ep24 さんざめく
俺は、妻ジュリアの機嫌を取りつつ、義父エルメール画伯に我が家への出禁を再度伝え、クランベル伯爵へ出産に慣れてる侍女の斡旋を頼み、人心地ついていると選挙の結果が出た。
保守系のトール党議員が216議席
自由系のリバティ党議員が198議席。
新設のライト党が36議席。(無所属)
無所属だった議員達は、啓蒙系って言うのか人道系って言うのか、ウィルソン・カステル議員達も所属して新たにライト党を創設した。
党って言うよりは貴族院議員ぽくて緩いコミュニティって感じだよね。
ウルダ人奴隷貿易の廃止を訴え、浮浪者や捨て子問題解決に救貧所や捨て子院の拡充を求めてそれぞれに活動している議員たちだったりする。
基本的に、議員は貴族か地主や聖職者なので貧者や底辺層への施作は余り考える事はない。
精々が罪を犯した者の量刑を新たにするくらいかな。
そんな訳で、困窮している底辺層を見兼ねて慈善活動が高じて議員に成った人達だ。
ウィルソン・カステル議員が居て分かると思うけど、福音主義の人達が多いのは仕方ないよな。
故アイスエッジ議員の20年に及ぶ長期政権の影響で、過半数の議席を得た政党が首相に成り、内閣を運営する閣僚を組閣する事が通例になり、選挙時にトール党かリバティ党へ所属する、って形式に成ってしまっていた。
それまでは王が首相を任命するモノだったらしい。
一応、今でも任命権は皇帝に在るけども、議会で決められた首相を追認している形だしね。
でも陛下だって人間だもの。
まあ、如何しても嫌な相手は拒否しちゃうけどね。
故アイスエッジ議員が首相の座を退いてからも、リバティ内閣を約7年近く辛うじて続けた所為で、議会は変な慣習が出来てしまって、アルバート4世との間にも歪みで些細な衝突も起きている。
なんかさ、トール党議員の中にも議会は何よりも尊重される聖域派みたいな人もいて、それが王権強化を望むアルバート4世と対立して面倒なんだよな。
そう言う人達からは、俺って議会を軽視している様に見えるらしく扱いが雑なんだよ。
宮廷の広い通路を通る時に敢えてブツかってくるとかさ。
君達は何処のアンダースクールの生徒か?って思えるガキっぽい抗議をして来たり。
まあ、良いけどね。
聞えよがしな陰口や分かりやすい悪戯くらい。
亡くなった某アイスエッジ首相みたいに、政敵へ暗殺を仕掛けて来ないだけでも有難いと感謝して置こう。
一先ずは、出世を望まれている多くの議員達の嫉妬をクランベル伯爵の協力で躱しつつ、新たな首相の任命をアルバート4世にして貰わねば成らない。
俺の立ち位置の何が羨ましいのかサッパリ理解不能だけどね。
自由気ままにアルバート4世に侍っている様に見えるからか?
役得の多そうな閑職の所為か?
新たに任されている郵政局の局長の所為か?
俺は好きでアルバート4世へ侍って無いし、クランベル枢密院議長からの命令で動いてるだけなのに。
でもって役得の多い閑職は、まあ確かに余禄の金貨は頂いているけども、俺も生活が懸かってんだよ、悪いけども。
でもさ、外交系や植民地系や商務関係、そして軍関係の前期だけでも勤めたら一財産築ける、って要職と比べたら俺ってミジンコレベルだから。
途中で議会の解散が無ければ、議員の任期は7年なんだけど、建前は「権力の集中を避ける為」って事で役職の期間を前期と後期を分けている。
だけど、本音は「多くの議員にも美味しいご馳走を仲良く分けよう」てな理由だったりする。
これも、故アイスエッジ首相が円満な議会運営の為に慣習化させた事なんだよな。
死して尚、故アイスエッジ首相の影響力を知る俺だった。
郵政局の局長も収入が入るのって認可状を与える時だけだし、諸経費を除いたその利益はアルバート4世へ渡っているから、多忙なだけで旨味は無いよ。
許されるなら誰かに代わって貰いたい。
許さない人は、クランベル伯爵とアルバート4世なのさ。
現在アルバート4世は、此の混み合い土地の少ないロドニアの都心部に、田園風景のような庭園を造っている途中だったりしている。
50年前には約50万人満たないロドニアの人口だったのに、約56万人にまで増えて居たよ。
いつまで経っても建築工事が無くならない筈だよね。
それなのにアルバート4世は広大な庭園を造っているとか。
えっ?
