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ep26 卒業




 冬は苦手だ。

 何処までも重く雲が垂れ込めるロドニアの冬空は、冷たい死の気配が漂っているようで、箱馬車の中で俺は思わず、オーバーコートの襟元を掴んで身を縮めてしまう。


 フリップの兄で或る二代目ハーバート・ピバート伯爵が亡くなる報を受け取った後、モエイニング元首相やラットウェル外務卿と俺が顔を会わせた事の成る人達の訃報が続いて届いた。


 喪主は、彼の嫡男の三代目ハーバート20歳で、フリップの義姉ピバート伯爵未亡人と共に教区の司祭が祈りをしめやかに行い、ピバート伯爵2世の48歳と言う若さを惜しみつつ、俺を含めて埋葬式の参列者達も別れを告げた。

 エルザと共に参列していたフリップは、瞳を鋭くしてピリピリと何かに怒っている様だった。


 俺がフリップに声を掛けようとすると「また、今度」と声に出さずに目で告げて、エルザや家族達と他の参列者の対応に追われていた。


 アルバート4世から二代目ハーバート・ピバート伯爵はクルサード侯爵を叙爵され、嫡男のハーバートがクルサード初代侯爵と成った。

 ピバート伯爵の爵位も、暫くすれば順当に継承されるだろう。

 

 フリップの甥っ子で或る大学生のクルサード侯爵は、婚約も未だなのでピバート伯爵の継承も含めてフリップも当分は多忙な日が続きそうだ。








             ※※※※※※※※※※





 そんな憂鬱な鉛色のロドニアで過ごして居ると、大学時代のサボリ仲間のアンリ・オルコットから会いたいと言う手紙と先触れが家に届いたので、金曜日の夕方から会う事にした。


 オルコットの家は、他国にも取引場を持つ割と大きな金融屋で、ブレイス帝国ではオルコット銀行として知られているけど、俺から見たら胡散臭い投機屋だよなって思っている。


 俺の独断で銀行屋なんてモノは、国王たちが作らせている金貨や銀貨を削り取って、猫糞(ねこばば)を決め込む金細工師の集まりだと勝手に思っているのだけども。


 オルコット家は、クリイム歴1670年代にアンリの祖父さんが珈琲ハウスを始めて、儲けたお金で金融屋と商売の都合で印刷屋兼新聞屋も始めていると言う悪徳商人一家だ。


 息子のアンリが言うのだから間違いない。

 取引所の或るコーンヒル地区のブルーニードルにオルコット銀行があった筈。


 アンリも俺も大学を卒業したく無くて、チンタラ法曹学院に通ったり、元の専攻から外れて史学へ移ってダラダラと遊んでいた。

 まあ、その報いは父親が倒れて、直ぐに俺は受ける事に成ったけど。


 実の所俺は、卒業して父親の活動を手伝いたくなかったりしたんだ。

 あの頃、まあ今もだけどウルダ人奴隷貿易廃止活動の先行きは全く見えないし、気分の悪くなる被害状況だけは家に帰る度に報告が積み重なっているし、俺は徒労感が半端なくて実家にも帰りたく無かったりした。


 其処で似たようなやる気なさげな学生が史学に居て、それがアンリ・オルコットだったんだ。

 アンリは、卒業したら父親や兄達から、どうせ金融屋で良い様に扱き使われることを理解していて、此の侭卒業せずに遊び暮らしたいと夢見ていた。


 そう言う俺達はダメダメなダメンズだった。



 まあ、遊び暮らすと言っても、互いに小心者なので、無意味な研究テーマに沿って旅すると言うモノだけどね。

 のんびりと馬車に乗ったり歩いたりする国内旅行をエンジョイしていたのさ。

 長閑だったなあ、あの頃は。


 アンリと話していて、『ブレイス人の金銭への執着心て異常だよな。』から話しが盛り上がり、『ブレイス人が大陸のヨーアン人と違うのは何故か?』ってなって、その理由は過去に或るのでは無いかと互いに調べ始めたんだよな。


