4/28-②「指揮、連帯、長良井」
熾烈な予選を終えた体育館に、鎖倉高の猛者共が八組、出揃った。そして、厳正なる抽選の末、対戦カードが決した。
第一試合 三年一組VS三年二組
第二試合 三年六組VS二年八組
第三試合 三年四組VS三年七組
第四試合 二年三組VS二年五組
新入生歓迎球技大会というイベントの定義を問いただしたくなる程に、決勝トーナメントに一年生の学級は影も形もない。だが、これが勝負の世界というものなのである。現実は時として、残酷で非情であることを今の内に理解できたのは貴重な経験であろう。精々もがくことだな、若人たちよ。
※※※
昼休み。球技大会には関係のないところで、我々、異能部に新たな手掛かりが舞い込んできた。絶世の美声を有する、ある女と共に。
昼休みに例の「約みはラジオ」が放送された。柳楽と桑原の珍奇なMCはともかく、ゲストのトークはそれなりに興味深かった。その、ゲストとして出演していたある女は、午後の部・決勝トーナメントが幕を開ける際、ちら、とだけ体育館に顔を出した。その際の、男子たちの愚昧で滑稽などんちゃん騒ぎを脇に捨て置かされ、私の意識が鷲掴みにされたのは、その女が教員にマイクを渡され、我々学生に激励の一言を放った、その瞬間であった。
「皆さん。球技大会と言えど、将来の大切な思い出の1ページに、10ページにだってなり得ます。たかが学校行事と手を抜かず、最後まで全力で戦い抜いてください!」
私の体内と体外を何かが流動するような感覚。
宇治山君、漏月、謎の巡査、岸波君にも感じた、悪寒のような、感電のような。
彼女は、激励を終えるとすぐに体育館を後にし、興奮冷めやらぬ野人どもと、一抹の熱を帯び始めた私を置き去りにしていった。
そして、決勝トーナメントが幕を開けた。
「さあ、お前らぁぁぁぁぁぁっ!!!盛り上がっていけぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
新條と彼を取り巻く野蛮人たちの雄叫びと共に。
「はぁ……」
私は、ため息を吐くとともに、異能静養期間である現在を深く思い起こし、只今の事態により微かに駆動してしまった自身の異能を鎮め、彼女に関する一切を、一旦、思考から排除し、来月の私へと託した。
「ふぅ……。さて―」
来る血みどろのバスケ戦乱を、勝って狩って勝ちまくらねば。
※※※
ランダムで試合が組まれる以上、対戦チーム同士の力量が必ず拮抗するということは決してあり得ず、予選リーグを勝ち抜いてきた者たちと言えど、それは例外ではない。その証左として、第二試合は一方のチームが終始、大幅なリードを維持する展開となり、二年八組が準決勝へと駒を進めた。和田が所属するチームとしては当然の結果だろう。また、第一試合と第三試合も大差とまでは行かずとも、一貫して一方のチームがゲームを支配しており、それぞれ三年二組、三年四組が勝ち上がった。
三年二組は、どうやら男子バスケ部のキャプテンを主力に擁しているらしいので、妥当な結果であろう。しかし、私が観戦した限り、この主将、あまり覇気がないのだ。プレーも質素で、むしろ弛緩しているように見える。これで本当に下級生や同級生を牽引していけるのか、と余計なお世話を焼きそうになってしまう。応援団の声によると「足立」という名らしかったが、これが、あの和田の先輩なのかと思うと、たいそう興ざめである。
三年四組は、お馴染みの生徒会長のクラスであるが、相手の七組は女バスのキャプテンを擁していたのにも関わらず、見事抑え込んだのだから恐ろしい。しかも、試合後はそのキャプテンと親し気に話しており、遺恨を残さないように相手への配慮も忘れていなかった。まさに生徒会長、これぞ生徒会長とでも言うような振る舞いである。
さあ、いよいよ我々のクラスの出番だ。この試合に勝利すれば、次は生徒会長との真っ向勝負である。今を戦いつつ、先も見据えなければならぬ。心してかかろう。
