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ep44 百科全書

 

【スティーブ・クランベル伯爵】




 アリシア妃殿下の婚姻話を纏め陛下にも報告し終えた私は、ウエストカタリナ宮殿に或る一階の執務室へ秘書官のクラークと共に戻り、待たせていた補佐のヒューイからギボンズの動きなどの報告を受けた。


 古代ロマン兵が作った壁の外であるアウターと呼ばれる地域に、アルバート3世から父が賜った屋敷でアリシア妃殿下はバンエル王国のマナーを教わっている所だった。

 ギボンズは連絡の取れなくなったアリシア妃殿下の療養先を探しているようだった。

 アリシア妃殿下をギボンズと連絡を取らせないようする為、私が手をわざわざ煩わせているのに会える訳がなかろう。


 いい歳をした大人がモノも知らぬ若い淑女を誑かし、財産だけでなく子供まで孕ませると言う厚顔無恥ぶりに私は腹立たしく思っていた。



 婚約が決まる前にアリシア妃殿下は、母君を亡くされた為に閨教育が未だだった。

 それ故か完全無菌状態で純粋培養された少女のようなお姫様だった為、私は改めて王族の心得とギボンズの異性交遊関係を説明し、バンエル王国の王弟と婚姻する覚悟を決めて貰った。



 チャーリーのアドバイス活かして出産した王子は死産だと伝え、「主もお認めに成らなかった。」と、私は冷たくアリシア妃殿下に言い放ち、ギボンズを諦めて貰う為に敢えて念を押した。


 生れて来た子に僅かでもギボンズに似た所が有れば、速攻で捨て子院へとリリースしたのだが、アリシア妃殿下やアルバート3世に似た容姿だったので、私は執事のキースの所で育てて貰う事にした。



 「私の恩人の子なので宜しく頼むよ、キース。」



 もう直ぐ50歳に成る未婚のキースには申し訳ないが私は甘えて、また無茶な頼み事をしてしまった。

 私より8歳年上で有能なキースは、父上のお気に入りだったのだが、父上が亡くなられた後も其の侭クランベル家に仕えて呉れて、今では私にも無くては成らない右腕になっていた。

 男爵家の5男なのだが、キースなら何に成っても成功したのではと思う。


 9か所或る領地のカントリーハウスにも其々家令と執事がいるのだが、キースは私がチャーリーと過ごせるように計画した時も、フォローをしてくれた得難い存在なのだ。


 此のクランベル地区に或る捨て子院の管理も任せ、有用なモノはクランベル家で雇ってキースに教育を任せてもいる。

 長々と続いている家柄の所為で3つの公爵家と5つの爵位を創設され、それぞれの王から賜っているのだが、マックス8世への恩や幾つかの罪の歴史を忘れないようにと私達はクランベル伯爵家を頑なに名乗っていた。



 しかし、アルバート4世が亡くなられてから始まった議会を使った王家からのクランベル伯爵家外しは、私の手間ばかりを増やして行く。


 アルバート4世が王家の権威を復興させるために、趣味で始めた宮殿や屋敷の通路や部屋の改築のお陰で、私は自由にアルバート5世と話が出来る状況は、アルバート4世陛下の慧眼に素直に感謝するしかない。


 其れにアルバート4世は希望していた通りロドニア・シティの或るセントラル地区よりも、西側へと王都の主要な機能が自然と移ってきた。

 アルバート4世が道楽の名を借りて、大金を投じて来ただけは或る。


 孰れコーデリア殿下の為に、チャーリーへも教えなければ。


 未だにチャーリーは、北カラメル大陸へ旅立とうと思っているようだが、私がそんな事を許す訳もない。


 私は、もうチャーリーの居ない生活など考えられないし、チャーリーの問題解決能力は此の国に有用なのだ。



 チャーリーも、いい加減に諦めれば良いのだが。


 私は、補佐官ヒューイからの報告を聴きながら、チャーリーの甘やかに揺れるトパーズの瞳を脳裏に思う浮かべていた。













           ※※※※※※※※※※※













 ジュリアの憐れみと共に俺の私生活問題の諸事情は解決した。


 弱冠1名ギャウギャウと文句を言って来た妹のデイジーがいたけども。

 日頃デイジーは丸く可愛らしい透明なペールグルーの瞳なのに、汚物を見る様なデイジーの冷たい視線は、俺の胸をぶっすりと鋭く突き刺した。



 そんな俺の些事な事情は兎も角として、クローバー共和国南部はジョナサン・ヒット少将から苛烈な静粛を受け、議員として立候補していた人々や家族も囚われ、クローバー国の北部に残って居た貴族や地主によって、クローバー共和国と言う名称を『クローバー州』へと戻し、ブレイス帝国と共に歩む事を宣言した。


 クローバー国南部を鎮圧に成功させたとして、ジョナサン・ヒットは中将になってしまった。


 そして、フリップ達が分捕っていた北カラメル大陸北部に或るノバポルテ州へと、アルバート5世陛下に忠誠を誓えなかった者たちは、ブレイス帝国民として不適当と判断されてクローバー国から移住させられて行った。

