研究の9割は予想通りにいかないらしいですよ
ミドリさんがウチに来て2週間が経った頃、1人の来客があった、権蔵さんだ。
「どうしたの権蔵さん」
「例の怪しい組織とやらの調査報告だ、どうも治安維持局の中にその手の奴らの協力者が居るようでな、ワシ直々に持ってくる羽目になったわ!」
そう言うと権蔵さんが資料の束をカバンから取り出す
「紙の資料なんだ」
「このご時世ならアナログ媒体が1番痕跡が残らないからな、データ化するならクローズドの端末にするんだぞ」
「勿論」
受け取った書類に軽く目を通す
「…この住所さ、思ったより近いよね?」
資料に書かれた、ユキさんが居た研究所の所在地を見ながら言う
「まあ、そうだな…おい、何処に行く?」
「折角近いんだし、覗いてこようかなって」
ーーー
「…で、何で付いてくるの?」
「そもそもあの区域は今治安維持局の監視エリアだ、無断侵入でハンター資格取り消しになりたいのか?」
「うぐ…」
それを言われると痛い
「それにワシが居れば此処を監視しとる奴は口出し出来んからな!」
まぁ、そう考えれば権蔵さんが付いてくるのもアリかな
「それに例の施設は何故か調査優先度が最低ランクになっているから未探索エリアが多い、貴様に調査を依頼するという形をとればワシの仕事も片付いて一石二鳥という訳よ!」
などと権蔵さん1人盛り上がっていると、施設の入口に設置された治安維持局の関所に辿り着いた
「止まって、許可証を」
「ほれ、施設調査だ」
権蔵さんが許可証を関所の職員に見せる
「…はっ!確認出来ました!」
「うむ」
権蔵さんに連れられ、施設の中に足を踏み入れる
「へぇ、思ってたより散らかって無いんだね」
「ここの連中は例の件のすぐ後に引き上げたらしい」
「なら、何か残ってる可能性は高そうだね」
そう言いながら辺りを見渡すと、扉が目に入ってきた
扉の横にタッチ式のキーパッドが取り付けられている
「権蔵さん、あれ開けられる?」
「少し待て」
権蔵さんはスマホサイズの端末を取り出して操作する
「…まだ解除されてない扉だな」
「壊しても?」
「かまわん、やれ」
扉を全力で蹴り開ける
中の部屋は資料が散乱していた
机の上にファイルがあるのを見つけた
「権蔵さん見てよコレ」
「どれどれ…これは…」
ーーー
我々ヒト種が亜人種に対して優れている点はなんだろうか?
力も寿命も何もかもが亜人種に比べ劣っているのではないか?
やがてヒト種は亜人種に滅ぼされてしまうのではないか?
我々ヒト種は次のステージへと進化する必要がある、私はその為に組織を立ち上げる事にする。
名を…『得難き翼の黎明』としよう
ーーー
ヒト種を進化させるのに必要な物は何か、それは『きっかけ』だろう
例えば、ヒト種と交配可能なまま遺伝子等手を加え強化されたヒト種を一般社会に紛れ込ませる
手を加えられたヒト種が子を成し、その子孫がその性質を受け継ぐ
それを繰り返してゆけばやがてはヒト種は進化したと言えるだろう
だが、それでは時間がかかりすぎる
我々が目指すはもっと早く、そして強靭な種への進化だ
その為には多種多様な種族のサンプルが必要だ
ーーー
「如何にも怪しい組織って感じだね」
「ふむ…」
権蔵さんが次のページを捲る
ーーー
様々な生物の遺伝子を掛け合わせてみたが、我々が望むような結果は未だ得られていない
やはり並の生物を掛け合わせたところでそう簡単に進化など出来ないのだろう
ならば亜人種の中でも特に上位の種族の遺伝子を掛け合わせるのはどうだろうか?
ヴァンパイアやワーウルフなんかもいいが、最上の結果を出す為には最高の素材が必要だろう
…噂に聞く(文字が黒く塗りつぶされている)のサンプルが手に入れば…
ーーー
やった!やったぞ!!
あれから丸3年かかったがついに最高のサンプルを手に入れた!
抜け落ちた羽根数枚だがこれで我々の研究は一気に加速する!
ーーー
「羽根…天狗とかかな?」
「うぅむ…有翼人種は結構種類が多いからなぁ」
ーーー
サンプルをもとについに『A=E細胞』が完成した!
