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ep29 僕の初恋ーカイルー





【カイル・レスタード海尉】



 チャールズ兄さんが帰宅して居ると言うので久しぶりに僕は実家へと戻った。

 


 僕がチャールズ兄さんを特別綺麗な人だと実感したのは、プライベートスクールのミルトン校へ入学してからだった。

 16歳に成るハイクラスの先輩達とチャールズ兄さんの容姿が全く違っていたからだ。


 

 チャールズ兄さんとは6才も歳が離れているので、ミルトン校へ通うまで優しい父親みたいに思って懐いて居たけど、小汚いルームメイト達と寮生活をしてバカンスで実家に戻ると、目の覚める様な眩い黄金の美少女が僕を優しい笑みで出迎えて呉れるのだ。


 僕は緊張してしまって、15歳の夏にチャールズ兄さんが男で或ると理解するまで帰省する度、チャールズ兄さんとぎこちない距離感で過ごしていた。



 僕がブロンドヘアーとトパーズの瞳を持つ女性を好きに成る理由は、『シスコンでなくブラコンだからだ』と、姉のエルザを知り揶揄ってくる悪友たちには言いたい、、、が、シスコンの方がモラル的には良さそうなので、「シスコン・カイル」と呼ばれるのを甘受している。



 僕が心の底から神に感謝しているの事は、チャールズ兄さんが男であったと言う事だろう。

 もしチャールズ兄さんが女で在ったらなら、僕は敵わぬ恋に身を焦がしていたと思う。



 兄が男であって本当に良かった。

 僕は此の世のタブーを犯さずに済んでいる。



 テラスハウスに住んでいるコミュニティの人達の中には、チャールズ兄さんとエルザ姉さんを見て良く似た兄妹だと談笑しているけど、貴方たちの目は節穴なのかと、僕はじっくりと問い詰めたい。


 チャールズ兄さんとエルザ姉さんは、先ず目の形が全然違うし、鼻梁の長さも高さも全く違う。

 そして唇の厚みも形も全く違うし、口角と目尻を繋げる美しいラインを描く金色の眉も、エルザ姉さんの雑な形な眉とは全く違う。


 ホントに僅か1ミリでも形や配置が狂えば兄チャールズの容姿では無くなるのだ。



 全く此れだからモノの分らぬ赤の他人の素人は、、、。


 そんなチャールズ兄さんの容貌に野放図で素人な赤の他人の話は兎も角も、今から思えば少しヤバメな僕の初恋は、上半身裸のチャールズ兄さんを見て終わりを告げた。


 「チャールズ兄さんて、男だったのか!」


 どう見ても男の上半身だった胸板に僕は混乱して、バスルームで身体を拭いていたチャールズ兄さんへ怒鳴り声を上げてしまっていた。


 「当たり前だろ?カイル。夏の暑さにヤラレタか?」


 チャールズ兄さんはキョトンとした顔をして僕にそう言った。


 『クソっ、顔は綺麗なのに。』


 こうして僕の魂は救われたのである。

 幾ら美人でも僕は男を愛するのは無理だからだ。


 寮での寄宿生活で、寮生たちの目にしては成らない暑苦しいスキンシップを見せられて、僕にはその異次元の扉を開く気には全く成れなかった。

 そして海軍の船内でも良い歳をした士官補や水夫達が少年雑役夫とハッスルしている汚い声を聴かされ、僕は主に清めの祈りを捧げるのだ。


 

 チャールズ兄さんとの複雑な家庭環境を乗り越えて、僕は今日も元気で過ごしている。



 チャールズ兄さんは自分の美少女ぶりに無自覚なので、下の妹デイジーが本気で社交デビューのエスコート役を嫌がる言動に世間で流れる悪評の所為だと思い込み、「噂はデマだ。」と必死でデイジーへ力説している位なのだ。


 チャールズ兄さん、、、。

 其処じゃない、デイジーが嫌がっているのは。


 白いドレスを見に纏って最大限に綺麗にしたデイジーの近くへ現れたのは、正装した超絶美少女なチャールズ兄さん(=男の兄)で或る。

 霞んでしまうよなー、デイジー。

 折角、人生初の晴れの日なのにね。

 正装しているとは言え化粧もしてない男に綺麗さで負けるとは。


 僕は、思わず日頃は生意気なデイジーが哀れに思え、腕を差し出してデイジーと並んで歩くチャールズ兄さんからデイジーの手を取り、アルバート4世の待つ玉座へ向かう列に並び、騒めいている会場内でデイジーの耳元に祝いの言葉を呟いた。


 その言葉にデイジーは満足げに笑い、「サンキュー!カイル兄。」って僕に応えた。



 そして僕が進学せずにとっとと士官学校へ行ったのも「金がない金がない」と溜息を吐いていたチャールズ兄さんを見て、僕たち家族の為に身売りでもしかねないと考えたからだ。

