ep27 無理無理無理!
どうしてあんな事を仕出かす気になったのか。
まあ遣らかしたモノは仕方ないと俺は豪奢な寝台で横に成って居るアルバート4世を伺い、声を掛けてモスグリーンの天蓋のカーテンを開けて、傍に置いてある椅子へと腰を下ろした。
スッカリまばらに成った金の薄い髪に弛んだ目の下は青紫色に成って居た。
メイ・フェアード様はアルバート4世の精力も天の国へと持ち去ったのだろうか。
「来たか、チャールズ。」
「ハイ、陛下に召されましたので。今日は疲れが酷いと言うのでザハン公とコーデリア殿下との面会をキャンセルされたと聞きました。お加減の方は大丈夫ですか?」
「ああ、チャールズの顔を見たくなったのだ。そう言えば何やら入口の方で騒いでいたな。」
「ははっ、お恥ずかしい。いえ、陛下と2人で話をしたくてイチャラブするのを邪魔しないでくれと話してしまって。大変、申し訳ないです、陛下。いつもメモを取っている方に遠慮して貰いたくて、遂。」
「ふふっ、それは良いな。また姦しく成りそうだ。まあチャールズにしか使えぬ手だな。」
「噂の有効活用ですかね。偶には噂を利用しても良いでしょう?陛下は余人に聴かせたくない事で、ザハン公とコーデリア殿下に伝えて於きたい事が或るのでは無いですか?俺ごときが聞いて良い事かどうか判りませんけど、伝え終えたら頭の悪い自分は直ぐに忘れますので。」
「有難う、チャールズ。しかしチャールズの今の物言いは、クランベル伯爵に似て来たな、ふっ。実は色々あったのだがな、ふっふっ。チャールズが身を切って呉れるのを知って、如何でも良くなったよ。」
「ええー、では俺のしたことは無駄だった、、、とか、陛下。」
「いや、とても有難いよ、チャールズ。少し、独り言を聞いて呉れ。」
「私は幼い頃からアイクが皇太子ならと考えていたのだ。あああ、アイクと言うのはアイザックと言う私の一つ下の弟だ。27歳で亡くなったけどね。半分は私が殺したようなものだ。」
「ええ?」
俺が思わず息を飲むとアルバート4世は、右手を少し上げてから、掌を寝かせて腕を下げ、何も言うなと言う仕草を俺にした。
俺は黙ってアルバート4世の話に耳を傾けた。
「アイクは何を遣らせても完璧で、そして此の国の議会政治の疲弊を熟知し、皇子だと言うのにパブで議論したり、ブレイス海軍の在り方を改善しようとしたりと私とは違い素晴らしい弟だった。
私は父のような堅苦しい性格と生活とは相容れなくてね。1人で暮らせるようになってからは望むままに生きてみたんだよ。私に皇位など向かないと、言って貰えることを期待してね。結果はチャールズの知っての通り、どれ程愚かしい事をしても、議員達は私を父から庇い続けるのだよ。
そして婚姻した後、私はメイと出逢い、恋をした。嫌、メイの立場を知ってから恋をしたと言った方がいいな。彼女と婚姻すれば、誰の害になることも無く私は皇太子の座をアイクに譲れると思ったのだ。そして彼女との婚姻を打ち明けて一月過ぎて、アイクが落馬事故で死んだのだ。
あの何でも出来るアイクが馬から落ちる?ハン、あり得ないんだよ。そんなことは。」
そう一息にアルバート4世は話し終えて、シルクのベージュ色の掛布から出た細い両肩や痩せた喉仏が、大きく上下して動いているのが見えた。
俺は立ち上がってサイドテーブルに行き、水差しの水をグラスへと注いで、アルバート4世へ声を掛けた。
「陛下、水を飲まれるようでしたら、身体を少し起こしましょうか?それとの寝所係のモノを呼びましょうか?」
「いや、いい。今暫くチャールズが傍に居て呉れ。水を貰おう。」
「はい。」
俺は返事をしてから、アルバート4世の横に成って居る寝台の枕元へ行き、広げて置かれている羽毛のクッションを枕元に寄せ、痩せた身体の上体を支えて寄せたクッションを敷き込み、アルバート4世の半身を起こして、ゆっくりと水の入ったグラスを渡した。
アルバート4世は口に水を含み、乾いた舌や喉を癒すようにゆっくりと静かにグラスを傾けて、半分ほど入れて於いた水を飲み干した。
俺は空いたグラスを受け取り、アルバート4世に水のお替りを尋ねると「満足した」と答えた。
「約束通りにチャールズが私の話を忘れて呉れると助かるよ。弟のザハン公に言うと曲がった事があいつは嫌うから騒ぎにしかねぬし、コーデリアに聴かせるには未だ早いしな。部屋を出たらチャールズも忘れて呉れ。メイが亡くなってからアイクの夢ばかり見るのでな。チャールズに懺悔して置こうと思ったのだ。」
「はい、忘れます。でもクランベル伯爵には話されていたのですね。」
「はあ、あいつめ、気付いていたか。本当に油断のならぬ奴だ、クランベルは。」
「ええ、油断出来ませんよ、クランベル伯爵は。俺の心をバスバス読みますからね。」
「ふっ、それはチャールズだけにだよ。あーっ、コホンっ。そうだな、コーデリアは2人の時には対等に話して呉れる夫を見付けれると良いのだがな。私もメイと知り合ってから、叱って呉れたり喧嘩をして呉れたから、孤独が癒されたモノだ。幾ら忠誠を誓って呉れても互いに主従の関係は無くならぬし、また無くしても駄目だしな。王と違って女王は愛人を持つわけにも行かぬし。チャールズよ、コーデリアの王配は宜しく頼むぞ。」
「え、、、はい。」
いやいや、俺はアルバート4世の侍従議員と枢密院補佐官を終えたら、皇族とは縁を切る心算なんですけど。
今、コーデリア王女は13歳だから、婚姻相手を探すのって、少なくとも後10年も或る訳で。
まあ、早めて20歳で相手を探すにしても後、7年も或るんですよ、アルバート4世。
無理無理無理っ!!!