※※※
「試合終了!二年三組の勝利!」
呆気なく勝ってしまった。得点差は二桁台である。
「お疲れ、世恋嬢、辰巳卿。いやぁ、今日も猛者ってたねぇ」
「あっしらは ラジオ以外は てんで駄目」
今しがた我々のクラスが破った五組に所属する二人の男女が近づいて来た。放送部のラジオ妖怪こと、柳楽と桑原である。普段通りの混沌とした口調及び語彙で、多分、私と宇治山君を讃えている…のだと思う。…何故、彼は一句詠んだのだろう。
「ありがとう…?」
困惑しながらも礼を言い、そこで、私は試合中に抱いた違和感を思い出した。
「そういえば、あなたたちのクラスの…眼鏡で丸坊主の…」
「ん?ああ、大國橋真のこと?」
「ええ、おそらく」
私の断片的な情報から、柳楽が該当する人物の名前を導き出す。
「んで、大國クンがどったの」
「いや、なんか動きに違和感があったというか…」
顎鬚を撫でながら問いかける桑原に対し、宇治山君が首を捻りながら応える。
ベストメンバーでもない大國に私たちが注目しているのは、その「違和感」が原因である。
「違和感ねぇ…」
「ええ。特段上手くも下手でもないけれど、その凡庸さにどこかぎこちなさを感じたのよ」
あまり合点のいっていない柳楽たちに、私は苦心して違和感の言語化に取り組む。
「下手だからぎこちないのでは?」
「いや、そういうことではなくて、計算されたぎこちなさというか……」
徐々に抽象度を増していく問答に辟易しかけた頃、
「まあ、しかし、偶然だな。そのぎこちなさとやらはピンとこないが、アタシたちも大國には目をつけていたんだ」
柳楽がそんなことを言い出した。「目をつけている」というのは、どうせラジオのゲストに呼びたいとかそんなところであろうが、大國のどこに魅力を感じていたのだろうか。
「彼のどこに?」
私が考えるのと同時に、宇治山君が尋ねた。
「あいつ、人付き合いが良い方じゃないから、詳しくは分からないんだけどさ。どうやら、鎖黒大社の宮司の一人息子らしいんだよ」
桑原が興奮気味に言う。
「眼鏡坊主で無口っていう、人畜無害の権化みたいなキャラクターでも、その背景があるだけでめちゃくちゃミステリアスになるんだよな。あいつもラジオのゲストに呼びてえ」
柳楽も鼻息荒く早口で語る。
「あ、もちろん世恋嬢もいつでも…」
「断る」
「ちぇっ、見舞いの時は手応え良かったのにぃ…」
油断も隙も無い柳楽はさておき、大國の動向は以降も気にかけておこう。もちろん、試合中の違和感は気になるが、それを抜きにしても、この町の謎を解き明かすうえで、おそらく鎖黒大社の調査は避けては通れない道であるはずだ。なにしろ、我が国の神話の時代にその歴史の端を発するとされているのだから。
―が、今は球技大会である。昼休み終了直後の一件同様、集中を切らしてはいけない。目の前の試合に全力で臨めない者が、この町の謎など解き明かせるはずもない。全てを全力で謳歌してこそ、非日常を究める異能部の在り方というものだ。
※※※
―準決勝第一試合。
男バス主将の足立を擁する三年二組と、エースの和田を擁する二年八組が火花を散らした!と、言わせてほしかったが、蓋を開けてみれば、なんとも一方的で退屈な試合だったことだろう。もちろん、和田のプレーは衰えを知らず、自他を鼓舞する素晴らしいものだったが、足立に関しては、後輩に先輩の意地を見せるどころか、後輩に全く歯が立たないことへの劣等感や嫉妬心すら見られなかった。主将でもバスケ部でも無いかのような、その姿勢に私は幻滅した。和田は足立とマッチアップするとき、もちろん全力でプレーしていたが、足立に対して、最早、諦念に似た何かを漂わせていた。
※※※
―準決勝第二試合。
ここは自信を持って高らかに宣言させていただこう。我らが二年三組と、完全無欠の生徒会長を擁する三年四組が苛烈な火花を辺り一面に撒き散らした!