 その数なんと約10万人近く。

 順次、移民として出立させられて行くそうだ。


 普段は優雅に茶をシバいてるだけなのに、なんとクランベル伯爵がこの件では動いていた。

 比較的、クローバー民にはクランベル伯爵も同情的だと俺は思っていたんだけども。


 此の儘だと約6百万近いクローバー住民が居なくなるんじゃないか?って勢いで移民船へと乗って行ったらしい。


 クリイム歴1758年から始まっていたクローバー国の独立戦争は、クリイム歴1761年に一先ず表面的な終わりを迎えた。



 フリップは、エルザの喪に服して休職して居たけど、士官と兵が足りなくなってフロラル王国が占有を宣言していたカステラ国に隣接していたノバポルテ州へ侵攻させられた。


 フロラル王国と領有を争っていたノバポルテ州を抑えたので、北カラメル大陸の東側にある港を、ほぼブレイス帝国が制圧した事に成り、エスニア帝国と争っていた南東のクード州もエスニアの軍と船を追い払う事に成功した。


 実は、エスニア帝国の帆船艦隊を追い払うのに、ボンバー皇子ことクインシー大尉が大活躍したそうだ。


 此れも、(ひとえ)に姉の旦那のお陰かと思うと、家族愛の偉大さに感動で胸が熱くなるな。

 30歳で中佐の姉の旦那には、報告書を読んだ陛下からタップリ恩賞を弾んで貰えるだろう。

 つうか、クインシー大尉が居なければ、もっと楽に勝てたような気がしないでもない。


 エスニア帝国のメインで戦っていたのって北カラメルの原住民とウルダ人奴隷だと言う報告に、俺の気持ちは暗く成ってしまったのだけども。




 序の報告に、アルカディア大島は島の南東に港に出来る入り江を見付けていたので、現在は其処で居住出来るように、ブレイス帝国から運んだ資材や航路の途中で買った羊やらで居住地や穀物を作れる農地を開墾中だそうだ。


 急遽、海軍大佐に昇格させられアルカディア方面植民地総督に命じられた生贄から、必要な職人やら人材を植民地相へ求める手紙も届いていた。

 ミドルクラス(=中流階級)からの大出世なのだろうけども、ニュー・フロンティアの人柱として健康で頑張って欲しいと、俺はオニール大佐の無事をそっと願った。


 こうやって新たな入植地が増えると俺へ任せられていた郵政局も仕事が増える。

 仕方が無いので増やした局員に指示書を出した。

 郵便制度が或る他国との折衝は外務と商務に任せ、俺は新たに入って来る企業の交通整理の仕方を副局長や彼の補佐達に教えていた。


 「自分の財布を膨らまそうと考えると面倒事が増えるから気を付けてね、オリバー副局長。」

 「い、嫌ですよ、私がそんな事をする訳ないじゃないですかっ!チャールズ局長。」


 いやいや、程々なら良いんだよ。

 オリバー君の手に余らない程度ならさ。

 郵政局は何故か人気が無くて、アルバート4世から強制徴募された局員のオリバー君たち面々。

 ロドニアに出来ているノルディック・ヤード(警察)の警察官達よりは、給金が良いので是非とも頑張って欲しい。


 官職なので引退時には恩給が出るしね。


 

 俺も「取り敢えずやってみて」と言われて、アルバート4世に利益の裏流しを遣らされたけども、仕事量が取り敢えずってレベルでは無かったので、マニュアル作ってクランベル伯爵にSoSを出したから。


 アルバート4世もクランベル伯爵も『取り敢えず』って言って俺に仕事をブン投げ過ぎだよ。


 アルバート4世なんて死んだあと迄も、作りに造った18人の庶子を、俺にブン投げて逝きやがったからな。


 お陰でアルバート4世の死もエルザの死も、俺はゆっくりと悼む間も無かったよ。

 まあ、それは俺が貴族なんてモノを引退した後、北カラメルの地で静かに祈りを捧げよう。




 そして俺は、王宮宮内庁から届いたコーデリア殿下の社交デビューの招待状をジーンから貰って溜息を吐いた。


 当然、夫婦同伴なんだよなあ。

 はあ、招待客たちに俺だけじゃ無くジュリアをも好奇の目に晒す事になると思うと憂鬱になった。

 3か月後の開催日には、少しは俺の浮気の噂話が薄れているといいな。














          ※※※※※※※※※※









【スティーブ・クランベル伯爵】






  陛下の開いている時間をクロードに訊ねていた私は、訪問する時間を告げて、その時刻に陛下の寝室の奥に造られていた隠し部屋へと入って行った。


 ウエストカタリナ宮殿は、幾度も増改築を繰り返していた所為で、手を加えないとデッドスペースになる場所が多いのだ。


 クリイム歴1660年の地下室と1階を半焼させた火災後、ギルバート2世に因り復旧を指示され、そしてクリイム歴1674年、アルバート1世の時に完成したモノを建築マニアのアルバート4世が使用しにくいからと改築をし、クリイム歴1752年に大きな増改築が終わった。


