ep11 家へ帰りたくない理由
相変わらずサンドイッチ・クラブと言う名の、、、いや『地獄のクラウン・クラブ』に参加しては、メンバーとサンドイッチを食べているフリップで或る。
エルザと婚姻してからは2週間に1度の金曜日としたらしい。
俺ですら食べた事のない妹エルザのお手製サンドイッチをバスケットに詰めて持って行くそうだ。
此のフリップの幸せ者めっ、畜生!
ウエストカタリナ宮殿から続くホワイト通りにフリップ達のテラスハウスがあるので、休みの日にはフリップ夫婦の邪魔をしに、基、庶民院での情報収集をしに行っている。
自宅に帰るより近いし、気楽だからなぁ。
それに今日はエルザの懐妊祝いと、フリップが庶民院を休職して、オーニアス継承戦争へと出陣すると言うイヤな報せに文句を言う為、俺は2人の家へ訪れていた。
人妻に成っても相変わらず可愛らしいエルザにエーデルフラワーのシロップをプレゼントした。
春にウィンダムハウスに咲いていたエーデルフラワーを採り、花を砂糖で煮詰めてシロップにしていた物を持って来たのだ。
マスカットの薫りが心地良く、寒い日にはお湯割りがマジでお薦め。
フリップに案内されて二階の書斎に入り、俺は勧められる侭にパイン材で出来た黄褐色のダイニングチェアーへ腰を降ろした。
扉を閉めると俺の座っていた奥に或るライティングデスクの前に置いたアームチェアーに腰を降ろして、葉巻を切って灯したキャンドルの炎で火を点け、フリップは紫煙を燻らせた。
日頃、フリップは気取ってシガールームで、ボーイに用意させたマッチコードから、丁寧に火を点けているが、今日の荒っぽいフリップの仕草に俺はビビってなんかいない。
「つうか、議員の侭なら出征しなくても良いだろう。エルザも初めての懐妊なのに、フリップが側にいて遣れば良いだろ。心配するエルザが可哀想だよ。」
「悪いな、チャーリー。でも今回はノーヴァ公国を守備する為に行く事に成ったんだ。僕達の隊はオマケみたいなモノだから心配しなくて良いよ。フロラル王国やロイセン王国と戦っているオーニアスの領土へ入る訳じゃ無いからさ。同君連合で或るノーヴァ公国が攻められたら、アルバート4世の立場も悪く成るだろう?」
「そうだけどさ、別にフリップが行かなくても。」
「まあ、そう言って呉れるな、チャーリー。プリメラや南カラメルへの出兵は見送ったんだ。一応は士官だから、行くべき時に行ってないとね。心配して呉れて有難うな、チャーリー。」
「別に俺はフリップの心配はしていないよ。エルザが心配なだけだ。フリップがいない間、エルザは如何するんだ?俺は毎日とか、来れないよ?」
「ああ、エルザは実家で過ごすそうだ。義母上へ挨拶に伺ったら、任せてって言われたよ。」
「全く。」
俺は納得が出来ずに不満を口にしていると、フリップの従者が紅茶と軽食を運んで来た。
いそいそと俺の機嫌を取るようにフリップは従者と一緒に成って、俺の前のテーブルへティーカップへ紅茶を注ぎ、ジャムポットからアプリコットのジャムを銀のスプーンで掬い、湯気の立つ紅茶へとゆっくりと落とし込んだ。
アプリコットのジャムでなんか俺は誤魔化され無いからな。
紅茶の薫りと甘やかなアプリコットジャムの匂いに誘われて、俺はフロラル製の白い磁器のティーカップに手を伸ばした。
まあ、母と一緒ならエルザの身体の方は大丈夫だろう。
妹のデイジーも居るし。
そういや俺の弟たちも軍船に乗るのだった。
て、言ってもカイルやケビンも戦争に出たかったそうなのだけど、今回は最近海賊が多い海域を軍船で巡回する任務を熟してからに成るそうだ。
なんだかクランベル伯爵の弟スペンサーと、同じ様な任務形態な気がするよな。
此れで、カイルやケビンが帰国して昇級してたら、士官学校にもクランベル伯爵の手が回っていたと言う事に成る。
俺ら一家に何かと面倒見が良いクランベル伯爵。
そんなに父の事を気にしなくても良いのだけどな。
植民地を手に入れブルジョワに成った人達が、どれ程ウルダ人奴隷が必要なモノかと多くの請願を出して来ているので、今は議会で通すのは無理だと俺も、そしてウィルソン・カステル議員も理解はしているからね。
