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4/13-①「新入部員」

「え?オカ研と対決?」


 朝の通学路に宇治山君の声が響く。驚いているようだ。それもそのはず。こんなに迷惑な話はない。


「ええ、つい乗ってしまったわ。ごめんなさい。…こうなってしまったら部長を完膚(かんぷ)なきまでに叩きのめさなければいけない」


 本当に申し訳が立たない。私が彼を部に誘ったのに、私が部を辞めるのを手伝ってもらうことになるとは。


「俺は全然構わないし協力するんだけど…何か楽しそうだね。長良井さん」


 宇治山君の快い返事をもらえたのは良いが、彼は少しおかしなことを言ってきた。


「楽しい?こんな不毛な戦いが?無理矢理に辞める道もあったのよ、私は。でも一度乗った以上降りられないわ。それはつまらない奴の所業よ。ただ、やるからには勝つ。そして何の憂いもなく部活をする。それだけよ」


 そう、それだけだ。断じて楽しくなどない。私の言葉を受けて、何故か宇治山君は微笑んだ。


「そう?…あ、それで対決って具体的に何?」


 そうだった。伝え忘れていた。私としたことが。


「そうね…一言で言うなら―」


 相応(ふさわ)しい呼称を少し考えてから口を開く。


「七不思議戦争」


「それは…楽しそうな響きだね」


 宇治山君が笑顔で食い付く。


「ルールはこれに記したわ。昨日部長と作った誓約書よ」


 一つ。鎖倉高校に存在する七不思議を対象とする。

 一つ。七不思議と呼称しているが理解しやすいようにそうしているだけであって数は問わない。

 一つ。長良井世恋を除いたオカルト研究部と異能部との対決とする。

 一つ。各部は七不思議を調査しその真相を出来得る限り突き止める。

 一つ。前項の各部によって解明された七不思議の数の多い方を勝利とする。

 一つ。新たに七不思議を捏造してこの勝負の点数としようとした場合、その者は死刑とする。

 一つ。オカルト研究部が勝利した場合、異能部は全員当部に加入する。

 一つ。異能部が勝利した場合、長良井世恋の退部を認め今後一切異能部には関わらない。

 一つ。両部の得点が同一だった場合、両部の協議のもと定められた新たな対決で再度競うこととする。

 一つ。期限はちょうど一週間とする。


「なるほど……長良井さんが勝負を受けた理由が分かった気がするよ」

「そうよ。さすがね、宇治山君。この学校の七不思議を調査することもこの町や私たちの異能を調査することの一環と言えるわ」

「ははは、確かにそうだね。確かに」


 何故か宇治山君が笑い出す。私、何かおかしな事を言っただろうか。こんな不毛な戦い、それ以外でないと受けるはずが無いだろう。


「今日から楽しみだね。七不思議戦争」


 あっけらかんと彼は言ってくる。


「ちょっと、宇治山君。楽しんでもらっては困るわ。これは部をあげての勝負よ。巻き込まれたからには死ぬ気でやりなさい」

「ははっ、分かったよ」


 宇治山君は出会った時―といっても一昨日だが―からよく笑う印象を受ける。だが、周りの空気ばかり気にして常に愛想笑いしてる仮面野郎という感じではない。心から笑っている。やはり、彼は退屈ではない何かを見出す能力に長けているらしい。


「あ、そういえば」


 宇治山君が何かを思い出したようだ。


「長良井さんに会わせたい人がいるんだ」

「会わせたい…。それはつまり、異能力者か新入部員のどちらかかしら」

「さすが鋭いね。一応、後者だよ。前者かどうかは聞いてないけど…。俺の異能を手品風に見せたけどそれらしい反応は無かったよ」

「そう……。まあ、部を作れるのなら良いのだけど。その生徒がどんな人間かだけは見ておきたいわね」


 オカ研部長のような奴に入られたら溜まったものじゃない。だが、宇治山君がこの話を出すということはほぼ彼の推薦という事だ。そこの心配をしなくても良いのかもしれない。だが、彼はどんな人間にでも面白みを見出せそうではある。そこは多少懸念される。


