ep17 筋肉の単位
街路に生えるプラタナス木々の葉へ黄色や赤が混じったホワイト通りを、辻馬車で走らせクランベル伯爵邸からフリップ・ピバートの家へと訪れていた。
揺蕩う川の西岸の途中に見えたウエストカタリナ宮殿は、議事堂へと改築されロイヤル・ギャラリーと上院議場(貴族院)を南側に、北側は下院議場(庶民院)に別れて、公共の場で或る中央ロビーを向かい合わせて設置され、新たに改築されたゴシック建築の宮殿の背後に建つウエストカタリナ寺院と調和がとれていた。
国王たちの戴冠式や婚姻式が執り行われるウエストカタリナ寺院の荘厳さに、議会場を備えたウエストカタリナ宮殿の威厳が、川面にも美しく厳粛な光景を映し出していた。
日頃、お茶らけているアルバート4世らしからぬ仕事に俺は感動したモノだ。
当然だけど、設計も建築も職人たちの仕事だけどね。
アルバート4世からのオーダーは、「寺院と調和し議事堂の権威を出して呉れ。」だったそうな。
流石は、建築のプロだと思った。
部屋数は約1200室、幅が280mてな巨大さだけどね。
俺は、殆ど議会に顔を出して居ないと言うか、議会堂がリニューアルされてから行って無いし、フリップも未だに議員を休職中だし、こうやって家に訪問しないと顔を会わせる事も無くなったのだ。
つうか、フリップはすっかり軍人に戻ってしまって、議員を辞めようとしたら、兄や先輩議員に止められて渋々ながら議員を休職している所。
日常は陸軍の佐官として連隊の宿営地に訓練も兼ねて顔を出していた。
何も無ければ週末は家に居るので、俺は母の来ない週末を狙って、フリップ宅へ息抜きに来ている。
子供部屋でベビーベットの上で寝ていたフリップに似た目元をしている姪のナディアに、「頑張れよ」と、俺は心で励ましの声を掛けた後、パーラーで待つフリップとエルザに挨拶をして、エルザお手製のキルトで造ったソファーカバーの上から腰を降ろして座った。
相変わらず、俺の妹エルザは可愛らしい。
特に、隣で座っているのが目付きの鋭いフリップなら尚更だ。
動き安そうなマロンブラウンの短い髪をし、休日の所為か青系のチェックのシャツに、エルザ手編みのベージュのカーディガンを羽織り、キャメル色のコーデユロイのトラウザーを穿いていた。
夫のフリップに甘やかされたエルザは、淡い水色のシルクのドレスを纏い、すっかり貴婦人に成って居た。
金の髪をシニヨンに纏め、ドレスを飾っていた同じ青い小花を髪に飾り、金に輝く瞳を楽しそうに細め、フリップと俺に話し掛けながら、ティーポットの紅茶を温めた青地に白い薔薇が浮き上がらせた陶器のカップへと注いで勧めて呉れた。
「休みの所悪いね、2人共。」
「全然、チャーリーは思ってないだろ。」
「チャールズ兄さんの詫びは、様式美なのよ、フリップ。」
「フリップもエルザも酷いなぁ。まあいいや、所で俺は見合いをしたんだけど、相手の女性に負債の事とかを話せてないんだよね。で、申し訳ないけど、フリップの此の邸宅を使わせて呉れないかな。ウィンダムハウスやクランベル伯爵邸だとジュリア嬢も豪華過ぎて気を使うと思うんだよ。」
「私は良いけど、フリップは?」
「、、、、、っあ、うん。良いよ。あれか?義母上がチャーリーの馬鹿げた噂を消す為に、用意したレディ?」
「いや、もっと怖い上の人からの紹介だ。俺は断れない立場だけど、ジュリア嬢の意見は聞いて於きたいからね。良いかな?此処ならエルザも居るし、彼女も噂を立てられる事も少ないと思ってさ。」
「ふふっ、了解したわ、チャールズ兄さん。如何いうお嬢様なの?」
「苦労人なんだ。父親が画家のエルメール氏で、ジュリア嬢って言うんだ。19から20歳で楚々とした女性だよ。」
「エルメール画伯って、今人気が出ている肖像画家じゃない。アルバート4世も、自分の肖像画を描いて貰って絶賛をしていた、って話を義姉さんから聞いたことが或るわ。」
「才能は或ると思うけど、変わった人だったよ、エルメール氏は。」
「それでジュリア嬢は?チャーリー。」
「見合いで、ジュリア嬢の肖像画を7枚見せて貰ったけど話せてないんだよ。一言も父親のエルメール氏の所為で。ソレも在るから、此処でゆっくりジュリア嬢と話したいと思ったんだよ。」
「不服そうな顔をしてないから、チャーリーの好みには合っていたわけだ。」
「ふふ、それは、私も会えるのが楽しみだわ。チャールズ兄さん、じゃあ来訪日時が決まったら早めに教えてね。」
