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ep23 二日酔い




 二日酔いで脳がクラクラ揺れる目覚めに俺は吐き気を抑えていると、妻のジュリアは不機嫌な顔をして俺の顔色を見た後、溜息を吐きクルリと後ろを向いて、スタスタと寝室を出『バタン!』と、頭に響く大きな音を立て扉を閉めて去って行った。



 うへぇー。

 無表情のジュリアって怖い。



 昨夜、玄関ホールでエルメール義父さんを出迎えた後、客間で歓待していても、ジュリアは一向に顔を見せないので、勧められる侭に俺は酒を飲んだのだった。

 来客用に買っていた酒を消費してしまったので、ジーンに頼みクランベル伯爵邸で酔いに任せて酒を借りて来て貰って、俺は義父エルメールと飲んだのを薄っすらと思い出した。


 ヤバい。

 後でクランベル伯爵に謝罪せねば。

 、、、酒って怖いね。

 ジーンも「伯爵家へ、そんな事を頼んだら駄目っ!」って、止めて呉れても良いのにさ。

 ちょいとジーンに八つ当たりモードの俺で或る。




 さてさて、メラニーから持って来て貰った水で水分補給もしたし、俺は気合を入れて無表情ジュリアとお話し合いをせねば、ジュリアの出産どころでは無くなってしまう。


 傍に居たジーンへ、ギョロ目のオッサンの様子を尋ねると、俺が酔ってダウンした後、18禁なアブノーマルなムードを義父エルメールが醸し出していたので、ジーンは家から叩き出したと答えた。


 おのれ、ギョロ目のオッサンめ、娘の亭主へナニを遣らかして居るんだ。

 

 俺は、嫁のオヤジから貞操を守って呉れたモラルの番人ジーンへ心からの感謝を述べた。

 そのジーンから、「礼は『言葉』ではなく『態度(キャッシュ)』で」と言うような声は、俺の気の所為だよな?って思い込み、聞こえなかった事にした。



 二階に或る談話室の窓際のソファーで、俺が入室した事を気付かないフリで、刺繍をしているジュリア様。

 ジュリアはソファーに座ってレースのカーテンから透けて入って来る日差しを浴び、朱い髪をシニヨンで纏めて、少し厚手のオリーブ色のドレスに濃い臙脂のショールを肩から羽織り、器用に白い指先を動かして、薄いブルーのコットンにデイジーの花を刺繍糸で描いていた。



 「あの、ジュリア、昨夜は御免。俺も悪気は無かったんだよ。ジュリアが落ち込んで見えたので、父親のエルメール氏を呼べば、気分転換に成ると思って呼んだのだけど、俺が酔いつぶれてしまった。彼の借金と俺の気分的な問題でエルメール氏を此処へ呼ばなかっただろう?ジュリアも久し振りに父親と会いたいのでは?って思ったのだよ。」


 「はぁぁーーぁ。」


 俺は、ジュリアの様子を伺いながら、悪気が無い事を訥々(とつとつ)と説明すれば、ジュリアは深く長い溜息を吐いて、刺繍を刺していた生地を艶の或るライトブラウンのメイプルで作られたテーブルへと静かに置き、俺をエメラルドグリーンの瞳で捉えて、話し始めた。



 「チャーリー、1つハッキリ話して於くわ。婚姻後も父を此の屋敷へ出入禁止にしたとチャーリーから告げられて、私は本当に嬉しかったの。実の父親をこんな風に思っていることをチャーリーに知られるのが少し怖かったし、その後は強いてチャーリーと父の話をする事も無かったし。」



 俺は、ジュリアの話が込み入ったモノに成りそうだったので、ジーンとメイに退室するように告げると、ジュリアは「居て呉れて構わない」と言うので、ジーンだけを傍に残し、メイには「珈琲を淹れて欲しい」と、頼んだ。


 ジュリアの母親アドラが12年前に亡くなってから、エルメールは自暴自棄になり『飲む・打つ・買う』の3拍子に明け暮れた。

 特に飲むと欲望に忠実になり、幼い6才の弟が住む屋敷に娼婦を連れ込む様に成り、その対応に10歳と幼い純粋なジュリアは苦労したそうだ。


 「知っての通り、あの手の商売の女性は部屋を荒らすので」


 と、整った眉を寄せてジュリアは語るけど、いや、俺はあの手も、どの手も弟ケビンと違い、娼婦に知り合いは居ないので、如何部屋が荒らされるのかは判らない。

 けども、利口な俺は沈黙を選択した。


 部屋の掃除をする為、父親達の部屋へ入るとムッとするアルコール臭が充満していて、ジュリアは嘔吐感に見舞われ最悪な気分だったそうだ。


 しかも、絵を描いて稼いだ金は家には入って来ず、4歳年下の弟レミーと苦労したそうだ。


 レミーが18歳に成ったら母親の遺産を貰えるように成るらしい。

 つっても北カラメルに或る母親の実家へ行かないと駄目らしいけど。

 レミーの祖父さんがエルメールの悪い噂を聞いて防衛策を講じていたと言う話。

 ジュリアにも18歳で資産を渡されたらしいけども、結局は、エルメール氏に借金返済で使われたらしい。


 おい、エルメール。

 何を遣って呉れてやがるんだ。

 ジュリアもキッチリと持参金を持っていたのじゃ無いか。


 ジュリアの母親側は北カルメラで毛皮商人から成功して資産家に成っているのだけど、妻のアドラが亡くなり2度ほどエルメール氏が借財をしに行き、縁を切られたとジュリアは話す。

