ep43 ありふれた男
【コーデリア皇女】
アデル皇后さまに呼ばれて、私はクィーン・チェンバールームでクランベル伯爵からブレイス帝国で起きている事について教えて貰っていた。
夏にアデル皇后さまは、可愛らしい第一皇女を出産なさり体調が戻られてから、ウエストカタリナ宮殿の中2階に造られたクイーン・チェンバールームで親しい者達を招いて茶会を催している。
と言う名目をアデル皇后さまが作られ、私はグリンジットハウスで会う事のなくなったクランベル伯爵と会い、起きた出来事をテキストにして政を教わっていた。
改築した時の都合で、クィーンエリアに隠し部屋のように作られた此のチャンバー・ルームは、アデル皇后さまのお気に入りの部屋に成っていて、一階に或るクィーンズ・クロゼット(王妃の謁見の間)の手前に造られている正式なクィーンズ・チェンバールームとも違い、アデル皇后の私的な空間に成っている。
アデル皇后さまは、アルバート5世伯父様の未成年だった子供達やアルバート5世伯父様と此処で家族の時間を過ごされたそうだ。
其処へ奥様を亡くしたレオナルド叔父さまは、グリンジットハウスでは、「メアリーさまの教育上悪いから」と、7歳のメアリー妃殿下をアデル皇后さまに預けてしまう始末。
その教育上悪いグリンジットハウスで、生れた時から育てられてる私の立場はどうなの?って、母の弟で或る趣味人のレオナルド叔父さまに訊ねてみたいわ。
奥様のメアリー叔母さまが亡くなってからも、アルバート4世伯父様から頼まれたからと言って、グリンジットハウスでメアリー妃殿下と滞在し続けているオペラ鑑賞が大好きなレオナルド叔父さま。
レオナルド叔父さまは、私に同じサクセス家系の公子たちの肖像画を、忘れた頃にワザとらしく見せに来たりしている。
母のアハルト=サクセス公国やサクセス=マイン公国やサクセス公国からは、流石に一つの家系からの血が濃くなり過ぎるから議会も承認しないと思うし、サクセス家が濃くなり過ぎるのを貴族たちも警戒すると思うわよ、レオナルド叔父さま。
そしてアデル皇后さまは、故郷のサクセス=マイン公国や神聖ロマン帝国の諸侯やオーニアス=神聖ロマン帝国の王室では、スケジュールが合えば、家族で共に過ごすのだと話して呉れた。
だから母は私と同じ部屋で過ごしているのかしら?
私がそう何気なく呟くと、アデル皇后さまは困ったような笑みを浮かべて「ノイザン公爵夫人は少し違うわね。」と申し訳なさそうに答えた。
『そうでしょうね。』と私は心の中で答えて、気にしていない体で、アデル皇后さまへ新たな話題を話し始めた。
私が此処でクランベル伯爵から学べるように成ったのは、きっとアルバート5世伯父様がアデル皇后さまに頼んでくださったのだと思う。
本当はアルバート4世伯父様が亡くなった後、私は1人でローゼブル宮殿移る予定だったのだけど、母が「自分と一緒でなくては私を連れてアハルト公国へ戻る」、と陛下に抗議したので、現状維持の侭グリンジットハウスで暮らす事に成った。
ほぼ脅迫よね。
母をローゼブル宮殿に共に行かせるとギボンズも当然連れて行ってしまうので、ロドニアの顔と言われる様になった新たなローゼブル宮殿を、グリンジットハウスみたいにギボンズの城のように扱われるのを、アルバート5世伯父様を始めとした貴族院の皆も警戒していた。
