ep25 マインド・リーディング
ウィンダムハウスから戻り、俺はクランベル伯爵と1階に或る書斎へと入って行く。
そして噂話もやっと鎮火しそうで俺も安堵の息を吐いた。
此の所の噂つうか、俺が男爵に成り枢密院補佐官兼侍従議員として、アルバート4世の傍に侍り出した直後から流れ始めたモノで、『チャールズ・レスタードはクランベル伯爵を篭絡し、アルバート4世をも毒牙に掛けている』ってヤツなのだけども、するかっつうの、全く。
噂の元を撒いたの主犯は、寵臣だったオス=オンリー氏だと思うのだよな。
余りにギャンブルの支払いが度重なるので「アノ」アルバート4世が、オス=オンリー氏に「賭け事を止めないと今後負債は支払わない」と怒って、大喧嘩して珍しく陛下が臣下を首にしたのである。
しかし、イケメン・カリスマなオス=オンリー氏には、陛下が折れて謝罪し、解任を取り消して来るだろうと言う自信があった。
スゲーなその自信。
其処で運よくか運悪くか俺がオス=オンリー氏のポジションへとスッポリと収まった。
「ありえねー。」と、オス=オンリー氏が言ったかどうかは不明だけども、俺が男爵に成り、正式な役職に就いてから、「たらしのチャールズ。」って噂が議会や社交の場で流れ始めたのだ。
て言うか、オス=オンリー氏ってアルバート4世のフレンド枠で侍っていただけで、役職でも何でもなかったことを、後にクランベル伯爵から聞かされた俺だった。
オス=オンリー氏のカリスマ度、パねぇーって俺は反対に感心したよ。
宮廷の守衛をしていたオス=オンリー氏の美貌に感銘を受けたアルバート4世は、それから手元に置き貢いでいたのだからさ。
エロなしで或る意味凄く無いか?オス=オンリー氏。
そんな事をしているから第二、第三のオス=オンリー氏候補を目指して、自称イケメンがアルバート4世へ近付こうと宮廷の守衛や近衛に応募が殺到したでしょうが。
大体、美しいモノに目が無いアルバート4世が自称イケメンズ程度では歯牙にも掛けません。
王宮管理の役人が訪れた自称イケメンズ達にオス=オンリー氏の肖像画を見せて追い払っていた。
『顔を洗って出直してこい。』
まあ、ソンな者達から、フツメンでアルバート4世に侍る俺へ、やっかみを込めて面白可笑しい噂を流されアホな話題が社交の場で渦巻いた。
やっぱさ、珈琲ハウスが良くないと思うのだよ。
アソコってデマ錬成所っぽいから。
自称事情通が陛下の寝所へ俺が通って居ると話しているそうだ。
誰だよ。
その事情通って。
俺は気にしないのだけどさ。
母さんと妹のデイジーが否定しつつも本気にしている所が或るんだよな。
エルザが懐妊した事で、母さんからの濡れ衣もそろそろ消えるかな?と期待しているのだけどね。
デイジーは俺を揶揄う為に敢えて言っているトコがあるので放置している。
兄は、それほど暇では無いのだよ、デイジー。
弟のカイルやケビンは「如何でも良い」って頓着しないし、末弟のアランは「それもアリかな。」と、一人で悦に入っている。
ねーよ。
議会堂へ頻繁に行くようなら、苦虫を嚙み潰した表情をした数人の聖職者議員から睨まれるのだろうけども、陛下よりも断然議会の欠席が多い俺はプライベートな宗教裁判に架けらずに済んでいる。
事態を憂慮したクランベル伯爵は、貴族院から子弟でも可と言う事にして、20人の侍従議員を創り出した。
今でも枕返し役人、基、寝室侍従を5人他色々とアルバート4世には就いているいるのに、また側近に男が増えるのかと思うと、俺は陛下に同情を禁じ得ない。
でもさ、クランベル伯爵は自分が言っているような憂慮はしていなかった筈。
にこやかに笑って「フムウム。」と噂を聞き流してた位だからね。
まあ、それでも母さんの悩みの種である噂が消えるのは、俺にとって有難い話だ。
クランベル伯爵に誘われ、何時ものように3人掛け用ソファーの左隣に俺は腰を下ろして、使用人達が用意した熱い珈琲カップへと手を伸ばした。
俺はイラド諸島で作られた珈琲豆の深く炒られた薫りを嗅いで、冷えて縮こまっていた筋肉の緊張を緩めた。
クランベル伯爵は寒さ避けの黒い外套を脱ぎ、帽子を取って乱れた髪を左手で直し、俺に向き直って明るい翠色の瞳を楽し気に細め、整った口元を緩めた。
「今日もお疲れ、チャーリー。」
「いえ、俺は陛下とクランベル伯爵が王弟のザハン公爵とコーデリア殿下に、議会での皇帝の在り方を説明されているのを聞いているだけですので、疲れる事は何も。」
俺はそう答えて、クランベル伯爵の方へ顔を向け、翠眼が多い煌めく綺麗な瞳を見つめた。
最愛のメイ・フェアード様が儚く亡くなり、気落ちしたアルバート4世も体調を崩され、一日の殆どを、ウィンダムハウスのプライベートエリアに或る2階の寝室で過ごされるように成った。
アルバート4世の事だから、精神的に復活する迄は議会を放置して過ごすと思いきや、王弟ザハン公爵とコーデリア殿下を呼んで説明しながら、許可する法案へサインをすると言う公務もなさっている。
何かアルバート4世に悪いモノでも憑りついたのか?