 一度目は、3千ポンドを祖父さんから貸して貰えたらしいよ。

 一応は借金の形にエルメール氏の絵を預けたって。


 でもって2度目に亡き嫁アドラ宅へと懲りずに借金をしに訪れ、一度目の返済を1ポンドもしていないエルメール氏に怒って、母親の兄に屋敷から叩き出され、縁を切られたらしい。

 エルメール氏の実家の粉屋を知っているアドラの兄は、エルメール氏の老いた両親一家へ訪れ返済を迫った。


 そして怒った両親や兄弟からも縁を切られてしまったつう話。


 まあさあ、エルメールって言う姓もブレイス帝国で自分の工房を造る時に新たに作った姓だけども、幾ら北カルメラでの姓では無いとは言え、実家で或る粉屋は大丈夫だろうかと、他人事ながら心配する俺だった。


 でも、エルメール氏の預けた絵で3千ポンドには全く足りないけど、一報をジュリアが送れば、気持ちだけでも支払えると思うけどな。

 取り敢えず、アルバート4世の宮廷画家だし。


 此れが縁で、母親サイドの親族とジュリアや義弟のレミーとの関係修復に成るかも知れない。


 「資産家の親族が増えるって言うのは良い事だしなあー」つうて、俺は下衆い事を考えたりしていないよ?


 

 「出来れば父とは会いたくないのよ、チャーリー。」

 「畏まりっ!ジュリア。エルメール義父さんには再度、出禁措置しておくよ。」



 実の娘ジュリアからNGを喰らったギョロ目のオッサンのエルメールであった。







 それから、俺はジュリアに懐妊してお目出度い筈なのに、気分が落ちている理由を尋ねるとポツリと呟いた。



 「昨年、第9皇女メアリー様が産褥死なさったでしょう?それを思い出してしまって。あの方も、懐妊なさるまで苦労なさっていた、と聞いたわ。」


 「いやメアリー様は歳が歳だったでしょうが、ジュリア。レディの年は言っては駄目だけどさ。でもメアリー様は42歳だよ。ただでさえ産褥期の女性は若くても亡くなる人が多くて苦労しているのに、夫のレオナルド陸軍元帥も考えて欲しいよ。」


 「メアリー様は愛するレオナルド陸軍元帥の為、どうしても嫡男を生みたかったのでしょうね。その想いは私も分かる気がします。」



 俺は「如何なんだろうな?」って言葉を飲み込んだ。



 出産されて早逝した男児の後を追うように逝去されたメアリー皇女。

 アルバート3世の9番目の娘であり、アルバート4世の親子ほど年の離れた妹である。


 そして夫であるレオナルドは、アハルト=サクセス公国の第5公子で、コーデリア殿下の母であるノイザン公爵夫人の弟でも或る。

 アハルト=サクセス公国は、サクセス公国の公主であった弟が興した領国で、オーニアス継承の時にヴォルフ6世と交渉して、分家であるのに選帝侯へ成り、そして公国と認められたヤリ手の国でも或る。

 正式な時以外は、面倒なので俺はアハルト公国と呼んでいるけどね。


 気が付けば、アハルト公国がブレイス帝国へと可成り食い込んでるのだなって思わなくもない。



 アハルト公国で中尉として軍やヨーアン旅行でブラついていた五番目のプリンス・レオナルドは、姉を訪ねてロドニアへ遣って来て皇族の皆様に表敬訪問。

 其処で御年34歳のアダルトなメアリー皇女が、若き23歳のイケメン過ぎるレオナルド公子に一目惚れをした。


 クリイム歴1748年の頃、アルバート3世も唯一、嫁いでない34歳のメアリー皇女を心配していたのだろう。

 つう訳でアルバート3世は、嫁に来ていた姉のノイザン公爵夫人やアハルト公国、議会に話を通して、最後に本人レオナルドに確認を取り、見事婚姻に相成りました。



 本人のレオナルドへの確認が最後だった理由?

