ep30 愛の逃避行
俺とエルザに後の事を頼むと言う素っ気ない手紙が母から届き、母はウィルソン・カステル氏と愛の逃避行へと出掛けた。
「ねっ?私の女の感て凄いでしょ!」
そう勝ち誇った顔でデイジーが薄いグレーの瞳を煌めかせていた。
母とウィルソン・カステル氏がブレイスを出国したのは、愛の逃避行では無く、カステル氏が保護したウルダ人元奴隷の人々が住むプリメラ大陸に或るシエラ地方を廻り、そして各港を経由してのんびり華龍帝国へと福音主義布教の旅へとニューラン牧師一行と出掛けたんだけどね。
母さんに就いてメイド長のサンドラもカステル氏の奢りで無料帆船の東アーリアへの旅に出発。
序にアルバート4世からの国教会の勅許状と華龍帝国の光皇帝への手紙をニューラン牧師が持たされ、ちょっとした使節団ぽい。
あっ、使節団だったわ。
お宅の国と自由貿易したいなーってカステル議員が向うで交渉する予定。
ニューラン牧師やカステル議員は、僅かながら華龍語が話せるらしい。
俺の母親も混じってることを嫌味っぽくアルバート4世へ話すと凄く驚いていた。
一行も挨拶に訪れたらしいのだけど、アルバート4世の事だから随行員Aみたいに思ってたのかも知れないな。
ウィルソン・カステル議員は、ウルダ人奴隷貿易廃止法案提出を後輩議員に任せて、一路巡礼へ。
まあね、今は植民地で小麦や綿花栽培の面積も増えて、幾ら人手が在っても足りない状況らしく奴隷貿易廃止なんて議会で言えない状況だものな。
俺には信仰の為に東の果ての見知らぬ場所へと旅立つ人々の気持ちは判らないけども、50歳に成った母が母なりの決断で旅立ってと言うなら、航海の無事をただ祈るしかない。
デイジーが「愛の逃避行」を連呼していたのを、俺は「ちげーし」つうて不機嫌に遮っていた。
娘ってのは母親が父親以外の男を好きに成ってもなんとも思わないモノなのかね。
※※※※※※※※※※※
フロラルス王国と戦いたくない引き籠りのアルバート4世を、議会はロイセン王国に資金やら軍事物資を援助するだけですからと丸め込み、ブレイス帝国はロイセン側で参戦を表明した。
参戦を表明した後で北カラメル大陸に或るフロラル王国の植民地を分捕りに行き、その後イラドに或るフロラル王国の植民地をゲッチュしようと言うジョナサン・ヒット戦時大臣の計画だ。
前回、追い払われた北西部と南部の州を分捕るぞーと鼻息が荒い。
北カルメラ大陸って広大だから、幾らでも土地が空いているのに、敢えてフロラル王国の植民地を奪いに行く、そんな所に俺は痺れる憧れる。
もしかして好きだから遂、ちょっかいを出しちゃうって奴なのかね。
つう訳で、フリップも弟カイルもケビンも一路、北カラメルへ、レッツ・トライ。
出産予定月が来年9月のエルザの事をフリップから頼まれちまったよ。
って言っても俺に出来る事って「どうぞ、無事に!」ってエルザの事を神に祈る位だぜ。
北カラメルにはブレイスの植民地軍も居るので、前回のオーニアス=神聖ロマン帝国の継承戦みたいな全力戦に成らないとヒット戦時大臣は話したけども、フロラル王国も植民地兵はいる訳で、しかもこんな見え見えの作戦位は見抜いていると思うのだけど。
前回継承戦争の時、イラドでベルガル地方をフロラル王国から楽にゲット出来たのって成り行きだったし初めての作戦だったし、まさかヨーアン大陸に兵を出している裏で、植民地でも戦って居ると思わないじゃん?
でもって、今回はノーヴァ公国にチョロっと申し訳程度に出兵しているだけだろう?
流石にバレていると思うし、まあバレて無ければそれはそれでラッキーだけどさ。
議会は植民地増えるぞってイケイケムードだし、歯止めだったアルバート4世は暫くして、また体調を崩すし。
つくづくフロラル王国の芸術を愛するアルバート4世って、欲望剥き出し状態の議会の抑えには、有用だったと気付かされる。
それにフロラル王国の王弟ボレロ公爵とアルバート4世って仲良しだしね。
フロラル王国の王都パルにアルバート4世好みの巨大な宮殿つうか地区を造っている趣味人でもある。
しかし、戦うのはオーニアス帝国じゃないのか?
