ep38 コーデリア皇女の溜息
【コーデリア皇女】
伯父様が亡くなってから私の周囲は様変わりした。
クランベル伯爵がチャーリーの妹デイジー・レスタード伯爵令嬢や、クランベル伯爵の分家筋に当たるリアナ・ケインズ子爵令嬢やグレースの娘グレイス・キューリック公爵令嬢を従けて呉れていなければ慣れない騒がしさにストレスが溜まっていただろう。
伯父様、アルバート4世陛下は意識を失くされてしまうまで私を導いてくださって、今思い出しても感謝しかない。
私やザハン伯父様、今はアルバート5世陛下に話されるために体力を消耗してしまったのでは無いかと考えてしまう事もある。
ちょうどクローバー州とノルディック州の反乱も起きて国内が騒然としているとそれぞれの州が独立宣言をしてしまった日、伯父様の体調が急変され、其の侭に帰らぬ人と成ってしまった。
アルバート4世伯父様の崩御された後の葬儀を慌しく行い、アルバート5世伯父様の即位式を素っ気なく済ませてから、息吐く暇もなく選挙が行われた。
アルバート5世伯父様は即位式もしたく無いと宮内長官達へ駄々を捏ねていたそうだが、クランベル枢密院議長や枢密顧問官たちに説得され、派手な事は一切しないと約束させ、嘗てない程に簡素なモノに成ったらしい。
それでも朱色と金のマントを羽織り王冠を付けて王杖を持ち、ウエストカタリナ寺院の式典の間で凛々しく立ち、宣誓するアルバート5世陛下の姿は威風を放ち堂々とし、見る者の頭を自然と垂れさせた。
非常時だとして祝賀会も催さなかった所為で、アルバート5世伯父様は社交界で散々に「質素過ぎる」等と陰口を叩かれたけど、即位式のあの雄姿を皆は見ていた筈なのにと思うと私は悔しかった。
議員達は皆、アルバート5世陛下へ忠誠を誓った筈なのに。
そして何時も元気に私へ話しかけて呉れるデイジーと優しいチャーリーの家族で或るエルザ夫人が亡くなった事をグレース夫人から聞かされた。
「姉の体調が悪いので」そう言って申し訳なさそうに休暇を取ったデイジーを思い出して、私の胸は重く詰まった。
優しいチャーリーや明るいデイジーの悲しみを想うと、葬儀に参列し慰めの言葉を掛ける事すら出来ない自分の立場に苛立った。
グレイスは、そんな私を見兼ねて弔意を示した手紙を綴る事を薦めて呉れたので、有難くその言葉に従った。
そして、選挙が終わるとアルバート5世伯父さまに社交を行う際のアドバイスをして呉れていたクランベル伯爵は、枢密院議長を議会から罷免され、私の所へ訪ねてグリンジットハウスに来るのも「独身だから」と言う意味不明の理由で母から断られてしまった。
クランベル伯爵には、ロマン語で政や経済を学んでいたのに、母は私に断りもなしで一方的に訪問を拒絶するなんて最悪だわ。
クランベル伯爵と共に訪れていたチャーリーも暫くは多忙だからと来れなくなってしまった。
私へのチューターも議会で選ばれた人や安易なモノへ学習内容に変わり、私へ就けられた女官は与党のリバティ党関係の子女と成った。
グレース夫人が私へと付けて呉れていた貴族令嬢たちとリバティ党の子女が入れ替わった形だ。
女官服等と言うモノは無いのだけれど、令嬢たちは私に就くときに着ているドレスは落ち着いた色味で飾りの少ないモノが多い。
別段に貴族令嬢たちは動く事も無いので着飾っても良いのだけど、私に触れた時にレースや装飾品で粗相があっては成らないからと控えていた様だ。
それにあからさまに私の目を見ても来ない。