王家所有のグリンジットハウスを、自分の私邸のように扱っているギボンズをロドニアに住んでいる貴族議員たちは苦々しく思い、立ち退きを勧告するのだがその度に母が出て行き、ギボンズを庇っていた。
アルバート4世伯父様が莫大な費用を掛け造り上げた、ロドニアの中心になる広大な敷地で壮麗なローゼブル宮殿を、ギボンズや母達が好き勝手にしては堪らないと懸念した。
そこでアルバート5世伯父様たちが話し合った結果、私が成人を迎える18歳まで、引っ越しを諦める事に成った。
私が18歳に成り成人すれば母の監督権は外れ、私は自分の意志で行動できるのだ。
母に関しては、私も諦めてしまっていた。
グリンジットハウスは、今やリバティ党の本部のように成っているし、ギボンズと一緒に成って母もリバティ党を応援している。
私には母の行動は理解出来ないわ。
幾ら美辞麗句を並べたてられても、彼等は自分達を抑える権威や権力を排除したいと言っているのと何も変わらないのだ。
私は、王族出身で或る母が身分を持たない彼等に侮られているようで、哀しく成ってしまうのだ。
月に1度の皇后さまとのお茶会の後で、次に行く公務の話を聞く事に成っているので、ソレを隠れ蓑にして私がウエストカタリナ宮殿へ外出するのを、母もなんとか納得して呉れていた。
色々と不始末を仕出かしたので、母とギボンズに対してアルバート5世伯父様は、ウエストカタリナ宮殿への立ち入りを禁止している。
公務と言ってもアルバート5世伯父様と一緒でない時は、招待を頂いている公爵領や縁の深い方々の領地やロドニアで国教会が運営している大学の視察だったり、聖堂へ訪れたりするだけなの。
こちらの方の視察は、主に宮内長官や枢密院で決められるのだけども。
私が動くと母とギボンヌも動くので面倒事に成らない場所を選定するみたい。
母としては仕立てた衣装を着て行ける場所が欲しいようだし。
本当は、ロドニアで救貧所や捨て子院と呼ばれる場所へ慰問に向かってみたいのだけど、議会での了承が得られ無いようなの。
15歳という年齢の所為らしいけど、成人する18歳って今と3つしか違わないのに。
3年て言う歳月は、それ程に大きく人を成長させるのかしらね。
そんな疑問を抱えながら、私はクランベル伯爵に尋ねようか?如何しようか?と、迷っている事柄を想ってみる。
此の所グリンジットハウスで聴く噂。
あのチャーリーが出産直後の奥様を放って於いて愛人宅へ通って居ると言うモノなの。
私の中に或るチャーリーは、繊細な水彩画のように美しくて、動く姿を見ると遂、ホウーって息を吐いてしまうの。
でもチャーリーは、いつも私を気遣って、とても優しくて微笑んで接してくれていた。
疲れた時には一番良く効く薬だと言って、私にハーブ・キャンディーのレシピを呉れたりもした。
アルバート4世伯父様がいらした頃は、ウィンダムハウスでチャーリーの家で作ったと言うキャンディーを、可愛らしいガラスのポットへ入れて持って来て呉れたりしていた。
「キャンディーを口にする時は祈りを捧げて下さいね、コーデリア殿下。」
チャーリーは、そう言って金色に輝く瞳の片目を瞑って見せた。
それを見ていたクランベル伯爵からチャーリーは不敬過ぎると叱られていたけど。
そんな優しいチャーリーが奥様以外と付き合ったりするのかしら?
