ep20 三月会わざれば
事件は会議室で起こしていた。
いや、マジで。
プリメラ大陸の北西部に或るラウィット王国を、強引に抑えて半保護国化した事を陸海軍からの報告で知らされて、歓びに湧き立つ議会だったけども、イラドや東アーシアに或る超大国の華龍帝国から南東に或るアルカディアと言う島を、フロラル王国が領有権を宣言した。
フロラル王国の動きに議会内は騒めき始め、調査を主張する議員の声に押されて、新たな武装商船が向かう事に成った。
いや、問題を1つずつ片付けてから行った方が俺は良いと思うのだけど、出来る野郎共の集まりの議会では、植民地の並列処理なんて簡単な事らしい。
絶対に、出たとこ勝負に成るのは目に見えている。
イラドのペルガル方面も植民地化したのって成り行き任せだった癖に。
珍しくコーデリア王女に、議員達で話し合われた議題をクランベル伯爵は語り、それを興味の或る無しが微妙なアルバート4世も瞼を閉じ背凭れに背中を預け、耳を傾けていた。
基本的にコーデリア王女を此のウィンダムハウスに招くのは、母親であるノイザン公爵夫人と家令のギボンズからの支配から、解除する役割をクランベル伯爵が担い、俺はその補佐をさせられているらしいけども、俺としてはそんな大げさなモノでなく、グリンジット・ハウスでの厳しい教育の息抜きになればと思っている。
現在、コーデリア王女は、古典言語を含めて3か国語や歴史、地理、国教から派遣された主教から聖書を学び、絵画や音楽等もを学んでいて、自分の時間と言うモノが無かった。
其処にマナーやダンスも入るので俺から見ても大変そうだった。
10歳に成ってからはクランベル伯爵が、コーデリア王女は唯一無二の存在であり、何ものにも替えの利かない傅かれる貴き存在で有り、選ばれたモノとしての責務を緩く教え、母親のノイザン公爵夫人や家令のギボンズは、コーデリア王女へ命じる事が出来ない立場だと繰り返して話していた。
俺は、小さく幼いコーデリア王女の立場を考える度に、息が詰まりそうになった。
暫く、体調不良を理由にコーデリア王女は、此のウィンダムハウスへ来られなかったけど、3ヶ月ぶりに訪れた彼女の表情は甘さが抜けて引き締まり、仕草にも品格が滲み出て11歳には思えなく成っていた。
相変わらず、身体は小さいのだけどね。
母親のノイザン公爵夫人の血筋かも知れない。
逝去されたノイザン公の肖像画を見ても、アルバート4世やザハン公も背丈は高いからなあ。
コーデリア王女は、煙るような金色の背中に届く長い髪を、ドレスと同じローズピンクのリボンと繊細な白のレースで、天然のウェーブが広がらないように括り、愛らしいローズピンクの子供らしいドレスを纏っているのに、淡いアクアブルーの瞳は真っ直ぐに前へと向けられ、注意深くクランベル伯爵の話を聞いていた。
男子、三日会わざれば、刮目して見よ。
女子、三月会わざれば、刮目して見よって感じかな。
コーデリア王女の凛とした空気に俺は思わず戸惑ったけど、アルバート4世もクランベル伯爵も通常運転なので、女の子は割と良くある事なのかと思った。
でも、フリップとエルザの娘ナディアが、コーデリア王女みたいに一気に成長すると寂しいな。
いや、待て。
フリップの目付きに良く似たナディアが、こんな凛とした空気を纏ったら、メチャ怖い幼女に成ってしまう。
それは伯父として困る。
姪っ子にビビる伯父って、俺の立場が無くなる。
でもまあ、プリメラ大陸のラウィット王国での戦闘も終結して、後は交代要員が来ればフリップも無事に帰国し、エルザとナディアの元へと戻るだろう。
俺の元にも。
運が良かったと言うか、知っていてラウィット王国へブライス軍は行ったと思うけど、国内統一した強力な王ササラ1世が没し、7人の息子達が互いに争って、国内が疲弊していた所へジェント大佐達が侵攻した。
其処へ6人目の息子ディーラが交渉に来て、3番目の兄と自分との戦闘に協力すれば、ブライス帝国との通商に応じると約束し、ジェント大佐達はそれに応じた。