俺は、全く無駄とか思ってないッスよ、ええ。
そして、アルバート4世に比較的寛容だったモエイニング元首相が持病で或る糖蜜病(糖尿病)が悪化した為、閑職に付き補佐役へと引き留めるアルバート4世を振り切り領地へと戻って行った。
モエイニング元首相は、歳で肉体的にもキツイってのも或るけど、アルバート4世の相手が面倒に成ったんだろうなと思われる。
でもって、トール党のノーラン・リングブルック子爵が新たな首相に議会で選ばれた。
現在、胴廻りがピッチピチなコートを羽織っている44歳のノーラン・リングブルック首相で或る。
モットーは『壊れていないモノは直すな』つう保守オブ保守な議員だ。
ノーラン・リングブルック首相をライバル視しているリバティ党のジョナサン・ヒット議員は、支持者が発行している新聞で『貴族院に於ける秘密の支配者』で或ると論じている。
それを言ったら、有力議員は大抵は、そう呼ばれるだろうなと思わずにはいられない。
植民地拡大派のジョナサン・ヒット議員とヨーアン大陸の争いに巻き込まれたくないノーラン・リングブルック首相では、犬猿の仲に成るのは自然の成り行きかもね。
まあ、ジョナサン・ヒット議員はバリバリの武闘派で陸軍大佐でも在るからなあ。
俺は、弟のカイルとケビン、そして友人のフリップが軍に居るので、極力戦争は避けて欲しいと考えている為、ノーラン・リングブルック首相には是非とも頑張って欲しいと思っている。
何処までも個人的な欲求しかない俺で或る。
※※※※※※※※※
ホワイト通りに或るフリップのテラスハウスへ訪れて、妻のジュリアが懐妊した事をフリップと妹エルザへと報告に来ていた。
もっと報告へ早く来たかったのだけども、フリップの兄であるハーバート・ピバート2世貴族院内総務議長が体調を崩されてしまい、其方の調整で訪れるのが遅れてしまった。
久し振りに見るパーラーは、エルザの趣味で柔らかなオレンジやイエローのカーテンやテーブルクロスで飾られ、暖かな空気が満ちていて、俺は安堵した。
恐らくハーバート・ピバート伯爵2世の病気は、重篤では無かったのだろう。
「フリップ、兄上の体調は大丈夫だったのか?」
「ああ、うん、有難う、チャーリー。過労だった所で選挙が終わり、気が抜けて風邪を引いたらしい。未だ喉の腫れが酷くて話せないから、今回は就任を辞退したんだ。僕に感染したら大変だと言って追い返されたよ。折角、見舞いに行ったのにね。」
そう言って、フリップは口を尖らして見せたけど、凛々しいオジサンになりつつ或るフリップに、その可愛らしい仕草は似合わないから、止めろ。
「良い歳だよな?ピバート伯爵2世は。まあフリップが風邪を引いたら、幼いナディアにも感染すると気を使って呉れたんだろう。そういやフリップは議員を辞めたんだって?」
「まあね。他に議員に成りたい奴が居たから、そっちへ議席を回したよ。此れで正々堂々と父が亡くなる前の軍人生活に戻れるよ。兄の所の息子も20歳に成るし、何か在っても此れでピバート家は大丈夫だしな。」
「おい、不吉な事を言うなよ、フリップ。」
「あはは、冗談に決まってるだろう。相変わらず、チャーリーは心配性だな。」
ソファーの背凭れに身体を預けて、フリップは右腕を上へと延ばして左手で右の上腕を押して、背骨をゴキゴキと景気よく鳴らした。
真っ直ぐに整えられた栗色の眉の下に或るライトブラウンの瞳を僅かに細めて俺を眺める。
全くフリップは直ぐに俺の話を茶化しやがって。
「横暴だー。」って、兄のハーバート・ピバートの命令へ文句を言う癖に、フリップが兄に懐いてる事くらいは、俺だって分ってるんだからな。
見た目通りに頑固なフリップがマジで横暴だと思っているなら、ハーバート・ピバート伯爵2世にも逆らうだろうしね。
『兄って言うより父親みたいだよ。』
照れたように笑ってフリップがそう言っていたのを俺は思い出していた。
「そういや、チャーリーに報告。エルザが懐妊したよ。」
「ええー!実は俺もジュリアが懐妊した事をフリップたちへ報告に来たんだよ。おおー、マジか。」
「気が合うな、チャーリー。エルザは一昨日、身体が怠いって言うから兄と同じ風邪かと思って医者に来て貰って、診察したら懐妊が分かったんだよ。」
