閑話「エヴリデイ血眼」
「これはかなりデカいな」
夜。一人の男が自転車に乗りながら、そんなことを呟いた。男は街灯の光を頼りに、殺風景な住宅街を進んでいた。
「この辺りだな」
男は、何の変哲もない住宅地の曲がり角で自転車を止めた。なるべく音を立てないよう、赤子をあやすように丁寧に。彼は自転車から降り、角にある住宅の塀に身を潜めるようにして、角を曲がった向こう側を覗き込んだ。
「三人…。うーむ、大分薄れてきてるな」
そう呟く男の視線の先には男が二人、女が一人いた。男の一方と女は、この辺りにある高校の制服を着けているらしかった。もう一方の男は、金髪に色付き眼鏡という風貌である。彼らの側には真っ赤な車が一台止まっている。彼らは何やら口論をしている様子である。制服の男が他の二人の口論を仲裁しようとしているらしい。
「うーむ」
彼は目を凝らして彼らの唇を見つめ、耳を凝らして彼らの声を聴こうとした。
「…口が悪すぎる」
両者ともにそれは酷いが、女の方は特に顕著のようだ。確実に相手の心をへし折るような言葉を息をするようにつらつらと吐いている。
「お」
電池が切れたように彼らの口論は突然終わった。両者は気まずそうにするわけでも無く、それが日課であるかのようにけろりとしていた。制服の男の仲裁が効いたのだろうか。
彼らは車に乗り込むようだ。金髪の男が運転席に回る。そうしながら、何やら制服の男女へ言葉を投げかける。それは、他愛もない世間話のような様相であった。
「―マジか」
だが、彼らを覗き込んでいるこの男にとって、その発言は天地を揺るがすような一大事であった。
彼らはそのまま車で走り去っていった。
「うーむ。悩ましいねぇ」
男は考え込むような仕草をして、一人途方に暮れた。
男が長年の訓練で培った読唇術と先天的なそこそこの聴力で読み取り、聞き取ったのは以下の会話である。
『てことはよぉ。一昨日くらいにこの辺りで騒いでた引ったくりのしたのもお前らってことか?』
『え、何故それを?』
『いや、あいつめちゃくちゃ騒いでたぜ。カップルがどうの、ビームがどうの』
『本当ですか…。目立った行動は避けないとですね』
『はっ、下衆がしっちゃかめっちゃかな御伽噺を喚いても誰も信じないわよ。…でも、以後気を付けましょう』
『ま、さっき大暴れしちまったけどな。ははは…』
『お前のせいだろ。ミジンコが』
『黙れ。いや、タッちゃんには本当に申し訳ないと…』
「同類は気になるが……出世に繋がるのか?これは」
山里冬寂巡査は、今日も血眼になって町を見回っている。