ep39 楽しい家族計画
閉まったままの書斎の窓ガラスから光の粒子が明るく舞って輝き、冷たく凍っていたクランベル伯爵の翠の瞳を溶かして行く。
クランベル伯爵は、緩んだ翠の瞳を瞬かせて、整った口元を緩め俺の方へ改めて身体を向けた。
「チャーリー、どうして?」
「クランベル伯爵が覚悟を決めたような表情をしたから。クランベル伯爵はギボンズみたいな女性へ寄生する人間を排除させるのを俺は躊躇わないかなと感じたのです。違いましたか?」
「参ったな、チャーリーに読まれるなんて。私も未だ未だだね、父のように成るには。」
「いえ、俺が判ったのはクランベル伯爵と長く傍に居たから感じただけで。ただ、俺としてはクランベル伯爵が其処まで覚悟を決めて迄も遣る事ではないと思うのですよ。」
「私がしようとしたことをチャーリーは察したのかい?」
「ええ、違って居たら俺を叱って下さい。クランベル伯爵、罪のない無垢の魂を消さず、捨て子院へと遣り、生まれ来る子には生きる道を与えて見ませんか?」
俺は、クランベル伯爵の切れ長な目に視線を合わせて緊張しながら、背筋を伸ばしてそう伝えた。
21歳からの付き合いで、俺はクランベル伯爵が綺麗な生き方をしていると思わないけども、覚悟を決めなければ躊躇うような事で、彼の手を汚して欲しくは無かったのだ。
コーデリア殿下の足を引っ張っている面倒なギボンズの排除なら俺も大賛成だったりするけどね。
勿論、直接手を下すのは別の人間だろうけども。
クランベル伯爵は瞼を閉じて、暫く考え込んだ後、瞼を開き翠の瞳で俺を確りと捉えて、静かに口を開いた。
「もしかしたら、その方が子供に取って苦しく辛い選択になるかも知れないよ?チャーリー。」
「そうじゃないかも知れませんよ?クランベル伯爵。ジーンみたいに頼りがいの或る人間に育つかも。今、その命を消してしまおうと決めると、その選択すら出来なくなりますよ。」
「ふふっ、意外にチャーリーは傲慢だな。」
「ですかね?でも、俺はクランベル伯爵に笑顔が戻った事が大切なので、それが成された今は傲慢でも、ちっとも構いませんよ。クランベル伯爵。」
「はぁ、本当にチャーリーは私を、、、、、、、。」
続きの言葉をクランベル伯爵は飲み込んで、俺の額を二本の指先で軽く弾いた。
書斎の空気が柔らかく成ったので、俺は執事のキースが書斎へ運んで来た紅茶を飲みつつ、クランベル伯爵が今後の事を何時もの調子で話し始めたので耳を傾けた。
俺としては、整ったクランベル伯爵の顔が、あれ程に恐ろしく見える方が本当に大問題だったのだ。
王家の血筋問題に細心の注意を払い、悪用されない事を第一に考えているクランベル伯爵なら、ギボンズみたいなモノが父親であると言う子供は許せない存在だろう事は、俺にも推測が出来た。
第一、此の先ギボンズから何を要求されるやら判ったモノでは無い。
それにブレイス帝国では、信仰の守護者として最上位に国王が位置している訳で、王族の1人が不倫&未婚での懐妊は、王家に於いて御法度だったりする。
増してやアリシア妃殿下は庶子では無く正当なアルバート3世の孫にあたるのだから、誰でも適当にって状況は駄目なんだよね。
まあ、王籍から抜ければ別なんだろうけども。
然もアリシア妃殿下のお相手ギボンズは、先頃やっと鎮静化させたクローバー王国出身者である。
別にクローバー王国の反乱に噛んでるとは言わないけど、なーんかギボンズから流れた資金の動きも胡散臭いんだよな。
でもって公然の秘密だけども、ギボンズってノイザン公爵夫人(コーデリア殿下の母親)の愛人でも或るんだよね。
幾ら何でもギボンズは無い。