異教徒との面倒な戦争を協力者のディーラ王子達と共に終え、彼がラウィット王国を継ぎ、ササラ3世と成り、交渉を任されていたジェント大佐と通商交渉をしたそうだ。
腹心の第七王子以外は王位継承戦の内紛で亡くなったそうだ。
王家のお家騒動は血生臭くて、聞かされた俺の背筋が寒くなったよ。
王子が妻や側近に裏切られるって、マジで人間不信に成りそう。
始めは第一王子と第二王子との継承争いから、やがて内紛へと発展したと言う。
ラウィット王国内の兵力も減り、富も流出して行ったので、「此の状況に危機感を持ったササラ3世は国王と成るべく立ち上がった。」と、あくまでも、ササラ3世に成ったディーラ陛下の話だけの説明だったらしいけども。
ブレイス帝国は、アルバート4世と王弟ザハン公との仲が、其処まで険悪で無くて良かったよ。
決して、良いとは言っていない。
放蕩好きなアルバート4世と質実剛健なザハン公では、互いに趣味が違い過ぎるしね。
ただ、まあザハン公は皇位よりも、ロード・ハイ・アドミラルと言う名誉職では無くて、海軍中将や大将として戦って居たかったようで、面倒な後継者争いに成らずに済んでいる。
つうか、大昔、長期に渡る王位を巡っての兄弟喧嘩で悲惨な状況になって以来、ブレイス帝国は継承順位が定められているので、継承争いが身内では起きていない。
臣下たちに依る革命やら追放やらは在ったけども。
ササラ3世と第七王子との詳しい話は、フリップがラウィット王国から戻ってから、じっくり聞かせて貰うのを楽しみにして於こう。
閑話休題。
ブレイス帝国から南東の最果ての地に或るらしいアルカディア島。
クランベル伯爵がテーブルに置いた紙の用紙に、用意していたペンでザックリと楕円を4つと四角を描いて、アルカディアのある場所をコーデリア王女へと示して見せた。
探検家でも或るクイック船長に、アルバート4世と外務卿が調査を命じていたけど、フロラル王国と如何なる事やら。
クイック船長へ勅許状を渡して命じている癖にアルバート4世は、恐らく興味がないんだよ。
此れが、グリシア王国やグロリア王国なら、古代の美術品の収集を兼ねて、アルバート4世も興味深々に成るんだろうけど、どんな形の島なのかも分かって居ないし、果たして人が居るのかも判らないしね。
議会の人達と違って、フロラル王国の建築や美術品などに憧憬を抱いているアルバート4世は、出来れば争いたくないと思っていたけど、大蔵卿から新たな植民地が増えれば、アルバート4世の負債も減るかも知れないと口説かれて、クイック船長へ探索の勅許状を出したのだ。
絶対、フロラル王国と揉めてしまう方に、俺は思い切ってドドーンと10ポンドを賭けよう。
実は、フロラル王国とオーニアス=神聖ロマン帝国が同盟を結びそうなのを、ブレイス帝国の外務官僚たちはチクチクと邪魔をしていたりもするのだ。
ブレイス帝国にも少ないけど親フロラル派がいるように、フロラル王国にも親ブレイス派がいて、そちらにオーニアス=神聖ロマン帝国とが同盟を結ぶらしいと囁いて、フロラル王国の国王ポルテ16世や反ロイセン同盟をエレノーラ1世と組んでいるポルテ16世の寵愛深い愛人ボロネーゼ公爵夫人に、貴族を使って圧力を掛けて貰っている。
「敵で或るオーニアス帝国と組むなど許されない。」
つうて、大貴族達がポルテ16世達に圧を掛けるのだ。
まあね。
フロラル王国とオーニアス=神聖ロマン帝国とは、先代のポルテ14世から戦っている間柄だし、フロラル王国の貴族達は、「東ロマン帝国を継いでいる皇帝だと僭称している」つうて、オーニアス=神聖ロマン帝国を嫌っているからな。
そう言って、フロラル王国を担当しているジョン・メリー外務補佐官が話して呉れていた。
序に現在、寵妃の座を巡って、ボロネーゼ公爵夫人とコニャック公爵夫人も、バシバシとフロラル王国の宮廷で遣り合っているらしい。
女の戦いを想像するだに、恐ろしい。
クランベル伯爵の話をコーデリア王女は、円らなアクアブルーの瞳を大きく開いて熱心に聞き、時折、帆船で移動する距離や時間を尋ねたりしていた。
