ep33 ディック・ギボンズ
【ウルフ・カーン】
クローバー民で或るウルフ・カーンは、グリンジットハウス3階に或るギボンズの執務室で1700年代に作られたと言うフロラル製の長椅子に腰を掛け、見事な象嵌細工の調度品や高価な家具を配置し、贅沢だが品の無い雑多な室内を目に留めながら、此の部屋の主であるギボンズと今後のクローバー国について話し合っていた。
ギボンズはクローバー国特有の黒味掛かった髪に日頃は穏やかな目つきを作って、淑女達からは神秘的だと言われているグレーの瞳を今は油断なく光らせていた。
クローバー国では、ありふれた容姿だとウルフ・カーンには思えるのだが、此のロドニアの宮廷ではギボンズの風貌は淑女達を虜にする事に何時も愕然とさせられていた。
そしてギボンズは、今やアリシア妃殿下や此の館の主でもあり未来の女帝の母親であるノイザン公妃からも寵愛を受け、意のままにコントロールしていた。
まさか一介の砲兵隊中尉であったギボンズが此処までブレイス帝国の中枢に入り込む様に成るとはウルフ・カーンも思わなかった。
約26年前、珈琲ハウスで政治談議を戦わせていたギボンズが、今はリバティ党の改革派メンバーである自分達の大口スポンサーに成るとは、あの当時ウルフ・カーンも思わなかった。
ウルフ・カーンに取って決して好ましい男では無いが、ギボンズの協力のお陰で今回クローバー国の独立の端緒を掴め動けた事に関しては感謝せずには居られなかった。
カーン家は、クローム将軍時に純教徒と成り、その後に国教徒となりクローバー南部で変節漢と言われつつも密かに旧教徒で在り続け領地を守って来た。
ウルフ・カーンが恨みが多い此のブレイス帝国で議員に成ったのも、クローバー国における旧教徒への懲罰的な政策を正して欲しかったからが一番の理由だった。
『旧教徒処罰法』別名クローバー・ノルディック無力化法。
クローバー国の言語で或るアイル語の使用禁止。
旧教徒は大学に行けず、医者にも弁護士にもなれず、土地も所有できず小作人として暮らすしか無かった。
そして旧教徒の農民は5ポンド以上の価値のある馬を所有することも禁止されていた。
少しでも其れらを是正する為、ロドニアのスタンダード大学で学び、リバティ党の庶民院議員に成ったのだ。
ギボンズから議会に諮られる前に、クローバー国で農地囲い込み法案の情報を齎されたのだ。
滔々、ブレイス帝国議会は小作人たちの農地を本土から移って来たブレイスの地主達は取り上げようとしているコトをギボンズからウルフ・カーン議員たちに知らされた。
それぞれの立場の改革派グループがいるが、ウルフ・カーン達は旧教徒の公権を求める活動をしている「信仰自由の会」と言う立場で議員活動をしていた。
クローバー国の独立を叫べば必ず落選し、その後酷い中傷や扱いを受けて、ロドニアで生活も儘ならなくなるからだ。
グリンジットハウスへ集まった7人のクローバー独立を目論む議員達は息を飲み騒然となった。
其処でギボンズは掴んでいる情報を彼等に開示し、ルドア大使館とのコネクションをウルフ・カーン達にも渡した。
その時にノルディックとも協調することもウルフ・カーン達へと提案したのだ。
リバティ党のベルフ党首とも親密なギボンズは、詳細な軍の動きやノルディック側の動きも知っていて、ウルフ・カーン達と綿密な独立への動きを検討し合った。
「それにしてもクローバー国は共和政を選択したのだな。クロームにより我らクローバー民は、弾圧が決定的なモノにされたのにな、ウルフ。」
「ディック・ギボンズ、そう言わないでくれ。流石にルドアからの人間を、我らが頂く王にする訳にはいかないよ。ギール王国に逃れたアルスター王家の末裔が居たのだが、王に立つ事を断られてしまった。クロームの頃から約169年間も月日が経つと、クローバー国で居住している者以外には、遠い過去の話に成っているようなのだ。」