アリシア妃殿下の懐妊が判った時にギボンズを捕えて『反逆の意図あり』と処罰しようかとクランベル伯爵は考えたそうなのだけど、それは自分の子をアリシア妃殿下が懐妊したとギボンズに知らせる様なモノだと気付いて、アリシア妃殿下の出産を待って処置を考え中とのことだ。
「レオナルド殿下から、無事にアリシア妃殿下が出産を終えたら、バンエル王国の第二王子殿下へ嫁がせたらと仰って下さっていたのだけどね。」
「選帝侯が亡くなり公主に成られる嫡子の方が未だ独身だと俺は聞いたような気がするんですけど?」
「うーん、ルーディヒト陛下は、アルバート4世陛下と同じ性質なのだよ。女遊びはされないけども城作りが趣味でね。余り趣味に興じる方だとアリシア妃殿下も・・・ね。」
「そ、そうですね、クランベル伯爵。」
ふむ、年頃の公太子が正妃を娶らずにいたのは、それなりの理由があるのか。
バンエル王国も選帝侯で公国だったのだけども、先のオーニアス=神聖ロマン継承問題で攻め入り、神聖ロマン帝国の得た後直ぐに急死され、再び選帝侯たちがバンエル公国と話をし王国として承認する取引をして、神聖ロマン帝国の皇帝にシャルル殿下を認めたのだった。
揉めていたオーニアス=神聖ロマン帝国継承戦争がバンエル公国のヘンリク陛下の死で、あっけない手打ちになったのは、流石に戦乱続きで戦費も馬鹿にならなくなったからかな?
西にアリシア殿下の父親であったバーデン公国が隣接し、南にはヨーアン大陸の屋根とも背骨とも呼ばれる高いアルペース山脈が或る。
広い領土を持つバンエル王国だけども、難点は旧教国であると言う事かな。
そしてオーニアス=神聖ロマン帝国の選帝侯でも在るし。
まあ、国王との婚姻では無いので話次第では何とか成りそうかな。
妃殿下たちが輿入れ先で改宗するのは割とある事だから、大丈夫だと思うのだけどね。
さて庶子の場合、陛下たちは庶子たちを王籍へと入れて居ないので、臣下と婚姻しようが庶民と婚姻しようが法を犯して無ければ「オッケー」だったけども、アリシア妃殿下は違うものな。
一応、アルバート3世の正当な皇女だったアリシア妃殿下の母親は、恐らくブレイス帝国の王位継承を娘にも継ぐ機会が或るのではと思い、夫が亡くなり既婚者の弟がバーデン公国を継いだのでアリシア妃殿下を連れて帰国したのかも知れないけども。
神聖ロマン帝国つうか旧教でゲルン語圏内では、女性の王位継承は認められてないしね。
まあ、父親の種がアルバート家では無いので、アリシア妃殿下がブレイス帝国の王位を継ぐことは難しいけども。
僅かでも可能性などあれば、ノイザン公爵夫人が何としてでもアリシア妃殿下をブレイス帝国から追い出しただろう。
しかしなあー、俺はふとアリシア妃殿下の恋する乙女心とか言うモノを考えてみた。
「アリシア妃殿下は了承するでしょうか?あのオッサンを、基、ギボンズを好きなのですよね。」
「しかし、此の国に未婚の侭でアリシア妃殿下がいらっしゃるとなると、ギボンズの子を再び身籠りかねないだろ?私も、こんな問題は一度で充分だよ。」
「そ、う、ですね。お疲れ様です、クランベル伯爵。」
「はぁー。」
整った容姿の眉間の眉根を情けなく寄せて、クランベル伯爵は溜息を吐いて俺に肩を落として見せる。
何事も器用にこなすクランベル伯爵を此処まで疲弊させるとは。
「俺は前から疑問に思っていたのですけど、なんでクランベル伯爵は一生懸命に王族を守ろうとしているのですか?」
クランベル伯爵の場合、忠誠心つうとも違う気がするし。
それに信仰ですら、王族の都合で好きに変えてしまえるのである。
