表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ジャンル:おねショタ

作者: あまみや
掲載日:2024/04/01

 諸賢はこれまでに「自身が置かれている状況の客観視」を試みたことはあるだろうか。

 もっと言えば、現況のジャンル分けを試みたことはあるだろうか、という話だ。例えば学校。友人と談笑をしているなら青春コメディ、誰かと恋をしているならスクールラブ、といった具合に。


 誰に向けているかも分からない前置きは文字通り置いておこう。私はスマホを手に取り、表示された文章を目で追った。


 ”主に漫画作品のジャンルにおいて、年上の女性おねえさんと年端も行かない少年ショタとのカップリングを指す俗語”


 ウェブページの中のリンクを踏み、次の単語へ飛ぶ。


 ”カップリング (coupling) とは、2つのものを組み合わせる、結合させること、また、その用途に使われるもの”


 うん。その下に表示された”動物の雌雄を交配すること”という文字列がいやに網膜表面を踏みつけるが、確認は済んだ。細かい定義は気にしない。ひとまず「組み合わせ」が重要なのだと判断した。


 私は、すぐ隣にちょこんと座っている彼に目を移した。


 あえて当てはめるならば、この状況は「おねショタ」と言えるだろう────。


        ◯


 数十分前のことである。バス停でひとり雨宿りをしていた私は声をかけられたのだ。


「隣、いいですか」と。


 その日突然に降り出した雨はかなり強く、バス停の中までも入り込んでくるほどだった。劣化して中途半端に撥水性を保ったベンチは、雨水が染み込んだ部分と、弾かれた雨が水たまりを作っている部分とで主張しあっている。かろうじて端の方はまだ無事だったので、私はそこに座り、荷物を自分の横に置いていた。


 そして、声をかけられた。


 なるほど雨は底意地が悪いのだ、予告すらせず降り出す辺り、その兆候はあっただろう。ベンチを見れば、先ほどより濡れが酷く、人が座れるスペースはもうない。子どもひとり分の隙間すら与えないと言うのだ、この雨は。


 私は荷物を膝に抱え、どうぞと促した。自分ひとりだけの空間が好みではあるが、土砂降りの中佇む少年を眺めて悦に浸るような趣味はない。


 少年は折りたたみ傘をさしたまま、丁寧に頭を下げて礼を言った。ランドセルがまだ大きく見えるくらいの年齢の少年。普通ならさっさと座って雨から逃れるだろうに、よほど教育が行き届いているのか。なんにせよ好印象。


 そして少年は傘を閉じ、私が作ったスペースに腰を下ろした。仕方のないことであるが、雨粒をしのぐには二人が密着する他なかった。


 ……しかしこの辺りの静けさはどうしたものか。いや雨音は先ほどからやかましくがなり立てている。それでも所詮雨は雨、珍しいものではない。それに大きすぎる音はむしろ耳を通り抜けてしまうものだ。私が感じる静けさは、この場所そのもの。


 周りには何も無い……と言えば道路を挟んで向こうにあるコンビニが抗議の声を上げそうだが、ガラス越しに見える店員は「客なんか来ない方がいい」とでも言うように外を眺めているので、ここは彼を尊重してコンビニを認識しない方がいいと思った。


 となればいよいよ何も無い。バス停がポツン、田舎にお似合いの風景だ。

 土砂降りの中、濡れた男女が二人きり。二人だけの空間。


 他に意識を向ける対象がないので、嫌でも自分が置かれた状況が気になってしまう。人目があるわけでもないのに、他人が見たらどう思うだろうか? などと考えてしまうのだ。今は思わぬ形で衆目に晒される時代だ、気をつけるに越したことはない。見る人によっては不審者の声かけ現場に見えなくもないのではないか? 児童の連れ去り事件と聞けば男性の犯人像が思い浮かぶかもしれないが、女性の犯人も決して少なくはない。ここはバス停なので、そこに人がいることは何もおかしくないし、バスを利用する年齢層も幅広い、少年と大人が並んでいても不思議ではない。それでも、気になって仕方がない。