 俺は、古代ロマン帝国征服時くらいに核が出来たと言い、アンリは、7王国時代に萌芽が出来たと言うモノ。

 別にどちらが正しいとか競うモノでも無く、遺跡や古文書を互いに協力し合って調べているのを、担当して呉れていたサイモン教授が生暖かく見ていたのも懐かしい。

 サイモン教授は、ブレイス古語を研究していた国教会の偉い学者だったのに。







                ※※※※※※※※※※







 ウィンダムハウスから戻り、俺はそんな若かりし頃の懐かしい思い出に浸って居るとアンリ・オルコットの来訪をジーンに告げられた。






  東向きの窓からレースのカーテン越し表通りが見える一階のパーラー(いま)にアンリを招き入れて、俺は妻のジュリアを紹介して、パイン素材のダイニングチェアーに座り、互いの近況を語り合った後、少し込み入った話があるとアンリが言うので、お替りが入った珈琲ポットを置いてジュリアたちは部屋を出て行った。


 「済まない。折角和やかに話していたのに、チャーリー。」

 「いや、気にしないで、アンリ。金の事以外なら話を聞くよ。」


 まあ、アンリが金の心配をする時は、ロドニア中で皆、金の心配をしている気もするけども。


 「そっちの方はオルコット銀行が貸す程あるぜ。俺に気を使わせたく無いからって大学を去ってから此方から連絡する迄、梨の礫なんだからチャーリーは、全く。結婚したなら言えよ。」


 「いや、アンリに気を使わせたく無いから連絡しなかった訳じゃ無いよ。日々の遣ることが多くて、連絡出来なかった。婚姻の方は、実家と違う此処の住所を改めてアンリへ伝えたから、分るだろうと思ったんだよ。そうそうアンリが送って来てくれた小説は、俺には面白かったよ、まあまあ。」


 「良いよ、俺の小説のフォローしなくても。しかし貴族議員には成ってるわ、陛下の寵愛を受けてるわ、俺の知ってるチャーリーじゃないみたいだよな。」


 「1つ訂正する、アンリ。冗談みたいに貴族議員には成ったけども、陛下の寵愛なんぞ受けて無いし。アンリもどうせ碌でも無い俺の噂を聞いたんだろ。はあ、勘弁して欲しいよ。」



 「でも陛下の傍にチャーリーは何時も居るんだろ?」


 「あのねアンリ、いつも侍っているのは別の役職の人だよ。それに、ズラリと人が居るので面白可笑しい事などは、間違っても起きない。なんでその手の噂が消えないのか不思議だよ。」


 「ふっ、チャーリーが人並みに恨まれてるみたいだな。」

 「そう言う人並みは要らないんだよアンリ。で、話って何なんだ?」


 「まあ、ホントに頼みにくいんだけどさ、俺の父か兄を陛下に紹介して欲しいんだよ。チャーリーこの通り。」


 「はあー。今は無理だよ、アンリ。まあ紹介するにしても俺の上の許可が必要だよ。オルコット銀行なら、クランベル伯爵も会いたいと言うかもね。つうか、俺にはそう言う権限ないからな、アンリ。」


 「うーん、俺の親父がさ、チャーリーに口利きして貰う為に色々と調べようとしていたから止めたんだよ。学生時代から仲良くしているから俺から直接に頼んでみるって。」


 「うわっ、何それ怖い、アンリ。そういうことしているから、金貸家って裁判が多いんだよ。全くさあ。」


 「そう言うなよ、チャーリー。俺は止めたんだから。親父が言うにはチャーリーって小切手を受け取らなかっただろ?だから買収には応じないと判断して搦手で行こうとしたらしいよ。」


 「ああー。オルコット・珈琲ハウスから郵便局へ俺宛の小切手は、そう言う理由か。俺も金貨は好きだから貰ってるけども、一応マイ・ルールで貰うのは内ポケットに入る位の金貨まで、って決めてるんだよ、アンリ。小切手なんて面倒なモノは受け取らない事にしているんだ。」


 「なんだよ、チャーリー、その面倒なマイルール。」

 「あははっ。」


 

 役得役得って自分に言い聞かせて、今は賄賂も貰ってるけども、身綺麗に成ればこう言う汚濁から抜け出すのが俺の夢。

 金貨や銀貨を貰う度、父さんの憮然とした表情が脳裏に浮かんで、俺の精神を圧迫するのだ。


 それに相応の相場というかさ。

 此れ位なら、此処までの要望を聞きますよ、って目安が判り易い。

 まあ、口を利いて上げて、上手く交渉が成立しなくても、責任を感じなくても良い金額が俺の内ポケット理論の根幹でも或る。


 収賄は収賄だよね?