「ああ、有難う。宜しく頼むよ、エルザ。つうかフリップ、クランベル伯爵とアルバート4世からの薦めだから此の際、俺の好みは如何でも良いのだけどな。そう言う訳だから、フリップ邸をお借りするよ。」
俺はそう言ってエルザの淹れて呉れた紅茶を口にした。
何処で会おうかと色々と俺も検討してみたのだけど、自宅は気分的に面倒でローゼブル宮殿等は極力足を踏み入れたくないし、ウィンダムハウスもクランベル伯爵邸も顔見知りの使用人達が居るので、今一つ利用する気が起きなかった。
いい加減に自分が落ち着けるプライベートな空間が欲しいなあ。
それにつけても金の欲しさよ。
役得で稼げた金も金融屋と母と執事のカールソンに渡して俺の手元に殆ど残らないしな。
クランベル伯爵に、アルバート4世から頂いたモノを1つ売って貰って、部屋の資金を調達が出来るよう相談してみようかな。
婚姻してから続けてクランベル伯爵邸の客間に滞在させて貰う訳にも行かないし。
考えに一区切りついた俺は、エルザに珈琲を頼んで、紅茶を飲み干したカップをソーサーへと戻した。
窓から差し込む陽射しに、フリップは少し眉根を上げて明るいブラウンの瞳を瞬かせた。
偶に見せるフリップの表情は、ブレイス人なのにブレイス人ぽく見えない時が或る。
何処が如何違うとは上手く言えないのだけど。
「しかし、チャーリーもすっかり忙しく成ったから『地獄のクラウンクラブ』の集まりへ呼べなくなってしまったな。」
「フリップは、未だメンバーと集まってるよな?フリップも忙しくて時間も無いだろう?」
「まあ、僕が参加している数少ない社交の場だから。それにクライス校で地獄のクラウン・クラブを創設したのは僕の父親だからね。まあ何となく、、、。兄は卒業してから参加する事も無く成ったし。まあ、誰も集まらなく為ったら自然に閉じるかな。そう言えば、ハーシェル・クルードもチャーリーと会いたがっていたぜ。」
「ハーシェルか、、、。」
左目を隠すような焦げ茶色の長い前髪をしたハーシェルの姿を俺は思い浮かべた。
器用に手先を動かし、俺が気付かない内、幾度ポーカーでイカサマを仕掛けられたコトやら。
紅い南天みたいな目をして地味な容姿の割りに遣ることがエグいハーシェル。
硝子の綺麗なカッティンググラスへ上品に盛られた琥珀細工のようなハーブ・キャンディは、勝負に負けた俺の前を通り過ぎ、いつもウィナーのハーシェルに盗られてしまっていた。
ズルは見つけて言わないと皆にスルーされてしまうので、イカサマを見破れない俺は毎回悔しい思いをしたモノだ。
家で待っている弟妹たちへ持って帰ろうとしていたのに。
ハーシェルって名前を聴くと悔しさが沸き起こるのだ。
それから俺とフリップは今後の予定を話し合って居ると、近い内にプリメラ大陸北部のマグリブ地方のラウィット王国へは進駐すると言う。
ラウィット王国は、ジラルタ海峡を挟み、ヨーアン大陸最下部の北に或るエスニア帝国の存在をシカトして、プリメラ大陸の西中部にある海岸都市を抑えた強気のブレイス帝国だったりする。
いつもの思い付きで、ヨーアン大陸とプリメラ大陸に囲まれたインナー・シー『中海』の入り口を分捕る戦略に出たのだ。
ラウィット王国にもエスニア帝国に対しても、ナメプな態度だと思うのだけど、議会で決まったのなら仕方ない。
フロラル王国が、保護国にしていた隣国のアンジェリカ王国の内陸部で、金鉱山が見付かった事に触発されて、つうかラウィット王国へ送り込んでいた地質学者と採掘師が鉱山を見付けやがったので、フロラル王国よりも先手を打つことにしたのだ。
全くさあ、かなり前にプリメラ大陸に或るギリニア王国で大量の砂金を採掘してるじゃん。
ラウィット王国との通商交渉が思ったように上手く進まないからと言って、直ぐにバイオレンスな交渉へ移るのは文明人として如何かと思うのだけど、元は喧嘩上等な国柄だしな。
でも唐突にダイナミックお邪魔しますと、ラウィット王国に入港した途端、首都フェスに或るタンシール王宮を制圧しなかっただけ、ブレイス帝国も成長したのかも知れない。
「いつ、出発するんだよ。フリップ。」
「来月かな。プリメラ大陸は冬も暖かいらしいから、11月の出発でも良いそうだよ。そんなに心配そうな顔をするなよ、チャーリー。先に海軍の連中が露払いをして、俺達が上陸するから其処まで危険な任務じゃ無いからさ。全くエルザにした説明を、もう一度繰り返してチャーリーへ話す事に成るとは、僕も思わなかったよ。」
「エルザが1人でまた留守番か。全くフリップは。」
