ep28 ハロー!ソフィア
いやあ、子供って突然に生まれて来るんだな。
突然て言うのも可笑しな話だけども。
週に一度金曜日に自宅へ戻っていたのだけども仕事で呼び出されてしまった。
最近良く現れると言うハイウェイマン捕縛の陳情へ郵便配送業者たちが訪れたのだ。
そしてウエストカタリナ宮殿に或る郵政局内で対策を相談されていた時に、ジュリアが女児出産と言う報が俺へ齎された。
「おおー、やったぜ!ベイビーっ!」
そう俺が浮かれて燥いでいると、4人の不景気な面のオッサンが「おめでとうございます。」と、何ひとつ目出度くも無いつう白々とした声で寿いで呉れた。
はいはい。
空気を読まずに済まんかった。
でも其処は新たな命の誕生に喜んでおいてよ。
一応は社交辞令ってモノを考えようか?手紙配送事業の経営者の皆様。
俺の機嫌1つで免許を取り上げる事も出来るんだよ?
しねーけどさ。
小さな荷物も議会で法案化され送れるように成ってから、ハイウェイマン、所謂、追い剥ぎ強盗が現れるようになった。
馬車で手紙だけを配送している時は、追い剥ぎも速さと運んでいる人数の多さで、リスクの大きさとリターンの少なさでハイウェイマンは絶滅していたのだけども、郵送の邪魔に成らない程度の小さく軽い荷物を配送するようになり、金目の匂いを嗅ぎつけた小悪党たちが徒党を組んで襲ってきたようだ。
だから俺は反対していたのに。
手紙つう、用の或る人間以外には無用のアイテムだから、身軽にスピード重視で配達が出来ていたのだよ。
金銭の遣り取りをしたり、貴重品を送ったりしたらヤバイって警告していたのに、碌な護衛もつけずに走らすからだよ、って俺は目の前のオッサンたちへ文句を言いたい。
今までのハイウェイマンは手紙を狙っていたわけでは無く、配達人の持つ郵便配達料金の受取金を狙って来てたんだからさ。
はああ、此れで新しい保険が売り出される事に成るんだろうな。
俺は郵便局内で遣らされそうな業務を脳内でピックアップして、保険会社と民間企業のみで契約やら取引が完結するように、公務不介入を原則とする事の試案を纏め始めた。
もう郵政事業参入の時のような民間企業たちの醜い血みどろな争いに、俺は巻き込まれる気は毛頭無いからな。
て、考え込んでると「なんとかしろ」とオッサンたちが急かして来た。
「ソレは襲われた場所の治安判事が解決する問題で、郵政局には損害を補填する義務も、犯人逮捕もする能力も権限もなく、、、。」
俺は、のらりくらりと突っ込んで来る4人のオッサンたちを躱し続けた。
その後、俺は報告を受けていた被害状況を纏め、小包を運ぶ場合は自己防衛しろとロドニア・ガジェット(=官報)で速報を流した。
こうして俺の今日の仕事は終わり、ウエスト・カタリナ宮殿の出口に向かって、生れて来た娘の名前を考えながら歩いて行った。
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娘と喜びの対面を終え、『ソフィア』と名付けた事をジュリアに告げていると、ジーンが慌しく入室してきて、クランベル伯爵が「チョット来い」と呼んでいると言い、ソフィアとジュリアとの一時に名残を惜しむ俺を引き摺って伯爵邸へと連れて行った。
比喩では無くジーンはマジで俺を引き摺って行くんだよ。
はて?
アルバート4世は春が近付く此の所で小康状態だし、2件の珈琲ハウスの主オルコット氏とドイル氏の海上保険の件は勅許状を出すことに決まったし、まあ他にも細々したモノもあるけども、クランベル伯爵と早急に話す事とかあったっけ?