 って、指摘されたら、「はい、その通り。」って答えるしか無いのだけどね。



 此の所、オルコット珈琲ハウスとドイル珈琲ハウスの小切手投げ合戦が激しくて、俺はウンザリもしていた。

 金持ち喧嘩せずで仲良くすれば良いモノを。

 金が余り過ぎて、議員に無差別爆撃しているのかと思いきや、アンリの話を聞く限り、一応は相手を確認して小切手を撒いてる模様。


 此処3カ月間、11月から行われている議員達へのメリクリ大作戦は、取りも直さずアルバート4世から勅許状を得たいが為って言うのは、クランベル伯爵が掴んだ情報に依る。


 『会う気にならぬ。』


 つう、アルバート4世のお言葉で、両コーヒー・ハウスの人間は、ウィンダムハウスで巣ごもりしている陛下には会えていない。


 そうだよっ!

 母であり友人であり妻であり恋人であった最愛のメイ・フェアード様を亡くして、アルバート4世は気落ちして引き籠っているんだよ。

 空気を読んで、今は家族で或るザハン公やコーデリア王女と語らう期間を静かに見守って居て上げようぜ。

 面倒だし。



 議員諸兄の皆様が、オルコット珈琲ハウスとドイル珈琲ハウスからの小切手攻撃が嬉しいのも判るけども。


 その恩義に報いて議会で勝手に勅許状なるモノを出しちまうって言う手もあるけども、流石にソレをすると保守派のトール党との仲も険悪に成り、アルバート4世が議会を解散させるとか言い出しかねないので一先ずは、宮内庁長官やクランベル枢密院議長からの様子見中。


 議会を解散させたいリバティ党は、両コーヒーハウスのオルコット氏とドイル氏を議会に呼びたいようだけども、トール党とライト党が2人からの意見聴取を庶民院議会で否決していた。



 「取り敢えずはクランベル伯爵を紹介するから、彼を説得出来れば会えるかも知らないよ?アンリ。あっ、でも、行き成り小切手攻撃は止めた方が良いよ。庶民院の議員はそっちの方が話が早いだろうけど、根っからの貴族だから面倒でも作法道理にするように言えよ。」


 俺はアンリにそう忠告して、お貴族様へ袖の下を渡す時の回り諄い作法をザックリと教えた。


 はぁー、俺は早く爵位を返したいなあ。







             ※※※※※※※※※※






 あの後、アンリに礼を言われたけども、まあ俺からすれば近辺を探られたりするのは、御免被るのでくれぐれもアンリの父や兄の動きに注意して欲しいと伝えて於いた。

 まあ、クランベル伯爵がアルバート4世の素敵な庭園作りにブレイス帝国の確りとした銀行を探していたので、俺的にも渡りに船だったりする。


 アンリは信用しているけど、オルコット家を信用はしている訳ではない。

 でも評判の良い金融屋とかって聞いた事もないし、それに銀行の仕事は集めた資金を投資することだし、互いに納得出来る金利で契約出来たなら十分じゃね?