それとも亡くなられたメイ・フェアード様が、「確り頑張れ」と、アルバート4世の夢枕に立たれたのか?
何方にしても法案が無事に裁可されて、ロドニアに残って滞在している貴族院銀たちはアルバート4世からの変な横槍も入らず、サクサク仕事が終わり今年は楽しい冬季休暇を過ごせる事だろう。
『やれば出来る王様だったんですね。アルバート4世陛下。』
「ふふっ、私の話していた通りだっただろ?チャーリー。」
俺は言葉に出した心算はないのに、クランベル伯爵からそう答えられて、思わずビクリとした。
「チャーリーは、考えている事が分かり安す過ぎですよ。ふふっ。陛下は御父上の3世と違って、真っ向から議会と対決する気が無かっただけ。有能な次男であるアイク殿下を、不自然な落馬事故で亡くされてから余計にね。彼が生きていれば、アイク殿下へ王位を譲りメイ・フェアード様と婚姻されたでしょう。此の国では、有能な王族は不要な存在としてされますからね、いざとなればクローム護国卿の時のように議会から排除されるかも知れないからね。」
「そんな王弟陛下を。一体、誰が、、。」
「今更それを問うても詮無き事だし、証拠もなしに捕えられないしね。彼等は、自分より権力を持つ者の存在は、許せないのでしょう。王位だけは買えないからね。だから後継する2人に足元を掬われないよう教えているんですよ。」
落ち着いた静かな声でクランベル伯爵はそう告げて、ゆっくりと左腕を延ばして、俺の背中を優しく手の平で撫ぜた。
俺が姪っ子のナディアを落ち着ける時にするようなクランベル伯爵の柔らかな仕草を俺は背中で其の侭受けていた。
うーん、俺は別にクランベル伯爵の話を怖がっている訳でもないのだけども。
『大憲章を良く読み、決して議員達に利用させるな』
そうザハン公爵とコーデリア王女達2人に繰返し言い聞かせるアルバート4世は、いつもの茶らけた空気は無くて、真剣な表情で語っていた。
本音では、もっと2人に語りたい事も或るのだろうけどもクランベル伯爵や俺だけではなく、側近と呼ばれるむさ苦しいメンズに囲まれている状況では、通り一遍の言葉で済ませるしかない。
大って言われるくらい一杯書いてあるけども、ザックリとした主な憲章は5つくらい。
教会は政府の干渉を受けない権利。
すべての自由な市民は財産を所有・相続する権利。
過剰な税から保護される権利。
不当な裁判による逮捕・財産没収・追放は禁止されている。
軍役代納金や御用金は、国王の考えだけで課することは出来ない。
度重なるフロラル王国との戦争で戦費と軍役に耐えかねた貴族と商人がスッタモンダの挙句、当時の国王に突き付けて、国王に書かせた契約書だ。
12世紀に交わされた大憲章は、忘れ去られていたのだけど、復古王制アン女王と王配ランダル国王ジェームズ1世の時、戻って来た貴族達が蔵から掘り出して来た大憲章を国王に改めて認めさせた。
クリイム歴1609年の事で或る。
その時は17世紀で、まさに500年目の目撃ドキュンっ!!だよ。
いやあ、旧教徒の教会なんて侵され捲くっているけども。
だって、大憲章を創った此の頃のブレイス王国は、旧教徒国だったからなあ。
現在、国教徒も庶民も議会で決めた税を徴取され捲くっているし、故アイスエッジ首相の遣った不当逮捕や冤罪や国外追放って、人間の自由を謳っているリバティ党の行いとも思えないしな。
国王が強権を振るわなくても、別の人間が強権を振るえるってのが世の習い。
接ぎ木細工のように失敗すれば慣習法にして行くブレイス王国はタフなんだろうなとも思うけどね。
そして、そんなタフガイと付き合っていく事に成るチッコイ王女様を想って、俺は溜息を吐いた。
アルバート4世も変な覚悟を決めないで、コーデリア王女の為に長生きしてやってあげて欲しい。
ザハン公は生真面目だけど、アルバート4世みたいなチャラけた器用さを持って無いから、心配でも或る。
「そう言えば、陛下は今回のエンクロージャについて、良く了承しましたね。始めは反対していたようですけど。」
「まあ、共有地を耕作していた農民には悪いけど、新たなノーフォーク農法は畜産が冬も出来るし、それを遣ろうとすると境界線の曖昧な侭では無理だからね。土地の統廃合の為には必要な事だと陛下も理解なさったみたいだよ。一度目の禁止されていたエンクロージャとは違うってね。」
