも、チャールズ。私は戦いの事は分りませんけど、フロラル王国の帆船が止まるように指示したのに、クランシーは問答無用で大砲を放つ命令をしたと在りましたでしょ?戦いのルール的に如何なのかしら?」
「い、いや、まあね。此方が戦闘態勢なのはブレイスの軍船が100mも近付けば分ってたでしょうから、ねっ!?クランベル伯爵。」
「せめて宣戦布告してからでも、良かった気も、、、。」
チャーリーは必死でクランベル伯爵にそれ以上話さないでくれと目で合図を送っていた。
やっぱり駄目なんじゃない?、クランシーさま。
それから新聞で話題になっていたクランシー少佐の話をした後に、アデル皇后さまと私は、体調を戻され先月バンエル王国へ婚姻の為、出立なさったアリシア妃殿下の話をしていた。
私としてはアリシア妃殿下の婚姻は目出度い事だったが、ブレイス帝国には複雑な中で執り行われた祝事で、盛大に祝って送り出すことが出来なかった。
実は昨年暮れにルドア帝国のエカテリーナ陛下が崩御されていて、息子であるニコライ2世が皇位を継ぎ、こっそりと争っていたロイセン王国のフリード2世と講和を結び、各国へ休戦協定を働きかけていたのだ。
クランベル伯爵の説明によると、何でも皇帝のニコライ2世はフリード2世を崇拝して居て、ピンチに陥っていたロイセン王国を助けたかったそうだ。
開戦はクリイム歴1758年だけども、小競り合いを含めれば1757年から始まっていたヨーアン大陸中央部での戦いで、中立を保っていた各選定諸侯もオーニアス=神聖ロマン帝国へ味方し、ブレイス帝国以外は反ロイセン王国で纏まっていた。
唯一ロイセン王国の味方であったブレイス帝国は、内戦やフロラル王国やエスニア帝国と北カラメルの植民地争奪戦に明け暮れていたから、実質的な出兵でロイセン王国への協力は昨年クリイム歴1760年に入ってからだった。
インナー・シー『中海』に飛び出ていた半島に或るグロリア王国も参戦して来たから、以前から此のインナーシーに或る島々を狙っていたブレイス帝国は、グロリア王国と領海を侵したと怒るエスニア帝国、フロラルス王国とインナー・シーの海で戦い始めていた。
北カラメルの一件もあったのでフロラル王国やエスニア帝国の応戦も激しく、ブレイス海軍も意外に苦戦していたそうで、此処で負けたら手に入れた筈の植民地を失いそうだと言う状況だったらしいわ。
其処での休戦協定だったので本来なら喜ばしい事なのだけど、北カラメル南東で戦って勝利したクランシー少佐の乗った帆船をエスニア帝国の艦隊にインナーシーで拿捕されてしまって、それとの引き渡し条件が折角、手に入れた領地と引き換えになって微妙な幕切れで終わった。
今年の5月に終わったルドア帝国とロイセン王国からの休戦協定は、本来なら飲めないモノであったけど、開戦を主導したロイセン王国が手打ちをすると宣言して、オーニアス=神聖ロマン帝国も了承したのなら、ブレイス帝国も矛を収めるしかない。
でも、クローバーとノルディックの内戦やロイセン王国へ資金や軍需品を支援し、北カラメル大陸の戦闘もあってブレイス帝国の国庫はピンチに成っている状況で戦い続けれる状況では無かった。
財源的な問題で戦争継続は難しかったし、有権者たちも長引く戦いで厭戦気分に支配されていた。
「今回、クランシー少佐が戦いに出て拿捕されたから、この戦争で得るモノが無かったと新聞などで酷い書かれ方をしてますが、アレは与党がクランシー少佐をスケープゴートにして、利の少なかった戦争の責任追及から逃れようとしているだけですよ、アデル皇后陛下、コーデリア殿下。昔のクランシー少佐なら兎も角も、今は指揮官からの命令で動いていますから、彼に軍事上の非はありませんから安心してください。」