「はっ、そんなのは当たり前だろう。だからルドアの皇族をクローバーの玉座に座らせて置けば良かったモノを。近い距離であれば、ルドアの影響も恐れねば成らないが、簡単に侵攻出来る距離では無いから、ブレイス除けに持ってこいだったのだがな。」
「ディック!お前はクローバー国を売る気だったのか?」
「ははっ、売る気所か、俺が今までクローバー国の為に幾ら支払ってると思っているんだ?そんな馬鹿な事を考える暇があるなら、クローバー国内の選挙でも手伝ってこいよ。」
ギボンズはウルフ・カーンへそう言い捨てると、つまらなそうに眉間を寄せてウルフ・カーンを見た。
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【ディック・ギボンズ】
本当に此れだから育ちの良い御坊ちゃま達は。
去って行ったウルフ・カーンの背中を見送り俺は鼻白んでいた。
しかし、此れでクローバー国へ戻ろうと言う俺の未練は消え去った。
ブレイス帝国に同じような仕打ちを受けていても、ノルディック王国とクローバー国は違う。
ノルディック王国には、その王位を保証して呉れるロマン教皇の権威も在るし、ギルバート家を保護して呉れていたフロラル王国も付いている。
旧教徒教会のロマン教皇が認めた権威と言うモノは意外に大きい。
そして、地理的にもランダル王国やフロラル王国、北方のエーデン王国、デーン王国との交易が行える。
ノルディック王国からブレイス王国兵を追い払った後は、89年前のように高地での商業も盛んに成って行くだろう。
議会政府も、他のヨーアン諸国の顔色もあるから総力戦の覚悟をしないと、ノルディック王国へ歩を進める事は出来ない。
それに、ノルディックの住民たちがギルバート4世の帰還を待ち望んでいたってのも大きい。
クローバー国は、如何いう選挙をするのか分からないが、不満を多く残せば内乱に発展するだろう。
体制を変えられないと諦めていた住民が立ち上がって、武器を振るえば望まない者たちを排除出来た事で、暴動とまでは行かなくても騒乱も起きるだろう。
そんな隙をブレイス政府側も見逃すとも思えない。
揉めさすだけ揉めさせ、矢張り君主制が良いと思わせて、再びノーヴァ朝に戻されるだろう。
せめてルドア帝国の血筋がトップに置かれていれば、少しはブレイス政府のコケ脅しに仕えたモノを。
ホント潔癖主義でクローバーの議員たちは使えないな。
ブレイスの議員達は、如何に皇帝や王党派のトール党議員たちをペテンに掛けようと、しのぎを削っている詐欺師集団の手腕を、少しはウルフ・カーン達も見習えと思う。
中には、己の美貌でアルバート4世の寵愛を一身に受けるチャールズ・レスタード=ソルズサンド伯爵みたいなモノもいるが。
チャールズ・レスタード伯の弱みを探す為に少し調べさせたらノルディックの王族らしい人間とコンタクトを取っていたフリップ・ピバートと親密だと言う事が判った。
俺はフリップ・ピバートと繋ぎを付け、自分がクローバー民である立場を話してギルバート4世と会わせて貰い、ギルバート4世らと話し合って時を待っていた。
グリンジットハウスから近いウエストカタリナ宮殿の庭園で、幾度かギルバート4世と俺の繋ぎをつけて貰って居たのだが、ある日フリップ・ピバートは「僕は此処での生活を守りたい。だから革命には参加出来ない。」俺に律儀にそう言い、ギルバート4世と繋ぎを就ける事の協力を断って来た。
アルバート4世の寵愛を受けているチャールズ・レスタードの妹を嫁にしている立場なら、仕方ないかと俺も諦め別ルートからの連絡へ切り替えた。
幾度かチャールズ・レスタードを見掛けたことが或るが、確かに目鼻立ちは整って綺麗かも知れないが、男か女か判らない様相に俺はなんとなく嫌悪感を抱いた。
権力者の寵愛を受けて成り上がって行く同じような立場のチャールズに、同族嫌悪かな?