「もうチャールズ兄さん、フリップが決めた作戦じゃ無いのだから、文句を言わないで下さいね。それに、ナディアも居ますから、1人じゃありませんから。」
「はぁ、直ぐに、そうやってエルザはフリップの肩を持つ。」
「ははっ、悪いね、チャーリー。」
「別にー。俺は羨ましくないから、フリップ。」
勝ち誇ったように笑うフリップに、俺は口を尖らせて、仲良く並んで座っているフリップとエルザから目を逸らして見せた。
フリップの軽い笑い声とエルザの噴き出した笑い声が、秋の日差しに染まった室内に響いて、俺の耳へと届き、俺もその声に釣られて笑い始めた。
※※※※※※※※
ウィンダムハウスに或るアルバート4世のプライベートエリアに呼ばれて、俺はジーンと共にアルバート4世が待つ部屋へと訪れた。
枢密院議長のクランベル伯爵は、アルバート4世の座っている前の椅子に、当たり前のように長い脚を持て余しつつ腰を掛け、今や遅しと俺の到着を待っていた。
2週間前、クランベル伯爵に見合い相手のジュリア・エルメールと話したいと俺が言ってから、その件には梨の礫だったので、あの話は御破算に成ったと思っていたのに、急遽、「エルメール氏から伝言が或るからウィンダムハウスへ面出せや」って言うアルバート4世からのお召で或る。
緊張するよな。
ご破算に成ったら「駄目だった。」って一言で済む話なのに、一昨日もアルバート4世と会っているんだから、勿体ぶらなくても俺は良いと思うのだけどさ。
偉い人には、俺に理解が出来ない何かの作法が或るのかも知れない。
「ああ、チャールズ言うのを忘れていたが、、、。」
チッ、何だ。
歳を取ったアルバート4世の単なる物忘れか。
「婚約は決まったよ。実はエルメールから絵画が完成する迄、待って欲しいと言われていてな。昨夜やっと完成したと届けに来たんだ。素晴らしい出来だったので、直ぐにエッチングでも作るように私はエルメールに依頼したよ。ははっ、持って来て呉れるか。ボイソン。」
俺の婚約とエルメール氏の絵画が完成する事への繋がりが掴めなくて、俺は頭を捻った。
「あのう、クランベル伯爵。婚約前に、ジュリア嬢と話したいと言う俺の希望は、どうなったのでしょうか?」
「そうそう、勿論大丈夫だよ。会うのは嫁いだ妹さんの所だね。エルメール氏にも伝えてあるので安心しなさい。5日後に馬車を出すので、ホワイト通りに或るフリップ・ビバートの屋敷へジュリア嬢を伺わせるよ。」
「あっ、有難う御座います。クランベル伯爵には、お手数を掛けてしまって。」
「いや、私も好きで遣っているからチャーリーも気にしないで。おや、ちょうど作品が来たようですよ。陛下。」
「おお、来たか。ボイソン、そのソファーの上に置いて見せて呉れ。」
「畏まりました。」
ボイソンと2人の側近に抱えられ約1mx2mのキャンパスがペイズリーの刺し込みの模様で覆われたウォルナットの長椅子の上に置かれ、エルメール氏の絵が露わに成り、俺の目に飛び込んできた。
えーーーと、なんだ?コレ?
流れる巻き毛に月桂樹の冠を被り、筋肉美の裸体の俺っぽい青年風なアポロン?
美しい上腕二頭筋に抱えられた竪琴に、シックスパックスな腹筋と、腰に巻かれた緋色の布。
あれって普通は白い布だよね。
まあ、俺っぽく見えるのは気のせいだな、うん。
俺ってあんなに立派な筋肉無いし、せいぜい腹筋はツーパックスだし。
いや、見栄を張りました。
ツーも在りません、ワンパックです。
うーん、此のパステル画を俺に見せたかったエルメール氏の意図は何なのだ?
「如何だ、チャールズ。素晴らしい絵だろう。チャールズがもう1人いるみたいだな、クランベル伯爵。」
「本当に素晴らしい作品ですね、陛下。如何?未来の義父上から描いて貰った感想は?チャーリー。」
「・・・・・。」
此の2人は何を言いやがっているんだろうか?
つうか、どう見ても俺じゃ無いだろう。
主に筋肉が。
何?
エルメール氏を始め、アルバート4世もクランベル伯爵も俺の筋肉量に文句があんの?
だとしても無理だからな。
10代の頃、毎日フットボールしたりクリケットしたりしても、俺の筋肉はミリとも増えなかったのだから。
あっ、筋肉の単位はミリでは無くグラムだったか?
それともパックだっただろうか?
もしかして、婚姻したかったらエルメール氏が描いたアポロンみたいに筋肉を増やせってことか?
・・・無理だよ、エルメール氏。
俺はジュリア嬢との婚姻の扉が閉じて行く幻覚を見た。