アドミラルの改革もそれなりに上手く回っている、、、事にしているようだった。
どうしても水夫が足りないのだよな。
此れは各自治区で治安判事が集めることに成ったけども。
でも、巡回して拿捕している海賊って、元は強制徴募していて逃亡したヨーアン諸国の水夫達だったりするのがなあ。
軍船の水夫をするより、海賊に成った方がマシだと考えるって、どれだけ過酷何だか。
さて、歳は上だけど義弟に成ったフリップが行くヨーアン大陸に或るノーヴァ公国は、東にロイセン王国、北にはノルン語圏で或るデーン王国、エーデン王国があり、西南にはランダル王国、そして西の海を挟んで我がブレイス帝国の島とに囲まれいる。
元々は神聖ロマン帝国に属して居た諸邦だったが、力を失ったロマン帝国から領土を割譲され、神聖ロマン帝国の皇帝を選ぶ選帝侯となった。
南には同じく選帝侯に成った各諸侯の領地が在り、更に南にはフロラル王国が或る。
フリップは大丈夫だと言うが、ロイセン王国の戦上手なフリード2世が有利にオーニアス帝国へ進軍して居たのを聞いて、従弟でもあったバンエル王国のヘンリク2世や有力な選帝侯でも或るサクセス公国もオーニアスの各諸邦領土に攻め入り、フロラル王国も遂に参戦したと言う知らせが来たのだ。
うら若きエレノーラ1世の夫シャルルに未だ王冠は継がされていない。
戦いながらもエレノーラ1世は精力的に外交を行い、ブレイス帝国とルドア帝国やエーデン王国などと交渉を行い、各選帝侯達には中立であることを願ったそうな。
クランベル伯爵の話では、凛として語る気高いエレノーラ1世20歳に、思わずラットウェル外務卿は頷いてしまったそうだ。
ラットウェル外務卿、其処で頷いたら駄目だろう。
オーニアス領のベヘミア地域に侵入しているフロラル王国とサクセス公国を撃退する為に、ブレイス帝国はノーヴァ公国やデーン王国の港から進軍していた。
ロイセン王国は中央地に或る鉱山や製紙が盛んなシュレン地域へと侵入、バンエル王国のヘンリク2世は、オーニアス=神聖ロマン帝国の首都であるウリーン・プラムを目指していた。
東部からはルドア帝国がポーラン王国を越えてロイセン王国に対峙する為、進行中とのこと。
その間になんとエレノーラ1世は女児を出産していた。
スゲーなと俺は感心した。
此処で生まれて居たのが男児ならば、フリップもノーヴァ公国まで銃剣を抱えて行かずに済んだのに、兎角この世は侭ならぬモノで或る。
俺は甘いアプリコットティーを飲み乍らフリップと今の戦況の情報を話し合っていた。
「でもコンナ危機的状況なのに出産するとはエレノーラ1世も遣るなあ、フリップ。」
「危機的状況だからだろ、チャーリー。ロイセンのフリード2世もフロラルのポルテ16世も、此処まで粘って反撃して来ると思わなかっただろうね。」
「確かに、20歳の皇女教育しかされていない後継者と思ったら、容易く折れそうだものな。オーニアスでは女性でも軍事的な教育をするのかね。」
「まさか、それは無いだろう、チャーリー。特にオーニアスの皇族は旧教徒で有名だしね。軍の方は有能な将軍に指揮を任せているのだろう。エレノーラ1世は兵士たちの士気を上げる為に軍服を着て居たのじゃ無いかな?」
「全くさあ、ヨーアン大陸中央地域で起こった、この壮大なお家騒動は本当にどうしたモノか。」
「幾ら『プラグマティッシェ=ザンクティオン(国事詔書)』を出して承認させても、男子の後継がいないと駄目だと言う事だな、チャーリー。生前、ヴォルフ6世は、承認して貰う代わりにバンエルのヘンリク2世は公国から王国へ格上げして、エレノーラ1世の従妹を嫁がせたのにな。フロラル王国のポルテ16世は、オーニアスの力を削いで於きたいのと、ブレイス帝国がオーニアスの味方に付いたから、一緒に叩いて於こうって所だな。フロラルもシャルル公からアルザの領地を貰ったのにな。」
「うわっ、それってブレイスと同じじゃん。フロラルがロイセンに付いたから戦うって。」
「そうそう、チャーリーのコートに付いている釦をお守り代わりとして僕に呉れないか?戻ったら返すから。」