娘ソフィアも生れたし、暫し休んでも良いって昨日俺に言って呉れたのに。
エンクロージャーつう囲い込み法案で問題は起きていた様だけども、クローバー王国の南部でもノルディック王国の低地でも、各自治体の治安判事が保安隊を組織して宥めたと聞いたけども。
元々、蟠りのある地域だしな。
クローバー王国でもノルディック王国でも、両国の貴族や地主はブレイス帝国の議会が89年前、統治する為に無理矢理決めた人間だしなー。
農地の囲い込みが合法に成った途端、丁寧な説明もせずに柵を造ったりしてないと良いんだけど。
どうせ住んでいる人達に賃金労働者として農地で働いて貰う必要が或るのだから、穏便な手法を取っていることを祈るしかない。
アルバート4世も小康状態とは言え、未だ起き上がって動ける訳では無いのだから、リンブルック首相が巧く動いて呉れると良いのだけど。
資本家たちは余り国内を軋ませないで欲しい。
そんな事を想いつつクランベル伯爵が待つ書斎へと俺は足を踏み入れた。
書棚とキャビネットに囲まれた、朱色のベロア生地が張られた3人掛け用のソファーへとジーンに誘われ、クランベル伯爵の座る左隣へと招かれた。
優雅に長い脚を組んで俺にクランベル伯爵は明るい翠色の瞳を細めて微笑んだ。
「折角、誕生した娘と寛いでいる所を呼び出して悪いね、チャーリー。」
「あ、いえ。娘とは何時でも会えますから大丈夫です、クランベル伯爵。それで何が合ったのでしょう。」
「ああ、先程、議会堂へロイセン王国からオーニアス帝国へ宣戦布告が合ったのだよ、チャーリー。恐らくブレイス帝国はロイセンに就いて参戦するだろうね。」
「ええーっ!!スラウの和議を結んでいたのに。」
「どうもフロラル王国とオーニアス=神聖ロマン帝国が婚姻同盟を結ぶことが決まった事に対して、ロイセン王国のフリード2世は、オーニアスが改めてシュレン地方へ攻めて来る事を懸念して行動を起こしたようだよ。後は神聖ロマン帝国のハッセン選帝伯が、ロイセン王国との境界で小規模の紛争を起こしたのも影響しているみたいだね。」
「あそこの境界は領民たちの小競り合いが毎回起きているのに。」
「まあ、ハッキリとシュレン地方の領土をロイセン側は確定して置きたかったのだろうね。外交交渉は互いに不調だったようだし。」
また、エルザが懐妊中にフリップは戦いに赴くのか。
俺は、鋭いフリップの眼差しがより厳しくなっていく表情を想い、胸がズキリと痛んだ。
きっとロイセンとの戦いに成れば陸軍の部隊がヨーアン大陸へ出向くことに成るのだろう。
少し前に、ブレイス帝国ではインナー海と呼ばれているマル島で、エスニア海軍とブレイス海軍で戦闘が起き、終わったばかりだと言うのに。
ブレイス海軍が海賊を追っていたらエスニア海軍と戦闘に成ったと、ヒット大佐は議会で弁明していたけども胡散臭さ満載だった。
とは、クランベル伯爵の弁。
議会の承認なしでの開戦は皇帝でも認められていないのに越権行為も甚だしい。
議会が決めるけども、開戦は一応、皇帝の権限であるのに。
その一報を伝えられたアルバート4世は、ただでさえメイ・フェアード様を亡くされ気落ちしていたのに、ガッツリ凹んでウィンダムハウスへ引き籠ってしまったのだ。
無許可での戦闘行為であることをヒット大佐も自覚していたのか小競り合いで収束させたけども、「海賊を追い掛け攻撃したら偶々エスニア海軍の戦列だった」と言う強弁が通じているとか思って居ないよな?
そのヒット大佐が今回の戦争に参加するって思うと俺は不安しか湧かないのだけどさ。
議員なのだから大人しく議事堂で引っ込んで居て呉れないかな。
折角、議員は出征せずとも良い特権があるのに。
もしかして強制徴募の対象外な事を特権と思ってるのって俺だけなのだろうか?
どの程度の規模になるか判らないけども、前回のオーニアス帝国継承戦争時と同じ位なら、弟のカイルとケビンも出陣するのだろう。
なんで態々ヨーアン大陸まで出向いて戦わねば成らないんだよ。
いやまあ、ロイセン王国と同盟を組んでいるから仕方ないとしても、前回も今回も非はロイセン側だよなあ。
ヴォルフ6世との約束を反故にして、勝手に攻め込んで行っているのだから。
エレノーラ大公陛下の夫であるシャルル1世を、神聖ロマン帝国の皇帝って認めて遣るから、シュレン地方を寄こせって酷過ぎる。
シュレン地方は鉄鋼なども盛んで商業も発展していたのにあんまりだ。
そのロイセン側に加勢するって言う我が国。
『これだから政治ってヤナんだよな。』
俺が小さく息を吐き出すとクランベル伯爵は左腕を優雅に伸ばして、俺の金色の地毛を優しく整えられた長い指で梳いて呉れた。
「チャーリーが戦争を嫌がるのは知っているけど、ロイセンとは同盟関係にあるからね。」
「はい。理解してます、クランベル伯爵。」
「そう、良かった。そう言えば娘さんの名は決まったのかい?チャーリー。」
「ええ、ソフィアにしました。」
「ソフィアか。良い名だ、チャーリー。グリシア語で知恵って言う意味だね。」
「有難う御座います、クランベル伯爵。」
明るい翠色の瞳を三日月にして、クランベル伯爵は満足げに頷き、薄い唇を閉じた口元を再び緩めた。
それから運ばれて来た珈琲を飲みながら、クランベル伯爵はロイセン王国とフロラル王国の軍隊の進行路を黒と白に塗られたチェスの駒を地図に乗せて、俺に説明をする。
「余り興味は無いんだよな」と、一瞬俺は思ったけど、気を引き締めて真面目に話を聞いた。
俺の心を読めるクランベル伯爵を前にして迂闊な事を考えている場合ではないよな。
それに、クランベル伯爵と過ごす時間はウッカリ出来ないけども、俺にとって不快なモノでもない。
なんだろうか?
