ep4 アルバート4世
余禄の多かったイラド植民地委員会の事務局から離れ、美意識高い系のアルバート4世がお気に召す服装に着替えて、あっ、勿論だけど、クランベル伯爵が用意してくださいましたよ。
俺がそんな高尚な衣服を持っている訳がない。
一本一本を丁寧にカールさせているウォッシュグレイの長めのウィッグを黒のリボンで結び、黒いベルベットで作った前をバサリと開いたコートを羽織り、クラバットで首元に白い凝ったレースの花を咲かせて、ゴージャスな刺繍で縁取られたクリーム色のシルクで織られたウエストコートを着、羊皮で作ったピッタリと下半身に沿ったモッコリ白いスパッツと、艶の或る茶系の太もも近くまで或るロングブーツを履かされた。
幾らするんだろうか、此のファッション。
黒のビーバーハットを被るのだから、ウィッグは不要では?なんて俺が思ったのは秘密。
隣りに立つクランベル伯爵は、それはもう完璧で、テーマは古代グリシア時代の筋肉美だそうですよ。
足が長くて細マッチョなクランベル伯爵だから美しく見える、って方に、俺は奮発して10ポンド賭けよう。
俺は、宮廷で此のファッションが似合う人って絶対に少ない筈だ、って思ったよ。
まあ俺自身は今の所は宮殿の社交に参加しない、つうか出来ないけどさ。
でもって俺が知っている貴族議員の容姿を思い浮かべて、「無理だな」と言う結論を出した。
案外、年上の人ばかりだし、ふくよかな人が多い。
だって此の俺もコルセットは着けるし、足を長く見せる為、靴底に或る切れ込みへスパッツに付いてる紐を通して、上下で引っ張っている感じなんだぜ。
とてもじゃないけど1人で着れません、ハイ。
別に俺は太ってないぞ。
此の細マッチョ限定ファッションは、アルバート4世お薦めのダンディ・スタイル。
アルバート4世の寵臣オス=オンリー準男爵のコーディネートだとか。
美意識高い系のアルバート4世は美術や建築に限らず、馬や人も美しいモノが好きなので、俺には分らないラインをはみ出した人やモノが苦手だったりする。
そんな訳で、次々と枢密顧問官を首にしていたので、成り手が居なく為り、現在も2名程の空席が出来てしまった。
成り手がいないのは、恐らく此のアホな、基、我儘なアルバート4世のフォローをしたく無いからでは?と、俺は推測している。
下手なフォローして責任問題とかにされたく無いし。
頭は悪くないんだよ?アルバート4世。
7歳に成る頃には、母国語は当然だけどフロラル語、ロイセン語、グロリア語、ロマン語を解し、その後グリシア語、古典ロマン語にも通じて、18歳に成る頃には社交の場を盛り上げ、他国でも人気が在ったらしい。
クランベル伯爵からの情報だと。
でも18歳で独立した邸宅を与えられると、芸術家たちを集め、みんなで酒を飲み乱痴気騒ぎを、いや、新たな芸術論を討論し合い、自らの肉体を使って実践的な活動を始めたと言う。
アルバート4世のその姿は、しらふであっても、何時も酔っている様に見えていたとか、、、。
その頃、アルバート4世は、父3世から年金5万ポンドと議会からは6万ポンドを支払われていたけど、彼の生活では全く足りなかったそうだ。
馬も大好きだから、いっぱい飼っているし。
チャリオット大好きで6頭立ての馬を馬車に乗って操縦しちゃうんだぜ。
でも、その馬好きのお陰で王家主催の競馬が盛んに行われ、上流階級のトレンドにもなった。
まあ、戦争には馬が必要なので、何処の国の王侯貴族たちは概ね馬好きだけども。
ウイング城近くに或るアスケットと言う丘を競馬場にして、1年に一度王家主催のロイヤル・アスケットと言う競馬を行ったりしている。
今は亡きアルバート3世もロイヤル・アスケットを開いたアルバート4世を褒めたと言う話だった。