と言っても、俺は男をその気にするスキルなど持たないし、コーデリアの母親より皇帝の方が権力も圧倒的に持つのでチャールズが羨ましくもあったが、アルバート4世とそう言う関係になるのは無理だった。
アルバート4世は、如何やら俺をお気に召さないようでも在るしな。
まっ、俺の場合は女性オンリーだから。
で、チャールズはその寵愛を利用してアルバート4世から直々に新たな部署の長を任せて貰い、ただただ新たな役職で法令マニュアルを作って、議員や官僚が利権を得るのに絡みにくい制度にしていく。
郵政局然り、紋章省に増設した新紋章局しかり、ロドニアの道路再整備然り、ラムズ川護岸警備然り。
競合させた企業に仕事を丸投げして、後は司法関係者や監査職で頑張れ!って言っているように思える仕事結果で非常につまらない内容だった。
幾らでも大きな利権を産み出せる役職であったのに。
「チャールズ・レスタードの作る公職はムーア(荒れ地)のようだ」と、議員や官僚達には評判が悪く、一部の起業家には受けが良く、有力議員と仲の良かった資本家には受けが最悪なモノばかり。
「レスタード議員は、矢張りウルダ人奴隷貿易廃止法案などに関わるような商売に無知な顔だけの議員だった。」
そうトール党にもリバティ党にも思われている。
アルバート4世が亡くなった今、チャールズ・レスタードの未来は暗い。
1人の権力者へ頼るのではなく、俺のように王族の女性達から縋られるように成らないと永続的な栄達は難しいだろう。
27~28歳の若造で或るチャールズ・レスタードには、未だ難しい話かな。
俺も若い頃は、未だクローバー国の事を考えてはいたのだ。
クローバー国で暮らしても先が無いと思った俺は15歳で士官学校へ入り砲兵科へ進んで少尉に成った頃アルバート4世の皇弟ノイザン公の連隊へ配置され、可愛がってもらえた。
始めは皇族と親しく成ればクローバー国の惨状を知って貰い、せめて旧教徒の扱いを国教徒並とは言わないが新教徒並にして貰おうと考えていたのだが、今、思い出しても本当にノイザン公は馬鹿でね。
酒と女とギャンブル、主に投機だが。
それにカーっと血が登って行く感覚が好きな人で、俺の金銭感覚の価値を大きく変えて呉れた方だったが、手の付けられない馬鹿さ加減だった。
こう言う一族にクローバー国が虐げられていると思うとノイザン公に仕え乍ら俺もフツフツと湧き上がって来る義侠心と戦ったりしてたな。
俺など庶子だったばかりにギボンズ家では酷い扱いだった。
いつかはギボンズ家もブレイス帝国も見返してやると思って、、、まあ、俺も若かった。
その後、嫁を貰うかも知れないから護衛兼従者に成ってと言われたので、退役もしていた為、ノイザン公へ仕える事に成った。
俺の主な仕事は、情けない事に借金取りからノイザン公を逃す役目だった。
金融関係や商人たちも王族だと言う事でノイザン公に吹っ掛けるだけ吹っ掛けてたしな。
そして、嫁いできたノイザン公夫人も負債の大きさに驚きながらも夫に言われる儘、物価の高いロドニアを離れノイザン公夫婦はヨーアン諸国を流浪していた。
ノイザン公夫人はゲルン語しか話せないので、夫婦間も冷え切っていたが何とか懐妊するとノイザン公夫婦はロドニアに帰国し、逃げ出さないで良いレベルまで負債を国王と議会から支払って貰い、グリンジットハウスへ落ち着いた。
俺はその間にゲルン語を日常会話が出来る程度にマスターし、夫のノイザン公は帰宅しない事で不安がっていた夫人を励ましていると、彼女は俺に依存するように成っていた。
