ep40 初代スティーブ・クランベル
【スティーブ・クランベル10世伯爵】
執務室で、私はキースから、「避難して来た政府から要注意人物としてリストアップされていた約200人近いクローバー住民を北カラメル大陸行きの帆船に乗せた。」と言う報告を受けて、やっと人心地をつけた。
初代スティーブ・クランベルのお陰で私達子孫は、ゆっくりと趣味の狩猟に没頭する事も出来ない。
ブレイス国内で起きる問題の大元は、大凡マックス8世にした初代スティーブ・クランベルのちょっとした提案の所為である。
諸悪の根源の初代クランベルは、マックス8世に仕えていた頃の姓はコリガンと言い、『スティーブ・コリガン』を名乗っていたと記されていた。
さして大きくもないジェントリ(地主)の3男だった初代スティーブは18歳の時にマックス8世の侍従兼護衛になり、初代の書いている事が本当ならば、容姿と才を気に入られマックス8世の傍に侍るように成ったと記してあった。
マックス8世は、父王マックス7世に命じられてエスニア帝国のイザベラと婚姻し、4人目に生れた子供も女児だった為に心底王妃イザベラを恨んだ。
後継者の男児を欲していた暴れん坊国王マックス8世は、ヤケクソでイザベラ王妃付き女官のジェーンとコトを致してバシリと懐妊させた。
そしてジェーンが懐妊した頃、運良くマックス7世は崩御されていた。
其処でマックス8世はロマン教皇へ『イザベラと離婚したい』って伝令を送ったのだが、旧教では婚姻は神が定めた神聖なモノである為、当然ロマン教皇から叱り飛ばされ拒否られてしまった。
「無理矢理に兄嫁と婚姻させろと願って来たのは、ブレイス王国側なのにいい加減にしろ!」と、激オコのロマン教皇であった。
イザベラは兄の王太子と婚姻したが、婚姻式の翌日に王太子が亡くなり、父王マックス7世は寡婦と成ったイザベラと弟のマックス8世を強引に結婚させたと言う経緯があった。
ホントは寡夫だった父王7世は、イザベラと婚姻したかったが諸般の事情により、周囲が全力で止めた。
この頃、旧教は兄嫁と弟の婚姻は許されていなかっのだが、未だ弱小国であったブレイス王国は大国エスニア帝国との縁と莫大な持参金を返却したくなかったので、父王7世はロマン教皇を頼り特別な赦免状を買い付けたのだった。
一方、時が過ぎゆく中で此の儘だとジェーンの子は庶子に成ってしまうと焦ったマックス8世は、イザベラは兄と初夜を過ごしていたので婚姻は無効であるとして、第一子は兄の子であると言い始める始末。
父王マックス7世が兄との婚姻を無効とする為に初夜を過ごして居ないとして、ロマン教皇にマックス8世との婚姻を認めさせたのに酷い話だ。
流石に、権威を傷付けられて怒り心頭に発したロマン教皇は、マックス8世へ教会からの『破門』を言い渡した。
此の頃は、教皇の力も未だ強くまたロマン教皇はエスニア帝国からの者で、王妃イザベラと従弟の関係であった。
そしてロマン教皇から破門を言い渡され悩んでいるマックス8世に、私の祖先であるスティーブ・コリガンは、『悪魔の囁き』みたいな助言をした。
「破門もされた事だし、マックス8世が新教で新たな宗教を作られては如何でしょう。財政的にも、教皇たち旧教徒が持つ荘園や教会や修道院に或る財貨は、父王の作った宮殿造りの負債や陛下が作った戦費で膨れ上がった赤字も解消出来るのでは無いですか?」
こうして色と欲を同時に満たせる、初代のナイスなアイデアは採用され、ブレイス王国に国教が出来た。
此の頃ブレイス王国は、未だ政を王と寵臣たちで決めていた。
可哀想なイザベラは、一方的に離婚を言い渡されたが同意しなかった為、ロドニアに或る離れた城で嫁がせていない娘と一緒に幽閉された。
一方的に私生児とされた未婚の娘達の1人は、後に初代の息子の嫁に成った。