王太子時代の競馬好きのお陰で、ブレイス帝国内でも競馬場が多く作られてたりしている。
王侯貴族の馬好きはアルバート4世だけじゃないけどさ。
ブレイス帝都のウエストカタリナ地区北西に或るイーバリー・パークでも競馬が出来るように作られているし。
何故か宮殿や邸宅作りも趣味だし、調度品なんかもアルバート4世好みのモノを各国から金に糸目を付けず取り寄せ、グロリアやフロラルの著名な職人を呼び寄せ、自分の領地で作らせていた。
お陰で領地の工房でもグロリアやフロラルの技術が伝わり、アルバート調と呼ばれる家具が出来たりもした。
アルバート4世の素行不良は兎も角も、芸術家達には素晴らしいパトロンであった訳なのだが、王宮で或るウエストカタリナ宮殿には住まず、ロドニアから西20kmに或るウィング城で最愛の女性メイ・フェアードと共にラブイチャ生活を営んでいる。
楽しそうで何よりだけど、馬車で約2時間半近くも掛けて訪れる身にもなって欲しい。
最愛の女性が出来たからと言って、アルバート4世の下半身はフリーダムな侭だけどさ。
クランベル伯爵が「アルバート4世は純愛に生きている方だから。」と以前に話して居たけど、俺は純愛の定義が分らなくなってきている此の頃である。
プライベートな応接の間に招かれて、間近に初めてアルバート4世を拝謁させて貰ったけど、新聞に載っていた版画よりも色男であった。
悪どそうなチョイ悪親父ではなく、品の或るエロそうな老紳士だった。
いや、紳士じゃなくて皇帝だけども。
銀髪?って吃驚したけど、あの繊細で芸術的な幾段にも連なるウェーブは、ウィッグで或る事に気が付いた。
真っ直ぐに整えられた金の眉にエロそうな青の瞳と艶を出した薄い唇。
若い頃はさぞかし美男子だったのだろう事を窺わせた。
アルバート4世は、最近嵌っていると言う古代ロマン帝国風のローブを幾重にも重ね、ウール素材のクリーム地で織られた布を、金糸で編み込みベルト状にしたもので腰を括り、上から黒なのに豪奢に見えるマントを羽織っていた。
「普段着で失礼するよ。クランベル伯爵。」
そうか。
此れが皇帝の普段着と言うモノか。
俺は表情が動かない様に懸命に顔に力を入れた。
アルバート4世付の従者や従僕、小姓たちが煌びやかな制服で室内の持ち場で佇み、護衛や側近も「お前は無闇に皇帝陛下へ近付くなよ。」って視線で俺を威圧して来ている。
広い室内の筈なのに、俺には狭苦しく感じられた。
細マッチョとは言え14人も男ばかりがアルバート4世の周囲を固めている所為かも。
此れだから、アルバート4世は若い女性と浮名を流してしまいたく成るのかも知れない。
幾ら見目が整っていても所詮、男は男だもんな。
臣下とは言え四六時中も取り囲まれて、男たちの圧迫面接されてるとアルバート4世も嫌気が差すだろう。
『分かるわかる』と、俺は胸の内で、アルバート4世へ勝手に同意して頷いていた。
俺はアルバート4世から赦されてクランベル伯爵の隣で伏目がちに座り、意味不明な同情をしつつ、2人の会話に耳を傾けた。
「ソレで陛下、以前話していた叙爵の件ですが、旧教を認める宗教的寛容法案に反対しているトール党支持のジェントリ達に叙爵すれば良いのでは無いでしょうか。信仰の問題に陛下が口を出しては、また五月蠅くなりますから。」
「ふむ、成程。しかしクランベル伯爵、爵位が売れないと資金が手に入らぬな。」
「ええ、ですから内密で本人確認する折に、その者には相応のモノを支払って貰います。きっと家も本人も喜んで支払うと思いますよ。それと王立士官学校で売官制度を始めましょう。細かく分けて金額で決めるのです。入学し辛い今の状態だと新たな富裕層も不満が溜まっているでしょうからね。」