「ですが、救貧所付近で集まって居ると妹達が話してましたけど?確か請願も来ていますよね。クランベル伯爵。」
「まあ、収入が減るのは仕方ないかな。独立自由農家に農業労働者として雇われる訳だから。同じ給金を貰うなら多い方が良い、と家族でロドニアや他の都会へと出て行っているのだろう。昔、議会で一度禁止した法案だから、今回は調べて施行したからね。ただ、都心に出て来た人全てが、成功する訳でもないから、チャーリーの妹さんたちは、それを見たのかもね。」
この法案も通ったし、囲い込みは一気に加速するだろうな。
するとデイジーが不機嫌な顔で言うんだぜ、「チャーリー兄さんの役立たず。」って。
俺が、ノーフォーク農法法案を懸念していたのは、妹のエルザとデイジーの存在に他ならない。
大体、遂この間まで庶民院議員だったフリップには、何も言わない癖に。
「フリップは軍人だし、良いの。戦争にだって行って闘ってるのよ。」
俺がエルザに抗議すると、そう言って藪蛇に成る。
でも、クランベル伯爵が話すみたいに、「今回のエンクロージャは、問題は少ないよ。」とは、思えないんだよな。
さて、デイジー達になんと説明すれば良いモノか。
「どうしたの?チャーリー、考え込んで。」
「いえ、余り問題が起きないと良いなと思っただけです、クランベル伯爵。」
心配そうに俺の目を覗き込む明るい翠色の瞳がオイル・ランタンの光に照らされて揺れていた。
クランベル伯爵邸のランプオイルは、植物性だから良い薫りがして、灯りまで明るく見えてしまう。
「何かを決めると問題は起きるモノだよ、チャーリー。私が生まれた年1720年に、キャラコ使用禁止法と言うモノが出来てね。キャラコって言うのはイラド綿のことなのだけど、冗談みたいな話だろ?」
「ええ、クランベル伯爵。使用禁止って?」
「1690年頃にイラドから麻の代用として安価なキャラコを輸入してカーテンやテーブルクロス、そして衣服を作り始めたんだよ。その頃ブレイス帝国内で一般に売られているモノは毛織物や絹織物しか無かったから、安価なキャラコの生地は人気が出てね。あっと言う間に輸入量が増えたんだ。
当然、毛織物業者の売り上げが激減した。議会には毛・絹織物業者の輸入禁止派そして輸入推進派の東イラド会社とで激しい論争が起きて、キャラコ論争って呼ばれていたそうだよ。結局、毛・絹織物業者たちが勝利して、1700年に輸入禁止法案が議会を通過した。」
「でも、今は高級な更紗って言うイラド綿やコットン素材のシャツやトラウザーは、普通に売ってますよね。まあ更紗以外は国内産だけど。」
「ふふっ、民衆がね、コットンの着心地の良さを知ったから、要望が多くて購入して着ていたのだよ。それに怒った毛織物業者たちはロドニアに押し寄せて、街を歩いてキャラコを着ている通行人たちの羽根を毟るように着ていたキャラコの衣服を剥ぎ取って行き、家にも押入ってキャラコを見付けると奪い取って燃やして行ったそうなのだ。」
「ひ、酷い。犯罪じゃないですか。クランベル伯爵。」
「まあ、毛・絹織物業者からすれば死活問題だからね。それで議会でキャラコ使用禁止法案が通ったのだけど、まあ、東イラド会社も議会に手を回して抜け道を作って於いたのだよ、チャーリー。」
「それは、揉めるだけじゃあ?」
「でもまあ、毛・絹織物業者は求められているモノを提供出来ないし、木綿と麻、毛の混紡や藍色染めのキャリコは例外とされたから、綿糸の輸入は減少しなかった訳だ。そのお陰で綿糸などへの染めの技術は発展し、チャーリーも知っての通り現在の発展が在るしね。問題が起きても、それが全て悪い事とは限らないよ。」
そう話してからクランベル伯爵は、俺の背中をあやすように数度叩いて、傍で控えていたキースに珈琲のお替りを頼のみ、宝石を嵌め込んだ豪奢なスナッフ・ボックスを運ばせ、器具に挟んで嗅ぎ煙草を吸い込んだ。
『俺は嗅ぎ煙草より葉巻の方が好きだな。』
そう思って居ると、クランベル伯爵はジーンを呼んで葉巻を用意させた。
やだ、怖っ。
何度目の読心術だよっ、マジ、怖いよ、クランベル伯爵。
俺がビビるのを見て、クランベル伯爵は楽し気に笑うのだ。
こうして12月の夜は更けて行った。