先程、アデル皇后さまにクランベル伯爵は、そう話して王族批判に対しての懸念を和らげようとしていた。
私達やクランシー少佐本人が幾ら「王族では無い」と言っても、アルバート5世伯父様の息子であると言う事実は変わらないし、チャーリーですら何気なく「クランシー殿下」と呼んでしまうのだから、人々の意識の中では庶子たちも王族なのだろう。
母は、遣る事成すことにクレームをつけて来るアルバート5世伯父様が批判される事を喜んでいるけれど、伯父様への批判が其の侭私へも向かう場合もあると理解が出来ないのだろうか。
昨年、アドミラルが或るロドニアの港へ新たに造られた軍船を見学に伺った時に、母が私にも祝砲を打つ様に命じたのを知り、アルバート5世伯父様は烈火の如く怒られた。
そして国王以外への祝砲を禁ずると言う法を造り、祝砲を打つ数も決められた。
本当に母と共に公務に出掛けると私の気苦労が倍増してしまう。
そんな事を考えていると、アデル皇后さまは上品な笑みを浮かべて私へ朗らかな声で話し掛けた。
「アリシア妃殿下も無事に嫁がれましたし、次はコーデリア殿下にも良い方を本格的に探さねば成りませんね。クランベル伯爵は、どなたか考えてられるのかしら?」
「コーデリア殿下と合う年頃で、ブレイス帝国へ入って頂ける王配候補と成りますと、それ程人数も居りませんしね。陛下と宮内卿や枢密院議長たちが話し合われて決める方が良いかと。私が下手に口を出すと反発されて纏まるモノも纏まりません。コーデリア殿下も好みの男性のタイプが有れば、アデル陛下へ伝言を託して置けば、アルバート5世陛下にも伝わりますよ。」
「ええ、気楽に話して下さいね、コーデリア殿下。」
「はい、お気遣い有難うございます。次にお会いする時までに考えて於きますわ。」
私は、そう答えて用意されたミルクティーへ静かに口を付けた。
初恋の人だったチャーリーには10歳の頃、私が一方的に失恋をした。
今から考えても16歳も年下の私には如何にも成らなかったろうし、クランベル伯爵が教えて呉れた言葉も実感出来るようになった。
幾ら信頼を寄せたとしてもチャーリーはあくまで臣下であって、親しく成っても対等にはならない。
それは私が思うだけでは無くて、チャーリーが一番に感じ思っている事だろう。
「此の国でコーデリア殿下と対等に成れるのは、夫に成るべき相手とだけです。寂しいとは思いますが、その分の我儘は私やチャーリーが聞きますからね。安心してください。」
前回、クランベル伯爵と話した時は、そう言って私にニッコリ微笑んだけど、チャーリーの了承も取らずに、そんな約束を私として良いのかしら。
私はチラリとチャーリーに視線を移すと、私の右後ろに置いているネストテーブルで、紅茶を飲んで居た妹のデイジーと目で喧嘩をしているようだ。
気配を感じたチャーリーがバツが悪そうに金のトパーズの目を伏せて「失礼しました。」と私に詫びて、それを見たクランベル伯爵とアデル皇后さまが軽い笑い声を立てた。
クランベル伯爵はチャーリーとデイジーに茶化すように事情を尋ねる。
「デイジーがしつこいんですよ、クランベル伯爵。何時までも。」
「だって、チャーリー兄さんが反省しないから。」
如何やらデイジーが兄のチャーリーに浮気を止めるように説得しているけど、チャーリーが聞く耳を持たないようだ。
はあ、全く男の人は。
チャーリーは、デイジーの話を聴くのが堪えられなくなったのか、「失礼します」と席を辞す挨拶をして、ジーンと共にクイーンズチェンバールームを出て行った。
「本当に男の方と言うのは、、、。」
私がそうぼやくとアデル皇后さまとクランベル伯爵は「そうだね。」「そうね。」と同意してクスクスと顔を見合わせ笑い合っていた。
私って、そんなに可笑しい事を言ったのかしら?