って、思うだろうけども、現在欲しいのは東アーリアまで抜けていく航路だから、フロラル王国やランダル王国の持つ港と植民地が欲しくて、ヨーアン大陸の領土は其処まで欲してないブレイス帝国なので、今回の参戦の狙いはあくまでフロラル王国の植民地なのだ。
前回は、フロラル王国はオーニアス帝国の力を削ぎたくてロイセン王国と組んだけども、今回はロイセン王国とブレイス帝国が同盟を組んだのと、オーニアス帝国とフロラル王国が同盟を組んでいるので、また戦う事に成ったけどさ。
でも、ブレイスとフロラルは互いが邪魔なので、端から戦いたかっただけとも言える。
アルバート4世は別だけど、実は国の利益とか関係なく互いに大嫌いな国同士なだけかも知れない。
※※※※※※※※※※※※
教育係グレース侯爵夫人の夫へ一昨年アルバート4世はコーデリア王女の為に、公爵位を授けてグレース公爵夫人と成り、夫人は内助の功を発揮していた。
そんなグレース公爵夫人から、そろそろコーデリア王女へ信頼の出来る若い侍女を就けたいとクランベル伯爵へと相談があった。
「難しいよね、チャーリー。貴族の令嬢も今一つ信頼出来ないし、かと言って身分が足りないと宮廷の女官からは見下されるし、誰かいないかな?」
「んー、俺は女性の知り合いって殆ど居ませんからね。若い淑女の方々って、余り顔の見分けが付かないんですよね。話すのは妻のジュリアか妹のエルザにデイジー位ですし。」
「そう言えば、下の妹のデイジー嬢は確か婚約者候補を探しているとか?王女殿下付きの女官に成れば良い方との出会いもあるよ?チャーリー。」
「飛んでもない。それこそ身分が足りませんし、それにデイジーは見掛けは大人しそうですがガサツだし計算高いし、案外と性格も悪いですから、とてもコーデリア殿下の傍に侍るなんて無理ですよ。」
「意外に向くと思うけどね、デイジー嬢に。素直過ぎる女性よりも、殿下の傍に付くなら性格が悪い方が私も安心出来る。まあ、相性の問題も在るから一度グリンジットハウスへ連れて来てみて呉れるかい?チャーリー。」
「いえ、あの、クランベル伯爵。身分の問題もありますし、その。」
「何を言うのかと思えば。一応デイジー嬢は男爵令嬢として社交デビューをローゼブル宮殿で陛下に挨拶をして済ませたでしょう?なんら問題はありませんよ。招待状とドレスを手配して置きますね、チャーリー。」
そう言うとニコリとクランベル伯爵は微笑んで俺の頭をサラリと軽く撫でた。
いや、デイジーは俺を揶揄う時とかくらいで、其処まで性格が悪いって訳でも無いけども。
俺は余り知らないけどカイルはデイジーは計算高いって言ってたし。
でも貴族令嬢たちに太刀打ち出来る程、俺ん家のデイジーってハイスペックじゃないからな。
俺は、クランベル伯爵から出された難問を抱えて、ジーンと共に馬車へ乗りデイジーが居る実家へと向かわせた。
アレ?