 その見返りに欲しいモノを手に出来たなら、アンリの評価も上がるだろうし、すっかり法曹界つうかビジネス・マンに変身していたアンリは、俺に送って来た小説を書き上げた時点で、マジで学生を卒業したのだなと実感すると、僅かな寂寥感が疼いた。



 「卒業なんて、クソ喰らえだよな。」



 互いに敢えて論文を提出せずに、笑ってノルディック王国を歩いた日々を、春まだ遠い肌寒い冬空を見上げて、俺は思い出していた。

 俺は形式的にも精神的にも、未だあの時代から卒業が出来ていないみたいだよ、アンリ。








             ※※※※※※※※※※





 ノルディック王国は、不思議な地域で一応はブレイス帝国の一部と言う事に成って居る。

 同君連合で、国王もアルバート4世だしね。



 勇猛果敢な彼等はロマン帝国の侵攻も、海賊の侵攻も、ブレイス王国からの侵攻も防いでいた。

 結局は、ブレイス王国に絡めとられて王も追放されて、ノルディック王国は従わざるを得なくなったけど。


 学生の頃アンリとノルディック王国を調査名目で旅して、言語の違いや民族衣装や社会の成り立ちの違いに、ブレイス帝国の州とは思えずに、2人でノルディック王国と呼ぶようになったのだけどね。




 ブレイス王国は、クローム護国卿を除いてクリイム歴1588年から1647年まで3人の国王が変わった。

 この頃は未だ帝国では無かった。



※クリイム歴1638年


 ノルディック王国のマックス8世との血縁が或るギルバート1世が、ブレイス王国の同君連合として即位。


      

※クリイム歴1647年


 ギルバート2世が即位。

 旧教復活「リバイバル」政策を始め議会と揉め始める。



※クリイム歴1660年


 ロドニア大火災、ギルバート2世がロドニア建築法を造り道路を広げ、ロドニアは今の整然とした街並みの基礎を造る。



※クリイム歴1665年

 フロラル王国の第3王女との再婚を議会の反対派を押し切って再婚を強行。議会と揉める。


※クリイム歴1668年


 王妃が男子を出産し、ロドニア内が不穏な中ロマン教皇から送られて来た司祭に嫡男に洗礼を受けさせ、王太子を旧教徒にする。



※クリイム歴1669年


 ギルバート2世の廃位を議会が決め、危険を感じた国王一家はノルディック王国へ逃亡し、追い掛けて来たブレイス王国軍とノルディック反乱兵とフロラル王国の義勇兵との戦闘が始まり、その間にギルバート2世と家族たちはフロラル王国へ亡命する。





 ブレイス王国本土なのでブレイス議会の兵数も多い為、当然フロラル王国に勝ち、賠償金とギルバート2世と嫡男の引き渡しを求めたけども、「知らんがな。」と無視される。


 そして旧教徒のロマン教皇から、「ギルバート2世と王太子がブレイス王国の正式な王である」と言う通告が成されて、焦った議会は、血の繋がりがあり新教徒であるノーヴァ公国のアルバート1世へ、同君連合の請願に行った。


 でもって現在のアルバート4世へ続いている。



 その後、ノルディック王国の反乱兵達を盛大に処刑、そして国外追放をしブレイス王国の国教側に或る低地帯の農地を没収し、ノルディック王国のクラン『氏』を廃止した。

 多くが旧教徒だった為に公民権を剥奪され、ブレイス帝国へと併合し、現在に至る。




 この時に、ギルバート2世を認めようとしていたのが現在のトール党の元で王党派、議会無視のギルバート2世は許すまじってのがリバティ党の元である議会派で或る。

 そう考えると、今はトール党が旧教徒を否定し、リバティ党が旧教徒や国教以外の信仰を是認しようとしているのが不思議な気がする。


 ノルディック王家は旧教徒であったのだけど、ギルバート1世が1つの国に成れば争う事も無くなるとマックス8世から続いた血を想い、同君連合を受けた様なのだけども、ギルバート2世の悲劇を知らずに逝けた事は1つの恩寵かな?と、俺は考えるようにしている。


 せめて、ギルバート2世の子や孫は楽しく生活して居て呉れている事を、俺は欺瞞だと自嘲しつつも願わずにはいられない。



 ノルディック王国は俺が未だ正義と言うモノを信じれていた眩い若き日の想い出だった。



 俺は、学生時代のアンリのヤル気無さげな表情を思い出し、寂しさが入り混じった懐かしい追憶を愛しく思った。



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