幾ら離婚をしないイザベラが嫌いでも、敢えて貴賎婚をさせるマックス8世は鬼ですね。
そしてマックス8世が国教会の最高位に就き、任命した大司教立ち合いの元ジェーンと婚姻した。
悲しいかなジェーンの出産した子も娘だった。
此の宗教改革で、奪った旧教会の財産や領土はマックス8世の寵臣や国教会創りに協力した貴族、ジェントリ、騎士たち、都市商人たちへと下賜もしくは貸与、売却という形で払い下げられ、私の祖先は初代クランベル男爵の称号と共に、旧教徒の荘園だった広大な領地とロドニアのウエスト地域に或る広い敷地を授けられた。
当時、ブレイス王国全土のほぼ4分の1が、大小800あまりの修道院の所有になっていて、そこからの収益は国家収入に匹敵する莫大なものだったと記されていた。
あの時代、初代スティーブ・クランベルとマックス8世が国教会を作らなかったとしても、孰れ此のブレイスでも新教徒と旧教徒が分れて反目し合う事に成ったと考えられる。
ヨーアン大陸で起きていた宗教戦争が、もっと陰惨な形でブレイス王国に影響していたかも知れない。
しかし、教皇領で在ったクローバー王国に「旧教からの解放」を謳って攻め入り、戦いに強いノルディック王国へ妹を嫁がせて、生れてきた王子にも娘を嫁がせ、ブレイス化の足掛かりにしていた事は否めない。
その後、マックス8世は次々と離婚再婚を7度も繰返し、生れて来たのは女児ばかりでマックス8世が崩御する時に独身で生存していたのは、イザベラの出産した4女エリザベスのみだった。
ジェーンの娘は、フロラル王国へジェーンが不義の罪で斬首される前に旧教徒の者が逃がして居た。
マックス8世が亡くなる前、イザベラとの離婚を無効と成し、女性にも継承権を認める様に法を改正し、エリザベスがブレイス王国の女王と成ったのだ。
出産されるのが女児ばかりなのと、早逝な子が多かったので、不義を理由に斬首した后たちの呪いでは?
そう言う噂を消すのも大変だった、と初代は綴っていた。
初代スティーブ・クランベルとしては、マックス8世の為にもブレイス王国の為にも、国教会の権威を造り上げねば成らなかったし、七難八苦を乗り越えて来た涙ぐましい努力を記していた。
そして私の代まで続くクランベル伯爵家は、国王と国教会の権威を守る為、クローバー王国とノルディック王国を利用し続けて来た。
その贖いの為に歴代のクランベル家の者たちは、ノルディック王国のギルバート2世陛下御一家を亡命させる手助けをしたり、クローバー王国やノルディック王国の民を北カラメルへ逃がす手助けをして来た。
原因を作っている側だと言うのに、手助けと言うのは烏滸がましいな。
処女王エリザベス陛下が亡きあと、フロラル王国から議会が呼び戻したホワイトローダ家のジャスティン陛下がクローム将軍から斬首された報を知った、初代スティーブ・クランベルが綴った亡命先フロラル王国からの嘆きとかね。
初代スティーブ・クランベルは、クロームを筆頭とした純教徒達の不穏な動きを察してジャスティン陛下も逃がそうとしたのだが、王権神授説を信じて疑わず最後まで玉座を離れなかった。
クリイム歴1534年から1589年までの、初代スティーブ・クランベルと二代目クランベルの濃厚で波乱に満ちた日々の記録は、私と関係の無いモノなら、中々に興味深い書物であるのが、此の国の悲劇の元凶だと思うと、何度読んでも複雑な気持ちになってしまう。
そして、13歳に成る私の息子スティーブンにも、クランベル史をそろそろ読ませる事になるだろう。
私の時は5歳だったが、余り早くにクランベル史の書物を読ませると、自分のように冷めた目線でしか物事を見なくなることを懸念して、パブリック・スクールの入学年齢まで待ってみたのだ。
父や先代たちは知らないが、私はチャーリーに出会うまでは、日々が無意味で退屈だった。