 というのも、少年がこちらをチラチラ見ている気がしてならないからだ。

 どうした少年、躊躇わずに体が触れ合う位置に収まるほどの度胸はあったのに、今更恥ずかしくなってきたか。実を言うと私もけっこう恥ずかしいぞ。


 ……やはり駄目だ。今にも通報されそうな気がしてきた。諸賢も見ず知らずの子どもと触れ合う時は努努油断召されるな。

 私は世間様の冷たい目を恐れ、この状況に当てはまる言葉を模索した。


        ◯


 ────「おねショタ」、いいぞおねショタ。ショタは言うまでもない。私もまだまだ二十代後半に足を踏み入れたばかり、お姉さんと呼んで差し支えないだろう。おお、心なしか諸賢の目が温かくなった。


 私は不審者ではない、おねショタもののお姉さん、そう思うと気が楽だ。


 この少年は隣で黙りこくっているお姉さんがそんなことを考えているとは夢にも思わないだろう。


「もしかして……幽霊ですか」

「え?」


 少年から突然の声。

 そんなことを考えているとは……そう思わされたのは私の方だった。


「幽霊……? な、なぜ……? 一応言っておくが違うぞ少年」

「雨の日に、髪の長いキレイな女の人に出会ったら気をつけろって、お父さんが言ってました」


 褒めているのか貶しているのかどっちだ少年。


「よく考えたら……周りに誰もいないし、バスも全然来ないし……この雨もなんか変だし……おかしい」

「誰もって……ほら、そこのコンビニに店員さんが……あれ、本当にいない」

「や、やっぱり……!」


 少年は自分の思い込みにハマっていく。まるでさっきの私だ。


 さて、真面目な話をしよう。雨は稀に見る土砂降りだ、実際珍しい。だが変というほどの降り方ではない。周りに誰もいないのは、この雨だから無理もない。コンビニ店員も、おそらくバックヤードに引っ込んだだけ。バスが来ないのは……確かにだいぶ待たされているな。おそらくこれは……遅れているのではない、先に行ったのだ。これもまた、田舎では珍しくもないこと。バスは遅れるだけじゃない、時間を待たずに先に出発してしまうこともあるのだ。これをやられると、次のバスまで信じられないほど時間が空くことになる。田舎の洗礼を浴びたな少年。


 私は自分の考察を少年に述べた。最初は怯えていた彼も、何度も「幽霊じゃない」と言うと流石に信じてくれた。


「でも……だったらどうしよう……」

「どうした少年」


 彼は幽霊ではない別の物事を心配していた。聞くと、どうやら塾があるらしい。学校から離れた進学塾に通っている少年は、バスを使って通っているとか。いつも通りにバス停へ歩いている途中でこの雨、というわけだ。


「こうなったら、歩くしか!」

「待て待て少年、この雨だぞ。こういう日くらいサボっても良いんじゃないか」

「いえ、サボったら僕は自分を許せません」


 本当に教育が行き届いているなこの子は。ならば。


「私が送って行こう、このまま黙って見送るわけにもいかない」

「いえ、一人でも大丈夫です」

「油断はいけない。家に帰ってテレビをつけたら児童が事件・事故に遭ったニュースが流れてる、なんてことになると私も寝覚めが悪い」

「嫌なこと言わないでください……」

「まあまあ、とにかく私も一緒に行くよ」


 渋々ながらも、この雨の中を一人で行くのは心細かったのか、少年は了承してくれた。私も折りたたみ傘を取り出し、席を立つ。バス停の屋根から傘がはみ出した途端、バタバタバタッと大粒の雨が当たる音がした。この音は並の大雨では鳴らない。やはり一人で行かせなくて正解だ。


 しばらくの道程。すれ違う人はなく、車もなかった。田舎かつ大雨とはいえこうも静かだと、私も少しばかり不安になるというもの。だが私以上に怯えて、そしてそれを悟られないように強がっている少年を見ていると、逆に楽しく思えてくるのだから不思議だ。思えば私の髪は黒くて長い、そして身につけている衣服は白く、濡れて少し透けている。「白い服を着た長い黒髪の女」、言われてみれば、私は代表的な幽霊のイメージと合致するのだ。若干透けているというのも、それらしさに拍車をかけている。もっとも、幽霊が透けているのは服ではなく体の方だが。