父親では無いし、当たり前だけど友人でも無い。
人生の師みたいなモノかな。
クランベル伯爵と過ごして居ると居心地が良くて、時折り距離感を見失いそうに成るから、我に返って「ヤバイヤバイ」と、俺は心を落ち着け距離を取り直す。
時々は、クランベル伯爵に無茶ぶりな仕事を任されるけども、そのお陰で俺とは本来無縁である筈の人達の中で、浮き上がりもせず自分を見失わないで生きてもいけてる。
そして、父が亡くなり多くの負債を抱えて立ち往生し意識を失いそうに成って居た俺へクランベル伯爵は、「チャーリーの兄弟達の教育費は、私が何とかするからトール党の議員に成ってよ。」って、飛んでもないバーター取引を持ち掛けて来て、「はあっ?」って、疑問を投げる俺に静かな声と微笑みで正気へ戻して呉れた人だ。
ハングアップ仕掛けていた俺の人生に、再起動を掛けて呉れた大恩人でも或る。
本来なら土下座し続けたいのだけども、クランベル伯爵は俺が自然に振舞う事を幾度も言葉にされて望むので、そう振舞う内に傍に居て貰う事でホッと安心出来るように成った。
全く、こんなにクランベル伯爵へ頼りきりになってしまって居たら、ブレイスを脱出して北カラメルに行けなくなってしまうじゃないか。
俺も父親に成ったのだから、しっかりしないとな。
さて、此の珈琲を飲み終えたら我が家へ帰ろう。
ジュリアと新しい家族の待つ俺の家へ。
ジュリアに似たエメラルドグリーンの瞳をしたソフィアが視力を持つ様になったら俺の顔を覚えて貰わないとね。
髪は俺に似た金だと思うけど、金色の髪は少しづつ変わる事もあるから先が愉しみだ。
『俺に足りない知恵はソフィアに託そう。』
「親の持たない能力を子が持つと思わない方がいいよ?チャーリー。」
「えっ!?」
「ふふふっ。」
クランベル伯爵が俺にそう言って楽しそうに笑って珈琲カップへ口を付けた。
なんで?
やだ、マジで怖いっす、クランベル伯爵っ!!!
俺の思考が一時停止した。
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【従者ジーンの独り言①】
呆然として固まっている仮免チャールズを見ながら、俺は2人の視界から消える書棚とキャビネットが並んだオイルランタンの灯りの陰で従者のアールと佇んでいた。
チャールズは気付いていないが、声に出さずにチャールズの唇がハッキリ動いているのだ。
俺はチャールズの此の癖を他の人間に気付かせない為、傍に控えているとも言える。
クランベル伯爵様から言わせれば、仮免チャールズの「愛らしい癖」らしい。
そして言い当てられて驚く仮免チャールズの表情も、「いとおかし」と、クランベル伯爵様は翠の瞳を溶かして呟く。
大抵な事柄に対して才アリ有能な真マス(=真のマスター)のクランベル伯爵さまだが、仮免チャールズに関しては知能がマイナスに振り切れる事が侭ある。
俺は、隣りに立つ先輩であるクランベル伯爵さまの従者アールに視線を投げ掛けると、アールは頭を静かに左右へ振った。
おい、
仮免チャールズ!
考え込む度に人差し指を桜色の下唇に押し当てて、上目遣いにクランベル伯爵さまを観るのは、止めて差し上げろ。
クランベル伯爵さまが融けて液体に成ってクランベル・ジュースと化したらどうするんだ。
お前、態とやってないよな?
仮免チャールズ。