「うふ、分った。そっちは頼むよ、クランベル伯爵。此の所は急進的なリバティ党議員が増えて来た気がするのだが。リバティ党のアイスエッジ元首相は、寛容政策に反対の立場を取っていたのに。」
「アイスエッジ元首相は、長期政権維持を一番の目標に掲げていたから、保守のトール党とか革新のリバティ党とか余り考えて居なかったのだと思いますよ?陛下。党は違いますが、私は尊敬して居るのですよ、アイスエッジ元首相を。最近は体調が優れず寝込んでいるみたいですが。」
「うん、彼には世話に成ったからな。アイスエッジ元首相は、かなり高齢だった気がするが。後で私から見舞いのモノを遣わそう。」
それから、アルバート4世とクランベル伯爵は、2人で何か良からぬ謀があるようなので、俺は陛下の従者に案内されて、隣に在る控室へと向かった。
クランベル伯爵がアルバート4世にした腹黒い提案を聞いて、俺は脱力した侭、ボルド―色の背凭れに身体を預けて、ウィング城二階の広い窓から見える美しく整えられた庭園を眺めた。
弟のカイルが行きたいと希望していた士官学校を商売に利用しようとは、全く。
戴冠式に約21万ポンドも掛けるから、今も増築しているセントカタリナ宮殿や新たに造っている自分の宮殿の費用が足りなく成るんだよ。
幾ら物価が違うとは言え、父親のアルバート3世の戴冠式の費用は、1万ポンドだったと言うのに。
しかしアイスエッジ元首相は其処まで体調が悪かったのか。
俺は、クランベル伯爵みたいにアイスエッジ元首相を尊敬とかしていないけど、リバティ党らしいと言うか、リバティ党らしくないと言うか、政敵には容赦ない人だった話は聞いていた。
アイスエッジ元首相は、ブルジョワ第一主義だったしな。
でもまあ、勅許状をエリザベス1世から得てるとは言え、海賊の如く他国が植民地にした近隣を恫喝し、商館を取り敢えず建てていた無軌道な東イラド会社を、抜け道だらけだけども一先ず議会に組み込み、株主が利益を得やすいようにした有能な政治家でも或る。
地主やブルジョワジー達などに定期的な土地税減税をし、その穴埋めに塩税を課したりもして庶民には厳しく、選挙民にはデロ甘な税制を作ったりした。
他国との戦争は極力回避していたけどね。
戦費が掛かると上流階級にも課税しなきゃ成らないし。
アイスエッジ元首相は、選挙権の無い庶民なら幾らゴリゴリ税を取っても良いけど、有権者には駄目だって考えていたみたいだ。
但し、たばこ消費税を課そうとして20年に及ぶアイスエッジ政権は瓦解しちゃったんだけど、それでもリバティ党の権力者として、アイスエッジ派の首相や大蔵卿たちなどへ影響力を行使してたけどさ。
有権者では無い庶民や植民地の人間からは、俺を含めて嫌悪されていた。
アイスエッジ元首相は有能だけども比較的に分かりやすい人だった。
自分達に批判的な記事を書く新聞社を恫喝と買収で黙らせて、政府に批判的な演劇の脚本家を演劇界から締め出すと言う徹底ぶりには頭が下がるよ。
でも、そんな強権的な彼のお陰でヨーアン諸国内では珍しくブレイス帝国の参戦数は、少なかった方じゃないかな。
軍で出世したい人には不満かも知れないけどね。
ヨーアン諸国は、なんか延々と宗教戦争だった筈が、いつの間にか神聖ロマン帝国の領土戦に成っているし。
如何して旧教のフロラル王国が新教徒のロイセン国と組んで、同じ旧教徒のオーニアス=神聖ロマン帝国を攻撃しているのか?と、俺は小一時間問い詰めたい。
でもって、アイスエッジ元首相のお陰で安定していたリバティ党だけども、当然、リバティ党内にも反アイスエッジ派も居る訳で、リバティ党内には啓蒙思想が信条の議員も多くいて、首相を辞めてからは党内対立の方が多く成って来たのだ。
全ての人の利益なんてモノは当たり前だけど守れないしね。
利害調整に長けた人だったらしいけど、お陰でアイスエッジ元首相は、ドップリと金権政治だったしね。
