ep18 新婚生活
あれよあれよと言う間に俺はジュリアと婚約して婚姻する事に成った。
婚約前に、ジュリアとフリップ宅で顔を会わせて、俺には金銭的余裕が無い事とバカンスやクリスマスシーズン以外はゆっくりと2人で過ごす時間が取れない事を打ち明けた。
ジュリアは、エメラルドグリーンのつぶらな瞳を瞬かせて、俺の話を頷きながら聞いていた。
「あのチャールズ・レスタード男爵は、投機をを含めたギャンブルや飲酒をされますか?」
意を決したような表情を俺に向けてジュリアは小さいけど確りした口調で尋ねて来た。
俺はジュリアが父親のエルメール氏から金銭問題で苦労させられているのを察して、首を左右に振り、ジュリアを安心させるよう静かに口を開いた。
「いやギャンブルと言うか投機はしないよ。そもそも俺の負債は偏に父の従弟が投機に失敗したのが原因だからね。流石に俺も同じ失敗をしたくないから遣らないよ。酒は、偶に飲むけど悪酔いする迄は摂らないし、女性の前で飲むのは、パーティーで初めにする乾杯くらいだな。エルメール氏はそんなに飲むの?」
「ええ、父は、暴れたりはしないのですけど、母が亡くなってから飲酒量が尋常じゃなくなって。」
そう俺に話した後、ジュリアは目を伏せて小さく息を吐いた。
軈て、若草色のリボンで後ろで纏めた朱い後れ毛を白い項の上で揺らして、ジュリアは俺と話しながら少しづつ緊張を解いていった。
ジュリアは其処まで言葉数は多くないけど、自分の意志を伝えられる気質みたいで俺はホッとした。
他人同士が共に成るのだから、互いの希望は言葉にしないと分り合えないからね。
義父に成ってしまうエルメール氏の事を考えると若干憂鬱だけど、まあ俺が婿入りする訳でも無いから良いかと開き直った。
父親であるエルメール氏が描きたくなる程には、見目が整っているジュリアを俺は好ましく思っていたし、苦労している彼女を助けたいとも感じたし、此れで噂を理由に見合いを勧めて来る母の話を円満に断れると言う打算も少々、、、。
つうか大部分が母さんの見合い話から逃げる為だったりする。
母の薦めて来る淑女達は、皆が程々の小金持ちで、俺の苦手な着飾る系美女なのだ。
クランベル伯爵からの情報を聴くと、とても俺では彼女たちを満足させる収入を渡す事が出来ないと判断したので、初めから会いたくなかったのだ。
まあ、婚姻した位で俺がアルバート4世とムフフな関係であると言う噂が消えるかは謎だけども、取り敢えず、母もジュリアと婚約して納得したので良しとした。
ジュリアとの初デートを終わらせた後、フリップは俺を冷やかすだけ冷やかしてから、ロドニア東部に或るカナリー・ランズ港から戦地のマブリブ地方へと旅立って行った。
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3ヶ月の婚約期間を過ぎ婚姻式を済ませ、仕事の合間を縫って、俺はジュリアと共にクランベル伯爵の持つテラスハウスへと引っ越した。
元のクランベル伯爵家本邸から、スクエアの東部へと移動しただけなのだけど、初めて自分が持ったロドニアの家に為るので、結構、嬉しかったりする。
俺達が住む東部の建物は3階建てで12棟が連なったテラスハウスで、東側の表通りに面して玄関や歩道と階段を繋ぐテラスや、窓があり奥へ入るとスクエアガーデンが見える。
広々としたスクエアガーデンを囲むように規則正しく調和のとれた連棟建築がグルリ建ち、馬車を通す為の通路や奥に馬小屋も或る。
クリーム色の外壁にライトベージュの煉瓦がシンプルで重厚な対称の調和を醸し出し、様々な緑に彩られたスクエアガーデンや箱庭のような美しい街路を作り出していた。
現在、ロドニアの中心は、42カ所の地所開発と80ヶ所以上のスクエアが作られていて、未だ未だ開発されている途中でも或る。
ジュリアは料理も作れると言っていたけど、俺から見て矢張り大変そうなので、実家でメイドのリリーの後輩だったメイ24歳と、新たにジーンから紹介された捨て子院からメラニー、って言う13歳の見習いメイドを雇うことにした。
地階に在った台所が広くて立派だった、とジュリアはエメラルドグリーンの瞳を輝かせて喜んでいたけど、俺は同意してあげたくても、厨房自体を知らないので生返事に成ってしまった。