「放課後、会いに行きましょう」


 上手くいけば今日で部を設立できる。三人目の部員。心してかかろう。


 ※※※


「4組の岸波夢路だ。よろしく」

「3組の長良井世恋よ。よろしく」


 2-4の教室の前の廊下で私と新入部員候補のその男は向かい合っていた。それを私の後方で宇治山君が見守っている。帰宅する生徒や部活へ向かう生徒たちは物珍しそうな視線をこちらに浴びせながら通り過ぎていく。


 それにしても背が高い男だ。宇治山君より5センチほども高い。その厳めしい顔も相まって、絵面としては彼に見下されている形ではあるのだが、見下されているという感じは何故かしない。彼の放つ独特の雰囲気によるものだろうか。まだ一言交わしただけだが、宇治山君が興味を抱く理由が少し分かる気がした。だが、まだ油断は出来ない。


「いやぁ、異能部の部長はあんただったのか。どおりで辰巳との目撃談が多かったわけだな」


 早くも親しげに、表情豊かに言葉を投げかけてくる。


「ええ、そうね。まあ、しょうもない尾ひればかり付いているのでしょうけど」

「あー、確かにな…。まあこの年だと男女の仲をそういう目で見てしまうのも仕方ないんじゃねぇか」


 岸波は苦笑気味にそう返す。どうやら彼はそういう噂を真には受けないタイプらしい。


「愚かで浅はかだわ。…少し脱線したわね。本題に入るのだけど―」

「夢っちー」


 何も考えていなさそうな軽薄な声音が私の話を遮った。


「ん。おー、佑香(ゆうか)か。悪い、長良井。少し待ってくれ」

「ええ、分かったわ」


 岸波に声をかけたのは、明るい髪色をした女子生徒だ。制服も校則の範囲内ではあるが多少着崩している。こういう進学校にさえ、各クラスに数人はいる我こそは中心人物、という風体の生徒の典型である。頭の悪そうな語彙ばかりを使い回す者たちである。夢っち、というあだ名もいかにもという感じである。まあ、岸波が誰と絡もうが自由ではあるが、多少人間性は透けただろうか。


「あのさー、ホノちゃんと少し喧嘩しちゃってさ…。夢っちに仲裁(ちゅうさい)してほしいんだよね…。良いかな…?」


 聞くつもりは無かったが、そんな依頼が耳に届く。正気か、この女。


「あー、マジか…。よし、分かった。任せろ。でも、とりあえず後で詳しく聞いてもいいか。今、長良井と話してるからさ」

「あ、うん。教室で待っとくわ。てか、長良井さんも夢っちみたいな人と話すんだねー」


 私が誰と話そうが私の勝手だろう。放っておけ。その女を断固として視界に入れないようにする。


「…感じ悪ー。あ、転校生君もいるじゃん」


 案の定、宇治山君にも興味を示す。どうせ容姿にしか興味がないのだろうが。宇治山君は軽く会釈(えしゃく)する。その女は満足気だ。


「じゃ、後でね。夢っち」

「おう」


 その女はそのまま目の前の教室へ入っていった。


「すまん、長良井。話(さえぎ)っちまったな。…ああいうタイプはやっぱり苦手なのか?」


 申し訳なさそうに苦笑しながら岸波はそう問うてきた。


「興味がないだけよ。気にしないで」

「ははは…そっか」

「それで話を戻すのだけど―」

「あ、岸波」


 再び話を遮られる。次は、中年らしい男声だ。


「福原先生」


 やはり教師のようだ。確か二年のどこかのクラスの担任だ。名前は当然知らない。


「運んで欲しい荷物がいくつかあるんだ。一人だと大変でな」


 さっきよりは真っ当な依頼だろうが、いちいち岸波を狙い撃ちして頼むことではない。そこら中に男子生徒はいるのだ。

 不意に宇治山君が声をかけてくる。


「長良井さん。言うの忘れてたんだけど、彼、ボランティア部に所属してるんだ」

「なるほどね」


 ならば、彼に対して不躾(ぶしつけ)な依頼をする者たちにも納得がいく。だが、不躾なことには変わりない。また、彼の人間性が透けた、というのは訂正すべきであろう。我ながら早計だった。