何もかもが、予め予定されている物事のようで、感情の起伏が余り無かったように思う。
それはそれでも良いのだろうけども、私はチャーリーが、驚いたり喜んだり、時に哀しんだりして移ろって行く感情を共に受け止められる新鮮な歓びを、出来ればスティーブンにも味わって欲しいと考える様になっていた。
それが友人でも愛する人でも。
誰かと共に、同じ事を感じられる喜びは百の知に勝る。
私がチャーリーと奇跡的に出逢った13年前に生れて来たスティーブン。
妻のエリアスとは、クランベル家を継ぐ者として婚姻をした所為か情愛と言うモノを感じなかったけど、私と同じ枷を背負う者として切れない繋がりのような情をスティーブンには感じている。
もしかしたら父も私にそう言うモノを感じていたのかも。
現状で起きた問題の対処を父と私は過去の出来事も付随させ話し合っていたのを思い出していた。
私と同じ翠色の目を眇め、眉間に深い縦皴を作り、陛下たちの起こした騒ぎを鎮静化させる為に、背後で動き回っていた父の姿を思い出して、私は苦笑する。
きっと私もあんな表情でチャーリーに陛下たちの話をしているのだろう。
『でも、私は幸せな人間ですよ、父上。』
愛する人から私の笑顔を望まれ、その言葉を掛けて貰えるのだから。
私の躊躇いに気付いて、その躊躇いをチャーリーは赦し、受け止めて呉れた。
始めは、奇跡のように美しいチャーリーを私の手元に置いて於けるだけで良いと思っていたのだが、気が付けばチャーリーの柔らかな感覚で私は深く癒されている。
急に私はチャーリーの黄金に輝くルチルのような瞳を思い出し、堪らなく会いたくなった。
私はキースにチャーリーが屋敷へ戻って来る時間を尋ねた。
※※※※※※※※※※※
【デイジー・レスタード】
グリンジットハウスは姦しい女の園である。
まあ、コーデリア殿下が住まう場所だから仕方がないのだけど。
「でも、近衛兵が就くように成ったのよ?デイジー。」
私が「若い男性と会う機会が無い」とリアナと話していると、水彩画のレッスンを終えたコーデリア殿下が私へそう声を掛けて、グレイスと共にコーデリア殿下が日中過ごされるチェンバールームへと戻って来られた。
慌てて私とリアナは礼をして、コーデリア殿下を迎えた。
いや、確かに近衛の方々は皆さん身分の或る人たちなのですけども、私は身体を鍛えてます系って駄目なんですよね。
3番目の馬鹿兄貴ケビンを思い出して。
プライベートスクールを辞めて、2番目のマシな方の兄カイルとアドミラルに入ってから色気づいて、「俺ってモテモテなんだぜ。」って、妹の私に自慢する図体ばかりがデカイ仕様のないケビン兄なのだから。
それと、永の別れを済ませたエルザ姉さんには申し訳ないけど、旦那様のフリップ中佐も背が高くてマッチョな身体で、鋭い眼光の目が怖い感じがして、私は苦手なのよね。
美女の長男のチャーリー兄さんは、「フリップの笑顔は最高にカッコイイから。」と「フリップ中佐怖い」って言う私にフォローして呉れるのだけど、笑顔になるまで私は待つ気はありません。
それにフリップ中佐も恐らくはチャーリー兄さんの信望者だと思うのよね。
妹の夫をその気にさせるんじゃないわよ、チャーリー兄さんは。
でも、エルザ姉さんはフリップ中佐と結ばれて幸せそうだったので、私は家庭平和の為その事には口を噤んだ。
エルザ姉さんはフリップ中佐の事が大好きなのは、一緒に実家へ戻って来た時や気遣いぶりを見ていると、丸分りだったもの。
蓼食う虫も好き好き、、、って、言葉も在るし。
私も好きに成る相手は「蓼」と呼ばれない人にしたい、と考えてはいるのだけどね、一応。
そして、美女な長男チャーリー兄さんは、エルザ姉さんが亡くなってから、猛烈にまた働いている。
全く、父さんが亡くなった時と同じ行動しているんだから。
悲しい時は、動き回れば良いって誰かに習ったのかしら?