 普通に、大人の事情だよ。

 そして、持参金を山ほど持ってメアリー皇女はアハルト公国へ嫁いで行った。



 その2年後にアルバート3世が崩御されたけど、懸念していた9女のメアリー妃も嫁がれて陛下も安心されたのかな。

 一番の懸念事項だったアルバート4世も変わりなく遣っているし。


 そして2年後レオナルドとメアリー夫妻に待望の第一子、メアリー公女誕生。

 母であるメアリー妃38歳であった。

 俺とか此れで打ち止めだなとか思ってたし、今回、レオナルド一家が(もたら)した死因を知って、皆は口々に「42歳だぞ!」と、産褥死であった事に唖然としたのだ。


 

 でもって、姉であるノイザン公爵夫人が住むグリンジット・ハウスに今年5歳に成るメアリー殿下と共にマッタリと暮らし始めて、アルバート4世からゴールド・ナイト勲章と陸軍元帥の称号を賜り、年金5万ポンドを毎年受け取る事に成った。



 ノイザン公爵夫人も弟レオナルドが一緒に住む様に成れば、ギボンズの牽制に成るとアルバート4世は考えたのかも知れないな。

 俺は、どちらかと言うとノイザン公爵夫人の自由思想の抑えを、王族でも或る公弟レオナルドに期待している。

 彼が啓蒙主義だとお手上げなんだけどさ。

 その内に、未だ若いレオナルドも再婚するだろうけど、当分は独身生活をエンジョイする気らしい。

 まあ、レオナルドは姉のノイザン公爵夫人と違って、アルバート4世と気が合うようなので、愚痴割合が減り俺も若干、傍に居るのが楽になった気がする。




 レオナルドとメアリー妃の事を熱っぽく語るジュリアの話を聞いて居ると、「どうしたものか」と、矢張り俺は思ってしまう。

 エメラルドグリーンの丸い瞳を煌めかせて、未だ見ぬ子供の未来を、少し癖の或る甘い声で話すジュリアを、俺は愛おしく感じていた。

 そんなジュリアが命懸けで出産を決意しているのを知ると、俺の胸が痛くなる。

 出来てしまったモノを今更、産むなとも言えないし、俺ってさ、昔から何時も覚悟が遅くて、足りない奴なんだよな。


 俺は自分の不甲斐なさに小さく息を吐く。




 「どうしたの?チャーリー、深刻な顔をして。」


 「うーん。出産してジュリアに何か在ったらヤダなあ、って改めて思ってさ。俺って何も出来ないから、どうしたら良いだろうと考えてたら溜息が出てたよ。ごめんな、ジュリアを元気にさせようと思っていたのに。」


 「うふふっ、私こそナーバスに成ってチャーリーを心配させ過ぎたわね。私も初めての事だから色々と考え過ぎちゃうの。そうだわ!お互いにアワアワと焦った時は、混乱した侭でも話し合いましょう。きっとチャーリーも私も1人で考え込んでしまう性質だからマイナス思考に成ってしまうのだわ。だから、大丈夫かしら?って感じた事は互いに話し合いましょう。チャーリー。」


 「ええ?ジュリア、それこそ焦ってたら話せないよ。」

 「そうね、ジーンやメイやメラニーに助けて貰いましょう、チャーリー。」


 「「「ええ?私、僕、ですか?」」」


 「ええ、チャーリーや私が考え込んでいる時に、どうしたの?って声を掛けて欲しいの。それを合図に話を始めましょうよ。今回もこうやってメアリー妃の事を素直に話して不安だとチャーリーへ話せば良いだけだったのに、チャーリーの仕事柄、皇族が絡む話はしてはいけないかもって考え始めたら、その内に母も6人も出産したのに、生存しているのは私とレミー2人だけだった事とかも考え始めて。取り留めも無く怖くなってしまって。」


 「そうだね。兄妹が亡くなった事を俺に詫びるから吃驚したよ。婚姻前に聞いたのって皆、麻疹や流行病で病死だったろ。何1つ遺伝的な問題は無かったのに。だから俺はジュリアが精神的に参っているんだと思って、エルメール義父さんを自宅へ呼んだのだけど。」


 「御免なさい。でも、チャーリー。」

 「うん?」

 「やっぱり、外での事は分らないけど、家での事は先ず私に話してね。約束よ、チャーリー。」

 「はい。二度と黙って勝手な事は致しません。ジュリア。」

 「もう、そうじゃ無くてね、チャーリー。」

 「あははっ。うん、先ずはジュリアに話すよ。」

 「はい、良く出来ました。ジーンたちも協力よろしくね。」


 「「「はい。」」」



 ジーンたちの声が揃った様子に俺とジュリアは噴き出して、メイやメラニーも笑顔に成り、ジーンは照れてクルリと背中を向けた。

 その様を見てジュリアと俺は、また笑った。




 

 雨降って地固まるカナ。

 まあ、雨と言うよりはジュリアの無表情と言う凍える北風だったけど。

 俺はメイの淹れた珈琲を飲み乍ら、ギョロ目の変態オッサンに『出禁』と記した紙を手渡す明日を思い浮かべた。



 気が付けば俺の二日酔いは、すっかり抜けていた。




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