何故かチャーリーの悪い噂話ばかり聞かされていたから、今回も根も葉もない事だろうと気楽に聴いて居たけど、愛人が住んでいる部屋の場所や容姿まで妙にリアルに囁かれていた。
チャーリーを疑う気は無いけど、私の周囲に居るギボンズ関係の人やリバティ議員からチャーリーは嫌われているから、此の件は誰かの罠で、チャーリーの失脚を狙って仕掛けられているのでは無いかと、私は心配になっていた。
出来れば、私はアルバート4世伯父様とクランベル伯爵みたいな仲の良い主従関係をチャーリーと築いていきたいと願っていたのに、此処で失脚などされたら、、、そう思うと耐えられなくなって私は思わずクランベル伯爵に訊ねていた。
「クランベル伯爵、あの、宮廷で流れているチャーリーの噂って本当なのでしょうか?」
前後の話に関係なく私が唐突にチャーリーの事を訊ねたので、クランベル伯爵は一瞬息を飲み込んだ後、澄んだ翠の瞳を曇らせて、整った顔の眉根を深く寄せた。
私は、グレイスと共に妹のデイジーも来ていたので申し訳ないなと思ったけど、噂話の侭で尋ねるよりもチャーリーやデイジーの後見人のようなクランベル伯爵から話を聴くのが一番良いと考えたのだ。
アデル皇后さまは上品な表情のまま、私を見て静かに両手を繊細な刺繍をした青いシルクのドレスの膝の上で重ねて、クランベル伯爵の言葉を待っていた。
「ええ、残念な事に。葉巻の輸入商の娘さんらしいですね。調べてみると、ナタリー・ケット嬢と言うお嬢さんでした。」
「あの兄が、浮気を?信じられないわ、チャーリー兄さんに限って。」
「デイジー、言葉使い!」
「あ、申し訳ございません。有難う、グレイス。」
私たちのテーブルから少し離れた後ろで、小さなティルトトップテーブル(折り畳み式テーブル)で座ってお茶を飲んで居たグレイスとデイジーが声を出していた。
日頃は礼儀正しいデイジーも、クランベル伯爵から兄チャーリーの浮気の肯定をされて、素が出てしまったようだ。
「まあ、貴族や上級のジェントリー社会では良く或る事だから、コーデリア殿下も余り気になさらずに。チャーリーも未だ若いしね。」
「陛下はそう言う事をしませんよ?クランベル伯爵。」
「ふふっ、陛下のように生真面目な方は王侯貴族では稀ですよ、アデル皇后陛下。」
「そうかも知れませんわね。コーデリア殿下は、お気に入りのチャールズが、そんな人でガッカリなさったのね。あの方は男女ともに人気がありますものね。」
「まあ、チャーリー本人は気にしていないようですけどね。今回の事は、私がチャーリーに仕事を頼み過ぎた所為で、ストレス解消の心算なのでしょう。余りチャーリーを責めないで遣って下さいね。」
「私と陛下はチャールズに感謝はしますけど責めたりはしませんわ。それは奥様の権利ですものね。うふっ。チャールズは、陛下が長年頭を悩ませていた息子たちの問題も解決して下さったし、本当に息子たちや娘夫婦のフォローまで手を回して下さっていて助かりましたわ。」
「ええ、此れで陛下も議会や新聞に足を引っ張られずに済みます。私も、頼りになるのでついついチャーリーにばかり頼ってしまって、反省している所ですよ。」
「そうね、私も陛下に余りチャーリーばかりを頼らないように話して見ますわ。それはそうとアリシア妃殿下とバンエル王国の王弟殿下のお話は上手く進んでいるのかしら?クランベル伯爵。」
「ええ、アリシア妃殿下も覚悟が決まったようなので、バンエル王国へ行く事に成りました。近い内に正式な発表を宮内卿の方からして貰う心算です。バンエル王国はシュレン地方の紛争で、中立の立場でいて下さって助かりましたよ。」
「流石に今回の戦いはオーニアス帝国側の問題ですから、神聖ロマン帝国選帝侯たちも中立でいる国が多いでしょうね。攻めて来られてら当然戦いますけど。」
そう言ってアデル皇后様とクランベル伯爵は、アリシア妃殿下の婚姻話からオーニアス=神聖ロマン帝国とロイセン王国との戦いについての話題に移って行った。
あの美しく優しいチャーリーでも、妻以外の女性と付き合ってしまうモノなのかと思うと、私は結婚に夢が持てなくなっていた。
アルバート4世伯父様は、メイ・フェアード夫人を愛して居ると言いながら、多くの女性との間に子供を作っていたけど、チャーリーはアルバート4世伯父様とは、全く違うタイプの人だと感じていたのに。