 弟のケビンは、元から学校を辞めたがっていて、僕が士官学校へ行くと言うと一緒に行きたいと言うので、母に事情を説明して試験を受けに行った。


 母は何故か兄チャールズを苦手としていて、父が亡くなってからはそれが顕著に成った。


 住んでいた屋敷をチャールズ兄さんが売ったのも、父の遺言を無視した事も、流れていた仕様もない噂も母は全てがお気に召さないらしくヒステリックになってしまった。

 チャールズ兄さんが此の家に帰って来なくなったのも判る。

 まあ下手にチャールズ兄さんをフォローすると母の愚痴が長くなるので申し訳ないと思いつつも、僕たち兄弟は母を放置気味だ。



 それに近頃やっと父の従弟が作った負債の完済が近付いたせいか、執事のカールソンがチャールズ兄さんが支払った今までの金額をザックリと教えて呉れた。

 僕は思わず息をするのを忘れてしまった。

 

 その金額を知って思った。

 父さんの薫陶を受けて育って来たチャールズ兄さんを知らなければ僕も噂を信じたかもしれない。


 父さんはエルザ姉さんや僕達弟妹に甘かったけど、長男のチャールズ兄さんには厳しかったと思う。

 

 父さんは、自分の生き方や考え方をチャールズ兄さんに教え込んでいた気がする。

 その兄さんが負債の為に自分を売るような真似をするくらいなら、僕達を連れ出して北カラメルへでも逃げただろう。


 父さんは娼婦に成った女性の境遇を憐れみはするけど、娼婦と言う職業を悪魔のしもべたちだと嫌悪していたからチャールズ兄さんは、そう言う存在になる選択肢は取らないだろう。

 愚痴りながらも父さんを一番に尊敬しているのはチャールズ兄さんだから。




 そして僕達弟妹は、チャールズ兄さんが思って居る程には、信仰深くない。

 チャールズ兄さんは僕やデイジーを善良だと思い込み過ぎている気がする。

 其処ら辺を一度じっくりチャールズ兄さんと話して見たいけど、母さんのいる此の家で信仰の話はタブーだかしなあ。

 今度、少し長めの休暇を貰ってチャールズ兄さんの屋敷へ訪ねて行って話をしてみよう。



 その時「僕の初恋はチャールズ兄さんだったんだよ。」って告白したら、兄はどんな顔をするだろううか。


 まあ、今付き合っているブロンドが綺麗なミランダの話をする事に成るだろうけど。



 僕は、そんな事を考えつつ、チャールズ兄さん達が待つパーラーの扉のノブに手を掛けた。








 

 

 



        ※※※※※※※※※※※








  先日、勇気を振り絞って実家へ俺が戻ると緊張の元である母はニューラン牧師の教会へ出掛けて行って留守であった。

 一遍に俺の緊張は解けて、弟のカイルと生意気盛な妹のデイジーとで和気藹々と雑談を交わした。


 カイルは結婚するか判らないけど、付き合っている彼女が居るそうで、「紹介して」と言うデイジーに「未だそう言う関係じゃない」とアッサリ断っていた。


 エルザが出産を終えたらピバート家の義姉経由でデイジーも見合いをするように成るそうだ。


 「チャーリー兄さんも紹介してよ。ジュリア義姉さんもお茶会とかするのでしょ?」


 「ははっ、残念だったなデイジー。我が家では、そんなシャレたモノは無い。今は義父のエルメール氏が陛下の宮廷画家だから借金取りも押し掛けないが、茶会なんぞエルメール氏の娘のジュリアが開いて見ろ。何か在った時の保険にと債権者も押し掛けて来るだろうからな。つう訳で俺から経由は諦めろ、デイジー。未だカイルとかの方が上司とか同僚に紹介をして貰えるんじゃないか?」


 「チャーリー兄さんって借金が好きなの?ウチも大変だと前に騒いでたのに、負債がある人と婚姻するなんて。」


 「馬鹿言うなよデイジー、好きな訳ないだろ。それにジュリアに負債が或る訳じゃ無くて、借金しているのは父親のエルメール氏だから。しかし未だデイジーは17歳だろ?焦って相手を探さなくても良いだろう。母さんも何も言ってないのだろ?」


 「全くチャーリー兄さんもカイル兄も暢気なんだから。若い方が資産家と婚姻が出来る可能性があるでしょう?少しでも条件の良い人に嫁ぎたいじゃない。まあ母さんにこんな事は言えないけど。」