24対25と両者ほぼ互角で4Qの幕が開く直前、我々の視線と闘志が交錯した。
「かかって来なさい。異能部の2トップ」
我が校の女王は、私と宇治山君を射抜くかのように、鋭く、迅い視線を向けた。
「この学校の高みから引きずりおろして差し上げましょう」
それに応え、私も真っ向から彼女の眼光を迎え撃つ。
「お手柔らかに。こちらは手加減しませんけどね」
宇治山君は、滑らかに躱しながら死角を穿つような、只ならぬ視線を向けた。
そして、幕は切って落とされた。
三年四組の攻撃から試合は始まった。それと同時に、我々はある者へのダブルチームを実行した。
「陣形、四ば――え?」
攻守の要・三原の周囲を、サッカー部の新條と陸上部の佐々木が固めていた。三原は不意に訪れた圧力と、不慣れな圧迫に混乱し、思考を停止する。
そして、その隙を見逃さず、新條がボールを捥ぎ取った。その瞬間、一心不乱に駆け出した佐々木に、新條が的確なロングパスを入れ、校内屈指の超速攻が完成した。
「おらあああああああああああああ!!!!!!」
新條が雄叫びを上げ、会場を盛り上げた。
「やるじゃない…」
私がマークについていた会長が、私にそう溢した。
そうなのだ。三原は指揮能力も貫禄もあるが、所詮は文化部。技術は未熟で、穴になり得る。そこを突くと同時に、速攻にも繋げられる人選といえば、機動力と速力で相乗効果を生める新條と佐々木しかいないのだ。また、ダブルチームによりノーマークになってしまう一人と自身のマークマンの、計二人を総合力の高い宇治山君がカバーし、私は絶対的スコアラーの色恋に粘着し、簡単に仕事をさせない。そうして苦し紛れに放たれたシュートをバレー部の井上の高さで掴み取る。
この作戦が功を奏し、我々は相手に得点を許さなかった。三原のボールを持つ時間が短くなったため、超速攻は滅多に出来なくなったが、彼女がボールを持たずとも我々は絶対にダブルチームを止めなかった。その終始付き纏う圧迫感により、相手のオフェンスの指揮系統は著しく機能を損なった。
だが、ディフェンスでの統率力は健在で、こちらもちょっとやそっとでは崩すことは出来ない。それにより、4Qの半分を過ぎても、両チーム合わせた得点が、冒頭の超速攻による佐々木の2点しかない状態であった。
この試合展開に閉塞感を感じていた会場中の人間が、そして、コート上の10人が、何を示し合わせたわけでも無く本能で感づいていた。この試合は―
「舞台は整ったわよ、長良井世恋」
「そのようですね、色恋会長」
図らずとも、二人の女に託された!!
色恋の鋭利なドライブを私が堅固に受け止め、限界まで緩急をつけた私のクロスオーバーを色恋が的確に摘み取る。色恋の流麗なロングショットを私が弾き落とし、私の迫真のフェイントに色恋は翻弄されずにシュートを撃たせない。他の八人すらも、ここが体育館であるということすらも意識から外れる程、互いが互いとリングだけを認識していた。
互いの眼球しか見えない。互いの呼吸しか聞こえない。その二人だけの世界が、永遠に続くかと思われた。そのときだった。
色恋が攻撃を始めようとドリブルをつき始めた直後―
「――え」
何者かの手が、色恋のボールを弾いていた。
あれ?この世界には私たちしかいないのではなかったか。何だっけ。何かを忘れている気がする。
「―っ!宇治山君…!」
そうだった。バスケットボールは、十人でやるものだった。
「長良井いいいいいっ!!!」「長良井さんっ!」「せんぱぁぁぁぁいっ!」「かっかぁぁぁぁぁっ!」
「長良井さぁぁぁぁぁんっ!!!」
ふと、コートの外から岸波君を始めとする異能部の、そして松浦先生の声が聞こえてきた。
いや、彼らだけじゃない。全校生徒の声が降り注いできた。
「やれぇぇぇぇぇっ!!」「うおおおおおおおっ!!」「やべええええええっ!!!」「部長おおおおおっ!!!!」「きゃあああああ、辰巳くぅぅぅん!!!」「ファイトっ!!」「いええええええええええっ!!!!」
「会長おおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!」
「長良井いいいいいいいいいいいいっ!!!!!!!!!」
違う。バスケットボールとは、スポーツとは、全人類の熱の結晶!
私は、駆け出した。ボールを通して床とコミュニケーションを取りながら、会場の熱気にのぼせながら、声援の振動に身を委ねながら、私は疾走した。そして、何もかもを置き去りにして、いや、全てに背中を押されて、私は跳び、そっとリングにボールを置いた。
ブザーが鳴り、すぐに会場中の歓声にかき消された。
「完敗だわ」
試合後、色恋先輩が手を差し出してきた。私はそれに固い握手で応じた。
「試合を通じて、会長の気持ちが少し分かった気がします」
色恋先輩の手を握りながら、私は言った。
戦友に支えられる感覚。学校中の人間に背中を押される感覚。称賛を一身に浴びる感覚。彼女との1on1で、彼女が学校生活で積み上げてきた何かに少し触れられた気がする。
「そう。それは良かったわ」
色恋先輩は優雅に、そして少し悔しそうに微笑んだ。
「会長の下の名前ってなんでしたっけ?」
「え?」
不意の私の問いに、先輩は少し戸惑った。だが、すぐに応じた。
「忍よ。色恋忍」
「ありがとうございます。覚えておきます」
私は握手をほどき、腰を折り曲げ、礼を述べた。私が顔を上げると、先輩は私の顔をまじまじと見つめてから言った。
「……オカ研を変えたのは、あなただと思っていたけど、どうやらあなたも変わったみたいね」
「……そうかもしれませんね」
私がそう言うと、彼女は何だか晴れやかな顔をして、クラスの方へ駆け出しながら言った。
「近いうちにお邪魔させてもらうわ。異能部に」
―スコア、27対25。二年三組、決勝進出。