私は、出されていた薔薇の花を描いたティーカップに口をつけ、苦く感じてしまうミルクティーを口に含みゆっくりと飲み込んだ。
※※※※※※※※※※
俺は、父が生きていた頃暮らしていたブルームプラム地区に或るロッセン通り沿いの一軒の邸宅に来ていた。
大きな邸宅が並ぶ此の地域は、かなり以前は高級住宅地で貴族達も住んでいたらしいけど、今は貴族達はテラスハウスの或るホワイト通りへと引っ越し、中産階級が暮らす地区へと衰退して行っていた。
住人が変わっても大きな邸宅は健在なので富裕な中産階級の人達が暮らしている。
其処の一軒に俺の愛人と呼ばれている17歳の少女ナタリー・ケット嬢が暮らしていた。
スゲーな俺って。
てな訳はない。
ナタリー・ケット嬢とその使用人一味が暮らしているのは確かだけどね。
一応離婚するにしても対外的な理由が必要なので、(俺が男として人生終了したって言うのでも、俺は一向に構わなかったのだけど、伯爵が駄目って言うので。)良くある理由として、若い女と浮気して離婚された事にしよう、とクランベル伯爵と話し合って決めた。
屋敷とナタリー・ケット嬢と一味はクランベル伯爵が用意して呉れた。
此処まで大掛かりに成ると、俺は絶対にサイレント・ジュニア(=沈黙したムスコ)の話は、他人へ知られたく無いなあ。
恥ずかし過ぎて死ねる。
でもって、クランベル伯爵込みでジュリアと「かくかくしかじか」と幾度となく話合い、離婚までは俺の精神安定の為に、ジュリアとは別居する事に成った。
もうさ、クランベル伯爵って凄いと言うか、場の空気を作るのがプロフェッショナルで巧みで匠だった。
ジュリアとの話し合いもサクサク決めて行くしね。
生活は今まで通り俺が見て、離婚したらソルズサンドの領地収入を諸経費を引いた利益の半分をジュリア達へ支払い、ソフィアや昨年生れたシャロンの学費や持参金を出すと言う取り決めをした。
ジュリアは、俺が抱けなくなった事と家に帰らなく成った事で、他に好きな女性が出来たのだと思って居たらしいけど、俺の話を聴いて痛ましそうな表情で見詰めて来た。
「可哀想。。。」って言われているような気もしたけど、ジュリアに憐れまれるなら仕方ないか。
そしてジュリアに何一つ非がないので、ジュリアの将来を考えて俺が浮気をしたことにするとクランベル伯爵が説明して呉れた。
「それこそチャーリーが悪く言われてしまうわ。チャーリーだって何も悪くないのに。」
「いや、ジュリア。もう俺の悪評なんて聞きなれてるから大丈夫。やっと女性との噂が流れるなら俺も有難いよ。男から無用のアプローチもなくなるかもだし。」
アルバート4世が亡くなられてから、偶に変な誘いが来るように成ったので、俺はどうしたモノかと考えていたんだよな。
流石は皇帝だったと言うべきか。
寵愛の噂が流れている間は、そう言う事が無かったのに。
つうか、悪評と敵意は多かったけどな。
今もちらちらと残って居る俺への敵意って何なのだろう。
まあ、どっちがマシかと考えてみれば、どっちもどっちなんだよな。
それにジュリアには言えなかったけど、今回の噂はコーデリア殿下の為のモノでもあるらしい。
クランベル伯爵は、チャーリーも普通の男だと知らせて、コーデリア殿下に俺を特別視させないようにするってさ。
そんな事をしなくても、俺はありふれた男なんだけども。
あっ、男じゃなくなったかも知れない。
、、、辛い。
エロい事の出来ない俺ならば、旧教の聖職者に成れるかも。
一応は国教も司祭や主教を目指す人は既婚者は駄目だけどな。
新教の場合は、牧師までしか聖職者の役職はないし、信者の全てが同じ立場なので誰でも洗礼をしても良いって奴なんだよ。
だから新教の人達は国教会を同じ新教とは見れないし、ブレイス皇帝に忠誠を誓わされるのもあり得ないらしい。
牧師だった祖父さんや信仰心篤かった父さんは、其処ら辺の整合性をどう考えていたのだろうな。
2人とも生きている内に聞いとけば良かったよ。
で、ロッセン通りに面した愛人宅の1室で、俺はロマン語で聖書の読み方を噂の愛人ナタリー・ケット嬢へ教えて上げている。
マジで俺って聖職者に成れるんじゃないかな?