「はあ?別に良いけど、コレって真鍮だから価値はないぜ。俺よりフリップは、妻のエルザから貰えよ。」
「それは当たり前だ、チャーリー。エルザからコートの裏に綺麗な刺繍をして貰ったよ。それと髪の毛もね。チャーリーからも貰えると、兄妹から背中を押して貰っているようで心強いだろ。駄目か?チャーリー。」
「まあ、良いよ。こんな安物の飾り釦で良ければ、フリップ。」
「有難う、チャーリー。」
そう言ってフリップは嬉しそうに笑って、紫煙を立てている短くなった葉巻を口元へ運んだ。
フリップも不安なのかもな。
フリップの可笑しなリクエストに応えて、俺はコートの裾に或る銀のアザミ細工に見える飾り釦を、鋏で切り取り手渡した。
その後、食事の準備が整ったことを知らされたので、俺は1階に或る食堂へとフリップと話しながら共に向かった。
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俺は、余り自宅には戻りたくは無くて、極力理由を付けて日曜に帰らないのだけども、エルザが戻ったので帰らない訳にもいかなくて、2ケ月ぶりに帰還した。
帰りたくない理由の1つは、母がニューラン牧師やウィルソン・カステル議員の信仰での気付きの体験談を語って呉れるからなのだが、聞き過ぎてもう俺の耳にタコが出来たよ。
パーラーで俺がウンザリしていると、気を効かせた末弟のアランはデイジーの社交デビューの話を、母へ投げかけて呉れた。
なんて出来る良い弟なのだ。
俺はアランに感謝の祈りを捧げた。
エルザがフリップに嫁いでから、母は社交を再開して、昔の知り合いや新たに出来た知人達とお茶会を催したり、招かれて参加するようになった。
俺が貴族に成った所為と伯爵家のフリップへとエルザが嫁いだ経緯などを、話のネタに聞き出したい人もチラホラといるようだ。
俺達家族が余り表に出ていなくても、狭いロドニアの社交界では、俺も知らない俺たちの話が出回っている様で、母も社交をしないのを貧しさの所為にしている訳にも行かず、精神的には強制参加させられている感じだ。
母や懐妊する前のエルザは、茶会から帰って来ては噂に憤慨して居たのだけど、俺は火が無いのだから煙もいずれ消えゆくさと暢気にしていたけど、そうも行かないらしい。
俺がアルバート4世の寵臣で、陛下の愛情を巡ってオス=オンリー氏と争い、追い出したとかさ。
アルバート4世が若い俺に乗り換えただとか。
いやー、無いから。
誰だよ、そんな妄想を垂れ流して居るのわ。
俺はする気も無いが、あの側近ズたちがいる中で、無理だからな、そんな事。
陛下と俺が地下室で神をも恐れぬ不埒な事をしているとか。
アブノーマルな香りのする地下空間には、一度ポーターに案内して貰っただけで、俺は近付いてないから。
寵臣だからアルバート4世から叙爵して貰ったとか。
寵臣だからではなく、クランベル伯爵から勧められたから爵位を貰えたのだよ。
まあ、ズルしてるっていやズルかもだけどさ。
俺は頼んでないからな、全くさ。
3万ポンドまで圧縮して居た筈の負債なのに利子が高くて、中々返済生活から抜け出せなくて、日々、俺は必死なんだよ。
クランベル伯爵は一発逆転の投機を勧めて呉れるけど、此の借金の大元が叔父の投機なんだから、俺が同じ轍を踏むわけ無いだろ。
母やエルザには俺に分かる範囲の噂の状況を説明をしていたけど、母が思い付いてしまったのだ。
俺の碌でも無い噂の原因は独身で在る所為だと。
それが自宅へ帰りたくない理由のもう1つ。
ヤダよ。
相手の女性にも苦労させるし、俺もきっと苦労するのが分ってるし、子供とか出来たら如何するんだよ、って話だ。
母さん、フリップも弟のカイルやケビンも外でドンパチ遣ってるのに、こんな能天気な話を深刻な顔で俺にしないで欲しい。
「デイジーが社交デビューするまでに、碌でもない噂話を消し飛ばさねば。」
そう母は覚悟を決めた表情で、俺に見合い話をしてくるのだった。
『帰りたくなかった。』
俺は溜息を飲み込んで、母がテーブルに広げて説明する2枚の淑女の肖像画を眺めるのだった。




