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ep32 お守り




  ノルディック王国とクローバー王国がブレイス帝国から独立宣言を発する中、アルバート4世が崩御された。


 ブレイス帝国内が混乱してしまうのは仕方がないだろう。

 俺は新たに王位を継承したザハン公、今はアルバート5世に就いて居たかったけども嫡男を出産したエルザの体調が戻らず、心配でデイジーとアランと共にフリップ邸へ居座っていた。


 エルザは出血の収まらない状態で10日を無為に過ごさせてしまっていた。

 エルザに就いていたメイドのリリーが知らせて呉れなかったら、俺はウエストカタリナ宮殿でアルバート5世の傍にクランベル伯爵と共に能天気にワタワタと過ごしていただけだろう。

 若い頃からレスタード家で勤めていたリリーは、気を効かせてデイジーやアランにもエルザの体調不良を報せて呉れていた。



 寝室で横に成っているエルザは元々の白い肌から血の気が失われて青白く成っていた。

 紙のような肌をしたエルザの顔を覗き込むと、ピクピクと上瞼を痙攣させてゆっくりと目を開いて、エルザは力の失せた金の瞳を俺へと向けた。


 「済まん、エルザ。起こしてしまったか、俺は外に出てるからゆっくり眠れ。エルザは未だ疲れてるだろ?」

 「大丈夫と言いたいけど無理ね、チャールズ兄さん。でも丁度良かったわ、チャールズ兄さんに頼みたい事があったの。」


 「良くなったら、ゆっくり聴くからエルザは休め。息が切れてるじゃ無いか。」

 「お願い、聴いて。チャールズ兄さん。」

 「、、、あ、うん。」

 「有難う。あのね、ナディアと息子フリップをくれぐれも宜しく頼むわ。それと私の愛する夫フリップのこともね。今回、私の傍に居なかった事でフリップを責めたら駄目よ。チャールズ兄さん。」


 「でもさ、別にフリップが北カラメルへ行く必要性は無かったし、ナディアが生れる時も議員なのに戦場に行ってたしなあ。エルザを大切にするって俺に言ったのに。」


 「もう、チャールズ兄さんは。フリップは本当に優しくて、共に居る時は私が戸惑う程に尽くして呉れているのよ。まあ欲を言えば私に尽くす半分でも良いからナディアも可愛がって欲しかったけど。」


 「うーん、それは仕方ないと思うな。ナディアとエルザを比べたら、如何考えてもエルザの方が美形だしね。可愛がるなら俺もエルザを、って、おい、エルザはそんなに睨むなよ。」

 「睨みたくもなるわ。後でデイジーにも頼んで於かないとチャールズ兄さんもナディアを放置しそうだわ。ふふっ、もうホントにチャールズ兄さんは相変わらずね。」


 「なっ?俺に頼んでも心配だろ?それが判ったらエルザは体調を戻して、エルザ自身がナディアを育てろ。判った?エルザ。それに余り食べれてないんだって?何か欲しいモノは?」

 「そうね。、、、食べるモノ、あっ、そうだ昔、お土産で呉れたキャンディーなら口に出来そう。」

 「ああー、あれか。実はあれってフリップから貰った奴なんだよ。でも、今なら作ったのがあるから家から持って来させるよ、エルザ。」


 「まあ、フリップから?その頃から私とフリップは出会う運命だったのね。うふっ、チャールズ兄さん。」

 「好きに言ってろ。ゆっくり休んでないとご褒美にエルザへキャンディーは遣らないぞ。」

 「はぃっ。ふふっ。」



 力無く笑うエルザに、掛布を掛け直してほつれていた金の長い髪を俺は指先で梳かして、寝室を後にした。

 寝室から出て来た俺を、心配して扉の外で待っていたデイジーとアランが出迎えて、右にデイジー左にアランが引っ付いて来て、寝室の在った3階から一緒に2階へ降りて談話室へと入って行った。


 俺はジーンに家で作らせていたハーブキャンディーを持って来て呉れる様に頼んだ。



 安くなったとは言え未だ未だ高価な砂糖だったけど、ジュリアの出産祝いで棒砂糖を多く貰えたので、ジャムを造る序に昔フリップから教えて貰ったハーブキャンディーをメイたちに作らせていた。

 俺の好物は、砂糖と金貨だとウエストカタリナ宮殿でジーンに広報活動をさせていた甲斐もあったと、家に届いた棒砂糖の山を見てホクホクとしたものだ。


 寝る前に主に感謝の祈りでは無く、父に詫びの祈りを俺は当たり前のように捧げた。


 「父さん御免。でも砂糖ってマジで中毒になるんだよ。」


 デイジーが下衆いのは、もしかしたら俺に似た所為なのかと、エルザを心配して不安気なデイジーの横顔を見て、俺はふと気が付いてしまった。

 