 「うわっ、俺のデイジーが下衆い子に成っている。騎士道物語のヒロインを素敵だと言っていたのに。」


 「チャールズ兄さんは知らないかも知れないけどデイジーが兄妹の中で一番計算高いからね。」

 「俺は知りたくなかったよ、カイル。」


 「全くチャーリー兄さんは。物語は物語。現実は現実よ。そう言えば、ねっ、私思うのだけど、母さんてウィルソン・カステル氏を好きなのじゃないかしら?」


 「「ぶはっ!!!」」



 俺とカイルが口にしていたハーブティーを噴き出したのは言うまでもない。



 「何を言い出すかと思えばっ!デイジー。有り得ないだろう。カステル議員は45歳で母さんは50歳だぞ。それに父さんと全然似ていないし。なあ?カイル。」

 「うん、チャールズ兄さんの言う通り、デイジーの考え過ぎだよ。大体、母さんは教会へ行っているだけだろ?」


 「そうかしら?信仰に篤い所や真っ直ぐな所は父さんにそっくりだと思うけど。カステル氏は独身だし障害は無いと思うわ。凄い資産家でも在るし。」


 「デイジーは資産家のカステル氏の義娘に成りたいだけだろ。全くさ。」

 「あれ?カイル兄。此れって女の感よ。」

 「はいはい、17歳の女の感ね。余り迂闊な事を母さんに言うなよ。デイジーは。」








 俺は実家のパーラーで聴いたデイジーの馬鹿げた話を思い出して苦笑を浮かべた。


 ウィルソン・カステル議員が俺に話があると言ってクランベル伯爵邸へ訪ねて来たのだった。

 俺は土日以外、クランベル伯爵邸に居るので、何時の間にか手紙や来客は此処へ来るように成っていた。


 アルバート4世に仕える為、クランベル伯爵邸で執事のキースにマナーを習って滞在している内に、婚姻してもウィンダムハウスやウエストカタリナ宮殿へ外出すると、何故かクランベル伯爵邸へ戻って来ている。


 ジーンが「つい癖で」と照れ笑いして俺に詫びるのだけども、嘘臭いよなあ。

 でも同じスクエアを囲む距離だし、「まあ良いか」と、俺もなし崩し的に良としている。

 まあ、余計な客をクランベル伯爵邸で防いで貰っている感じでもあるし。



 俺はジーンに連れられて広いホールから右に或るゲストルームへとアイボリーの扉を開かれて入って行った。


 「生家は只の商人なので」そう言ってウィッグを被らないウィルソン・カステル氏は羊毛のようなフワフワの巻き毛をフリーダムに生やし、切れ長な薄藍の目を此方に向けて俺に挨拶をした。

 まあ庶民院議員はウィッグを被らない士官もいるしね。


 シンプルな白い木綿のシャツに水色のシルクで作られたウエストコートを着、ベージュのコーデユロイのパンタロンを穿いていた。

 此れでマントを羽織れば牧師に見えるよな、と俗世から乖離しているようなウィルソン・カステル氏へ俺も挨拶を返した。



 「お久しぶりです、ウィルソン・カステル議員。中々、お伺い出来ずに申し訳ありません。」

 「いえ、チャールズも多忙な様子は周りから伺っているので、私の事は気にせずに。」

 「有難う御座います。ウィルソン・カステル議員。周りから聞く俺の話が良いモノだと良いのですが。」


 「ふふっ、それも余り気にせずに。今日はレスタード夫人、母君の事で話が合って来ました。」


 

 ウィルソン・カステル氏は真剣な瞳で俺を真っ直ぐに見てそう伝えた。

 ええーーっ!?

 もしやデイジーの言っていた当て推量がホントになるとか?


 「もしかして母と結婚なさりたいとか、、、でしょうか?」

 「、、、?えーっと?婚姻ですか?私とレスタード夫人とがですか?いえ、大変に心惹かれる話ですが私は信仰に生きておりますので、どなたとも婚姻する心算はありません。」

 「あっ、はっはっ、そうですよね。申し訳ありません。失礼な話を。えっと、それで母の話と言うのは何でしょうか?」


 「ふっ、ええ、実は私は暫くシエラ地域へ行った後で華龍帝国までニューラン牧師の布教の旅へと御一緒するつもりです。そして、それを先日来られたレスタード夫人へ挨拶も兼ねて話しましたら、自分も共に信仰の旅をさせて欲しいと幾度も頼み込まれましてね。其処まで言われる事情をレスタード夫人へ尋ねましたら、私も納得せずには居られない内容でしたので、了承しました。」



「はい?東アーリア地域の華龍帝国へ・・・。って、そんな遠くまで。途中で海死病になったら?いえ、それよりも船の事故にでも遭ったら如何するんですか。北カラメル大陸まで一ヶ月半以上は掛かるんですよ?無事に行けとしても2年余りかるかも知れないのに。そんな、無茶な・・・。」


 「ええ、私もそう言ったのですがレスタード夫人の決意は固く、私も頷かざるを得ませんでした。」

 「そんな。それでウィルソン・カステル氏、母の事情とは?」

 「チャールズ、申し訳ありません。母君と約束したので私が話す訳には行かないのですよ。今日参ったのは、チャールズが心配しないようにと此の事を伝えに来たのです。」



 そう言って、何故か切なそうな表情をウィルソン・カステル氏は浮かべて、2つ~3つ俺に子供時代の話を尋ねてから、旅支度があるからと去って行った。

 全く、母さんは何を考えているんだろうか。

 事後報告にも程が或る。


 俺は思い切り溜息を吐いて、ジーンが持って来て呉れた熱い珈琲を飲み始めた。




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