計算だと後1年少しで、俺は負債とおさらば出来る予定なので、3年後ぐらいしたらジュリアと子供達と北カルメラへ行きたいのだけど。
弟のアランは3年後には19歳に成ってるし、金さえ送ればアイツは何とか遣りそうだし。
デイジーは正直判らん。
俺と一緒に外へ行くのを本気で嫌がってるし、腹立つ事に。
今回の一件で、また噂が酷く成ったらデイジーから俺への視線が汚物を見るような目に成りそうで、正直それが一番に辛いし怖い。
兄さんはデイジーの事を信じてるからな。
だからデイジーも俺を信じろ!
ちらりとアルバート4世の横になって目を閉じている姿を見ていると、「いやー、無理っす。」って老いて弱ってる現状で言えるわけもなし、ああ、世の中は理不尽に満ちている。
この時の俺は知る由も無かった。
アルバート4世と2人で話したい時は寝室の隣室に或る秘密の小部屋が或る事も。
其処に入る為の通路も別に造られている事も。
そして、そのアイデアの主はクランベル伯爵で、アルバート4世が元気な時は秘密の小部屋で2人シークレットライブトークに花を咲かせていたことも。
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【従者ジーン】
俺の仮の主人チャールズ・レスタード=ソルズサンド男爵は、複雑なモノを複雑に、単純なコトも複雑にしてしまう特異体質だ。
知恵の輪を敢えて毛糸球に突っ込んでしまう体質で、見ている分には楽しいが大抵は傍に居る俺が処理する事に成るので、近頃は転ばぬ先の杖では無く、思い切り転ばしてショックで呆然としている間に俺が処理する事にしている。
俺の真のマスターは言わずと知れたクランベル伯爵さまだ。
クランベル家ではマックス8世に賜ったクランベル伯爵と言うモノを唯一無二と考えているので、公爵や侯爵の爵位を他の皇帝から賜っても名乗らない。
「ちょいお前、俺を馬鹿にしてるの?」
と、公爵の爵位を授けた皇帝に絡まれた事もあるようだが、上手く交わして現在まで生き延びている。
家のモットーが『危険は最小に』だった筈だが、意外にもチャレンジャーだと思う。
真のマスターがいるのに、何故俺が毛糸玉と戯れる仮の主人に仕えているかと言うと、至ってシンプルな答えだ。
真マスのクランベル伯爵さまから、仮免チャールズに就いて呉れ、と言う命令があったからだ。
「私に仕える以上に真摯にチャーリーに仕えて欲しい。」
人生の恩人であるクランベル伯爵さまからのオーダーなので俺に否は無い。
それに仮免チャールズと居る時のクランベル伯爵さまはほんのり幸せそうだし、後は手元から離したくない感が俺にも伝わってきているので、外出先からは自宅に帰す前に先ずはクランベル伯爵邸で仮免チャールズを伯爵邸の使用人達で持て成しているのだけど、全く気が付かない仮免チャールズ。
だから仮免チャールズなんだよ、って屋敷の仲間内で話している。
幾らでも稼げる種をクランベル伯爵さまが用意して下さっているのに悉くスルーしていく仮免チャールズに俺は勿体なくて何度叫びそうに成っただろうか。
この人ってクランベル伯爵さまの庇護が無ければ飢え死にするのじゃないか?
そう俺は訝しんでいる横で、「早く北カラメルで家族だけで暮らしたいね。」と能天気に自宅で話す仮免チャールズと「それは素敵ね、チャーリー。」と天然で返す奥様のジュリア夫人。
此のボケボケ夫婦を如何して呉れよう、と俺はギリリと奥歯を噛み締めて、平静に戻る。
「ジーンは頼りになるし、一緒に来て欲しいけど先ずはジーンの嫁探しだね。」
先ず、俺が居る限り仮免チャールズはクランベル伯爵の傍から離しません。
なので北カラメルへ行く事などは、心配ご無用。
ホント仮免チャールズは自分の美人加減を自覚して欲しいと思う。
国教会が禁止しているからって幾らでも同性に襲われる危険性があるのに、仮免チャールズは無自覚と言うか、首を45度に傾けて強請るような視線で相手の男性を見る癖を、辞めて上げて呉れませんか。
相手の男性が可哀想に思える。
仮免チャールズが親友と思い込んでいるフリップを見ていると、クランベル伯爵さまの恋敵であっても同情心が抑えられない時もある。
舅のエルメールもすっかりチャーリー・ジャンキーで仮免チャールズが敢えて無視しているけど、ウィンダムハウスへ行くと陛下を描いているフリをしながら娘婿のチャールズを描いてるし。
その絵を密かに真のマスターであるクランベル伯爵さまが購入して居ると言う不合理感。
はあ、俺の中から仮の主人であると言う称号を早く自ら取って主人チャールズと思わせてくれ。
いい奴なんだからさ。




