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4/13-②「朽ちそうな物」

「…最悪ね」


 屋上から出た後、松浦夕凪を呼びだした。そして、教頭によって私たち四人は同好会扱いではあるが、正式に異能部として認められたのだった。その後、ひとまず岸波君はボランティア部の活動に戻っていった。流石に岸波君まで巻き込むわけにもいかないので、七不思議戦争のことは黙っておいた。


 肝心なのはここからである。当然我々はれっきとした部であるのだから部室が与えられて然るべきである。しかしだ。この学校は部活数が非常に多い。校則の部活義務制度の性質上、出来るだけ楽してその網を潜り抜けようとする怠惰な生徒たちが生まれる。そして、そいつらによって有象無象(うぞうむぞう)幾多(いくた)の部活が生み出されていくのだ。すると、部室に割り当てられる教室、もしくは部室棟の空き部屋が年々減っていくのである。そして、遂に我々異能部が正統な部室とは程遠い物を与えられてしまった、記念すべき最初の部となってしまったのである。


 それが、我々の眼前に辛うじて建っているこの旧講義棟・桃華(とうか)会館、通称伏魔堂(ふくまどう)である。数十年前まで使われていたものだそうで、思い出の建築として残されている。一応、この建造物の存在は入学時から知らされてはいた。この建造物が放つ怪しげで不気味な雰囲気や代々伝わる噂の数々から誰も近づこうとはしないが。挙げ句の果てには誰が呼び出したのか、伏魔殿(ふくまでん)とかけて伏魔堂(ふくまどう)と呼ばれる有様だ。だが、私は何か目を引く外観だと感じてはいたし、ここを探索してみたいとは思っていた。しかし、まさかここが部室になってしまうとは。そうなると話が別である。


 木造の平屋で、屋根には瓦が()かれている。正面玄関には八角形の玄関ポーチが張り出している。側面には等間隔で上げ下げ窓が取り付けられている。作られた当時は美しい建造物であっただろうことは想像に難くない。だが、だから何だというのだ。今は廃墟(はいきょ)と呼ばずにはおれないのである。また、広さで言えば、他の部では太刀打ちできないほどの広さを誇る。体育館の半分くらいはありそうだ。しかし、今にも朽ちてしまいそうなこの建造物と部室を交換してくれる好事家(こうずか)が集まる部など存在しないだろう。


 この機に改築して他の生徒たちにも様々な用途で開放したい、とか教頭は抜かしていたが、どこまで信じたものか。さすがに私たち生徒が使う以上、倒壊事故など起ころうものならお話にならないので、多少は信じても良さそうだが。しかし、この建造物の憎むべき点は、今にも朽ちてしまいそうではあるのだが、それは外観だけで、建築的にはまだまだ持ち応えそうな雰囲気を(かも)し出しているからである。学校側が最低限の管理はしていたらしい。こんなのたちが悪すぎる。


「あはは…。これは…凄いね」


 あまりの酷さに松浦夕凪は笑うしかないようである。


(おもむき)を感じるね…」


 宇治山君は本心か欺瞞(ぎまん)か、遠い目をしながらそう呟く。


「…とりあえず、今日のところは使えそうな部屋を探しましょうか」


 松浦夕凪が教頭から預かった鍵を南京錠に差し込む。入口の二枚の扉の取っ手には鎖が巻き付けられており、それにかけられた南京錠(なんきんじょう)である。鎖を取り去ったのち、扉の鍵を開け、松浦夕凪が先陣を切って扉を押し開けた。彼女に続いて中に入る。


「くっ…」

「うわ…」


 入るなり、私と宇治山君は思わず声を漏らさずにはいられなかった。強烈な臭気(しゅうき)を感じたからである。乳製品が腐りかけたような、あるいは生ごみのような臭いに思わず吐き気を催したが、何とか(こら)える。


「え、二人ともどうかしたの?」


 松浦夕凪は何故か平気なようである。これは個人差がどうこうとか、この臭いに慣れているからとか、鼻が詰まってるから分からないとか、そういうレベルの臭いではない。ということは、だ。私と宇治山君は顔を見合わせる。互いに思い至ったようだ。


 これは私たち()()()()()()()()()()()()臭いだという可能性があることを。


 ここはとりあえず平静を装うのが無難だろうか。私と宇治山君は(うなず)き合う。


「いえ、少し館内が不気味で驚いただけです」

「俺も同じく…」

「あ、そうなの。意外にも怖がり?先生がいるから大丈夫よ」


 得意気に胸を張って松浦夕凪は言う。臆病(おくびょう)だと思われるのは少し(しゃく)だが、まあいい。というかこの臭いを我慢するので精一杯だ。

 館内は薄暗い。蛍光灯のような光源はもちろん無く、夕暮れ間近の陽の光しか入らないからである。真暗ではなく視界がある程度確保されているのが、館内の陰湿さと臭気をより間近に感じて逆に不気味である。我々は薄闇を進む。床でも抜けてもらった方が改築が早まって助かるのだが、残念ながら全くもって床は(きし)んでいない。というか、床だけ妙に他よりも劣化が進んでいない気がする。張替えでもしたのだろうか。