まあ、クリイム歴1,500年代の頃と現代では王権の強さも全く違うけども、今回のようにクランベル伯爵の意に添わなくても、王家を守るために覚悟を決めた様子を知ってしまうと、俺はクランベル伯爵が其処までする意図を尋ねたくなったのだ。
「そうだねー。クランベル家がマックス8世に恩義があると言うのも在るけども、若い頃から私が政に関わっていて感じた事の所為かも知れないね、チャーリー。」
クランベル伯爵は、俺と同じ様に21歳の頃から庶民院で活動されていた。
勿論、クランベル伯爵は俺みたいに、小金欲しさで動いている訳は無く、、、。
「議会という権力を抑制する法を作っても不完全に為るし、決まった法は矛盾の産物だしね。まあ、人が人であり、其処に多くの人間が絡むから、矛盾だらけの欠陥品ばかりを作り出してしまう。ソレを否定しようって事は、人である事を否定するのと同じだからね。でも、そう言う矛盾の上に幾層もの新たな決まり事を積み重ねていくと、身動き出来なくなるか、倒れちゃうモノなんだよ。下手すると国自体も無くなるからね。」
「それを防ぐ為、国王は必要で或ると?」
「そう単純なモノではないよ。そうだったら滅亡する王朝などないよ、チャーリー。ただね、権威あるものが、その権威を使って道を示す事は出来る。議会で動けない時、通常の外からの号令でね。色々と過去を紐解くと、どの王朝末期も王の権威は弱められ地に落ちているんだよ。そう言うイザと言う時は来ない事を私は望んでいるけど、でも何が起きるか判らないだろう?この度の反乱のようにね。まあチャーリーは懸念を忠告してくれていたけど。ふふっ。でも誰も本気にしていなかったのだよ。まさかノルディックやクローバーが逆らう何てとね。」
「その権威を守るために、クランベル伯爵は動いているのですか?」
「そうだね。特に今回のアリシア妃殿下の問題は、王族を庶民と同じ位置へと貶めるモノだったからね。別に品行方正でいて欲しいとは、私も思って居ないよ。長くアルバート4世と付き合って来ていたのだからね。破天荒でいて貰っても構わないのだけど、せめて王家のモノとして呆れても仰ぎ見られる立場でいて呉れないとね。人は同じ目線の高さのモノからは畏怖を感じないから。」
そう言うとクランベル伯爵は、落ちて来た白みを帯びたウィッグの横髪を、長く白い整った右の指で後ろへと流し、左腕を延ばしてテーブルの上の白い磁器のティーカップのソーサーへ手を添えて、優雅に長い脚を組み替えた。
「ふっ、でもまあ此れは私の想いであって、亡くなった父とも、また違うかも知れないけどね。王家を醜聞から守ると言う行為は、父と私も同じで在るけどね。」
「それにしてもクランベル伯爵で十代目ですよね。途中クローム将軍の時に、一度は王侯貴族制は無くなり、復古王政に戻ってからクランベル家も復活して、また王家に尽くすって凄い事ですよ。」
「ふっ、初代からの記録を読んでいると膨大な量があるから結構楽しめるよ。チャーリーにも読ませて上げたいけど、秘匿する事が多くてね。」
「いえ、遠慮します。俺も古書には興味がありますけどね。でも、今回アリシア妃殿下の事を知っただけで俺の心臓はバクバク脈打って大変なのに、此れ以上の秘匿情報は勘弁してください、クランベル伯爵。」
クランベル伯爵は明るい翠の瞳を細めて、白い磁器のティーカップに注がれたミルクティーを飲んで口を湿らさ、俺にも飲む様にとジーンが持って来た新しいミルクティーを目で促した。
クランベル家の歴史書に興味がないと言ったら嘘になるけども、孰れは北カラメル大陸へと旅立つ俺には、背負い切れない内容だと推測出来るので、好奇心を丸め込み胸に仕舞い込んだ。