 それにしてもキャンディーと言えば、ハーシェル・クルード。

 エルザにキャンディーを1つ渡せたのもフリップのお陰なのだけども。

 手持ちのキャンディーを賭けていたカードゲームで、俺は毎度同じようにハーシェルに完敗し、手持ちキャンデーを全てハーシェルが奪われ、俺がキャンディーを盛っていた空になったシャンパングラスを恨めし気に見詰めていた。

 弟妹たちへ甘いキャンディーを持ち帰って遣りたかったのに俺の願いへ立ち塞がるハーシェル。


 其処で俺に同情したフリップが綿のチーフに自分のキャンディーを包んで持たして呉れた。

 もう6~7年も前の事か。


 俺が本格的にウィンダムハウスへ通うように成ってから『地獄のクラウン・クラブ』へ忙しくて参加出来なくなったけど、元は慣れない議会の仕事での愚痴をフリップに聞いて貰い為だけに秘密結社(?)つう社交クラブに参加していただけだしな。


 フリップがエルザと結婚してからは、フリップのテラスハウスを家代わりに訪ねて行くように成り、ガキの集いみたいな『地獄のクラウン・クラブ』へ俺は強いて参加する必要がなくなったのだよな。

 それに佐官へ戻ったからフリップもキャンディーを作る暇が無くなったし。





 そう言えば、カクレンボのようなゲームでフリップ達が暗号だって使用していた言葉、アレって方角を示す古いノルディック語なんだよな。

 クラブのメンバーは、真剣にプレイしているのが楽しそうだったから、俺は何も言わなかったけど。


 それにしても、ノルディック語か。


 俺は、ノルディック王国やクローバー王国が独立した事は不思議でも何でも無いのだけど、ブレイス国内がこれ程に混乱するとは思わなかった。

 今までのノルディック王国に対する仕打ちや今回の囲い込み法案の実施の仕方を報告書で読んだけど、アレって暴動を起こさせたいから、態と遣っていたのとは違うのか?

 如何考えても内乱誘発させるだろ、って俺は思ったのだけども。

 


 ブレイス国内でも農業者は高くない賃金での農業労働者として雇われるけど、ノルディック王国やクローバー王国では碌な説明もされずに敷地から追い出され、パンすら買えない賃金での労働契約を無学に付け込み結んでいるし。

 つうか、元から作った小麦は全て本土へ売るから、小作人たちは自分達で作ったジャガイモを食うしか無かったのに、その土地を囲い込むのだから、実質は飢え死にしたく無ければ無賃で働けって言ってると同じだよな。


 物事は突然に結果だけ来るなんて殆どあり得ない。

 天災とかは仕方ないけどさ。


 大抵は原因が合って結果があるモノ。

 此れだけ原因の種を撒いて於いて、「如何いう訳だっ。」って、騒ぐ方が頭のネジが緩んでるよな、って、俺とかは思うのだけどね。


 でもってジョナサン・ヒット戦時大臣が立案した今回の『ヨーアン大陸で戦ったフリして北カラメルのフロラル王国の植民地を奪い取りたい作戦』は、見事に見透かされていて、ブレイス帝国が北カラメルの北部と南部への派兵。


 そしてアルカディア大陸の報告を持ち帰って来た武装商船の結果を聞いて、議会はアルカディア・グレート・ランドへ大船団を組んで出発させ、オマケにプリメラ大陸経由で華龍帝国へも海軍と商船を出していてた。。


 帆船・兵が不足していた所に、フロラル王国やエスニア帝国、オーニアス帝国、ルドア帝国の義勇兵が虐げられている旧教徒を救うと言う名目で、ノルディック王国やクローバー王国側に味方しちまいまったのだよ、全く。