一階のパーラーや食堂、ホールの飾り付けや3階の書斎や寝室を一先ず飾り付けて、後はボチボチと片付けることにして、その日はメイが作って呉れていたスープとパンで済ませることにした。
ジュリアも俺も自分の事は自分で出来ると言い合える間柄なので、気分的に楽だった。
「私は、男爵家に嫁ぐと言うので、緊張していのですよ。」
そう照れて白い頬をピンクに染めるジュリアが愛らしくて、俺は笑みを浮かべてクランベル伯爵から成り行きで男爵にされた事を話した。
借金を背負わされた話を済ませていたので、貴族家だと言っても畏まらいだろう、と勝手に俺は思い込んで居たのだけど、ジュリアからすればそうでも無かったようだ。
「チャーリーは品が在るから、私達と同じ市民だと言われても、素直に聴くことを躊躇ってしまうの。」
「そんな風に言われた事が余りないから、俺も戸惑うよ。」
ジュリアと俺はそう話して瞳を合わせて、可笑しくなって笑い始めた。
俺からすれば断れない婚姻話だったけど、金銭的な苦労人だったジュリアとは、互いに共感する部分が多くて、共に居ても息のし易い相手だった。
ジュリアは兎も角、日々、債権者に追い立てられる日から解放されたかったようだ。
その気持ちは俺も良く判るよ。
「互いに無駄遣いをせずに、日々を主に感謝して生きて行きたいですね。」
て、ジュリアに潤んだ瞳で見詰められて、そう告げられ、俺は思わず楚々とした彼女を抱き締めた。
勿論、義父のエルメール氏が描いていた通りに、ジュリアのプロポーションも最高だったけれども。
まあ、義父のエルメール氏が作り出した借財は、自らの絵で支払って返してもらうとして、家庭学習をしていた16歳に成る義弟のレミーは、クランベル伯爵から頼んで貰って弟達と同じミルトン校へと通わせる事にした。
俺の弟アラン14歳もミルトン校で寄宿生活している通い始めたので、丁度いいかなと思ったけど、2歳違うと親しくするのは、難しいかな?
エルメール氏は、アルバート4世から雇われる事に成ったのでウィンダムハウスへ移ることに成ったけど、アルバート4世に触発されて豪遊しない事を祈るばかり。
流石に義父エルメール氏の負債の面倒までは、俺も見る気はないからな。
因みに、義父のエルメール氏から真っ裸で絵のモデルをしてくれと、あの爛々と輝くギョロ目で頼まれたけど、当然だけど俺の返事は「No!」だ。
同じグリーン系の瞳で赤系の髪なのに、ジュリアの天使具合と真逆を行く父親のエルメール氏。
マジで、ジュリアは父親似でなくて良かった、と俺はしみじみと思う。
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そんな桃色の新婚生活を過ごしつつ、ジーンと一緒にウィンダムハウスへ来ている訳だけども、今日は珍しくコーデリア王女が来ていなかった。
大抵は10日から14ケ日に一度はクランベル伯爵から思想教育をされているのだけども、予定されていた日だったのに「体調不良に成った」と、グレース侯爵夫人からクランベル伯爵へ伝言が合った。
アルバート4世とクランベル伯爵は、互いに分かり合っている様で、目を合わせてニヨニヨ気味の悪い笑顔を浮かべていた。
若い頃はイケメンだった爺アルバート4世と今も整った容姿のクランベル伯爵。
この二人が息を合わせて笑うって、絶対に碌でも無い話なのだろうな、と俺は類推し、触らぬ神に祟りなし、猫をも殺す好奇心は持つべからず、と思い、秘してアルバート4世とクランベル伯爵の新たな話題を待つ。
コーデリア王女は、相変わらずノイザン公爵夫人と家令のギボンズに、日頃は閉じ込められている状況だし、せめて僅かでも息抜きが出来る時間を作ってあげたい、と思っていたから残念だ。
俺が出来るのは、精々が準備しているジャムで、ジャムティーをコーデリア王女に入れて上げる位だけども。
それと、どうもリバティ党の急進派の人達を、グリンジット・ハウスにノイザン公爵夫人達は、招いて居るらしいんだよな。
ノイザン公爵夫人って言うよりは、ギボンズなのだけど。
別に、「旧教徒を認めよう」とか。
「国教徒以外の新教を認めよう」とかは良いんだけどさ。
「ノルディック国・クローバー国の議会や議員をブレイス帝国議会で認めよう」ってのは、ちょっと性急過ぎるんだよな。