それの追及もあったから、議会を病欠ってコトにしてサボタージュしているのかと思っていたよ。
トール党って元は「宮廷党」って呼ばれていた人の集まりで、国王尊重で国王寄り、そして国教会堅持で寛容を認めなかった政党。
リバティ党は、国王より圧倒的に議会重視で、非国教徒に寛容な議員の集まり。
まあ、他にもコート(議会&宮廷)VSカントリー(地方領地自治主導)ってな争いなども或るのだけども、なんだか2大政党で争う議会構造が出来てしまって、昔はもっとバラバラで皆が好きな事を討議していたらしいと先輩議員達から聞かされていた。
彼のお陰でクランベル伯爵が貴族院に登院する頃には、すっかりトール党とリバティ党の2大政党に成っていたらしいけど、アイスエッジ元首相はトール議員よりトール議員らしい法案や議論で、先輩議員達は時々互いに彼の所属政党を確認していたらしい。
それと、庶民院だけかと思ったら、貴族院でもリバティ党から無所属に成った議員が居ると言う。
どうもアイスエッジ元首相は党内にまで強権を振るっていた所があるらしい。
まあ国王が常備軍を持つのに未だ躊躇っている議会だから、自分の意志を他人に抑圧されるなんて耐えられ無いのだろう。
有権者も美味しい想いもした筈なのに、今回の選挙では定員450の所を、トール党が236議席を得てたんだよね。
庶民院で一応はトール党がリバティ党よりも優勢なのだから、俺はクランベル伯爵も下手な小細工をせずとも良いって思っちまうのだけど、あっ、そうか、アルバート4世の資金が必要だったんだ。
俺とは桁が全く違うけども、何処も資金が必要と言う事か。
切ねぇー。
春先の日差しの傾きをボンヤリ見ていると、クランベル伯爵に呼ばれたので、俺は控室を出て行き、扉の外に居たクランベル伯爵と共に、凝った細工のタイルを嵌め込んだ長く豪奢な通路を歩きながら、出口へ向かって進み始めた。
夕陽を背にクランベル伯爵家の馬車に揺られていると右隣に座っていたクランベル伯爵が優雅に足を組んで俺に話し掛けた。
俺は当然畏まって両脚両腕揃えてますよ。
ゆったり俺も脚を組みたいけれども。
「そうそうチャーリー、来年、陛下からチャーリーは男爵位を賜れるよ。」
「はっ?はい?意味が分かりませんし、大体俺は爵位を購入出来るほど、お金を持っていませんよ?クランベル伯爵。」
「ふっ、それは知っているよ。陛下がチャーリの作ったテキストを見て感心してね。新たに出来る植民地でも有用だと仰ってね。文法もそうだけど、我らブレイス人の思想が自然と練り込まれている、と褒めてらっしゃった。その褒賞だよ。」
「そんなに褒められる程のモノでは無いと思いますが。イラドの報告書を読んでいて、俺達が何を基準に物事を見ているのかを知っていて貰った方が良いと感じただけで。」
「チャーリーがそう言う風にイラド人を見れると言うのは、亡き御父上の影響かな?私達なら命じて分らないモノには鞭をと言うモノが殆どだからね。」
「如何なんでしょうか。でも、そうかも知れませんね。父が人種は違っても痛みや悲しみは同じように感じていると良く俺に話していましたから、自然にそう思ってしまうのかも知れません。」
「ジョン・レスタード氏は素晴らしい方だったからね。チャーリーの叙勲は来年の初夏に成ると思うよ。その頃には、せめてウエストカタリナ宮殿が完成していると良いのだが。確りとした古典建築で、隣に在るウエストカタリナ寺院とも溶け合うような宮殿だったから、是非そこでチャーリー達の式典を催したいね。それでも当分は御父上の願いを叶えれそうにないのが残念だよ。」
『済まないね』
父の事を語り、息を1つ吐き出し、馬車の窓へと静かに視線を移したクランベル伯爵は、俺にそう言って居るような気がした。