「分かりました。でも、少し待ってもらえますか。見ての通り先約があるので」

「あー、すまんな。じゃあ、職員室で待ってるよ」


 そう言って、その教師は去っていった。


「随分と人気者なのね、あなた」

「ほんと申し訳ねえ。少し場所変えようぜ」

 

 ※※※


「で、あなたは異能部に入る、ということでいいのかしら」

「おう、いいぜ」


 場所は変わり今は屋上である。


「何故?」

「え、それ聞く?…まあ、辰巳に恩を返すという意味もあるが、なによりお前ら困ってるんだろ。じゃあ、理由はそれだ。人助けが趣味なもんでな」


 初めて見る人種だ。こういった趣旨の言葉を吐く偽善者は腐るほど見てきたが、ここまで振り切った者はそういない。ここだけ聞くとかなりクサいセリフだが、(なに)かこの岸波と接していると、妙に説得力がある。言葉に熱がこもっている。そういう感覚だ。


「不純な動機ね。まあ、入ってくれると言うのなら歓迎するわ。多少あなたに興味も湧いたしね」

「おう、ありがとよ。俺もお前らに興味津々だぜ」


 歯茎が見えんばかりの満面の笑みで彼は礼を言った。


「改めてよろしく、岸波君」

「おうよ」


 男子同士でも言葉を交わす。


「部活に関しては一週間に一度顔を出す程度で構わないわ。ボランティア部は忙しいようだから」

「いやー、悪いな。でも、何かあったら呼んでくれよ。飛んでくからよ」

「…でも、あなたいつボランティア部に入ったの?去年私がいた頃はいなかった気がするんだけど。あなたみたいなのはいくら私でも忘れないわ」


 そうなのだ。去年の初めに、一通りの部活には入ったつもりなのだが、見落としていたのだろうか。


「え、そうなのか?でも、俺は去年の後半あたりに入ったんだよ。入れ違いになったんじゃないか」

「やはりね」


 ならば、私が見落としていたわけではない。だが、ここまでの男なら入学してすぐにでもボランティア部に入りそうなものであるが。詮索(せんさく)するほどのことではないか。

 それでは最後に異能持ちかどうか判断しよう。


「…最後に一つ聞いていいかしら」

「おう、何でも聞いてくれ」


「12年前、隕石が落ちたあの日にあなたに何か起こらなかった?」


「何か…っつーと?」


 彼は首を傾げる。質問の意味が分からない、という風だ。だが、どこか話を逸らしたそうな気まずそうな表情も見受けられる。


「何かは何かよ。異能部として、あの隕石について調べてるところなの。些細(ささい)なことで構わないわ」

「…何でも聞いてくれって言ったそばからすまんが……あまりあの日のことは思い出したくないんだ。すまねえ…」


 少しばかり彼の顔色や雰囲気が暗くなる。この様子だと彼が能力を隠しているというわけでは無さそうだ。あの隕石が落ちた日、少なからず犠牲者はいるのだ。おそらく彼もそういった類の事情だ。申し訳ないことをした。


「そうね。あまりにも不用意な質問だったわ。ごめんなさい」

「いやいや、気にすんな。好奇心ってのは大事だし、お前らが何を調べてるのかは普通に興味あるしな。とにもかくにもこれから付き合っていくわけだし、よろしくな!」


 すぐに彼は明るさを取り戻し、私との間にかかった(もや)を取り払う。


「そう言ってもらえると助かるわ。こちらこそよろしく。とりあえず職員室に行きましょう。正式に部を発足させるわ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 岸波くんの性格が面白いですね。 こういう飄々としていながらも、 地味に周囲に気を使えるキャラは好きです。 それと十二年前の隕石が落ちたから、 異能者が生まれた可能性がありそうですね。
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