私もチャーリーと知り合ってからは、アルバート4世伯父様みたいに余り身分を気にする事なく付き合うようにしていたけど、ドレスで色の洪水をグリンジットハウスへ齎している子女たちや躊躇いなく見つめる彼女たちの視線は、私の神経をピリピリと逆なでして来る。
ジェントリーの家庭では貴族と同じ教育をしていると、新たな宮内長官はクレームをつけた私へそう答えたけど、グレース夫人が連れて来てくれた貴族令嬢たちは気遣いのレベルが高いのかしら。
不思議な事にギボンズが私へ就けていた女官は交代する事なく其の侭で残って居るのに。
それでも、私の侍女へ復帰したデイジーやリアナやグレイスが居て呉れるお陰で、私の苛立ちは紛れ、ホッと息が吐ける。
グレース夫人は女官長と言う立場に成ってしまったので、アデル皇后の居るウエストカタリナ宮殿へと移ってしまった。
実の母よりも私はグレースを慕っていたからとても寂しかったけど、「母と同じには無理ですけど私も頼って下さいね」と言って娘のグレイスが話しかけて呉れた。
その笑顔はグレース夫人に良く似ていた私を勇気付けてくれた。
アデル皇后は『アーデルハイト』と、仰っていたのだけど、アルバート5世伯父様へ輿入れの時に『アデル』とブレイス帝国に馴染む名に改名したそうだ。
そして、弔辞の後で吉報の訪れた。
やっとアデル皇后は懐妊なさって、今ウエストカタリナ宮殿は歓びに湧いている。
一層、その子が皇帝に成ってくれないかしらと、私は叶いそうもない望みを内心で呟いて、溜息を吐く。
選挙で閣僚が変わると私の環境までもガラリと変わってしまうのね。
それは、伯父様が亡くなって私が次代の王になることが見えて来たからでも或る。
私自身は何も変わっていないのに人々も態度も変わっていく。
母がご満悦なのは、変わって来た人々の態度だけの所為ではない。
長年目の上のタンコブだったグレース夫人が異動に成り、母の城である此のグリンジットハウスからいなくなり、ギボンズを取り合っていたアリシア妃殿下が病気療養の為、彼女もグリンジットハウスから出て行き、母は我が世の春を謳っている。
このグリンジットハウスで自分の想い通りに傅かせることが出来なかったグレース夫人とアリシア妃殿下たちの顔を見ずに済む事は、母を極上の気分にさせるらしく、新たなドレスや装飾品をふんだんに注文していたみたい。
グレース公爵夫人は、元はアルバート4世伯父様の恋人だったらしいけど、遊び好きのアルバート4世伯父様に早々と見切りをつけて、旦那様である侯爵様と出逢って婚姻し、侯爵の弟妹達を神聖ロマン皇帝の選帝侯達の国々の有力家と縁付かせて、キューリック侯爵家を盛り立てていったとクランベル伯爵は私に話していた。
そんな別れた元恋人同士の2人だったけど、まあ浮気性のアルバート4世伯父様にとって恋人とは?と、疑問もあったけども、偏に私を想って呉れての事だったみたい。
幼い私の傍に居るのが母とギボンズだけでは心配だったアルバート4世伯父様は、才女と名高いグレース夫人へ態々、私の養育係を頼み込んで呉れたのだ。
そしてグレース夫人が私の良き相談相手を務めて呉れた事へ感謝して、アルバート4世伯父様はキューリック侯爵に爵位を授与し、自分が亡くなる前にキューリック公爵とした。
そう言う訳で、グレース夫人は母の勝手で首に出来ない相手だったものね。
そしてアリシア妃殿下は、グレイス帝国の皇女の娘で、父親は格上に成る選帝侯だったバーデン公国の公女でも或るので母も気を使っていた。
アレで?