ただでさえ両国とも旧教徒が多い地域だし、信仰心も絡めてから中央にいるように見られている人間が騒いでいると面倒な事になる可能性も或る。
オマケに因縁もあるしね。
増して、ノルディック王国所縁のギルバート2世を、ブレイス帝国から追放して86年なんだよ。
もう86年か、
未だ86年かは、ブレイス王国の人間にはよく分からないけどさ。
口外せずとも心情的にギルバート2世を応援している人もいるしな。
元は議会が、ノルディック王国のギルバート1世にブレイス王国の君主について欲しい、と頼んだモノだしね。
クリイム歴1669年、 議会と対立して即位していたギルバート2世は追放された。
旧教に戻そうとしたギルバート2世と国教会を堅持しようとした議会とは相容れず、生命の危機を感じたギルバート2世は妻子と共にフロラル王国へ亡命した。
ギルバート2世は、クリイム歴1660年のロドニア大火後、建築法を改正し延焼を防ぐ街作りを行わせるなど遣るべき事も遣っているのだ。
それまでの木組みの建物が禁止されるなど、建築規制の大幅な強化が図られ、建物は煉瓦造または石造とすることが定められ、また住宅建築については、【規則性、画一性、優美さを向上させるため】建物の階数、高さ、各階の高さなどが前面の道路の種類によって大きく4つのタイプに区分され、統一されることとなった。
そんな訳で、フロラル王国を手引きしたと言うのは議会に嵌められてのではないか?
って人が、ノルディック王国、クローバー王国に多く居たりもしているのに、ノイザン公爵夫人たちは無邪気過ぎると言うか能天気と言うか。
つか、王族関係者がリバティ党派の人達と親しくするって、王権復興を仮にも目指しているアルバート4世に喧嘩を売っている行為だと思うのだけど、コーデリア王女の母親であるノイザン公爵夫人は、何を考えているのだろうか。
まあ、ノイザン公爵夫人は、何も考えて無さそうだし、主体はギボンズだよな。
ギボンズはノイザン公爵夫人からの手当てじゃ物足りなくて、名誉も欲しくなり議員を目指しているのかも知れない。
そういやアリシア公女の遺産管理も今はギボンズが任されていた筈。
アリシア公女自ら頼んだとか。
俺からすれば、ニヤけた決め顔のオッサンにしか見えないギボンズって、王族の女性に特殊なフェロモンでも出して居るのだろうか。
太眉と濃い顔が今時のイケメンなのか、初夏の風が入って来る室内で、俺の謎は深まるばかりである。
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銀色の芸術的なウィッグを被っているアルバート4世は、ゆったりとしたジャガード織のソファーに腰を降ろして、右に或るアームへ右ひじを置き、手の甲へ顎を乗せ、俺に座れと左手で合図し、ゆっくりと口を開いた。
「私とフロラルのポルテ16世と何が違うと思う?チャールズ。」
「えーと、フロラル人とブレイス人とかでしょうか、陛下?」
「はぁっ?」
俺はアルバート4世の質問の意図が分からず、素で答えて右隣に座るクランベル伯爵の涼やかな表情へ救いを求めた。
「チャーリー、陛下は、自分より2歳しか年が変わらないポルテ16世の愛人の多さに裏山、、、ふふ、悩まれているのだよ。」
「私とて色々容姿には拘り、手入れもしているのに、今は最愛のメイ・フェアードしかいないのだ。ポルテ16世は8人だぞ。」
「、、、いえ、馬鹿々々しいとは、、、申しませんが、でも最愛の人が居る陛下の方を、きっとポルテ16世陛下は羨ましがると思いますよ。と、俺は思うのですが。」
「いやいやチャールズ。それはそれだ。メイ・フェアードは愛しいがやはり、こう、肉体がな。それに自分も若々しくあろうとすれば、相手も若くなくてはな。そうだ、クランベル伯爵、薔薇も見頃だし、庭園で園遊会でも開くか。」
「そうですね。丁度ルドア帝国の方々もいらっしゃいますし。」
すっかりヤル気を漲らせ、声に張りを取り戻したアルバート4世。
つうか、やっぱり愛する人って一人いれば十分だよなと、俺は思わずにはいられない。
んな事ばかり言ってるから駄目なんじゃねーのって思ったり。
まあ、アルバート4世が女の話をしている時は大抵、俺が平和に成るから良いかと思い直して、週末に帰る時にはジュリアへ手土産でも買おうと思うのだった。