 ひとりでクスクスと笑う私、それを見てさらに怯える少年、それを見てまた笑う私……なんてやり取りが生まれ、辺りを再びホラーチックな空気が覆う。


「なあ少年、雨というのは周りの音を掻き消してしまうな」

「そ、そうですね」

「そういう時は普段より注意しなければいけないぞ。奴らは雨を利用する。足音を消してくれるからな」

「な、なに言ってるんですか」

「油断するな、耳を澄ませ。ほら、聞こえるだろう? ヒタヒタ、ヒタヒタ……」

「なにも聞こえません! 聞こえませんよ!」

「気づいた頃には…………お前の後ろにっ!」

「ひぃぃぃっ」


 同時に振り向き、私たちは目を見開いた。


「うおおおおおっ! 走れ走れっ!」


 私たちは濡れるのも気にせず走り出した。迫る相手から逃げるためではない、むしろ追いつくためと言うべきだろう。


「ぶはあっ、セーフッ!」


 雰囲気も何もあったものではない、私たちは全力で次のバス停まで走り、追いついた。

 今考えると初めからこうしておくべきだった。あのまま前のバス停で待つべきだった。


 私たちと入れ違いになるような形で、バスが来ていたのだ。


 ビショビショのまま少年を乗せ、成り行きで私も一緒に乗ってしまった。幸いにもこの雨なのでバスの中はガラ空きで、座席には困らないし、他の乗客を濡らしてしまうこともない。ベンチの時と違って、雨は座る場所をしっかりと確保してくれたのだ。おそらく雨の当て付けだろう。


 私が適当な所に座ると、少年は私に聞いてきた。


「隣、いいですか」

「ん? 席ならいくらでも空いてるだろう」

「今の僕が座ると、そこのシートを濡らしてしまうので」


 無事なシートはそのままにしておきたい、とのことだ。つくづく感心するばかり。こちらにはずぶ濡れの私が既に座り、水が広範囲に染み渡っている。確かにこうなっては一人座るも二人座るも変わらないだろう。加えて他の席を濡らすのも避けられる。


 私は少年を隣に座らせた。


 バス停のベンチと違い、今度は密着する必要がない。私たちの間には少なからず隙間ができていて、私はそれを少し寂しく思った。

 そこで私は、髪の毛を少しだけ少年側に垂らしてみた。すると毛先から水が滴り、シートにみるみる吸われていく。シミのラインを少しずつ伸ばして、私が作ったシミと少年が作ったシミの間の、乾いている部分を潤していく。しばらくすると、私と少年が繋がった。


 思わず「よしっ」と声を出し、顔を上げると、少年が冷ややかな視線を送っていた。


「少年、ラーメンは好きか?」

「…………」

「食べ終わった後、丼に小さい油がたくさん浮かんでいるだろう。あれを繋げてエリアを拡大していく遊び、私は好きだ」


 嘘はついていなかった。


「……アレですか」

「アレだよ」


 隙間が広くなった。


        ◯


 ありがたいことに、気まずさに耐えきれなくなる前にバスは目的地に着いた。少年に続き、私も降りる。


「あなたも降りるんですか?」

「ああ、方向が一緒だから大丈夫だろうと思っていたのだが、まさか途中であの角を曲がるとはな。このまま乗っていたらどこに連れて行かれるか分からない」

「そうですか、では僕は塾があるので。一緒に来てくれてありがとうございました」


 どうやら塾には遅刻してしまったようだが、それでも少年は私に深深と頭を下げてから歩いて行った。さて、私はどうしようか。


        ◯


「……なんでまだいるんですか」


 しばらく経って、少年は塾の方向から歩いてきた。


「雨がまるで止みそうにないので、帰りも付き添うべきだと考えた」

「塾で電話を借りて父を呼んだので大丈夫です……」

「あっ、そうか……」


 なんとなくテンションが上がってそのまま待っていたが、少し冷静になれば少年がそうすることくらいは予測できたはずだ。今日の私は少しおかしい。


「ストーカーですか」

「いいや、幽霊だ。少年に取り憑いてしまったのだよ」

「家に帰る前に神社に寄ってもらうよう父に伝えます」


 ノータイムでお祓いを宣言されたのはショックだったが、とにかく少年は無事に帰宅できるようなので安心だ。


 さてさて次のバスはいつ頃か、と時刻表を見る。するとそこに、少年の父らしい人が歩いてきた。最初はあからさまに警戒していたが、少年が説明をすると、ご親切にも私を家まで送ってくれることになった。さすがにそれはと断ろうと思ったが、この雨だ。それに先述した通り、田舎では時刻表を信用してはならない。私はお言葉に甘えることにした。