そう思わないでもないけど、母が手酷い目に遭わす事の出来なかった相手なので、腹立たしく思いながらも気を使っていたのだろう、あれでも。
我が母ながらヒステリーを起こすと物を投げ付けたり、喚いて罵倒する姿は如何かと思うわ。
私からすると、アリシア妃殿下が早く嫁がないと、ギボンズに持参金を全て使い尽くされるのではないかと心配していた。
此のブレイス帝国がついているなら、アリシア妃殿下も母も金銭的には大丈夫なのかしら。
あのアルバート4世伯父様の凄まじい浪費にもブレイス帝国は、揺らいでないのですもの。
さて、今日はアルバート5世伯父様と一緒に港で行われる式典に参加して、北カラメルへ行く軍船を見送りに行かないといけないのだったわ。
恐らく着いて来るであろう母とギボンズとが、どうぞアルバート5世伯父様と揉めませんように。
だって折角アルバート5世伯父様や私が、北カメリアへ戦いへ向かって赴く将校たちや兵士たちを見送りに行っているのに、申し訳が立たないモノね。
私は息を小さく1つ吐き出して、後ろに立つデイジーの方へ振り向いた。
※※※※※※※※※※※
ブランデーを飲んでまたもや意識をなくした事で、俺ってエールかワインのぶどうジュース割りを飲むのが一番だなと自己納得してから、不能で不毛な悩みを胸の底へと沈め込んだ。
もう毎日がロイヤル・チルドレン・デー。
って、事で俺は日替わりでアルバート4世と5世の御子息たちやご息女たちとの面談の日々。
着いて来て呉れるのは頼りになるジーンと俺の監視役っぽい宮内顧問補佐官カスパー君。
顧問官なのか補佐官なのかで、俺が悩んでいるとジーンに「仕事第一!」と言う有難い忠告を頂いた。
取り敢えず婚姻しているご息女たちは会わないでも良いよなと思い、アルバート4世の子供達5人『フレッツノーヴァ』とアルバート5世の子供達5人『フレッツザハン』とお話し合いをした。
「好きなご趣味は?」
「将来の夢は?」
「苦手な事は?」
などなど、俺はまるでお見合いの如く殿下たちへ根掘り葉掘り尋ねて、再度の訪問をお約束。
『シー・ユー・アゲイン!』
まあ、一先ずアルバート5世陛下のご子息たちの行く先は俺の中でボンヤリと見えて来た。
次にウエストカタリナ宮殿へ行って、宮内長官へお伺いを立てアルバート5世陛下の御息女たちの嫁ぎ先をチェック。
昔の古巣だけども、今はリニューアルされて広くてピカピカの植民地省へ入って、北カラメルの11植民地をざっくり調べてメモを取る。
そして陸軍本部へにも顔を出し、一息吐こうとしていると「チャールズ様、今日はクランベル伯爵さまとの珈琲タイムの日です。」と言ってジーンが俺の予定を修正して呉れた。
つうかさあ、クランベル伯爵が俺にオーダーを出したのに、一緒にゆっくり話す暇も無いって愚痴って来られてもね。
てなわけで約束している訳でもないけど、クランベル伯爵と珈琲ブレイクをしよう。
クランベル伯爵も此処の所は多忙らしく、タウンハウスに帰宅していない。
まあ、あの人は何かしら企んでいて、忙しそうだけどね。
頼れるジーンはクランベル伯爵の予定も把握しているらしく、今日は邸内で在宅していると言う。
そういや、随分とクランベル伯爵に会ってない気がする。
馬車の中へ何処からともなく薔薇の花びらの薫りが漂って来て、窓の外を眺めれば目に街路の青葉が沁み込んで来た。
そういやシーズン中だから、俺はロドニアでアルバート5世陛下の御息女たちやご主人たちに会えたのか。
アルバート5世陛下の娘達も陛下同様に軍人好きであった。
長女41歳も次女39歳も6女24歳も7女22歳達の夫も、皆が陸軍で勤めている軍人である。
何でも、長女と次女が竜騎兵と恋に落ちて結婚し、それからは妹達へ夫の同僚や後輩や部下を紹介する内に、陸軍ズなロイヤル・ファミリーに成ったらしい。
庶子なのでロイヤルではないけども。