その頃には家令に成っていて、公爵領の収入と皇族の年金だけでは返済不能なほど、またギャンブルや派手な遊興費で負債を増やしていたバカなノイザン公に俺は、「死ねばいいのに」と、思うように成っていた。
コーデリア王女を出産後、ノイザン公夫人は「もうあの方は要らない。」って言うので、俺も協力して、ノイザン公には早めに永き眠りに就いて貰った。
それからは、俺に使える資金が大きく成ったので、俺は議員に成ろうと考えたが俺の此の容姿は余りにもクローバー民としての特色が強過ぎたので、リバティ党の後押しをして貰えなかった。
仕方が無いので、俺は以前から付き合いのあった公職に就ける資格を持つクローバー民を援助し、議員に成れるように援助した。
それに俺は、自分が思っていた以上にブレイスの社交の場では御婦人達から魅力的に見えるらしく、些細な欲望を叶えるのは容易かった。
そうすると余計にノイザン公夫人は俺に執着して来るので利用しやすくなった。
まるで俺に未来は摂政の立場を担えと言うように、コーデリアよりも高い順位にいた王位継承者は亡くなって行った。
軈て俺やノイザン公夫人の重しに成って居たアルバート3世が亡くなり、アルバート4世が皇帝に成ると俺の周囲の道は開け、俺の機嫌を取りに来る連中が出て来て、有用だったり儲け話に成る情報もドンドンと手に入れる事が出来るようになった。
俺がクローバー国の呪いを解ける人間に成れるかも知れない。
ギボンズ家の人間達に「何ものにも成れない半端モノ」そう言われていた俺が、自分のスキルだけでクローバー島の救世主に成れるかも知れない。
その当時は、真剣にクローバー国のコトを、そう考えて俺は動いていた。
大きく変わり始めたのは、アリシア妃殿下が俺に惚れ込んで来て、彼女の財産管理人に成ってから。
金貸しや投機屋が驚くほどの袖の下を持って傅いて来るように成り、俺を胡散臭い目で見ていた上流階級の議員達も愛想笑いを浮かべて来るように成った。
アリシア殿下はバーデン公国公主とブレイス帝国皇女との間に生れたサラブレットで彼女の嫁ぎ先が此れからの外交の指標になって行くらしい。
此の国のクイーン3人も手にしている俺を議員達も粗略に扱えないと言う訳だ。
コーデリアは俺と距離を取っているが、問題ない。
彼女は、母親であるノイザン公夫人には逆らわない。
此処グリンジットハウスでは、俺こそが真の主なのだ。
クローバー国の土地を根こそぎ奪い去ろうとする法案に心が揺れて、色々と動いてみたが用意していたルドア帝国の駒の価値も判らぬ議員達では、クローバー国の平穏も難しいだろう。
俺はこのブレイス帝国で影の王に成るように、新たな地盤づくりを始めよう。
ザハン公であった新たな国王アルバート5世。
アルバート5世には、コーデリアが即位出来る年齢まで生きていなくても良いのだがな。
なにやら知らぬがチャールズの妹がコーデリアの侍女となった、と報告があったが今更焦って新たな皇族へ取り入ろうとしても無駄な事だ。
貴族議員の癖に、自分の妹を女官にも出来ないなど力が無さ過ぎて、俺はチャールズを哀れに思えてきた。
そして、アルバート4世も亡くなられたし、そろそろクランベル伯爵はコーデリアの傍から離れて貰おう。
此の選挙で俺の味方に成りそうな奴も揃えたし、後は候補者がヘマさえしなければ当選だ。
少しでも庶民院でリバティ党を増やし、トール党を削ぐ世論を盛り上げていないとな。
クローバー国にも俺にもトール党や王党派の貴族院は不要だしな。
俺はチラリと脳裏を過った整ったチャールズ・レスタードの容姿を「フン」と鼻で笑って、勢いよくアームチェアーから立ち上がり、俺の人生の第一歩を切り開いたノイザン公夫人の元へと足を産み出した。