この細胞を投与された生物は驚異的な治癒能力を発揮し、さらに本来持ちえない器官を生成する個体も現れた!
実に素晴らしい成果だ!
一刻も早く人体テストを行わなければ!
ーーー
数十の人体サンプルの観察の結果、ヒト種に『A=E細胞』を投与した場合、以下の現象が確認された
・治癒能力の大幅な向上
・身体構造の大幅な変化
・身体能力の大幅な向上
特に面白いのが、被検体の性的特徴が消失し、被検体の意思で雌雄どちらになる事も出来る点では無いだろうか?
その他にも個体差はあるが、兎に角これは人類の進化と言って差し支え無いだろう!
さらに長期の観察を行う
ーーー
資料を読んだ権蔵さんが目を見開く
「これは…{不死者}は人為的に作られたという事か…」
「それも、元はただの人らしいね」
「なんという…なんという事だ…」
衝撃を受ける権蔵さんをよそに、さらに読み進める
ーーー
どうやら『A=E細胞』により変質したヒト種は通常の食事の他にその不死性を保つ為にエネルギーを取り入れる必要があるようだ
それも一貫性が無く、『窒素』だとか『ハイオク』だとか、中には『モスキート音』なんてものもあった
試しに被検体が求めるエネルギー源を絶たせてみると、治癒能力が著しく低下し、数日で死亡してしまった
逆に過剰に摂取させると、今度は凶暴化してしまった
次の課題点はこのエネルギー問題をどう解決するのかだろう
ーーー
クソクソクソクソクソ!!!
警備部門の奴らが『A=E細胞』を投与された被検体を取り逃しやがった!
あの被験体は『月光』をエネルギー源にしていたから夜間に活動させていたが、隙をついて逃げられたらしい
あの被験体は頭が回るから何をしでかすか分かったものじゃ無いっていうのに…
ーーー
してやられた!
例の被検体、どうやったか知らないが『A=E細胞』をばら撒きやがったらしい
この施設で作られてない個体が発見されたと報告が入った
クソックソクソクソクソクソ!!
ーーー
『A=E細胞』罹患者の拡大はもう止められない
ばら撒かれた『A=E細胞』による肉体の変質は極低確率のようだが、肉体の変質が起こっていない潜在的な感染者は数え切れない
なんとか対抗策を練らねば
ーーー
『A=E細胞』感染者達は世間では{不死者}と呼ばれ始めたらしい
単純だが、分かりやすいネーミングだ。今後我々も{不死者}という呼称を使用することにしよう
ーーー
新発見だ!
『A=E細胞』感染者が{不死者}化していない場合でもその子に『A=E細胞』が遺伝し{不死者}化する事が確認された!
不本意だがこれは我々が目指す進化と言えるかもしれない
ならば次はこれをコントロールする術を見つけ出そう
ーーー
我々は1つの仮説に辿り着いた
我々自身が{不死者}となり、他の{不死者}を率いる事が出来るよう進化すれば良いのではないか?
上位の{不死者}になる為に必要なものは何か…
より優れた肉体と知能だろう
最高の肉体を用意し、我々の知識を脳に直接インプットすれば最高の{不死者}が出来上がるに違いない!
我々の脳から情報を引き出す際に今の肉体に深刻なダメージが入る恐れはあるが、我々には『A=E細胞』がある。
『得難き翼の黎明』がヒト種を先導し、ヒト種が世界の絶対的支配者となる為ならば!
我々はどのような困難も成し遂げて見せよう
『得難き翼の黎明』代表 朧・グランユニット
ーーー
ファイルを読み終えた俺達の沈黙を破ったのは、権蔵さんだった
「つまり何か?{不死者}は元々ただの人間で、『A=E細胞』とかいうのが世界中に既にばら撒かれてて、発症すると{不死者}になってしまうウイルスみたいなもので、しかもそれが遺伝までするだと?」
「…権蔵さん、この件はまだ秘密にしておくべきだと思う」
「当然だ、この件は更に調査が必要だ。ワシはこの『朧・グランユニット』という人物を探る。」
「じゃあ俺は『月光をエネルギー源にする{不死者}』を」
「そうじゃな、あとはコレを」
権蔵さんはそう言うとファイルを俺に差し出す
「治安維持局にコレを持ち帰るのは危険だ、預かってくれ」
「…分かった」
権蔵さんから受け取ったファイルと、更に手当り次第にいくつかの資料を持ち帰ることにした
…この件は家のみんなにも、まだ話せないかな