アルバート5世陛下の御息女達って皆、品もあって綺麗なんだよな。
流石、お母様はアルバート5世を虜にした女優だけあって魅力的だったのだろうと、御息女達の素敵な面影が彼女を偲ばせる。
いや、亡くたってはいないから偲んでは駄目だな。
庶子の御息女様の嫁ぎ先にはクランベル・ルールで相手の身分に応じて爵位を与えるつうのがあって、貴族には爵位をワン・ナップして、ジェントリにはバロネットを、庶民にはエクスワイヤの称号を与える事に成っている。
ぶっちゃけ、持参金を安上がりに済ませたくて創ったらしい。
一応は領地付きらしい。
前クランベル伯爵が決めたとのコト。
原因はアルバート2世とか2世とか。
「アルバート2世がノーヴァ家で短命だったのは腎虚の所為だ」とかクランベル伯爵が言っていた。
アルバート2世の庶子や愛人に案外とガッポリ領地もろとも毟り取られたので、同じ轍は踏むまいとアルバート4世の遊び好きを知り、そしてアルバート5世が身分違いな女性と暮らし出した為、先代のクランベル伯爵が用心して大まかに一度目のルールを創ったそうだ。
で、現クランベル伯爵が2度目の微調整をして現在に至る。
皇女たちの夫は陸軍下士官だった頃に任務先のウエストカタリナ宮殿で守衛兵をしていた所、長女と次女に見初められ逆タマになったのだ。
逆タマかどうかは判らないけども。
生まれは商家で両夫ともエクスワイヤと成り、今も陸軍大佐を務めている。
「よしよし、持ってこいだ」って俺が思ったのは内緒。
てな訳で、心地の良い初夏の風を浴びて俺はジーンと共にクランベル伯爵邸へ辿り着いた。
こういう天気のいい日は庭へ案内されると思ったのだけども、何故か1階の何時もの書斎へジーンにナビゲートされ、クランベル伯爵が座る朱いベロアのソファーへ行き、空いている左隣の席に俺は腰を下ろした。
少し疲れた顔をしてクランベル伯爵は翠の瞳を俺へと向けた。
「忙しくさせて悪いね、チャーリー。実はアリシア妃殿下が身籠られてしまったのだよ。」
「えっ?ええー、アリシア妃殿下って、あのアリシア妃殿下ですよね?クランベル伯爵。」
「そうだよ、チャーリー、困った事にね。」
「それってヤバくないですか?皇女殿下が未婚で懐妊なんて。相手は、、、まさか?」
「うん、その正かだ。アリシア妃殿下付きの侍女が漸く白状したよ。アリシア妃殿下は頑なに話さなかったからね。この事を知っているのは今の所、私とアリシア妃殿下付きの2人の侍女、そして私にアリシア妃殿下は懐妊しているのではないかと報告してきたレオナルド殿下なんだよ。」
「しかし、良く判りましたね。レオナルド殿下も。」
「妻だったメアリー妃殿下が高齢で懐妊したから万が一が遭ってはと、第一子、第二子の時に注意深く体調の変化を見ていたそうなんだ。其処でアリシア妃殿下の微妙な体形変化にレオナルド殿下は気付いたそうだ。私には幾度説明をされても理解不能だったけどね。結局はまあ、ギボンズとアリシア妃殿下の関係を懸念していた所為だと、レオナルド殿下は笑われていたのだが。」
「如何されるんですか?クランベル伯爵。」
「先ずは、生れてみないとだね。今、アリシア妃殿下はロドニア郊外に或る私の別邸で監視を付けて休ませている。ギボンズに会われると面倒だし。」
そう言うと、クランベル伯爵は翠の瞳から熱を消して冷たい表情で誰に告げるともなく呟いた。
俺の背中がザワリと粟立った。
クランベル伯爵のこんな冷たくて怖い表情を俺に見せるのは初めてのことだった。
今考えているそれは、きっとクランベル伯爵の意に沿わない事ではないだろうか。
俺は嫌な予測をして声を潜めてクランベル伯爵へ問い掛けた。
「何か恐ろしい事を考えてますよね?クランベル伯爵。ギボンズを始末するだけならクランベル伯爵は、そんなに怖い目をしないですよね?」
クランベル伯爵は翠の瞳を丸くして、驚愕の表情で俺を凝視した。