俺はボイソンに持って来て貰っていた紅茶へエーデルシロップと煮詰めたベリー・ジャムを入れて、銀のスプーンで混ぜ溶かし、会話の邪魔に成らないように静かにティーカップを差し出した。
此の甘みで、頑張り過ぎているコーデリア王女の疲れが癒える事を、俺は願った。
ふと静かなアルバート4世に目を向けると、スヤスヤとドリームランドへと旅立っていた。
※※※※※※※※
7カ月ぶりに帰国したフリップに呼ばれて訪ねて行くと、日焼けして益々軍人らしくなったフリップがソファーに座ってパーラーで俺を出迎えた。
短かったマロン色の髪が少し伸びて、フリップは時折落ちて来る前髪を、煩そうに右手で払って掻き上げている。
「お帰りフリップ。ラウィット王国は、如何だった?」
「うん、ただいま、チャーリーの顔を見たらロドニアに戻ったのだと実感するよ。ラウィットは風がずっと吹いていて夏でも涼しかったよ。空気が乾燥するからマブリブ地域で生えているサイザルアサで作られたローブを羽織っていたんだよ。着心地が良かったから、チャーリーの土産に買ってきた。後で渡すよ。」
「おっ、有難う。フリップは、暫くゆっくり出来るんだろ。確か今の所、ブレイスは揉め事が無かった筈だし、余り会えてないから娘のナディアに顔を忘れられているんじゃないか?」
「はは、チャーリーの言う通りだよ。ナディアを抱き上げたら泣かれた。まあ、僕は元から子供に好かれる顔をしてないからな。しかし、ナディアは、せめてエルザに似て呉れれば、良かったのだが、女の子なのに酷い顔で泣くんだよ。」
「ぶはっ、クソ。吹いたじゃん。それを父親であるフリップが口にするなよ。金色の髪色はエルザに似てるけどな。でも、フリップも笑顔の時は、良い表情をしているのだから、笑顔で居られるようにすれば、ナディアも可愛く成ると思うよ、きっとね。」
「ではチャーリーのアドバイスに従って、ナディアを可愛くするために、暫くは娘孝行でもするよ。それで、チャーリーの所は子供は未だなのか?」
「未だだなあー。俺は、別に其処まで切実に子供が欲しいって訳でもないし、御心に委ねているよ。カイルが将来、軍医に成る為に外科医見習いでコッチヘ戻るとカッター医師の所へ通い出したし、デイジーの社交デビューは確りと俺がエスコートして済ませた心算だし、アランも未だ未だガキだし、弟や妹の事が忙しくて俺の子供をって気分には成らないよ。」
「あれ?あと一人、、、そうそう、ケビンは?チャーリー。」
「うっ、あのアホは。はあ、ケビンはすっかり色気づいてなー。手当を支給されたら、色町で使い果たすまで帰って来ない、ってアランが言ってたよ。未だ母さんにバレて無いけど、知ったら気絶しそうだ。」
「それは又。ケビンはレスタード家に似合わぬ剛毅な性質だな、ふふっ。」
「剛毅つうか、ケビンはエロいだけのガキだものなあ。上の弟のカイルは、堅実に自分の生活費と医学用の資料代に使っているのにさ。少しはケビンも見習って欲しいよ。」
「でも、未だ20歳だろ?ケビンは。流石に娼館には通わなかったけど、20歳位だと僕も自由に過ごしていたよ。チャーリーが心配しなくても、その内にケビンも落ち着くよ。」
「だと良いけどさ。」
フリップはもう一度明るく笑って、右腕を延ばして右向かいに座っている俺の肩を軽く叩いた。
そして、一月近く掛かったプリメラ大陸に或るラウィット王国へ向かう帆船での大変さを、フリップは冗談混りで俺に語り、俺も相変わらずアルバート4世の思い付きで振り回される日々の大変さを、笑ってフリップへ話した。
「誰か別の人が皇帝なら良かったのにな、チャーリー。」
「うーん、如何だろうな。俺はアルバート4世も悪くないと思うぜ、フリップ。」
「そう?」
「うん、まあさ、愚痴は色々在るけどね。」
「そっかー。」
「そうだよ。」
フリップはブラウンの瞳を細めて俺を見詰めて、微笑んだ。
俺もフリップの微笑みに誘われるように笑った。