それからクランベル伯爵へアルバート5世のフレッツザハンの息子達5人に治めて貰う北カラメルの植民地を説明し、そして実質的な総督はアルバート5世の息子達の姉夫婦へと任せて、監督させることを話した。
姉たちの夫は運のよい事に皆が陸軍の大佐や中佐だったので頼み易かった。
普通に任命するとアルバート5世陛下の息子たちに好き放題されても、誰も立場的に注意し切れないけど、どの息子たちも完璧な姉を苦手としていたので、彼女達夫婦に弟の世話を依頼したのだ。
「ふふ、簡単に決めたね、チャーリー。」
「ええ、まあ他人の人生だから簡単に決めれるんですよ、クランベル伯爵。」
そう俺は呆気らかんと話して、クランベル伯爵と笑い合った。
※※※※※※※※※※
俺本来の職場、ウエストカタリナ宮殿に或るアルバート5世陛下の執務室兼談話室で、部屋の主のアルバート5世陛下へと挨拶をして、前もって宮内長官と枢密院議長たちへ渡して於いた簡易に纏めた報告書を秘書官のクロードから陛下へと渡して貰った。
北カラメルの植民地へ行けば、此れで議員経由で来るアルバート5世陛下の息子達に近付いていたオネダリ型のオッサンたちや商人が少しは減るだろう。
このリストでは、一番年下に成る18歳のボンバー皇子こと、クインシー大尉と20歳の海軍少佐以外は嫁持ちで在り、クインシー大尉だけは一先ずサーロイナ島で南国アイランド生活をエンジョイして貰おうと言う計画。
つってもサーロイナ島は、ブレイス帝国のアドミラルの軍需物資保管庫や水兵訓練所だったりもするので、思う存分ボンバーして呉れても構わい。
但し、姉君の旦那の指導付きだけども。
勿論、姉君の旦那様に無料でなどで、俺は頼みませんよ。
2年間ほどクランシー殿下の面倒を見て呉れたら、北カラメルの王家直轄領に1万エーカー以上の土地をプレゼントして、爵位も付けちゃいます。
屋敷を立てる費用と職人も付けると姉夫婦と契約も済ませました。
ブレイス帝国の領地とどっちにするかと選んでもらうと北カラメルが良いと言うので。
何という太っ腹。
いえ、それぐらい大変なんですよ、クランシー殿下って。
つうか、軍隊生活で少しは揉まれろよ、ボンバー皇子。
俺は、気難しそうな顔をして重厚なウイングチェアーに座っているアルバート5世へ微笑んで、此れから始まる息子達の明るく楽しい家族計画を陽気な声で説明した。
「あ奴等が真面目に出来るとは思えないのだがな、チャールズ。」
「それ故のご息女たち夫婦の出番なのですよ。ご息女たちもヤル気に満ちていましたし、案外と案ずるより産むがやすしです、陛下。」
「そう言うモノかの。まあ、任せると言っていたのだし、頼むぞ、チャールズ。」
「はい、畏まりました、陛下。」
こうしてオネダリ・チルドレンたちを俺は無事に北カラメルへと片付けた。
フロラルス王国やエスニア帝国との紛争地帯は何処も遠く、王家直轄植民地は領有を宣言して認められた場所なので、心配はない。
何方かと言うと野生動物やガラガラヘビなど爬虫類に気を付けて欲しい位だ。
ロドニア帝国に居るより寂しくないと思うんだよな。
まあ楽しい家族計画は、俺って半ば本気でも或るのだよ、実は。
夫婦や姉弟、街の人達と話し合って居たら意外と新たな発見や愉しみ、、、、苦労があると思う。
発展中の街なんか幾らでも遣ることが出て来るだろうしね。
俺は懸念を示すアルバート5世へ「自分の家族を信じて見ましょう。」と、少しだけ真面目な顔を作って答えた。
さて、次は難問だよ。
修道院を作って修道女に成りたいと願っていたアルバート4世の御息女、12番目で23歳であるご息女の件を何とかせねば、、、。