 ローゼブル宮殿は、もっと迷路のような作りになっていて、設計したアルバート4世本人ですら面倒だからと殆ど使用せずに、今は公式の式典のみに使われている。


 クリイム歴1750年に亡くなられたアルバート3世は、ホワイト宮殿かウエストカタリナ寺院で過ごされ、結局は完成されたウエストカタリナ宮殿へ移らない侭であった。


 約千数百室あるウエストカタリナ宮殿には、こうした秘密の部屋と通路や階段が或る。


 敷地面積が約3万平方mで幅が280m近く或り、ラムズ川の畔に聳え立つ勇壮な古代ロマン建築は、アルバート4世の望んだ王者の風格に相応しい建造物に成っていた。



 陛下の秘書官クロードに招き入れられ私は重苦しい豪奢なジュストコールを脱ぎ、鮮やかな赤のウエストコートにベージュのトラウザーを穿いた室内着の陛下に挨拶をし、勧められた革張りのソファーへと腰を下ろした。


 アルバート5世に変わられてから、日中は将官スタイルが多く成り、公式な場以外ではウィッグの着用も無くなってチャーリーには高評価だが、艶やかに着飾りたい者には無粋だと評判が宜しくない。


 美しく或る事が、上流階級の嗜みで在った為、未だに陛下の武骨なファッションには戸惑うモノも多い。


 何も飾らなくてもチャーリーほど美しいモノは極めて稀なのだ。



 御年66歳になられるのに、鎧や剣で身体を鍛え上げたアルバート5世の威風堂々とした姿も悪くないと私は思うのだが、よく考えればチャーリーの容姿以外に興味が無かった。




 白く成っている揉み上げから顎へと蓄えられた髭へ左手を当て、アルバート5世は低い声で私に話しかけた。


 「今回はアリシアの事で世話になったな。クランベル。」


 「いえ、ちょうど良かったかと。少しサクセス公国や他のロマン皇帝選帝侯たちの動向も知りたかったので、アリシア妃殿下のご挨拶を名目に廻って来れました。」


 「そうか。しかし此の所、啓蒙思想の出版が相次いでいるな、クランベル伯爵。ゲルン語圏はどうだった?」


 「そうですね、矢張り3年前にフロラル王国の百科全書が刊行された事が大きいのでしょう。それに触発された哲学者たちも相次いで論文を発表しているようですね。ロマン教皇やフロラル王国の教会では、百科全書に関わった人達の捕縛を命じていますから、ロイセン王国やランダル王国、そして我がブレイス帝国へ逃げて来ている哲学者や思想家が多いようですよ。」


 「全く、迷惑なモノをフロイス王国は作るモノだ。そう思わんか、クランベル。」


 「ふふっ、しかしポルテ16世は百科全書の刊行は望んで居なかったようですよ。同じ啓蒙思想家で劇作家のオルテールの逮捕状を出したようですし。オルテールは上手くランドル王国へ逃げたようですけどね。彼をブレイス帝国へ招致しようとギボンズがランドル王国へ働きかけている様です。」


 「全くギボンズという奴は。王家を何だと思っているのだ。オルテールをギボンズが入国させたら、騒乱罪か何かの理由で牢にぶち込むか。そうすれば、コーデリアの周囲の空気が浄化する気がするぞ。」


 「まあ、そう出来れば私も心地良いのですけども、オルテールは不味いですよ。陛下。無罪の新教徒の濡れ衣を見事払って、旧教徒の司法官たちから逆転無罪を勝ち取り、今や新教徒たちのヒーローですからね。ブレイス帝国の知識層もオルテールの崇拝者(ファン)は多いのですから、こんな事で陛下の権力を使えばフロラル国王の二の舞になり、陛下の権威を傷付けてしまいます。陛下はギボンズと同じ位置に立っては駄目ですよ。」


 「はあー、不自由なモノだな、クランベル伯爵。兄の4世は好き放題に振舞って見えたのになあ。」



 そう言ってアルバート5世は大きく溜息を吐いてから、クロードにワインを持って来るように命じた。


 アルバート4世陛下は考えていない遊び人のフリをしながらも、議会に権力が移り過ぎないようにバランスを取っていた。


 どのヨーアン諸国より信仰のベールを早く剥ぎ取り、ロマン教皇のくびきから脱したブレイス帝国は合理的に利益を得ることを思考する商人集団を産み出すことに成功した。


 その元を作ったのは、初代クランベルという私には笑えない事実。


 単純にクリイム教からの権威をマックス8世へ移しただけの心算が、未来で国王の権威事態を揺らがすことに成っているとは、初代クランベルも思わないだろう。



 武力で共和政を布いたクローム将軍が宮廷全てを掌握する前に、貴族鑑と紋章院から紋章の記録を持ち出し、その後クランベル2世が共和党後の混乱した治政下で、改めて貴族家を復興したマックス8世への想いを考えると歴代のクランベル家当主に頭が下がる思いだ。

 


 


 そして私は、アルバート5世から差し出された赤いワインを口にしながら、ギボンズへの対策について話し合った。


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