父さんが亡くなった時も母さんや私がボーっと父さんを悼んでいるのに、急遽引っ越しを決めてカールソンや父の友人で恩人らしいウィルソン・カステル氏達に手伝って貰って、私達一家は新居へ引っ越しを完了させられた。
其の事に対してチャーリー兄さんへ向ける母の不満は可成りのモノだった。
私やアランはロドニアの中心に近くて便利で賑やかなテラスハウスに越せて実は喜んでいた。
昔高級住宅街だった元の屋敷は広かったけど、今はロドニアの中産階級の人が住む場所だったから、噂で聞いていたお洒落なテラスハウスは建って無かったのよね。
その後、如何いう経緯か議員に成って、殆どチャーリー兄さんは帰宅出来なくなってしまったけど。
そんな忙しい中、チャーリー兄さんは友人であるフリップ中佐のカブリア領地へ家族揃っての旅行へ連れて行ったりもして呉れた。
正かエルザ姉さんがあんな怖い容姿のフリップ中佐を好きに成るとは思わなかったけど。
伯爵家の次男だと紹介された時は、貴族だなんて思って居なくて、私はもう一度驚いたわ。
だってフリップ中佐は貴族に見えなかったのだもの。
そして只の庶民とでは婚姻が難しいと思ったけど、ちゃっかりチャーリー兄さんは男爵に為るしで、無事にエルザ姉さんとフリップ中佐は婚姻する事が出来た。
エルザ姉さんが結婚してからも相変わらず忙しそうだったけど、チャーリー兄さんの表情が優しくなっていて、私は安心したの。
私たちの住む実家には余り戻って来なかったけど、エルザ姉さんとフリップ中佐の家には良く訪れて愚痴を零して帰って行くとエルザ姉さんは笑っていた。
そして、エルザ姉さんが唐突に亡くなって、私達が哀しみで狼狽えているとチャーリー兄さんは表情を消して、父の時と同じようにテキパキと動き葬儀を片付け終え、私達家族やフリップ中佐を慰めてからウエストカタリナ宮殿で新たな仕事をするようになった。
ジュリア義姉さんへ連絡を取るとチャーリー兄さんは家に殆ど戻っていないらしい。
父が亡くなった時も家族のいる家には戻らなくなっていたし、チャーリー兄さんは今回も自分の家だと喜んでいたジュリア義姉さんと娘のソフィアがいる家に戻らなくなっている。
それがチャーリー兄さんなりの哀しみの癒し方なのかなと私は考えてみた。
コーデリア殿下からチャーリー兄さんの様子を案じて尋ねられたけど、私は笑顔を作ってチャーリー兄さんの長男としての矜持を想って答える。
「元気みたいです。相変わらずの仕事人間で困りますよ、コーデリア妃殿下。」
チャーリー兄さんは、誰かに心配され気遣われるのが苦手ですものね。
そう言う所は、エルザ姉さんから聞いていた父さんそっくりなのだから、チャーリー兄さんは。
私は、フリップピバート家の領地へ行ってしまった姪っ子のナディアと幼い甥っ子フリップ・ダニエルの幸を密かに祈った。
勿論、チャーリー兄さんの健康と幸せもね。
そしてコーデリア妃殿下がソファーから立ち上がったのを確認し、私も静かに後ろへと付き添いドレスのドレープに気を配った。