母さんが旅に出てから、俺って良く実家へ帰るようになったよな。
※※※※※※※※※※※※
【コーデリア】
クランベル伯爵が来訪して、私の側仕えの侍女としてチャールズ・レスタード男爵の妹を置きたいと願い出て来た。
彼の妹デイジーは現在17歳で私よりも4歳年上だとクランベル伯爵は話す。
「容姿は余りチャーリーに似ていませんが、気遣いの出来る令嬢だと私の部下が申しておりましたよ、コーデリア王女殿下。」
「そう、会うのを楽しみにしているとデイジー嬢に伝えてください。クランベル伯。」
「畏まりました、コーデリア殿下。」
私の傍にいるのは教育係のグレース以外、ギボンズと母か用意したモノたちばかりなので、あの優しく穏やかなチャーリーの妹が就いて呉れると言うのは願っても無い事だった。
ギボンズは、自分の娘のダイアナを16歳の社交デビューを終わらせたら王女付き女官にしたいようだが、今では私から話し掛ける事も無いダイアナを私付にするなど無理な事柄だ。
私は2度ほどダイアナに「自分の許可なく私のモノを持ち去るな」と忠告したけど、「どうして?友達でしょ?」と答える有り様だった。
「ダイアナ、貴女は私の臣下でしか無いのです。主である私の命を聞けないのであれば、このグリンリッジハウスへ来るべきでは在りません。」
そう告げて、私は母と過ごしている部屋からグレースと共に退室して、サンルームへと避難した。
王女である私が逃げ出すなんて腹立たしくもあったけど、母を利用したダイアナの言い訳を耳にしたく無くて、思わず私と母のプライベートルームから席を外した。
その後、母から「女王に成るコーデリアは、もっと優しく寛大に成らねば人は着いてこない。」と言う説経が長々と続いたけど、私は内心で二度とダイアナと人としての会話をしないと誓ったのだ。
伯父さま、、アルバート4世陛下が倒れられから、ウィンダムハウスの寝室で横になる伯父さまを訪ねて行くように成り、議案の裁可について色々と学ぶことが増え、私は国王の権威が揺らいでいる現実を知らされた。
多くの耳目があるので伯父さまは、「何をせよとも、何をしなくては。」とも語らないけれども、ザハン王弟殿下と私にその事への注意喚起を促して呉れているのは察する事が出来た。
伯父さまが倒れられる以前よりクランベル伯爵から学んでいた「神に託された王位」と言うモノの尊さや重要性を理解していたので、伯父さまの切実な思いは私の胸に深く沁み込んで来ていた。
母は、アハルト=サクセス公国の王女であるのに、何者でもないギボンズやその娘ダイアナを自分の立場より大切にしている事の愚かしさに気付いていない。
その事を忠告したかったけどプレイベートルームに控えている女官たちは、ギボンズの用意したモノたちで或ることに気付いて私は口を噤んだ。
伯父さまの姪であるアリシア妃殿下もギボンズに頼り切りで、愚かしい事に財産管理も任せてしまった。
それは母も同じでは在るけども。
放蕩者で名を馳せたアルバート4世陛下、つまりは伯父さまを訪ねて行くことに母は嫌悪感を露わにするが、王命である呼び出しに否とは言えず、渋々私をグレース達と共に見送っていた。
確かに以前はそうだったのかも知れないけども、私は伯父さまに政を教わる度、その深い考えに感心させられてしまっていた。
世の人々は伯父さまの行動の極一部だけを見て悪く騒ぎ過ぎているような気がする。
そうで無ければ、由緒正しく優秀なクランベル伯やチャーリーが、あれ程懸命に伯父さまの為に動かないだろう。
チャーリーも伯父さまとの事で酷い噂を立てられて、母やギボンズに『ウィダムの遊女』等と下品な言葉で貶められていた。
チャーリーを庇う事も出来ない今の自分の力無さに私は歯噛みをしている。
いつか力を手に入れたなら、私は私が正しいと思えることを成して行こう。
今の私は、非力な次々代の王位継承者でしかないけども。
そう思ったら、『頑張って』と言われた気がした。
私の中にいた別の私から。
チャーリーが婚姻した時、この世が閉じてしまう程の悲しみに襲われ暫くは泣き暮らしていた。
泣き疲れ、哀しみ疲れた頃に、私の中に居た彼女が消えたのを感じた。
その時に彼女は私の苦しい胸の痛みを持ち去って消えた気がする。
胸の中に居る彼女に私は何時も語り掛けて、閉じ込められ縛り付けられている日々の不満を晴らしていたように思う。
私の中に居た私は、私の初めての恋が終わった時に、その恋心と共に消えて行った。
それは、とっても寂しくて新たな空虚感を私に齎したけども、チャーリーの優しさや気遣いを知れるようにもなった。
恋をしている時は舞い上がっていて気付かなかったけど、真摯に私を思いやって呉れている暖かな眼差しを知れて、その優しさにぽっかり空いた穴を塞いで呉れた様にも感じたのだ。
『頑張るわ、有難う、もう1人の私。』
風が私の歩く中庭の通路へと渡って来て、耳元に垂らしている金の髪を揺らした。
今が盛りのピンクや赤の薔薇の花が庭園を彩り、風に乗せて濃い薔薇の薫りを私の鼻孔へと届けた。
背負うモノの形は未だ私には見えないけども、私を想い生きている人達の為に考えて行きたい。
消えてしまったもう1人の私の為に。