そう疑問に思いながら、私は右後ろを振り返ってデイジーと視線を合わせて、互いに小首を傾げ合った。
※※※※※※※※※※
【カイル・レスタード少尉】
「僕はこの戦いが終わったら・・・。」
「はいはい、引退して医者になるんだろう?レスタード少尉殿。」
「あのねー、ウォーカー1等軍曹。怪我を直したいのに、死傷させる指示を出さなければ行けない此のアンビバレッジなやる瀬なさが分る?俺は軍医に成りたかったのに。」
「だから何で士官候補生に成ったのかって話だよ。レスタード少尉殿。」
「試験を受けたら受かっていて、気が付いたら弟のケビンと一緒に訓練で船に乗せられ、海賊退治を遣らされた。休暇中にカッター医師の下で外科医の訓練受けていて、資格試験を受ける前に戦争に成って、気付いたら海尉になってるし、軍医の元へ行ったら畏まられて教えて貰えないし、准将からは持ち場へ戻れと叱られるしだね。僕は医者になる為にアドミラルへ入ったのに。」
「ソレを俺に言われてもな、副官のスミス一等准尉は?」
「ああ、こうなると五月蠅いから食堂へ移りましたよ。ウォーカー。」
「もう誰だよ、レスタード少尉殿に酒を飲ませたのは。まさか、お前じゃねーよな?」
「俺が、そんな面倒な事をするかよ。」
「五月蠅いぞ、ウォーカー1等軍曹、ラリー2等軍曹。スミス准尉が帰国祝だとラム酒を持って来て呉れたんだ。」
「スミス准尉め。」
「やりっぱなしは良くないぞ、クソ、スミス准尉め。」
僕は、ガタガタと潮に遣られた濁声のゴツイおっさん2人の掛け合いを聴きながら、あっと言う間に昇進してしまう此のアドミラルの怪を恨んでいた。
アホの弟ケビンは帆船での日々が性に合うようで、新たに造られた74門の3等戦列艦に佐官として乗って、グロリア半島を目指しインナー・シーの島々へ行っていた。
勝ったとも負けたとも報告が無かったが、取り敢えずは休戦協定が結ばれられたそうだ。
僕は、兄チャールズへの負担を減らそうと反対されても強引にアドミラルの士官学校を受けて、教官の云う侭に動いて居たら、何もしていないのに等しいのに出世してしまう。
始めの頃は、兄チャールズがこっそり裏金でもアドミラルへ支払っているのかと考えていたが、我が家にそんな金は無し、堂々と購入している人達は入って直ぐに士官候補を卒業して、佐官へと成り自分の上官へと成って行ったので、その線はないと思い直した。
先ず、第一にチャールズ兄さんがそう言う事を嫌う奴だと思い出したし。
でも異様に昇進が早いのも事実なので、もしかしたらアドミラルにチャールズ兄さんを好きな奴が居て、僕とケビンは、そのおこぼれに肖っているのか?と思い至った。
案外、此れが一番、近い気がする。
脳筋なケビンは、そこそこ活躍して居るらしいので、あっと言う間に大尉になって、次は佐官へ昇進していっちまうてのも判るけどね。
確かにケビンはプライベートスクールを辞めて、僕と一緒にアドミラルの士官学校へ来たのは正解かも。
ケビンは欲望に忠実な奴なので、あの侭プレイベートスクールに居たら、下級生を食いまくっていた気もする。
おまけに敵兵殺すのも平気とは、我がレスタード家の人間とは思えない時も或る。
チャールズ兄さんも亡くなったエルザ姉さんも僕も、血沸き肉躍る戦記物やバイオレンスなモノは苦手なのだがな。
僕は信心深くはないけど、気が付けば父がしては成らない事と注意された物事には、自動的にブレーキが掛かってしまっている。
そして、チャールズ兄さんと1年近く会って居ないと思い、切なくなった。
何を話すって訳では無いけど、兄の傍にいると僕は落ち着いていられるんだ。
26歳にもなるんだから、僕もそろそろブラコンを卒業したい、とは思っているけど無理だなあ。
卒業って言うよりも、チャールズ兄さんを放って於けない、って言う方が正しいかな。
器用に物事を熟している様に見えて、思いっきり抜けて居たり、アンバランスなんだよ。
特にエルザ姉さんが亡くなってからさ。
若い女性と浮気の噂が流れて、僕もアドミラルで上官に冷やかされたけど、僕の中ではチャールズ兄さんに限って在り得ないって思っている。
睡眠不足や疲労具合すら僕には理解が出来るのに、ディテールの大幅な変化を齎すチャールズ兄さんの恋慕を見逃す筈は無いと自負しているからね。
そんな僕がチャールズ兄さんの不倫に気が付かないとか、ありえないでしょ!!
当然。
きっと王宮絡みで、ややこしい事に巻き込まれているのだろうな。
そっち関連の話は、チャールズ兄さんは絶対に僕達へ漏らさないからな。
僕は暑苦しい2人のおっさん、ウォーカー1等軍曹、ラリー2等軍曹の叫び声を無視して、ラム酒をコップに注いで、グビグビと飲み干した。
早く、チャールズ兄さんの綺麗な笑顔を見たいよ。
そして僕の思考がプツンと途切れた。