「手分けして探しましょうか」


 松浦夕凪がそう提案する。

 館内はかなりシンプルな構造である。玄関を抜けると、館内中央には奥の壁まで広めの廊下が通っている。それを挟んで向かい合う形で左右それぞれに教室が二つずつ設けられている。この中で一番マシな部屋を部室にする、という流れだろう。

 適当に割り振りを決めてそれぞれ探索を始めた。


 ※※※

 

「結局、まともに使えそうな部屋は無かったわね」


 どの部屋も漏れなく古い備品の物置と化していた。探索もクソもなかった。ただ、奥側は入り口から遠いからか比較的物は少なかった。無理をすれば今日にでも片付きそうな感じではある。だが、左側は選択肢には無い。全ての窓を開け放って換気すると徐々に薄れてはきたものの、ただでさえ強烈な臭気が、あの部屋では四倍ほどに膨れ上がるのだ。何かの能力者がいるのかと身構えたが、備品しか置かれてはおらず何の変哲もなかった。しかし、とてつもない悪臭を放っているのだ。松浦夕凪は変わらず平気そうであったが。

 ということで、私がそれとなく先導して、奥の右側の教室を異能部の部室にすることにした。


「じゃあ、掃除始めましょうか」


 松浦夕凪のその合図で我々は掃除を始めた。もうオカ研は七不思議の調査を始めている頃であろうか。


 ※※※


「いやぁ、とりあえず腰を落ち着けられる程度には片付けられて良かったね」

「そうね。でも、七不思議戦争は出遅れてしまったわね」


 時刻は19時。私と宇治山君は疲れの溜まる身体に(むち)打って帰宅している最中である。備品を全て廊下に出して、軽く拭き掃除をしただけではあるが、宇治山君の言うように机や椅子を置ける程度には片付いた。しかし、今日は開戦初日であるのにかなり出遅れた気がする。


「でも、あの伏魔堂の臭いが、七不思議のどれかを解き明かす鍵になったりするんじゃないかな」

「そうね。そこは私も可能性を感じたわ。オカ研にいた頃からあそこにまつわる噂は色々耳に入っていたけど、私たちだけに感じられる臭いが漂ってて、何も無いわけないものね」


 冷静に考えるとかなりの収穫だ。臭いに耐えるのと部室の片づけで衝撃が薄れていた。…いやいや、本当に滅茶苦茶(めちゃくちゃ)嬉しい収穫じゃないか、これは。

 宇治山君も今思い出したようで、私たちは思わず顔を見合わせて微笑み合っていた。これで七不思議戦争勝利にも異能の謎にも微々(びび)たる距離かもしれないが近づけた。


「明日からが本番だね」

「ええ、全力を尽くしましょう。でも、流石に今日は早く身体を休めたいわ」


 今日の伏魔堂の掃除は久々の重労働で節々(ふしぶし)が痛い。自転車で街を探索していた時代を思い出す。あの時期の休日はいつも命からがらに近い状態で家に帰っていた。小学生には無理がある距離を走っていたから当然なのだが。


 …そういえば、()()()と一緒に探検していたのだった。あのいちいち(かん)(さわ)るクソ男。マユミさんが帰ってくるのは喜ばしいことだが、その度にあいつと会わなければいけないのは本当に腹が立つ。


「そうだね。俺も疲れたよ」


 私がそんな回想と愚痴を思っている間に、宇治山君がそう言った。その直後、背後にエンジン音が聞こえ、そちらからの光で、前方に(ほの)かに私たちの影ができる。別にこの通りは車も割と通るので、気にはしなかったのだが、どうやら様子がおかしい。何故かクラクションを鳴らしているのである。辺りに他の車は一台もいないし、私たちが進路の妨害をしているわけでもないのにだ。訳が分からない。私たちはその車の方を見る。一瞬、ヘッドライトに視界を奪われたが、運転席に座る男の顔が確かに見えた。


「うわ、きっしょ」

「え、知り合い?」


 思わず知性の欠片(かけら)もない言葉を吐いてしまった。宇治山君は私がそんな言葉を吐いたのとその車の運転手と知り合いらしいことに驚いているようだった。その運転手は私たちのすぐ目の前でその真っ赤な車を止め、乱暴に扉を開閉して降りてきた。趣味の悪い色付き眼鏡をかけ、口元から八重歯(やえば)が覗くその金髪の男は―


「誰なの、長良井さん」

 

「私の従兄(いとこ)雲間漏月(くもまろうげつ)。現時点で私が世界一嫌いな男よ」


「おい、お前。どういうつもりだよ」


 そう言ってクソ野郎が近づいてきた。


「は?」

「え?」


 そのクソ野郎はいきなり宇治山君の胸ぐらをつかんで頭突きをかました。

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