「そっか。ナディアは、お姉ちゃんに成るのか。3歳に成るナディアを見ながらだとエルザも大変だな。でも母さん達に報告するのが楽しみだな、フリップ。」
「チャーリーは良く言うよ。先月、エルザと一緒にチャーリーの実家に戻ったら、義母上が懐妊の報告を短い手紙だけで済まされたと拗ねていたぞ。一応は嫡男だろ?偶には義母上にチャーリーも顔を見せて遣れよ。」
「うーん、分っているけどさ。精神的に微妙なんだよなー。嫁の問題は片付いたんだけどさ、色々と遣らなければ成らない事もあって、母さんに会う気力が湧かない。でも近い内に行くよ。弟達とも会う約束をしているしな。」
「嫁の問題って?」
「はっはっ。ちょっと夫婦喧嘩?いや、一方的にジュリアから怒られた。屋敷の中の事をする時は、先ず話して下さいって言われちまったよ。まあ、全面的に俺が悪いので平伏したけどさ。」
「夫人は、大人しそうに見えたけどね、チャーリー。」
「基本は大人しいよ?フリップ。でも、まあ、良く出来た嫁ではあるよ。」
「ふっ、御馳走様、チャーリー。」
いや、俺は別にフリップへ惚気た覚えは無いのだけども。
そう言おうとしたら、扉が開いてナディアと一緒にエルザがパーラーへと入って来た。
汚しても良い様にとエルザがコットンで作ったシンプルな赤いドレスと厚い布地で作られた丸い靴を履いたナディアが下膨れの頬を赤くして俺に話し掛けて来た。
「チュルズ兄しゃん。(=チャールズ兄さん) いらしませて。」
「はは、こんにちわ、ナディア。良く挨拶が出来たね。偉いぞ。」
「もう。ナディアったら。チャールズ伯父様だと教えているのに。」
「エルザ、チャーリーもオジサマって呼ばれるより、兄さんの方が嬉しいと思うよ。なっ、チャーリー。」
「全くだ。チャールズで良いよ。ナディア。」
「チュルズ?(=チャールズ?)。」
「うんうん。そうだよ。」
「もう、フリップもチャールズ兄さんもナディアに甘いのだから。」
エルザはフリップの左隣のソファーに腰を下ろして、白いフリルを付けたベージュ色のドレスの裾を直して、ナディアを両手で捕まえて膝の上へと降ろした。
由緒正しい家では、こういう席に幼子と一緒に居るのはマナー違反になるそうだけど、所詮、俺もエルザも一介の商人の子供だし、幼い頃はこうして両親と共に過ごしたのだ。
フリップも気に成らないと言って呉れたので、俺もエルザも伸び伸びとして、ナディアとの時間を楽しめる。
俺は、エルザと弟妹や母の話をしながら、メイドが運んでくれたホットミルクと焼き菓子を、ナディアと共に口へと運ぶ。
それを眺めていたフリップが時折り笑いを零して楽しそうな表情を浮かべる。
イチョウやプラタナスの樹々が黄色や赤に色付いた秋の午後、俺達のさんざめく笑い声が暖かな室内に満ちていた。
※※※※※※※※※
アルバート4世から、北カラメルのニューブレイス自治領植民地州で国教会の大学を、新たに造る勅許状が出たので、肌寒い中それを届ける為、俺はウエストカタリナ宮殿へジーンと共に馬車で揺られていた。
此の所、アルバート4世の最愛の女性メイ・フェアードが体調を崩したせいで、アルバート4世は凹んで議会をサボり気味だったりする。
まあ、そうじゃなくてもアルバート4世は議会をサボり気味だけども。
だってさ、庶民院で通過した法案を首相始め閣僚が貴族議員やアルバート4世に説明して、反対の場合は貴族院で否決するだけだし、アルバート4世は下手に議会で口出しをしては駄目だし、遣ることが余り無いんだよな。
事前に議題説明もリングブルック首相からされているし、トール党優位の時は、アルバート4世が反対しそうな法案は偶にしか上がって来ないしね。
「あれ、あそこに歩いているのはギボンズでは?」
向かいに座っているジーンの腕が指し示す方向を馬車の窓から見ると、濃い顔のタッパの或るギボンズが器用に行き交う馬車や人込みを躱して西の通りへと渡って行った。
うへっ。
嫌な人間の顔を見ちまった。
俺は、そう思って何の気なしにジーンが指し示したギボンズが出て来た通りの角を見ると、チラリとフリップらしき男性が走り去って行くように見えた。
うーん。
あそこの場所は、俺が向かっているウエストカタリナ宮殿方面だし。
議員を辞めたフリップな訳はないか。
俺は、そう思い至って、人々が集いさんざめくウエストカタリナ宮殿の議会堂へと向かうのだった。