 クローバー王国は、アレックス・ポプラン氏が仮の代表に成り、クリイム歴1588年のクロームの政治を修正し議会を造り共和制にして選挙を実施するらしい。

 国王に据えるべき血脈が見当たらない為の苦肉の策だとか。

 上手く運営出来るかは不明だけども、一応はブレイス帝国で国王のいない政をクローム将軍の時に体験済みだしな。

 、、、でも、その結果ブレイス帝国は共和制よりも君主制が良いよねって実感し、王権を制限した君主制に戻したのだけどさ。



 そしてノルディック王国は、ギルバート4世56歳がフロラル王国から帰国し、歴代ノルディック王家の住んでいたエロイカ城へと戻られたらしい。

 クランベル伯爵は、先ずノルディック王国やクローバー共和国との話し合いを行った後、今回の戦後の交渉に成ると話していた。


 他国が介入していなければ、いずれブレイス帝国が勝つだろうけども、喉元入って来られている状態で争っても被害を大きくするだけだ、そう俺に説明して呉れた。



 まあ、気になるのは、ヨーアン諸国がアルカディアや華龍帝国へ出立した時期を知っていたのか?居なかったのか?って事だよな。

 一応は機密にしているけど、議会で審議している事って、情報の秘匿は難しいしね。




 俺は、リリーの淹れたハーブティーを飲みつつ物思いに沈んでいると、ジーンが硝子の丸いポットへ入れた琥珀色のキャンディーを俺の自宅から持って来たので、リリーにエルザの様子を見て来るように頼んだ。




 その夜、デイジーやアラン達と上体を起こしたエルザの寝台の周囲に椅子を並べて座り、ジーンに持って来て貰った硝子のキャンディーポットを皆に差し出して、其々が口の中へ琥珀色のハーブキャンディーを放り込んだ。


 「「、、、凄く甘い。」」

 「ふふ、やっぱり美味しいわ。」

 「まあ、砂糖だから美味いよね。俺はお茶や珈琲に砂糖を入れるより、こうして舐めて食べる方が好きかも。」


 「なんだか幸せな気分に成るわね、エルザ姉さん。」

 「私もチャールズ兄さんから初めてキャンディーを貰って口に入れたら夢の国の食べ物かと思って感動したモノ。急に思い出して食べたくなったのよ。」

 

 「エルザはフリップが戻ったら作って貰えよ。俺も造り方はフリップから聞いたんだよ。」

 「そうなのね。ナディアやフリプにも教えてあげて欲しいわ。フリップに頼んでくれる?チャールズ兄さん。」

 「全くエルザは。自分で頼めよ。」

 「チャーリー兄さん、私もアランもその時にキャンディー貰ってないけど。」

 「そうだよ。チャーリー兄さん。俺も貰ってない。エルザ姉さんだけにあげるって贔屓だよ。」


 「いや、贔屓とかじゃ無くてな。折角、フリップがチーフに包んで呉れたキャンディーをハーシェルの奴が一個を残して器用に盗って行ったんだよ。ちくせう。フリップたちとのゲームで何時も俺のキャンディーをハーシェルにパクられるんだよ。ホントあいつはムカつく。」


 「「チャーリー兄さんってもしかして鈍いの?」」

 「はあ?お前らは兄になんてことを言ってるんだ。もっと尊敬の念を持ってだな、、、。」

 「ふふっ。」


 俺達はキャンディーを口の中で転がして、エルザの耳に響き過ぎないように、少しふざけ合って甘い甘い時を過ごす。

 近くのソファーでは、乳母のマーサに抱かれた乳児のフリップがおっぱいを飲み終え眠っていた。

 フリップの姉からの紹介で、弱ったエルザに代わってマーサがフリプのめんどうを見てくれていた。

 俺達は呼ぶ時に、ややこしく成らないよう息子のフリップを「フリプ」と言う愛称で呼び始めた。




 談笑しつつ、俺もデイジーもアランも静かに心の中で願っていたのだ。


 父さん、エルザを連れて行かないでくれ。

 ナディアにも生れたばかりのフリプにも、そして今、ロドニアへ向かって居るだろうフリップにも、エルザは必要なんだ。

 頼むよ、父さん。

 俺も真面目に生きていくから、お願いだよ。


 俺は思わず歯を食いしばり、口の中のキャンディをガリリと砕いてしまった。










            ※※※※※※※※※※※








  世の中は、俺の願いなど知る由もないように、進んで行く。




 俺の妹エルザが永い眠りについた。

 享年28歳。


 馬鹿野郎のフリップは、もう直ぐ帰国するようだ。

 俺の手にはエルザから渡されたフリップに貰ったと言うピバート家のお守り袋があった。


 古い革製の守り袋には、アザミと獅子の紋章が彫られた六角形の銀で出来た6ペンス大のコインが入っていた。

 それには『呪いし者には災いあれ』と言う古いノルディックのまじない言葉が彫られていた。


 恐らくこのコインはノルディック王国で作られた17世紀頃のモノだろう。


 悪霊避けの此の幸運のお守りは、国教徒のエルザには効き目が無かったようだ。


 

 俺は、声に出さず幾度も八つ当たり気味に『フリップの馬鹿野郎』と罵っていた。



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