 後部座席のドアを開け、先に乗った少年に声をかける。


「隣、いいですか」


 少年は照れくさそうに、どうぞと促してくれた。


「悪いな少年、もう少しだけ一緒だ」

「幽霊じゃないなら、お祓いも効かないってことですよね。残念です」

「うむ。本当に恐ろしいのは生きた人間、というお約束ネタだ」

「勉強になります」

「お約束ネタといえば、幽霊が車から降りた後にはシートに水たまりができている、というのもある。私が降りたら要チェックだ」

「あの雨の中ずっと待っててびしょ濡れですから、お姉さんの下に水たまりがあっても驚きません。タオルどうぞ」

「可愛げがあるのに可愛くないな、少年」


 タオルで体を拭きながら少年をからかいつつ、彼の父親に道案内をする。十数分もすれば、目的地である墓地に着いた。


「ここです。ありがとうございます、本当に助かりました」


 私は少年に向き直る。


「ではまた、少年。今日はとても楽しかったよ」


 青ざめている少年を横目に、私は車を降りる。少年はシートを何度も触りながら、車内と私を交互に見ていた。

 無駄だよ少年、そこは念入りに拭いたから。人様の車を汚すわけにはいかないだろう。


 ひとりでクスクスと笑い、私は墓地の方へ歩いていく。そしてその隣のアパートへ入った。


 隣が墓地というとんでもない立地のおかげで家賃が激安のこのアパートが、私のねぐらだ。


        ◯


「やあ諸賢、今日は素晴らしい体験をしてきたよ。まずおねショタって分かるだろうか」


 壁や床がミシミシと音を立てる。


「なんと、今日私は、とある少年とおねショタしてきた」


 ドンドンドンドン

     ギシギシギシ


 ふむ、彼らはこのジャンルがお好みだったか。


「雨の中のバス停で、濡れた体を密着させ、透けた服を見せつけ、二人で並んで歩き、親御さんに挨拶もした! なかなか良い印象を持っていただけたと思う」


 ウォオォオオオ        キッショ

    ギィィィーバタン!バタン!バタン! 

 ショタハ……イイゾ……

         メキメキ ビシッミシッ


 彼らの相手をするのも大変だ。ご機嫌を取ればちょっとした幸運をもたらしてくれるのだが、何かしら地雷を踏もうものなら大きな不幸に見舞われる。その大小は彼ら一体一体の判定によるらしく、かつて寝取られを語った時は総スカンで大変なことになった。


 無視するという手もあるのだが、それでも彼らは毎日のように語りかけてくる。それならしっかりご機嫌取りをしている方がいい。

 幸い、彼らの攻略法も見つかったのだから。


「問題は現実の方だ、普通に性犯罪でしょっぴかれたら元も子もない」


 そう、シンプルな問題もある。


「少年のことを思えばここらで辞めるべきか……」


 ガシャンッ パリーン

       ウチキリ……コロス……

トチュウデ……エタルナ……   バリンバリン

   ショタハ……!イイゾ……!   ガタガタガタガタ

         カンケツ……サセロ……

 ピンポーンピンポーンピンポーンピポピポピポピ


 申し訳ない少年、本当に申し訳ない。やはり取り憑かせてもらうことになると思う。いや私はれっきとした生きた人間だがね。


 申し訳ない……が、私は少年のことを少なからず好ましく思っているぞ。たとえここに住んでいなくとも少年と仲良くなりたいと思っていたはずだぞ少年。


 妙齢の女に付き纏われる恐怖は計り知れない。生きた人間が最も恐ろしいと言っただろう、少年。


 だが……。


「お祓い、するべきだろうか」


 正直、幽霊の方が普通に怖い。

””で括った部分は「https://ja.wikipedia.org/wiki/おねショタ」「https://ja.wikipedia.org/wiki/カップリング」 からの引用です


ノベルアッププラスにも投稿しています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